言ってなかったこと
桔音がやってきて知った、このファンタジーな世界の生物には、『レベル』という概念がある。
それは、知識を蓄えることで上昇したり、身体を鍛えることで上昇したりする。そして、そのレベルの数値に応じて、それぞれの能力値が上昇するのだ。
だが、上昇する数値の伸び幅は、レベルの上げ方で大きく変わって来る。
知識を蓄えることでレベルを上げた場合、ステータスはあまり向上しない。魔力値は上がるが、身体能力値は上がらないのだ。
だが、身体を鍛えることでレベルを上げた場合は、魔力値は上がらないが身体能力値は向上する。
つまり、良くも悪くもレベルの上げ方は様々であり、また上がる能力値も偏るのだ。
そんな中、全体的なステータスを向上させることが出来るレベルの上げ方がある。
それが、『戦闘によるレベル上げ』だ。
魔獣や魔族、人間等、あらゆる生物との命を賭けた戦いを経てレベルを上げた場合、その生物にとって適性の高い能力値を中心に、全体ステータスが大きく上昇する。時には筋力を、時には魔力を、時には耐性を、適性に沿ってだが、それでも全体ステータスが他のレベルの上げ方と比べて桁違いに上昇するのだ。
もっと言えば、レベルを上げる為に掛かる時間もぐっと短い。命を賭けるという高いリスクの代わりに、その分得られる経験値も高いのだ。
それが分かってからというもの、人間という種族は古来より、自分たちよりも強力で、強い種族である魔獣や魔族達に対抗するべく、必死にレベルを上げる為戦ってきた。
最初は集団で魔獣を倒し、レベルを上げ、策を弄する様になり、武器という概念を生み出し、そしてスキルや魔法といった新たな力に気が付いて、いつしか人間は魔獣達や魔族達と同等に戦える程の強さを手に入れた。
すると、強くなった人間達は生き延びるためにレベルを上げるのではなく、より強くなるためにレベルを上げるようになった。
生きようと必死でやってきた戦いには、自分を磨くことの楽しさを見出し、好んで戦うようにもなった。
そうして出来上がったのか今の世の中。冒険者という職も、騎士という職も、根源的には好戦的になった人間達の作りあげた『戦う為の職業』だ。
無論、戦わねば魔獣や魔族達に殺されてしまうという理由もあるが、強くなった故の余裕が人間達に戦う事を楽しいと思わせてしまったのだろう。
とはいえ、それは悪いことではない。戦い、己を磨くことに喜びを感じるのもいいだろう、誰かがそうすることで得する人間もいれば、迫りくる危機にも対処出来るのだから。
さておき、そういった強さをシンプルに表せるのが『レベル』という訳だ。才能や素質でステータスの上昇率は各々格差が出てしまうが、今ではレベルの数値はそっくりそのまま戦ってきた時間を示す。
―――では、それが急に1へと戻ってしまった者はどうなるのか?
ステータスはそのままに、レベルだけが1に戻ってしまった場合、その者は一体どうなってしまっているのか?
桔音は、それを考えていた。
「うーん……」
自分のステータスを閲覧しながら、桔音はレイラとリーシェを連れて舗装された道を歩いていた。
グランディール王国を飛び出して、近くにある次の街へと向かう最中だ。ルークスハイド王国へと向かう為にはそれなりの準備と足が必要だ。グランディール王国で準備を整えられなかった故に、次の街で色々と準備を整えようと考えているのだ。
「……これは僕のレベル1の段階のステータスがこれってことになるのかな……初期状態がこれになるってなったら筋力だって上がるんじゃ……」
桔音が考えているのは、今のステータス。
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv1
筋力:40
体力:1050
耐性:1420
敏捷:1000
魔力:950
【称号】
『異世界人』
『魔族に愛された者』
『魔眼保有者』
【スキル】
『痛覚無効Lv5』
『直感Lv4』
『不気味体質』
『異世界言語翻訳』
『ステータス鑑定』
『不屈』
『威圧』
『臨死体験』
『先見の魔眼Lv6』
『瘴気耐性Lv5』
『瘴気適性Lv6』
『瘴気操作Lv3』
【固有スキル】
『先見の魔眼』
『瘴気操作』
『初心渡り』
◇
レベル1となった今、このステータスが初期ステータスになるというのだろうかと考えているのだ。
桔音がこの世界にやってきた一番最初の初期ステータスは、耐性以外全て2桁という凄惨なものだった。
だが、レベルを上げたことで筋力は元の世界の4倍にも上昇し、他のステータスだって元の世界であれば人外認定をされそうな勢いにまで成長した。今のステータスならば弱い部類の魔獣を一人で倒す事も出来るだろう。
であれば、レベル1となってしまったこのステータス。筋力や魔力以外は4桁という、恐らく過去類を見ない最強のレベル1となってしまったであろうこの初期ステータス。最初の例を鑑みれば、筋力は今の4倍に成長する余地が生まれたということにならないだろうか?
確認するにはまず早々にレベルを上げる必要があるが、魔獣は周囲に見当たらない。舗装された道故に、魔獣もあまり近寄って来ないようだ。
「なにブツブツ言ってるの? きつね君」
「んー……まぁいいか。なんでもないよ、レイラちゃん……なんかこうしてのんびりとした時間を過ごすのは久しぶりな気がして」
「まぁレイラと会って、護衛依頼をこなして、勇者と戦って、謎の襲撃に遭った……かなり連続して色々と騒動に巻き込まれてたからな……確かにちょっと久しぶりの平和な時間な気がするな」
思い返せば腹立たしいこともあるけれど、少しばかり慌ただしい日々を送っていた故に、こうしてゆっくりと時間が流れて行くというのを感じるのが、かなり久々なように思えた桔音。
リーシェも、流れ行く雲や、肌を吹き抜ける風を感じる余裕などなかったように思えて、少し可笑しかった。
「ふーん……確かにそうかもね♪ きつね君と一緒だと退屈しないから良いんだけどねっ♡」
レイラはそう言って桔音に抱きつこうとして、出来なかった。少し焦った様にわたわたと手を振った後、また歩き出した。少しだけ肩を落としているのを怪訝に思う桔音だが、レイラが抱き付いて来ないなら来ないで自分にとって良いことだし、放っておこう、と考え視線を切った。
「うぅ……」
若干頬を赤く染めながら桔音の斜め半歩後ろを歩くレイラ。
まだ自分の心の変化に戸惑っているようで、会話程度なら通常通りに出来るのだが、触れ合おうとすると躊躇ってしまうようになっていた。今までの自分がどうやって桔音と触れ合っていたのか、今の彼女にとっては最大の謎である。
(私どうやってきつね君と触れ合ってたっけ? ちょっと前の私案外凄い子だったよ……)
そんなことを思いながら、レイラは桔音の横顔を見る。左側から見ているからか、取り戻した赤い瞳が見えた。自分と同じ色の、赤い瞳。
(……そういえばきつね君の左眼って私の身体で出来てるんだよね……色もお揃いだし……な、なんかドキドキしてきた……ッッ……むずむずするぅ……!)
くねくねと自分の身体を抱きしめながら身体を揺するレイラ。もう治っているが、自分のお腹の肉を使って作りあげた眼球が、今桔音の眼になっていると考えると、なんとなく込み上げてくるものがあった。嬉しいのか、それとも恥ずかしいのかは分からないが、じれったい様な感覚が彼女の心を掻き回していた。
「あ、そうだレイラちゃん」
「ひゃい!?」
「どうしたの?」
「な、なんでもないっ……なぁに?」
そんな心境で、桔音に話しかけられたことで、慌てた様な変な声を上げてしまった。首を傾げる桔音に、レイラは両手をぶんぶんと振ってなんでもないと誤魔化した。
「あ、うん。瘴気の使い方なんだけど……索敵と物質化以外で何かないかなーって思って」
「え? んーと……どうだろう? 私もまだ分かんないや、使える様になったのきつね君に会ってからだし……出来るかなーって思ったことをやってるだけだから」
「へぇ……そうなんだ」
瘴気を操って出来ること。そう問われて少し考えたが、結局レイラは何も思い付かなかった。
元々彼女が『瘴気操作』を会得したのは、桔音とギルド裏の訓練場で戦った時だ。欲求が満たされ、瘴気によって身体が完全に魔族と化したあの夜からなのだ。
彼女もこのスキルで出来る事をまだ全て把握している訳ではないのだ。故に、これから経験を積んでいかねばならないだろう。
「あ、でも感染出来るよ♡」
「やらないでね」
「はーい」
索敵、物質化、そして桔音以外の人間を『赤い夜』へと感染させ、変貌させることが出来るこの瘴気を操る力。
そして桔音は気付く、今はその力を自分も持っていることを。つまり、桔音もその気になれば『赤い夜』量産が可能ということだ。便利ではあるけれど恐ろしい力を手に入れてしまったと思った。とりあえずこの先物質化による武器化にしか使わないことにしようと心に決めた。
「きつね、まさかレイラの力を使える様になったのか?」
「うん、まぁレイラちゃんほど上手くは使えないけど」
「というか、それってどういう力なんだ? 魔法なのか? 見たことない力だが……」
「まぁ固有スキルだからねー……それに魔族の力だし」
「え?」
桔音の言葉に、リーシェは足を止めた。
それに気付き、桔音もレイラも足を止め、リーシェを見る。彼女は眼を見開いて唖然としており、ぱちくりと二度三度とまばたきをした。
「固有スキル……魔族?」
「……え?」
「あ……きつね君! もしかしてこの子私の正体知らないんじゃないの?」
固有スキルと魔族というワードに唖然としているらしく、桔音も首を傾げたが、レイラはその理由にすぐ気が付いた。そして、桔音に耳打ちでそれを伝える。
桔音も耳打ちされて初めて理解した。
―――そういえばリーシェちゃんにレイラちゃんのこと言ってないや。
レイラ・ヴァーミリオン。桔音にとっては因縁の敵であり、Sランク魔族の『赤い夜』だった。しかし、リーシェにとっては今までずっと、Cランクの冒険者だったのだ。
「……どう説明したものかな」
桔音は頬を掻きながら、そう呟いた。
そういえばリーシェちゃんはまだ知りませんでした。