情報収集
桔音達のやってきたこの街には、グランディール王国の城の様に、ギルドの様な大きな建物がある。
その中では、街のトップに立って住民の意見や不満の対応、また税金の徴収などの政策をする人物が傲慢不遜な態度で座っていた。
目の前にある書類を数枚手に取ると、鼻で笑ってそれを破り去る。破り去られたそれは、街に住む住人からの意見書だったが、彼はさして興味もないとばかりに一蹴したのだ。
その後ろに控えて立っていた女性が、それを少し残念そうに拾い上げる。
「オルバ領長……よろしいのですか?」
そして、それに対してその男に問いを入れる。街の住民達の意見を無視して、都合の良い様に政策を行うなど、決して許されるようなことではない。
だが、男はフンと鼻を鳴らすと、それに答える。
「良い、税金が払えぬ有象無象に付き合ってやるほど私も暇じゃないんだ。それに、この街はグランディール王国の庇護下……あの武力によって護られている以上、それに対しての対価を払うのは当然だろう?」
「……失礼しました」
「全く……私も長年この地位で働いているが、税金が少々高いことくらいで喚き立てる輩など放っておけば良いのだ。払えぬ者は処罰する、当然の摂理であろう……一々私の手を煩わせるな」
そう呟きながら、彼は傍に置いてあったグラスを取り、一気に酒を煽る。
だが飲み干すと、不満といった表情で溜め息を吐く。
「不味い、こうも毎日毎日不平不満が募ると折角の酒も不味くなる……いっそ不満を申し立てる者は排除するか……?」
そう言いながら、半ば本気にしそうなトーンで青筋を立てる。
「それで、あの没落貴族のクソガキはどうなった?」
「……目下捜索中です」
「なに? 全くいつまでやってんだよ、クソガキ一匹捕まえる位ササッとやれよ使えねぇな」
別件の話題を出すオルバと呼ばれた男、対して秘書の立ち位置なのか女性はそう答えた。すると、男は女性に対して舌打ちをする。見れば分かるほどに不機嫌の様だ。口調も乱暴になっている。
女性はそれでも怖がる様子でもなく、事務的に続けた。
「ですが、ヒグルド元伯爵の身柄は取り押さえた様です」
「ほぉ? で、そいつはなんて言ってんだ? 勿論尋問に掛けてんだろうな?」
「……いえ、今は牢へ幽閉しております。オルバ領長の指示を仰ごうと思った次第です」
目的の人物が一人捕まったことで、多少機嫌が直った男。だが、自分の予想とは違って、まだその人物に対してなにもされていないことを知ると、途端に目を細めてまた舌打ちした。
頭をガシガシと掻いて、不満を吐き出すように大きく息を吐く。そしてそのまま立ち上がり、女性の胸ぐらを掴んだ。乱暴に引き寄せて、乱雑な言葉で言う。
「良いからそいつを拷問にでも掛けてクソガキの居場所を吐かせろ! 最悪死んだって構わねぇよ、こっちはそこのクソガキが手に入ればそれで良いんだ!!」
唾を飛ばしてそう言われた女性は、少しだけ息を飲むと、短く分かりましたと答えた。男の手が胸ぐらから離れる。女性は一つ咳をした。
「では、失礼します……」
女性は頭を下げ、部屋を出て行った。
残された男は苛々が収まらないようで、その辺の椅子を蹴り倒すと、荒い呼吸で肩を上下させていた。
「あ゛ぁああ! どいつもこいつもつっかえねぇな……さっさとクソガキ捕まえて来いっての!」
男は大きく息を吐く。日々のストレスで胃に穴が開きそうだと思いながら、テーブルの上にあった酒瓶を手に取り、グラスに入れずに直接口を付けた。ぐいっと煽ると、酒臭い息を吐きながらドンッとテーブルに酒瓶を戻す。
「マジィ……クソが……!」
男は苛立ちを隠そうともせず、そうぼやいた。
◇ ◇ ◇
僕達はそれから行動を開始した。
まずは情報収集。僕とニコちゃん、リーシェちゃんとレイラちゃん、といった二手に分かれてそれぞれ情報を集めることになっている。
レイラちゃんが多少ごねたけれど、なんとか言い包めて了承させた。リーシェに引っ張られて連れ去られる様は、なんとなく笑ってしまったけど。
僕とニコちゃんの集める情報は、この街の政策とそれに対する街の人間の感想。まずはここのトップがどういう人間なのかを知る必要がある。まぁ善人ならばそれはそれでやりやすいし、悪人なら容赦なくやれるだろうから、人柄はどうでもいいんだけどね。
税金を徴収する人物として、あまりにも所業が目に余るようなら、ニコちゃんのお父さんを取り返してやりたい。
力づくでも勿論構わないっちゃ構わないんだけど、レイラちゃんの正体がバレる可能性もあるし、そうなると僕のこれからの行動にも障害が出てくる。あまり好ましい展開ではないんだよね。
「どこいくの……」
「人の居る所だよ」
隣を歩くニコちゃんの手は、僕が握っている。こうしないと逃げる気がするし、年齢は聞いていないけど、恐らくは幼児程の年齢なんだ、逃げても碌な目に遭わない。それならしっかり見ておかないとね、父親探しもこの子の為なんだから。
「ニコちゃんのお父さんがどういう状況なのか、僕達には全く分からないからね……それを知る為にも色々と情報を集めないといけないんだよ」
「……良く分からない」
「そりゃそうか……まぁ、お父さんに会いに行く為に必要なことだって知っておけばいいよ」
「……分かった」
そんな会話をしながら、また歩く。辿り着いたのは店の立ち並ぶ街路、人が多く行き交い、喧騒が居心地良い雰囲気を生み出している。
この中で、一番情報を持っていそうなのはどんな人間だろうか。武器屋のおじさん、食事処の店員、店を利用するお客達、冒険者、そして騎士達……まぁこの街の政策を良く知ってる人間と言えば、騎士だろう。この街のトップの人間がどんな人格者なのかも、騎士は良く知ってるだろう。
でも、騎士は排除だ。ニコちゃんがいる以上、騎士にこの子を見られるのは少し避けた方が良い。お父さんが生きてるかどうかも怪しい所だからね、見つかってニコちゃんが捜索対象みたいな扱いになっていた場合、最悪僕も目を付けられる気がする。止めておこう。
「どうしたものかなぁ……」
「……」
ニコちゃんは何も言わない。まぁ幼児に何を期待しても無駄なんだけどさ。
「とりあえず手当たり次第かなぁ」
「そこの黒い服の男」
「うん? 呼んだ?」
すると、後ろから呼ばれた。これで僕じゃなかったらどうしよう、この可能性に気が付いたから今更振り返るのが怖いんだけど。でもまぁ振り返るよ。どっちにしたって返事しちゃったんだし。
そう思いながら振り返ってみると、そこにはなんか逞しい身体つきの男性がいた。背が高いから見下ろされている感じだ。
「何か用かな?」
「その子供はお前の家族か?」
「僕の可愛い妹に何か用?」
「……本当に妹か?」
どうやら目当てはニコちゃんらしい。確かにニコちゃんは可愛いし、嘘も吐けるお利口さんだけど、流石にゴリゴリのガテン系の男が狙うのはちょっと犯罪臭がするよ? やめといた方がいいと思うなぁ、とっさに妹って嘘吐いたけど、疑う様な眼差しが痛い。
「本当だよ、ね?」
「……うん」
さすが嘘吐き娘、見事に嘘吐いたな。出来ればお兄ちゃんと言ってくれれば完璧だったけど。言ってくれないかなぁ、言って欲しいなぁ、今度言って貰おう。
「……名前は?」
「ロドリゲスミンミン」
「ドグリゲスミンミン」
「嘘吐くにしてももっとマシな名前は無かったのか?」
ああ、やっぱり駄目だったか。流石にこの名前は嘘だって分かるかぁ、頭悪そうな顔だったからイケるかと思ったんだけど、やっぱり無理があったようだ。
でもまぁ貫き通すことにした。
「失礼な、これが本名だよ。親から貰った大事な名前なんだ……馬鹿にするな!」
そう言うと、男は少し申し訳なさそうな顔をしながら口を閉じる。
「………わ、悪かった……えーと、それでだロドリゲスミンミンと言ったな」
「誰それ」
「やっぱり嘘じゃないか!!」
「あ、ごめんごめんマカリドームペロペロだよ、うん」
「一文字しか合ってねぇよ!」
あれ? ギギブラロニコニコだっけ? まぁどうでもいいや、嘘だってバレちゃったし、貫き通す意味もない。
でもまぁニコちゃんが目当てだったら困るよなぁ……どうしようかなぁ。
取り敢えず目の前のこの男の目的を聞こう。上手く行けば情報が手に入るかもしれない。
「それで、何か用?」
「……子供を一人、探している。ブロンド髪の幼い子供だ……丁度、その子と同じくらいの年齢だ」
「何故?」
「それは言えない」
つまりは合法って訳じゃないってことか。非合法、あまり他に知られたくはない行動ってことだ。十中八九、この男は騎士かこの街の政策に関わる人間か、その配下の人間。もしくは……『貴族』か。
「貴方は何者かな?」
「……俺はグレオス家の者だ」
「へぇ……」
知らない。何だその家、知ってるだろう? みたいな顔しないでくれないかな。多分そこそこ有名な貴族なんだろうけど、知らないからその凄さが分からない。ニコちゃんも幼いから絶対分かってないよ、首傾げちゃってるじゃん。
何コレ? 僕が悪いの? 反応薄かったからかこの人微妙な顔しちゃってるし、なんだか悪いことしちゃったかな。
「でもまぁ、僕らは関係無いよ。だってこの子は僕の妹だから」
「……まぁ良い、他にそういう子を見たら教えてくれ」
「分かったよ」
男の人は、案外あっさり引き下がってくれた。
いや、多分彼はニコちゃんが『そう』だと感じていて、一旦退いたんだと思う。多分ニコちゃんを見た瞬間に分かった筈だ、だから僕に話しかけてきたのは、ニコちゃんがニコちゃんである事の確認ではなく、『僕』がどういう人間なのかの確認なんだと思う。
ニコちゃんを取り戻すに当たって、僕が手強い相手ならそれなりに策を練る必要があるし、僕がニコちゃんとその父親にどんな関係を持っているのかも調べる必要がある。
今の会話で向こうが手に入れた情報を想定すると、まず『僕』がニコちゃんを妹と言って庇ったことから、ニコちゃんを素直に引き渡すつもりはないということや、ニコちゃんが僕の嘘に合わせたことからそれなりに信用されている可能性があること、そして僕の実力もある程度見定められたか、ってところかな。
どちらにせよ、近い内にあの男の人の上司にそれが伝わり、最終的にはこの街のトップに知られるんじゃないかな。
まぁあの人がこの街のトップの配下なのかどうかも分からないから、もしも敵対している組織や家だとしても、結局は誰か偉い奴が何かしらの行動に出るだろう。
「そうなったら……そうなったか、手掛かりなしの僕からすれば向こうから来てくれるのは都合が良いじゃないか」
「?」
「ああ、気にしなくても良いよ。ある意味手掛かりを手に入れた様なものだから」
「……そう」
手掛かりを得た、とは少し違うけれど、取っ掛かりが出来たのは十分な収穫だ。政策云々の情報は全く得られていないけれど、あの男とそのバックに僕らを知られたんだ。糸の様な細さだけど、何かが繋がったんだ。十分だろう。
でも、僕の言葉に対して小さく返事をしたニコちゃんの表情は、何処か浮かなかった。
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