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母性と経済力

 歩いていたら、なんだか知らないおじさんに必死の形相で幼い子供を押し付けられた。


 子供は眠っているみたいで、灰色の目立たない服を着ているけれど、その顔は中々将来有望そうな光るモノを感じさせる。

 サラサラと梳けば流れるブロンドのセミロングヘアー、もちもちと弾力のある幼子特有の白いもち肌、まだまだ幼いけれど、中々の美少女になるのではないだろうかと思わせる程、均整のとれた顔をしている幼女だった。


 けど、それだけだ。容姿は可愛いし、将来は多くの異性にモテるだろうと思うけれど、結局はそれだけ。この子はただの人間で、幼い子供で、脆弱な存在でしかない。

 僕がその気になれば、簡単に命を落とすような存在でしかないのだ。今この時、この幼子の生殺与奪の権限が、全て僕の手の中にあった。


「きつね君、何それ? 子供?」

「うん、そうみたいだね……どうやら面倒なことを押し付けられたみたいだ」


 レイラちゃんが後ろから覗きこむようにして、僕の腕の中に抱き抱えられた幼女を見てくる。面倒なことこの上ないものを押し付けられた、正直そう思う。

 僕は自分が生きることで精一杯だし、子育てをするには圧倒的に父性も経験も足りない。知識はあるけどね、子育ての為のハウツー本も一応読んだし、小学生の頃。おむつの替え方から夜泣きの対処まで知識はある、まぁ使う機会はなさそうだけど。


 どちらにせよ、僕には子育ては出来ないし、する余裕もない。


「冷たい様だけど、この子は何処かにたらい回しにしようかなぁ……」

「……食べちゃダメ? 最近きつね君を味わってないから欲求不満で……」

「だから舐めても良いよって言ってるじゃないか」

「だ、だって……なんか恥ずかしいんだもん……きつね君に触れようとするとドキドキして出来ないっていうか……」

「乙女かお前」


 なんかレイラちゃんが恋する乙女みたいに見えるんだけど、どうしちゃったんだろう。そういえば称号の部分で『魔族に愛された者』とかなんとか書いてあったっけ。

 もしかしたらレイラちゃんの僕に対する印象が、『お気に入りの捕食対象』から『好きな人』に変化しちゃったのかな。使徒ちゃんとの戦いの時に、レイラちゃんは僕が護るとか言ったし、案外その辺で好感度がぐーんと上がっちゃったのかもしれない。


 まぁ推測でしかないし、僕は女の子の思わせぶりな行動を勘違いしてしまって、後々恥ずかしい思いしちゃったっていう経験があるから下手に結論は出せないぞコレは。

 あの時は相手の女子がわざと思わせぶりな行動を取って、呼び出されて告白かと思ったら、待ち構えていた数人の女子に嘲笑われたからね。もしかして全員僕のこと好きなのかと期待した僕が馬鹿だった。


「でも、食べちゃ駄目だよ」

「えー、むぅ……分かった、我慢する」


 妙に物分かり良いな。少し前なら、えー! やだよ、食べたい! とか言いそうなのに。

 レイラちゃんも少しづつ変わってるのかもしれない。今まで本能と欲望のままに動いていたけど、Sランクになって行動の取捨選択を考える様になったからか、大分自制心や理性が欲求を我慢させることを覚えさせたのかもしれない。

 

 まぁそれはさておき、この子供をどうするかだけど、まずはリーシェちゃんの意見を伺おうかな。騎士のことを勉強していた彼女なら、こういう迷い子がどういう扱いになるのかもある程度分かる筈だ。

 捨てるにしろ、騎士に預けるにしろ、僕にとって損にならない選択をしないとね。子供を捨てたら罰則を取られるとか、騎士に預けたら所謂保健所みたいにこの子は処分されてしまうとか、後味の悪い展開は御免被りたいし。


「レイラちゃん、とりあえずは予定通り必要な物を揃えに行こう。移動する為の足も確保しないといけないし、食料や野営道具とかも必要になって来る……まずはそれからだね」

「うん、分かった……うふふ、なんだか良く見るとちょっと可愛いかも♪」

「お前確かさっき食べようとしてたよな?」


 何変な母性に目覚めようとしてるんだ。




 ◇




「うーん……ちょっと予算が心許無いなぁ……」


 それから、その辺の雑貨屋で購入した布を使って子供を背中に括りつけ、旅の為の必需品探しを再開した。今は野営道具を購入出来る店に来ているのだけど、安い物でも結構高価だ。


 どうやら僕が冒険者になってからの稼ぎでは、食料は購入出来ても野営道具や足を確保するには少々お金が足りないという事態に陥った。

 とりあえず長期保存が可能な食料は一週間分購入出来たのだけど、やっぱり野営道具や足の確保は難しそうだ。もうお金が尽きてしまった。今も見ていた目の前の野営道具には、手が出せそうにない。


「あ、じゃあ私が出そうか?」

「え?」


 すると、意外にもレイラちゃんが横からそう言ってきた。

 彼女は自分のギルドカードを取り出すと、目の前の簡易調理器具や寝袋を瘴気を器用に操って持ち上げる。そしてそのままカウンターに立っている店主の前まで持っていき、ギルドカードを差し出した。

 店主はそれを受け取ると何かしらの処理をして、レイラちゃんにカードを返す。レイラちゃんは何かの用紙にサインをすると、持って行った商品を持って戻ってきた。多分購入出来たんだろう。


「レイラちゃん、今のは?」

「え? ギルドカードで買っただけだよ?」


 気になってレイラちゃんに聞いてみると、この世界では、現金引き換えで買い物をする事が一般的だけど、冒険者は稼いだお金をギルドに預けておくことが出来る。所謂銀行の様なシステムがあるらしい。


 そのシステムでは、お金の引き出しや預ける時にギルドカードを使う。

 実はこのギルドカード、一種の簡易魔導具でもあるらしく、ステータス閲覧が出来る魔導具の術式の一部を使用しているらしい。

その効果で、登録された名前と所有者の名前が一致しない限り、ギルドカードには登録者の情報が一切表示されないとのこと。


 でも、偽名で登録する場合もあるから、偽名登録の場合は登録者の魔力の一致で、登録者の情報の開示を設定しているとのこと。

 カードを発行してから最初の約一時間、ずっと所有者が携帯していれば、自動的に携帯者の魔力を登録してくれるらしい。

人間で魔力を持っていない者はいないからね、多かれ少なかれ、魔力は持っているから、それを感知するみたい。

 まぁ魔力登録の場合は一時間の間、奪われたり紛失しないよう気を付けないといけないんだけどね。


 そういうわけで、ギルドカードに名前とランクが表示されている場合はカードと所有者が一致している証拠になる。

 それを有効活用して、銀行システムを形成している。ギルドに預けたお金は、あたかもクレジットカードのようにギルドカードを提示することで、様々な買い物に使えるらしい。

 まぁ購入者本人に領収書の様な書類へサインさせる手続きもあるけれど、現金を一々出さなくても良いことを見れば、スムーズな会計が出来るから便利だね。


 ちなみに、この制度を創り出したのは先代の勇者らしい。

 なんでも物作りや研究といった方面で優れていたらしく、魔王討伐も圧倒的な質量魔導兵器を作って挑んだとかなんとか。どうやら勇者と言っても固有スキルは『希望の光』限定ではないみたいだ。


「ふーん……そうなんだ。でもお金足りたの?」

「うん、Cランクに上がるまでにこなした依頼で得たお金は一切手を付けてなかったから……多分ちょっとした家位なら数件買えるんじゃないかな♪」

「それはまた……頼もしい限りで」


 なんだかレイラちゃんのヒモになってる気がするけど、気のせいだ。今度ちゃんと稼いで返そう。お金いっぱい持ってるとはいえ、レイラちゃんの厚意に甘えるのは僕の米粒並のプライドが許さない。というかヒモはやだ。


「とりあえず、旅の支度のお金は私が出すよ♪」


 くそ、なんか生活能力なんてまるでない様なレイラちゃんに経済力で負けた。なんか悔しいぞ、厚意で言ってくれてるんだろうけど、なんかこう―――全く仕方ないなぁもう♪ って感じの顔に見えてくる。

 僕がそう感じているだけだけど、凄い敗北感。


「……よろしく頼むよ」


 それでも、僕はそう言うしかなかった。お金の力、改めて凄いなと感じた瞬間だった。




 ◇ ◇ ◇




 それから、僕とレイラちゃんはさくさくっと旅に必要な物を購入した。


 食料、調理器具、寝袋、ランタンとかだけど、一番驚いたのはレンタルの馬車だね。めちゃくちゃ高かった。レイラちゃんに感謝だよ、軽くぽんとそんな大金出すとか何者だよって思った。流石はCランク冒険者だなぁ。

 ちなみにこの馬車は次の街にあるレンタル馬車店に返せばいいらしい。周辺の街に広く展開しているんだろう。


 それで、買い物が大体終わったから待ち合わせの武器屋へと戻ってきた。ちなみに馬車は馬屋に置いてきた。まぁ駐車場みたいなものだね、お金は取られるけど馬を預けておける場所だ。

 武器屋の前には、既にリーシェちゃんがいた。剣以外の荷物がない所を見ると、恐らくは宿が取れたんだろう。


「リーシェちゃん」

「ん、きつねにレイラ……その様子だと買い物は終わった様だな」

「うん、一応ね」


 食料や野営道具はレイラちゃんが瘴気を操って持ってくれるから、持ち運びは楽だったね。正直、瘴気を見ても街の人達の反応は薄かった。

 風魔法の応用だとか、色々と説明することは可能らしいし、そうでなくとも固有スキルって言えば大体の事象は説明付くらしい。なんか凄い適当なんだねその辺は。


「宿も一応取れたぞ、質はミニエラに居た時に止まっていた宿と同じくらいだな」

「十分だよ」

「……で、お前の背中の子供はなんだ? また厄介事か?」

「うん、まぁとりあえず詳しいことは宿で説明するよ」

「……そうか、じゃあ付いて来てくれ。宿まで案内する」


 リーシェちゃんも僕が結構な頻度で厄介事に絡まれることを理解しているようで、背中の幼子を見て呆れた様な表情を浮かべている。

 まぁ『赤い夜』や使徒ちゃん、勇者気取り程の面倒事ではないから良いんじゃないかな。可愛いもんだよ、子供一人押し付けられた程度なら。普通ないけど。


「きつね君きつね君♪」

「何? レイラちゃん」

「この子ほっぺぷにぷにしてるぅ♡」

「お前確か魔族だよね?」


 なんなんだ、急に母性に目覚めないで欲しいんだけど。もう別の意味でレイラちゃんが分からないよ。


 そう思いながら、僕はまた大きく溜め息を吐いた。


レイラちゃん、意外と金持ってる。

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