これからどうするか
貴族の役割は、政治的な面での取り組みをし、一般庶民がその貴族の領地内で、平和かつ秩序ある生活を送れるように取り計らうこと。その他にも、自身の家で行っているなにかしらの経営や、軍事の取り締まり等々を行うのだ。
とどのつまり、貴族と庶民というのは、庶民が生活出来るように秩序を敷く者と、貴族が秩序を敷く為に税を納め働く者、という御恩と奉公の関係にある。
お金を納め、秩序通りに働く。働ける環境を整え、秩序を作る。そういう役割分担の出来た関係なのだ。
そしてその環境の土台となっているが故に、貴族には裕福な暮らしとある種の権力が与えられている。それは秩序を乱す者を排除する権利だったり、罪を犯した者を裁く権利だったり、地球で言うところの著作権や徴税する権利だったり様々だ。
だが、それでもその権限にも限度がある。
例えば、そういった権限を悪用した過度な徴税や、自分にとって都合の悪い無罪の者に、濡れ衣を着せて処罰するといった行為。
自分の感情のみで権力を振るう貴族程、秩序を乱す存在はいないだろう。土台が崩れればその上に立つ者は呆気なく崩壊するものだ。完全に、その行為は罪に値する。
問題なのは、罪を裁く側である筈の貴族が、罪を犯すということ。地球風に言うのなら、犯罪者を捕らえる立ち場である筈の警察が、犯罪者となるということ。
罪を裁く者が罪を犯した場合、それを裁く者は誰なのか? 貴族よりも上の存在は、唯一無二、『王家の人間』だ。
だが、貴族という存在はかなり多い。王族もそれを一つ一つ対処するにはそれこそ、莫大な費用と世界中を監視出来る程の広い視野が必要になって来る。
結論を言えば、貴族が罪を犯した場合、その罪を揉み消し闇に葬られることはそう珍しくないのだ。
貴族同士の小競り合い、潰し合い、牽制のし合いは庶民の知らない水面下で毎日のように行われている。その領地内で尤も位の高い貴族が、欲に駆られた俗物であればあるほど、秩序は乱れる。土台は崩壊し、その上に立つ庶民は生活する事が出来なくなる。
御恩と奉公で成り立っている秩序と平和は、貴族の行動の一つで直ぐに瓦解していくということだ。
そして、まさに今桔音のいる街、グランディール王国の庇護下にあるこの街、『アネクス』もその危機に瀕していると言って良い。
桔音とニコが集めた情報と、レイラが瘴気を使って集めた情報を見れば、そうとしか言いようがなかった。
まず、この街で領主をやっている貴族は、『オルバ・フォンネス公爵』。
フォンネス家という上級貴族であり、元々はグランディール王国に存在していた貴族だったのだが、軍事の領分でそこそこ力のある家に生まれ、戦争や侵略の際には数多く国に貢献してきた人物だ。
だが、とある戦争の際にちょっとした失敗を犯し、その償いとして王族からこの街へと異動を命令された。それからずっとこの街の領主として君臨しているのだ。
ちなみに貴族の位は地球同様、位の高い方から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となっている。
とはいっても、一番上の公爵だからといって、官職―――つまり政治的役割を必ず持っているとは言えない。
爵位と官職は全くの別物である。簡単にいえば、爵位は個人の持ち得る財産のようなものであり、官職はその領地の地位と考えれば良い。
―――閑話休題。
オルバ公爵は庶民から見て、良い領主とは言えないらしい。税が高いと物申しても聞き入れず、過去にも無茶な政策を行ったこともあった。それは庶民貴族関係無い。
気に入らないと思った者を捕らえたり、反抗的な貴族の家を没落させたり、やりたい放題だ。しかも、それは巧妙に揉み消されている。王族が気付かないように行っている辺り、周到なようだが。
「聞いたところ、街の人達はオルバ公爵について良い思いは持っていないらしいんだよね」
「ふむ……」
「それに、明らかにニコちゃんを探していた男の件もあるし、ニコちゃんの家は多分税金未納だけが原因で没落させられた訳じゃないと思うんだ」
そういった情報を基に考えて見て、桔音はニコの家が崩壊したのはもっと別の理由があるんじゃないかと考えていた。
表向きは税金未納ということで捕獲しようと騎士達が動いていた訳だが、それならばニコの父親が捕まった段階で話は付く筈だ。にも拘らず、ニコという幼女までも捕獲しようと騎士達がまだ動いている。あの貴族の家の使用人であると名乗った男も、同様に。
「そっちの収穫は?」
桔音はレイラ達の集めてきた情報を求める。
すると、リーシェが何かを言う前にレイラが身体を乗り出した。
「うん♪ ちゃんと集めて来たよ! なんでも、騎士達はなんでそこの子を捕らえるのかの目的を知らないみたい。幼い子を追い掛け回すのは気が引ける、とか言ってたし……多分そのオルバとかいう人間とそれに近い貴族達位しか知らないんじゃないかなぁ?」
「ふーん……となると、ますます税金未納の線は薄くなるね。黙っておく必要はない筈だし」
「それと、その子のお父さんは捕まったみたいだけど、まだ生きてるようだよ♪ その子の居場所を吐かせようと尋問や拷問に掛けてるって言ってたしね♪」
なるほど、と桔音は頷く。
気になっていたニコの父親の生死も確認出来たことで、少しだけニコの表情にも明るい色が戻ってきたようだった。
だが、レイラの話を聞く限り尋問拷問に掛けているということは、父親には本当になんの用もなかったことになる。拷問ともなれば多少身体を痛めつけるのだろうし、最悪腕の一本や二本持っていかれていてもおかしくはない。
そうしてまで聞きだしたいことといえば、やはりニコの居場所なのだろう。何処に隠したのか、もしくは何処の誰に預けたのか、セオリー通りに行くのならニコの家と交流があった家は調べられていると見て間違いない筈だ。
「これはニコちゃんの家が貴族だっていうのもあながち外れてないかもね……」
「きつね君きつね君♪」
「ん、何?」
「私情報集めて来たよ? 褒めて褒めてっ♡」
思考を広げる桔音を余所に、レイラはむふーっと鼻息を出し、自信満々な表情でそう言った。心なしか少しだけ顔を桔音に寄せている。
桔音はそれを見て、呆れた様な眼をレイラを向けた。だが、それでも情報を集めて来てくれたことに対してなんのお礼もないのもなんだと思い、溜め息を吐きつつ、突き出された頭を撫でる。
「はいはい、ありがとうレイラちゃん」
「うふふ、うふふふ♡」
白い髪をくしゃくしゃと乱す、かなり雑な撫で方ではあったが、それでもレイラは満足そうな表情でだらしなくふにゃりと表情を綻ばせた。まるで懐いた猫の様だ。
そして、レイラはもっと褒めてとばかりに、頭を撫でる手に自分から頭を擦りつける。桔音はマーキングの様だと感想を抱いた。
「それで、これからどうするんだ? きつね」
そうしている内に、上機嫌になったレイラを一瞥しながらリーシェが口を開いた。
話を進めようという意味も含んでの言葉だ。桔音もそれを分かって、レイラの対応に止まっていた思考を再度働かせる。
「そうだね……幸いにしてニコちゃんの身柄はこっちにあるんだ。それに、僕達は冒険者だし、向こうからすれば力づくで排除しても問題ない立ち場の人間……そして僕の顔は向こうに知れた訳だ―――なら、何もしなくても向こうから何かしらの刺客が来る可能性が高い」
「……ああ」
「それをなんとかして、返り討ちにする。殺さず、撤退させるのが最良の対処だね」
レイラが桔音に甘える様に抱き付いてくるのを放置しながら、リーシェとそんな会話をする。
情報は集めたものの、ここから何か出来るわけでもない。ならば、向こうから出て来てくれるのを待った方が無難かつベストだ。
そしてその刺客が好戦的なものであろうが、交渉的なものであろうが、返り討ちにして撤退させることが出来れば、それは確実に上に伝達される。
そうなった場合、最初の刺客と同等の刺客を用意するのは馬鹿のやることだ。件のオルバ公爵が同じ失敗をする程の馬鹿であるのなら別だが。
十中八九、そのオルバ公爵に近い地位の高い人材が出てくるか……もしくは用心棒を務める様な実力者が出てくるだろう。桔音達にとって最高なのは、オルバ公爵が出てくることだが。
「だから、まずはその最初の刺客を退ける為に……僕はまず出来るだけレベルアップに専念するよ。この左眼を取り戻してから向上した能力値とか手に入れたスキルも、まだ良く理解出来ていないからね。それに、リーシェちゃんやレイラちゃんが常に一緒にいるわけでもない以上、僕が一人でいる時に襲い掛かってくることもあり得るし、少しでも戦える力を増やしておくに越したことは無い」
「……なるほど、じゃあ私達はどうすればいいんだ? きつねがそうなると当分この街に留まるんだろう?」
「うん、リーシェちゃんにはギルドへ行って依頼を受けて来て欲しいんだ。この街にもギルドはあるようだから。と言っても、依頼の受注くらいでその他素材の売却とかは出来ないみたいだけど」
桔音はそう言って、リーシェにも指示を出す。
ギルドで依頼を受け、それを達成する事で次の街で使えるお金を少しでも増やしておこうという考えだ。
「ふむ……そうだな、分かった」
リーシェが頷くと、今度はレイラの方へと視線を落とす。いつの間にか腰のあたりに抱き付いているレイラは今にも眠ってしまいそうなほど気持ち良さそうに目を細めていた。
「レイラちゃんには、ニコちゃんと一緒に居て欲しいんだ」
「ふぇ?」
「僕とリーシェちゃんはしばらく修行と依頼で出るから、レイラちゃんはニコちゃんを護衛してて欲しいんだよ。お願い出来ないかな?」
「んー……良いよっ♪ 修行から帰ってきたらまた膝枕してね?」
「……はいはい、分かった分かった。それじゃよろしく頼むよ」
桔音はレイラのおねだりにまた苦笑する。なんだかあの膝枕以降レイラのひっつき度が急上昇している気がする。
桔音も、レイラが自分に恋愛感情を抱いていることを知っているが故に無為にはしないが、その感情がどういうモノなのかを知らないまま放置しておくのも駄目なんだろうなぁと考えている。
いずれ、それをレイラが知る時が来る。その時は、きっと自分とレイラは今の様な仲の良い関係で居られるかどうか、分からなかった。
「じゃあ、それで行こう。いつ刺客が来るか分からないし、来るのかも分からない、いつも通りに無理に気負わず行こうよ」
だが、今はニコのことだ。
桔音はそう思考を切り替えて、そう言った。
桔音君の強化が始まります。
これからも、どうぞよろしくお願いします!