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嘘吐き

 困ったなぁ。


 僕の膝の上ですやすやと眠るレイラちゃんを見て、僕は一人そう呟いた。

 昼間から、変だ変だとは思っていたけれど、彼女に起こった変化は今思えば随分と人間らしい変化だった。

 確信したのは今さっきのことだけど、どうやら僕はSランクの魔族である、瘴気(ウイルス)の怪物にして『赤い夜』と呼ばれた彼女に、『恋』をされたらしい。


 ドキドキして、もやもやして、僕に触れようとすると頭が真っ白になるなんて、彼女らしからぬ純粋な乙女心。正直驚きだった。


 多分、彼女は今まで欲望のままに好き勝手な行動を取っていたから、こういった事態に免疫がない。

 人を食べるのに許可なんて取らなかったし、好きなことを好きにやって来たからこそ、やりたかったことが出来ないという今の自分に困惑しているんだと思う。好きという感情を持て余しているんだと思う。


 今までただ食べる対象でしかなかった人間の筈だった僕だけど、彼女にとっては大きな存在だったのかもしれない。そう思わせるだけのことを、僕は彼女にしてきたと思っている。



 Aランクの欲望の塊でしかなかった時、僕は彼女を無自覚に魅了した。最高の食材(エサ)として。



 追い掛けてきた彼女の欲求を満たし、Sランクの瘴気(ウイルス)を操る理性的な魔族へと進化させた。



 使徒に怯えた彼女を、僕は命を賭けて護ろうとした。



 多分、それだけで彼女は僕が好きになった。

 最初はただのお気に入りの食材で、段々とその好きから別の好きに変わって行って、使徒ちゃんとの一戦でその好きが全部―――恋愛感情に変わった。



 ―――僕が、欲望の塊だった彼女の全部(こころ)を変えた。



「嬉しい、のかな? うん、多分嬉しいんだと思う。人に好かれるなんて、僕には程遠いことだったから」


 だからだろうか、純粋に僕を慕ってくれるレイラちゃんの言葉は、素直に嬉しかった。


 だって、それは僕が生まれてから決して手に入らなかったものだ。

 元々僕は自分のことをお世辞にも良い人間だと思ってない。人に好かれる人間だとも思っていない。捻くれてるし、人の事を傷付けるし、気味が悪いし、人に優しくしようだなんて欠片程にも思えないのだから。寧ろ嫌われて然るべき人間だと思ってる。

 なのに、しおりちゃんも、レイラちゃんも、フィニアちゃんも、皆そんな僕のことを好きだと言ってくれる。親にも捨てられて、友人はいない、味方も一人だっていなかった気味の悪い僕に、歩み寄ってくれた数少ない存在。


 こんなに嬉しいことはないじゃないか。


「君も、いつの間にか仲間になってたんだね」


 ストーカーだったけれど、嫌悪していたけれど、レイラちゃんがレイラちゃんであるなら、僕は彼女のことを少しは好きになれるかもしれない。勿論仲間や友人的な意味だけど。

 今の所僕には彼女に対して恋愛感情はない。まぁ今までずっと食べられるかもしれないと思って嫌悪していた相手だから仕方ないと言えば仕方ないんだけどさ。


 だから、この件は保留だ。


 最低と言われても良い、先延ばしにするのが許せない人もいるだろう。それでも、僕は彼女の恋心を保留する。彼女自身、自分の気持ちが恋だと自覚していないみたいだしね。

 でも、とりあえずこれから彼女との付き合い方には、考え直す必要があるだろう。きっと僕と彼女はより仲良くなれる、そう思った。





 ◇




 

 ―――前言撤回。


「うふふうふふふ♪ きつね君きつね君きつねくーん♡ えへへ、えへへへ……♡」


 やっぱりレイラちゃんはレイラちゃんだった。

 あの後、僕もレイラちゃんを膝に乗せたままベッドに上体を倒して眠ったのだけど、翌朝目覚めた時、レイラちゃんが眠っていた僕に抱き付いて頭をぐりぐりと擦りつけてきていた。にへら、とだらしない笑顔を浮かべながら、顔を真っ赤にして溜まった欲求不満を解消しようと、全力で発情していた。


 朝から夜の発情タイムに突入とか止めて欲しい。折角昨日レイラちゃんへの評価が上がったのに、一気に暴落したんだけど。


「ちゅっ……んん~~ッッ……!! 最高だよぉ……きつね君やっぱりしゅごいよぉ♡ 好き好き大好き愛してるぅ♡ うふふうふふふ……♪」

「…………はぁ、離れろ発情魔」

「ぁあんっ♪ きつね君のイジワルぅ……大好きぃ♡」


 なんか前よりも積極的な気がするのは気のせいだろうか。いや、多分欲求が溜まってたから爆発しただけだろう。

 心なしか抱き締める腕に力が籠っている気がするし、レイラちゃんの表情や言葉からも発情している以上の何かを感じるけれど、気のせいだ。


「はいはい、分かった分かった……ほら、レイラちゃんどいて」

「はーい♪ ねぇねぇきつね君!」

「何?」


 ベッドから立ちあがって、ぐいっと身体を伸ばすと、彼女はベッドの上に女の子座りをしながら呼び掛けてくる。

 それに対して顔だけ振り返ると、彼女はだらしない笑顔はどこへやら―――とても可愛い笑顔を浮かべながら、顔を真っ赤にして言った。



「―――ありがとっ♪ 大好き♡」



 そんな笑顔を向けられると、何も言えなくなるじゃないか。この天然乙女魔族め。発情した笑顔だったら一蹴してやったのに。仕方ないなぁ。

 子供っぽくて、我儘で、自分勝手な彼女だけれど、僕的に彼女のこの笑顔だけは、嫌いじゃない。


「はぁ……どう致しまして、レイラちゃん」

「うふふっ♪」


 だから僕は、文句や不満よりも、そんな普通の言葉で返事を返した。



 ◇ ◇ ◇



 それから、壁に掛けておいた学ランを身に纏い、未だに引っ付いたままのレイラちゃんを連れてリーシェちゃん達の部屋へと向かう。あの子供、出会った頃のルルちゃんとは違って、ステータスに《衰弱》が付いてなかったし、怪我も無かったから、目を覚ましていると良いんだけど。


「ねぇきつね君きつね君、今日は何をするの? あの子、捨てちゃうの?」

「ううん、グランディール王国には良い思い出がないから、ちょっとくらい仕返ししてやろうと思って」

「うふふ♪ 面白い、面白いよきつね君♪ ぞくぞくするぅ♡」


 見事に少し前のレイラちゃんに戻ったなぁ。積極的というかなんというか、この子も大概良い性格してるよ。


「あーあ、昨日の大人しいレイラちゃんに戻らないかなぁ……というかなんでこんなにべたべた引っ付いてくるんだ」


 大人しいレイラちゃんは、今思い返してみれば気持ち悪かったけど良い子だったし。今のレイラちゃんよりは取っ付きやすい気がする。


「こうしてると胸のもやもやがなくなるのっ♪ いいでしょ? いいよね? だって私はきつね君が大好きだもん!」


 あ、そうですか。久々に聞いたなそのフレーズ、レイラちゃんの決め台詞になりそうな勢いだ。笑い方も特徴的だしね。


 そんなやりとりをしながら、僕達はリーシェちゃんの部屋に辿り着いた。ノックして、リーシェちゃんの返事が聞こえたから中に入る。


「おはよう、きつね、レイラ」

「おはようリーシェちゃん」

「おはよー……名前なんだっけ?」

「……トリシェだ、きつねも呼んでるし、リーシェで良いぞ。寧ろ最近私の名前はリーシェなんじゃないかと思い始めた所だし」

「じゃあおはよ、リーシェ」


 レイラちゃん、フィニアちゃんと僕以外名前覚えてなかったもんね。僕何度もリーシェちゃんって呼んでたし、なんなら今も言ったし、なのに名前を覚えてないって相当興味なかったんだね。


「子供は?」

「ああ、まだ寝てる」

「まだ寝てんの? 昨日の夕方当たりに押しつけられてからずっと寝てるから……半日以上寝てんじゃないの? 実は起きてんじゃないの?」

「む……まぁ寝返りや寝言は良くあったが……」


 そう言いながら、子供に近づいてみる。凄く安らかに眠っている様だ。

 でも、僕は嘘が嫌いだからね! 分かるよ、この子寝たふりしてるな? 狙ってるな? 襲うぞ? 僕結構守備範囲広いぞ?


「こちょこちょこちょこちょ」

「うく……んーんー! あふっ、あははははは! やぁぁん!」

「起きた起きた」

「あはっ……ははっ……はぁ……」


 子供、ステータスを見る限り名前はニコちゃん。くすぐってやったら起きたので、観念したのか上体を起こした。じとっとした目で僕を見てくる。警戒心が高いなぁこの子。というか幾つなんだろうか。見た目は4歳位なんだけど、4歳ってそこそこ喋れるよね。成長すると忘れる時期だけど、それでも一丁前に警戒している所を見ると、なんだか微笑ましい気もする。


「おはようお嬢ちゃん、名前を言って貰って良いかな?」

「……ドグリゲスミンミン」

「嘘吐くなニコちゃん」

「なんで名前知ってるの……」


 この子可愛い顔してとんだ嘘吐きだ。警戒心も高いし、嘘吐きだし、この子絶対将来苦労すると思う。狼少年的な意味で。容姿に恵まれたことが唯一の幸せだったね。

 ジト眼で見てくるかと思いきや、驚いた声音ではあるがジト眼のままである所を見ると、これがデフォルトらしい。


「唐突だけど、君に聞きたい事がある。答えてね」

「……いいよ」

「嘘吐くな」

「なんで分かるの……」


 この子も表情一つ変えずに嘘吐くな。まぁ僕は嘘を吐くのも吐かれるのも嫌いだし、心理学関連の本も読んで色々特訓したから普通に見破れるんだけどね。『メンタリズムのkitune』と名乗ろうかな。


「僕は生まれてこの方嘘なんて吐いたことがないからね」

「……嘘」

「きつね君それは私でも嘘だって分かるよ?」

「ああ、私も嘘だと思う」

「なんて奴らだ、仲間を嘘吐き呼ばわりなんて酷いと思う」


 どうやら僕がこの子の嘘を見破れるように、この子も僕の嘘を見破れるらしい。

 でもだからといってレイラちゃん達まで僕を嘘吐き呼ばわりなんて酷いと思う。仮にも仲間なんだからもう少し信頼してくれても良いんじゃないかな。


「まぁソレは置いておいて……君の名前は僕のスキルで知った、嘘は通用しないから正直に答えてね」

「……うん」

「よろしい……まず一つ、君を背負っていた髭のおじさんは君のお父さんかな?」

「……うん、私のパパ」

「それじゃあなんで君のお父さんが君を僕に預けたのか分かるかな?」

「……お金がないから?」


 それはどういう意味だろうか。あんなに必死の表情で僕にニコちゃんを預けた所を見ると、養育費がないってわけではないだろうし、お金がないっていうのはまた別の意味なんだろうけど。

 例えば、借金とか、家賃未払いとか、税金未納とか、まぁ色々ある。一番妥当なのは借金と税金未納とかかな、家賃未払いっていうなら子供を手放す意味は無いからね。


「……どう思う? リーシェちゃん」

「情報が少なすぎるから何とも言えないが……金絡みならば税金の未納が一番可能性が高いだろうな」

「その理由は?」

「税金未納はそこに住まう者の義務を果たせていないということで、国によって厳しい処罰が加えられるんだ。最初は厳重注意がされるが、長い間払えていない場合や、支払いのアテがない場合は処罰の対象になるんだ。厳しい所だと死刑もあり得るし、奴隷落ちすることも珍しくない」


 となると、ニコちゃんのお父さんは未だ逃亡中か、捕まってグランディール王国の規則に則ってこの街でも処罰が加えられるんだろう。まぁまだ税金未納で確定した訳ではないけれど。


「この街ではどれくらいの税率なんだろう?」

「グランディールは軍事国家だから、徴税によって持っていかれる金額は他国よりも幾分高いと聞いている」

「ふーん……面倒臭いんだねぇ」


 さて、どうしたものかな。ニコちゃんのお父さんが今もまだ生きているのか少し疑問だけど、生きているようならこの嘘吐き娘を押し付け返したいし、なにより親がいなくなるというのは中々経験させたくない。


 というかニコちゃん随分落ち着いてるな。お父さんいないのに肝が座っているというか、淡泊というか。


「ニコちゃん、お父さんに会いたい?」

「会いたくない」


 会いたいらしい。嘘吐きは分かりやすくて良い。


 それじゃあまぁ、まずはこの子のお父さんの安否を確認する所から始めようかな。


レイラちゃんが吹っ切れました。

ニコちゃんは嘘吐きでした。

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