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男の逃げた先に

 どう説明したものかな。僕はそう思いながら、僅かに唸り声を上げながら思考する。


 レイラちゃんと出会ったのは、リーシェちゃんもいた時だったし、偽装してたレイラちゃんの説明とミニエラのギルドの冒険者達から聞いた話で、今までずっとリーシェちゃんの中ではCランクの冒険者となってた訳だ。

 彼女が『赤い夜』だと知った時は、僕とレイラちゃんの二人きりだったし、その翌朝はフィニアちゃんとルルちゃんも一緒だったけど、リーシェちゃんは別室だったから、まるで謀った様に知らずに来ちゃったのか。


 この分だとルルちゃんも勘付いているかもしれないけど、多分知らないんだろうなぁ……フィニアちゃんはどうやら分かってるみたいだけど。


「えーと……レイラちゃんは人間じゃないんだよ」


 取り敢えず説明しよう。受け入れてくれなければまぁそれはその時だ。敵対している訳じゃないんだし、一応は味方なんだから理解はして貰おう。納得してもらう必要はないんだし。


「つまり……レイラは魔族、だと?」

「うん、というか彼女が『赤い夜』なんだよ。僕の左眼を喰った張本人」

「なっ……!? 『赤い夜』だと!?」


 まずはレイラちゃんの正体を明かす。すると、リーシェちゃんは眼に見えて驚いて見せた。見開かれた瞳は僕の隣に佇むレイラちゃんへと向かい、そしてまた僕の方へと戻ってきた。

 何が何だか分からないという表情だ。開き掛けた口が、またぐっと閉じて、僕の説明を待っていた。内心穏やかではないだろうが、それでも思考は冷静に、彼女は説明を聞こうとしていた。


 状況を冷静に理解しようとする姿勢は、大事だと思うね。それはあの勇者気取りに一番必要な力だと思うね。


「どうやら僕の味が気に入ったらしくてね……すっかり僕の後を追いかけて来るようになったんだ。まぁ、今は皆の知ってる『赤い夜』と大きく変わっちゃったけどね」

「変わった……?」

「うん。少し前まで彼女は、夜になったら見境なく欲望のままに生物を喰らう怪物になってたんだけど……なんか妙な変化を遂げちゃったみたいで、分かりやすく言えばAランクからSランクの化け物に進化したんだよ」


 こうして改めて再確認するとレイラちゃんって本当に化け物だよね。つくづく面倒な子に眼を付けられたものだよ。

 まぁ使徒ちゃんが襲ってきた後からなんか大人しくなったけど、そんなに怖かったのかな? 使徒ちゃんの攻撃本当に死ぬかと思ったもんね、仕方ないよ、うん。


「なっ……!? 魔王と同格ってことじゃないか!」


 その事実に、リーシェちゃんが更に驚く。魔王と同格、世界崩壊級(Sランク)の魔族ともなれば当然だろう。レイラちゃんがその気になれば、僕らは一瞬で死んでしまうのだから。


「そうなんだよねー……しかも、彼女の操る瘴気を使えば従来の『赤い夜』を量産する事が出来るときたもんだ……あはは、笑っちゃうね」

「……っはぁ……なんだそれは、なんだかもう凄過ぎて逆に冷静になったぞ」

「まぁそういう訳で、彼女はSランク魔族の『赤い夜』……でもまぁ今は取り敢えず味方のレイラちゃん、それで良いんだよ。僕達にとっては、それだけが重要で、それが一緒にいる理由だ」


 レイラちゃんは今は味方、いつかまた僕を食べようと襲い掛かって来る時が来るかもしれないけれど、その時はその時、敵になった時に考えれば良いんだと思う。

 それに、僕としては『瘴気操作』を手に入れた今、レイラちゃんは良いお手本になる。中身はちょっとアレだけど、そこだけ眼を瞑れば彼女は僕にとって有益な存在だ。舐めたりキスしたりはまぁ交渉の結果約束したことだから我慢するとして。


「……まぁ、それなら良いが……どうせきつねに付いてくると決めた時からある程度覚悟していたことだ」

「え、何? リーシェちゃんそんな眼で見てたの? 僕のこと」

「いや父様がな……きつねはいずれ高い領域へと昇り詰めるだろうと言っていたから、Aランク並の強者が現れてもおかしくはないだろうなと。そうでなくとも、私の当面の目標は父様の背中を越えること―――傍に強者がいるのなら、こんなに嬉しいことはない」

「何あのオジサマ、僕のことどんだけ買い被ってんだよ」


 何やら感極まったのか両の拳を胸の前でぐっと握りながらそう言うリーシェちゃんを余所に、僕は変なことを吹き込んだらしいあのオジサマを思い浮かべながら、引き攣った笑みを浮かべた。

 高い領域ねぇ、高い領域にいる人達から総じてフルボッコにはされたけど、そういう意味だったら僕泣くよ? 次は誰だ、魔王様か? それとも使徒ちゃん関連の化け物か? どちらにせよお断りだね、お帰り願いたいよ。


 僕はただ生きて元の世界に帰りたいだけだっていうのに、どうして皆で僕を虐めるんだ。この世界って本当に僕に優しくないよね。呪いでも掛かってんのかな。


「まぁそれはさておき……レイラちゃんの件はこれで良いって事で、日が暮れない内に次の街へ行こうぜ」

「ああ、足を止めて悪かった」

「良いよ、言ってなかった僕が悪い。あ、待った、やっぱ気が付かなかった君も悪い!」

「どうしてお前はそこで台無しにするんだ」

「きつね君らしいけどねぇ……うふふ♪」


 僕だけ悪いなんて、なんか気に食わないじゃないか。

 言わなかった僕も悪い、気が付かなかった君も悪い、寧ろ自分から言わなかったレイラちゃんも悪い。それでいいじゃないか、皆悪くてつりあいが取れてるんだし。


 僕達はそんな風に付き合って行けばいいんだよ。僕とレイラちゃんとリーシェちゃん、それに今ここにはいないフィニアちゃんとルルちゃん、僕のパーティは凸凹でちぐはぐで、お世辞にもバランスの良いパーティじゃないんだし、きっとそれ位が、丁度良い。




 ◇ ◇ ◇




 それから半日歩き続けて、僕達はグランディール王国から次なる街へとやってきた。此処は国ではなく、ただの街だ。国では大層な門があったけれど、この街では関所の様に門ではなく入り口に兵士がいた。多分グランディール王国の兵士だろう。この街も一応グランディールの庇護下だってことかな?

 ギルドカードを見せたら簡単に通してくれた。ギルドのある国やその庇護下の街ならギルドカードで通れるだろう。


 とりあえず、僕達は街に入ってからまず、宿の確保とルークスハイド王国までの長い旅の準備に動き始めた。


「じゃあリーシェちゃんは何処か宿を取ってくれる? 三人一部屋でもいいし、僕と二人で二部屋でもいいし、そこはリーシェちゃんに任せるよ。出来れば一部屋が良いな」

「ああ、分かった……が、何故一部屋が良いんだ?」

「女の子と同じ部屋の方が良いからに決まってるじゃないか」

「なるべく二部屋を目指すよ」


 ちぇ、リーシェちゃんは真面目だなぁ。一度は皆一緒の部屋で過ごした仲じゃないか、まぁどっちでもいいけどね。レイラちゃんとリーシェちゃんが同じ部屋で過ごせば、それはそれで親睦が深まりそうだし。

 まぁ全員で一部屋なら尚良しってことで。


「僕とレイラちゃんは一緒に旅の準備をするよ、宿が見つかったらそうだなぁ……そこの武器屋の前に来て頂戴。僕達も必要な物を揃えたら戻って来るから」

「分かった、それじゃあ早速動こう」

「うん」


 役割分担も済んだ所で、僕達とリーシェちゃんが二手に分かれる。

 レイラちゃんがさっきから黙ったままなのが気になるんだけど、まぁどうせ発情したとかそういう理由だろう。適当に指でも舐めさせとけば収まると思う。


「レイラちゃん?」

「な、なぁに?」

「指、舐める?」

「えっ……い、今はいい!」


 嘘だろどうしちゃったんだレイラちゃん。顔も真っ赤だし、息も荒いし、どう見ても発情してるじゃん。胸を抑えているけど、それって動悸も激しいってことだろう? そんな状態で差し出された指を拒否だと!?

 一体君に何があったんだ。どうしよう、僕にとって良い事の筈なのに凄く怖い、物凄く怖い! レイラちゃんの変化ぶりには脱帽だよ。どうしちゃったんだ、発情してる訳じゃないなら、紅潮した顔といい、もじもじと両手を絡めたり、挙動不審に視線を動かしたり、そんなのまるで恋する乙女じゃないか!


「あの、レイラちゃん……何か悩み事があれば聞くから、遠慮しないでね?」

「え? う、うん、分かった」


 とりあえず、これから少しレイラちゃんには優しくしよう。何か悩みごとがあるのかもしれない。基本彼女にはつっけんどんな態度を取って来たけど、こんなレイラちゃんは正直不気味だし、違和感しか感じない。

 そういえば、キスを二回やっても良いって言った時とかもどっか行って結局しなかったし、発情した状態も使徒ちゃんとの一戦以降見てないし、それどころかレイラちゃんと触れ合うことすらなかったんじゃないかな。


 変化はもっと前からあったってことか……全然気が付かなかった。


「それじゃまぁ……色々と準備しないとね。行こうか」


 彼女が―――Sランク魔族である彼女が、何を悩んでいるのか、それは全く想像付かないけれど、きっと何か重要なことなんだろう。思い当たるとすれば、彼女がこうなった切っ掛け……多分使徒ちゃんのことだろう。

 あの時、レイラちゃんは彼女の神殺しの稲妻に恐怖し、動くことすら出来なかった。それを気にしているのかもしれない。まぁそれで僕に触れようとしなくなったというのは、説明が付かないけれど。


 いずれきっと、相談してくれるだろう。僕か、もしくはリーシェちゃんに。

 さっきはああ言ったけど、これはもしかしたら部屋を分けた方が良いかもしれないね。僕と二人で。レイラちゃんにとっても、リーシェちゃんにとっても、それが良さそうだ。


「さて……まずは何から揃えて行こうか」


 差し当たり、僕は大人しくなったレイラちゃんを引き連れて、賑やかな街並みへと足を踏み入れた。




 ◇




 桔音が辿り着いた街、名前は『アネクス』。グランディール王国の庇護下にある街の一つだ。

 その街の風景は、グランディール王国と何ら変わりなく、グランディール王国内の武器や資材の質と同等の質で様々な店が立ち並んでいる。城は無いが、富裕層―――所謂貴族達が住んでいる高級住宅街も存在し、そこには貴族も多く住んでいる。

 とはいえ、城のある本国とは違って位の高い貴族はそういない。そういった位の高い貴族は大抵がグランディール王国内に住んでいるからだ。こういった庇護下に置かれた街には、位の低い、中位下位の貴族が住んでいる。


 そして、国を治めている王の代わりに、庇護下に置いて貰っている街を管理する者も当然いる。桔音の元居た世界で例えるのなら、県知事や都知事の様な存在だ。その街の問題や改善点を是正するために上に立ち、より良い街にする為に働く存在だ。

 また、国によって税率は違うが、税金を徴収して国へ収めるのも役目である。


「はっ……はっ……はぁっ……はっ……!」


 税金を納められない者は、その街の長の指示の下然るべき処置が取られる。例えば、持ち得る財産をお金に強制返金させ、税金を払うためのお金を作らせたり、もしくはその身を売って奴隷に落とされたり、もしくは死刑にされることもある。


 一番目の処置なら子供がいれば奴隷として売却させられることもあるし、二番目は言わずもがな、三番目は過激過ぎる処置だ。

 

 どちらにせよ、よっぽどの善人が長でない限りは碌な処置を受けないのだ。


「待て!! 貴様逃げるのか!!」

「はぁっ……はぁっ……んくっ……はぁっ……!」


 故に、税金が払えなくなった者が逃げるなど、そう珍しいことでもない。誰だって、奴隷にはなりたくない。家族を奴隷にしたくもない。まして死にたいなど思わない。


 桔音のやってきたこの街でも、税金が払えなくなった場合は『奴隷落ち』という処置が為される。


 故に此処にも一人、街の警備に就いている警備隊の騎士達から逃げている二人(・・)の人間がいた。背後から聞こえる怒声から慌てて逃げているのは、剃り忘れた様に髭を伸ばし放題にした中年の男。そして男の背中にはまだ幼い子供がおぶさっていた。

 路地裏の薄暗い道を走り、汚い生ゴミを気にしていられないとばかりに踏みながらも走る。騎士達もその後ろを数人で追い掛けていた。


「はぁっ……はぁっ……っこのままじゃ……捕まる……! せめて……せめてっ……!!」


 男は歯を食いしばりながらも走る。騎士達の声が近い。


「せめて……この子だけでも……!」


 そして男は路地裏を走り抜け、その先に騒々しくも賑やかな、多くの店の建ち並ぶ大通りを見た。

 ずるりと足を滑らせて、転ぶ。地面に衝突する前に、背中の子供を護る様に抱きしめた。


 地面を転がる様に、汚いゴミを身体に付けながら大通りに出た。明るい喧騒が辺りから聞こえてきた。そして、騎士達の声が少し遠ざかった。どうやら路地裏の中を探しているらしい。




「―――っと……いきなり危ないなぁ、踏んじゃう所だったじゃないか」



 

 そこに、男の頭上から声が降ってきた。


 男はバッと勢いよくその声の主を見る。

 見た事もない服装に、両眼の色が違う少年。薄ら笑いを浮かべて、男を見下ろしていた。正直、強そうだとか、頼りになりそうだとか、そういったプラスな印象は感じられなかったが、男にはそんなことを考える余裕は全くなかった。


 ただ一つだけ、目の前のこの少年が悪人でないことを祈りながら、男は必死の表情で頭を下げる。


「アンタが誰だか知らない……! でも、頼む……この子を……この子だけで良い! 護ってやってほしい!!」


 男が抱き抱えている子供は、路地裏を走ってきたせいか少しだけ薄汚れていた。まだ物心だって付いてなさそうな幼い子供だ。

 男は子供を半ば強引に少年に預けると、頼む、と真剣な表情で、涙を流しながらまた頭を下げた。そして、そのまま走り去っていく。騎士達から逃げる為に、逃げて行く。


 取り残された少年は、急に預けられた子供の寝顔を見て、あははと乾いた笑いを浮かべた。


「あはは、可愛くない子供だ」


 少年の名前は、桔音。どうやら、また妙なことに巻き込まれたようだ。


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