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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第五章 白い絶望と遥か遠き第一歩
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桔音の恩返し

 少し探してみた結果、レイラちゃんはギルドにいた。

 どうやら朝早くから此処にいたらしく、テーブルの上に身体を倒れさせて項垂れている。長い白髪も一部テーブルに広がって、雰囲気もなんとなく力ない。具合でも悪いのかな? でもあの子人間じゃないし、病気の魔族だし、病気に罹らないだろうあの子は。純粋に気分でも悪いのかな?


「レイラちゃん?」

「あぅっ!? き、きつね君……」

「何してるの? 昨日もいきなりどっか行っちゃったし」

「う、うん……あの時ちょーっと食べちゃいそうになったから他の人を」

「あの時抱いた僕の感謝を返せ」


 なんだ全く、まぁ食べられそうになっててそれを受け入れようとしてたとか怖すぎだよ。密かに命の危機か。

 でもまぁ、大事なくて良かった。いや大事ではあったけど、リーシェちゃんもレイラちゃんも無事、僕もある意味レベルアップ出来たから悪いことばかりじゃない。


 でもさ、ギルドっていっても崩壊したままなんだけど。

 今はテーブルと椅子、依頼書掲示板とかが置かれて、受付嬢達が簡易テーブルで受付をしている。多分立て直しまでは少し掛かるだろうけれど、なんか凄い質素になったな。青空教室ならぬ、青空ギルドになってしまっている。

 大体使徒ちゃんのせいだけど、あの時は何が何だか分からない内に全員気絶していたから、起きたらこうなってたって感覚なんだろうなぁ。それに、自分達の利用するギルドを破壊されたからか、それとも護れなかったからか、冒険者達の表情もどこか浮かない。


「ルーナちゃん」

「……ああ……あんたか」


 受付にいたルーナちゃんもそれは同じで、やっぱり自分がエースを張っていたギルドが崩壊した事が悲しいらしい。セクハラ発言をした僕が目の前にいるのに、昨日までの元気の良い彼女の面影はどこにもなかった。

 まぁそれもそうだろう。仕事場とは言っても、あれほど冒険者達との絆も深く、騒々しくも楽しい場所だったのだから。壊されて良い思いをする筈がない。


「大丈夫?」

「大丈夫、って言いたいところだけど、ちょっときついかな……此処は私にとって大事な場所だったから」


 ああ、やっぱりか。ふーむ、でもこのままじゃ不味いよねぇ、冒険者たちなんて働く気が失せてるし、受付嬢達なんて営業スマイルすら浮かべられない程に憂いた表情をしている。

 どうにかして活気を取り戻さないと。グランディール王国の冒険者達は僕が勇者にやられた時、僕の力になってくれたし、なんとかしてあげたいなぁ。


「……」

「……どうしたのよ?」



 ―――よし。



「ねぇルーナちゃん、ルークスハイド王国に行きたいんだけど、地図とかないかな?」

「え? ああ……それならほら、これあげるわ」

「おお、ありがとう!」


 ルーナちゃんに聞いて、次のルークスハイド王国への行き先を知ろうとしたら、思いがけずルーナちゃんが地図をくれた。そこにはグランディール王国からルークスハイド王国までの安全なルートが書いてある。途中幾つか村や街を経由するけれど、ミニエラからグランディールほど近くないようで、結構日数が掛かるらしい。

 まして、徒歩だともっと掛かるだろうね。まぁ、それはそれで良いか……どうやら都合良く(・・・・)、歩いて半日の所に次の街があるみたいだしね。


 ルーナちゃんの差し出す地図を受け取って、ポケットに入れる。これでなんとか道は分かったし、後は……上手くやるだけだね。



「―――それにしても、すっきりしたねぇ此処も!」



 冒険者達にも聞こえる声で、そう言った。


「は?」

「いやいや、折角直したからちょっと残念だったけど、まぁ此処まで壊れると逆にすっきりするよね! 正直大きすぎだと思ってたし、臭いし、受付嬢の質は低いし、壊れて正解だったんじゃない?」

「なっ……あんた! 喧嘩売ってんの!?」

「だってそうだろう? 君みたいなちいさい少女の癖に巨乳とか、ミアちゃんの方が断然良かったし? ギルドを壊されて意気消沈しちゃってる君達なんて、所詮その程度だろう? あはは、流石は軍事国家だよね! 戦いは強くても精神は弱っちぃんだね!」

「っ……あんたねぇ……!!」


 僕の言葉に、目の前のルーナちゃんが肩を振るわせて怒りの形相を露わにする。周囲の冒険者達もちゃんと聞こえたらしく、僕に敵意の視線を送って立ち上がる。

 リーシェちゃんとレイラちゃんはなんだか分からないと言った顔をしているけれど、放っておいても良い。


「あの勇者といい、巫女といい、この国はどうやらくっだらねーカスしかいないらしい。ギルド壊されても仕方なかったんじゃない? まぁ、どっちにせよ、この程度で落ち込んで何もしない奴らしかいないんだし、遅かれ早かれこうなってたよ」


 言いたい放題言ってしまえ。此処にいる奴ら全員、怒りたければ怒れば良い、こんなことを言われても仕方ないくらい、今の君達はカスばっかなんだから。

 だって、大事な大事なギルドを破壊されても、落ち込むばかりで何もしないんだろう? そんなに落ち込んでいたいんなら、永遠に落ち込んでろ。



「黙れ!! あんたなんかに何が分かるっての!?」



 ルーナちゃんが、吠えた。


「此処にいる奴らは全員、自分の命を賭けて此処で働いてたのよ! ギルドはね、仕事を貰う場じゃない! 命を賭けて働いて、無事に帰って来る場所なの! 帰って来てくれる場所なの! だから、この場所は皆の家なんだ! だからこの場にいる全員が家族なんだ! 家族が死ねば皆で悲しんで、家族が成功すれば皆で祝って、そうやって皆で作ってきた……自分を隠さず曝け出しても、認め合って過ごすことが出来る場所なんだ!! 何も知らないあんたに、そんなこと言われたくない!! 家を壊されて悲しくない奴なんて、この場にいる筈がないでしょ!!?」


 家族、だから悲しむ。ギルドとは家なんだ、ギルドとは家族なんだ、だから一人が悲しめば、皆で励まし、一人が笑えば、皆で笑う。そういう絆を紡いで作りあげてきた大切な場所なんだ。


 だから、こうして皆沈んで、落ち込んで、怒る。


 でも、僕はそれを聞いてもなんとも思わない。結局、君達は家族だなんだと言っても、何もしないじゃないか。皆で落ち込んで、それで何になるんだ? 皆で励ましあって、ギルドが元に戻るのか? ギルドが破壊されたら、その絆ってのは無くなってしまうのか?


 だとしたら―――とんだ絆もあったものだね。


「僕に分かる筈がないだろう。僕が来たのはつい一昨日のことなんだし、家族だなんだと言っても結局は赤の他人じゃないか。なのに皆で傷を舐め合って、絆だなんだと言ってお互いを慰めあってるだけだろう? だって、ギルドが無くなった途端にお前ら落ち込んでるだけじゃないか。仕事もしない、励ましの言葉の一つも出ない、なのにそれを指摘されたら怒る。逆ギレも良い所だよ」

「今は皆そんな余裕ないのよ!! あんたみたいにへらへら笑ってられる人間には分からないでしょうけどね、私達が流した涙は、いつかきっと皆を支える糧になる! 一人、また一人って立ち上がることが出来る!! そう信じてやってきたんだから!!」


 ルーナちゃんは吠える。まるで巨大な龍の咆哮の様に強い力が内包された言葉を、僕に向かって、そして沈んでいる冒険者達に向かって、投げかける。


 そしてそれは、その言葉通りに冒険者達の心を震わせた。


「そうだ……俺達はそうやってこのギルドを作ってきた……大好きな場所だった……同じ冒険者同士馬鹿やって、ルーナの嬢ちゃん達にちょっかい出して、叱られて、命を預けられる仲間がいて……帰ってきたらおかえりって言ってくれる馬鹿達が居るんだ……俺はそんなギルドが好きなんだ!」

「ああ……俺もだ! ルーナちゃんの言う通りだ、俺も此処が大好きだ!!」

「俺もだ!」

「アタシもよ!」

「私も!」

「俺もそうだぜ!」


 俺も、俺もと、冒険者達の瞳に力が戻る。ルーナちゃんの言葉に賛同する様に冒険者達は立ち上がり、彼らはギルドを想う心を胸に、僕に敵意を向けた。


 家族、良く言ったもので、確かに彼らの絆は家族と同じくらい、固く、強いものだった。


「だったらさっさと動けばいいじゃん。結局、綺麗事言っても君達はその程度だ」

「っ!!」

「ぐっ……!」


 ルーナちゃんの拳が、僕の頬に突き刺さる。

 耐性値が上がったおかげか、全然痛くない上に身体も吹っ飛ばない。精々多少上体が揺れた位だった。それ以前に、『先見の魔眼』のおかげで殴られることは分かっていた。まぁ使わなくても彼女が殴って来ることは分かったけどね。



 それでも、彼女の小さな拳は凄く痛かった。痛くないけど、痛かった。



「……私達の絆を馬鹿にするな……! 出てって……これ以上あんたを見てると、殺したくなる……!」


 ルーナちゃんはそう言った。

 僕はそれを聞いて、彼女に背を向ける。扉はもうないけれど、ギルドの扉があった所から僕はそこを離れた。後ろからリーシェちゃんとレイラちゃんが付いてくる。

 敵意の籠った視線が背中に突き刺さるのが分かるけれど、振り向かない。結局、立ち上がれるかどうかは彼女達次第なんだから、僕はその切っ掛けで良い。どうせこの国から出て行くつもりだったからね。


「……いいのか? きつね、あんなこと言って」

「良いんだよ。とっととこんな国からおさらばしよう」


 僕はリーシェちゃんの問いに、そう返した。




 ◇ ◇ ◇



 

 桔音達が去った後、ルーナは肩で息をしながらも自分の気持ちを落ちつけていた。


 言われたい放題言われて、言い返したけれど結局その程度だと吐き捨てられた。殺したくなるほどに怒りの感情が溢れ出たけれど、なんとか自分を抑制する事が出来た。

 

「……はぁ……はぁ……!」

「……大丈夫か、ルーナちゃん」

「……大丈夫よ、大丈夫に、決まってるわ」


 テーブルに手を付いて俯くルーナに、冒険者の一人が心配気に声を掛けたが、ルーナは気丈にそう返した。

 ここでへこんでいたら、先程まで桔音が言っていたことと同じだ。桔音を見返してやる為には、ここで落ち込んでいられない。ギルドが破壊されて辛いのは皆同じ、ならば家族と言いきったその絆は、きっと自分に応えてくれる筈だ。


「皆……」


 ルーナの言葉に、冒険者達の視線が彼女に向かう。


「私は……このギルドが好き……だからお願い、依頼するわ。ギルドを建て直す人手が欲しいの! 報酬は……そんなにお金を用意出来ないけど……それでも!」

「―――報酬は、ルーナちゃん達受付嬢の笑顔、だ」

「え?」


 ルーナは顔をあげる。すると、目の前には笑顔を浮かべた冒険者達が彼女を見ていた。

 お金はいらない。そんなものよりも、家族が笑顔でいてくれることが最高の報酬だ。冒険者は命を賭けて戦うけれど、家族の為に汗を流す仕事だって、それと同じくらい大切な仕事なのだと思う。


 だから、冒険者達にはルーナの依頼に対して、受けないという選択肢は最初からなかった。


 家を立て直すのだ、力は幾らでも貸そう。

 だから皆で笑おう、まだ何もかも終わったという訳ではない。皆で笑う為に、これから先も家族としてやっていく為に、今からまた始めよう。


「皆……」

「笑ってくれよルーナちゃん! アンタはウチのエース受付嬢だろ?」


 不敵に笑ってそう言う冒険者の一人、彼は奇しくも落ち込む桔音に話し掛けてきた冒険者であった。


 ルーナは冒険者達も自分と同じ気持ちなのだと知って、途端に心が温かくなる。嬉しい、素直にそう思った。

 だからルーナはいつものように、自信満々、私が一番だと言わんばかりの元気溌剌で可愛らしい笑顔を浮かべて、こう言った。



「ありがとう、皆!」



 桔音の言葉を切っ掛けに、このギルドは立ち上がる。もう一度進みだした。


ギルドの皆さんへの恩返し。桔音君は結構不器用。

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