急成長の兆し
その夜、僕はゆっくりと眼を覚ました。見覚えのある天井を見ると、恐らくグランディールで取った宿の一室なんだろう。
首を動かして横を見ると、隣のベッドにリーシェちゃんが寝ていた。火を灯した照明がまだ明るく部屋を照らしているのを考えれば、多分まだ就寝する様な時間では無いんだろう。
僕は上体を起こそうとして―――出来なかった。
身体が動かない。そこで何があったのかを段々と思い出して、寝ぼけた頭は一気に覚醒した。
「っ!? レイラちゃん……!」
そうだ、あの後使徒っていう少女が来てレイラちゃんを殺そうとしてたんだ。
まさか、気絶したのか僕は。もしかしてもうレイラちゃんは……!
「呼んだ? きつね君」
「は……ぁ……レイラちゃん……」
「うん、レイラちゃんだよぉ♪ うふふうふふふ、眼が覚めた?」
「……はぁ……良かった、もしかしたらレイラちゃんが殺されたかと思った」
僕の呼び掛けに、レイラちゃんが顔を出した。どうやら部屋の中には居たようで、身体を起こせなかったから視界に入らなかったようだ。
すると、僕は少し安心したのか大きく息を吐いた。身体が動かないのは多分、戦いの中で無茶して身体を動かしたから、怪我以上に肉体への負荷が残ってるんだと思う。少し休めばまた動けるようになるだろう。
そう思いながら、レイラちゃんを見た。首を傾げるレイラちゃんだが、夜なのに発情してないとは珍しい。
とそこで、レイラちゃんが僕の顔に手を伸ばしてくるのが―――分かった
実際にはレイラちゃんの手はまだ伸びて来ていない。なのに僕には次の瞬間レイラちゃんが僕の顔に手を伸ばしてくる光景が見えたのだ。
そして、その光景は現実となり、レイラちゃんの手が僕に伸びてきた。
なんだこれは、と思いながら、はたと気付く。
「……左眼、見えてる?」
左眼が見えている。右眼を閉じても視界が黒く塗りつぶされていない。どういうことだ?
「うん、あの後あの白い子どっか行っちゃったんだけど……お詫びにってきつね君の左眼を治してくれたんだ」
「あの子が……でもどうやって?」
「えーと―――」
僕が左眼を治した経緯を聞くと、レイラちゃんは小難しそうな表情を浮かべながらも、その時の状況を説明してくれた。
◇ ◇ ◇
「無駄な負傷を負わせてしまった謝罪と、お詫びです。よろしいですか?」
その言葉に頷いたレイラは、使徒であるステラの指示に従って桔音の左眼の修復を手伝うことになった。
ステラはどうやら無から何かを創り出すことは出来ないらしく、人間である桔音の眼球を作りだすにはそれなりの素材が必要らしい。といっても、ソレはモノでは無く、眼球のベースとなる情報と眼球分の人肉が必要なのだ。
さしあたり、彼女はレイラにこう言った。
「この少年と同年代の人間はいますか? 私や魔族の眼球は人間のものではないので、人間の眼球の情報が採取出来ません」
まず、人間の眼球を作りだすに当たって彼女はベースとなる情報を求めた。レイラは慌てて誰かいないかと頭を捻る。そこで浮かんだのは、偶然にもリーシェだった。
「この子! この子きつね君と同じくらいの歳だよ! 多分!」
倒れているリーシェを乱暴に抱えて連れてくると、ステラはリーシェの瞼を開いて左眼の眼球をじっと見つめて、何か構造を把握しようと情報収集していた。
そして、数分そうしていると、一つ息を吐いてリーシェの瞼を元に戻す。今度は桔音の左眼の部分に手を当てて、なにやら白い光を吹き掛けた。
「何をしたの?」
「傷口を消毒しただけです。この傷は大分時間が経ってますから、このまま修復した場合病気になってしまう可能性もありますので」
「ふーん……」
ステラの無表情で淡々とした説明に、レイラは良く分からないけどそうなんだろうと頷いた。
「後は眼球を作る為の人肉が必要なのですが……」
「あ、じゃあ私の肉を使ってよ……ッッ……痛ぅ……はい……」
ステラが眼球を作る為に必要な人肉を要求したのだが、レイラは自分の腹部の肉を引き千切ってステラに差し出した。肉の欠けた部分からは血が溢れ、レイラもその激痛に手で抑えていた。
確かに、レイラは『赤い夜』の瘴気によって魔族の身体へと肉体が変質したが、元は人間の体だったのだ、素材に出来ない理由は無い。
ステラはその血まみれの肉片を受け取って、それでは、と前置きの言葉を入れる。
「治療します――――『聖域』展開」
祈る様な姿勢を取った彼女がそう言うと、白い光がドーム状に広がって、三人を包み込む。
レイラは少し気分が悪くなったけれど、我慢して耐えた。
「情報収束、肉体投影、適合処理、―――この者に聖なる癒しを与えたまえ」
そして一際輝かしい光を放ち、なにやら呪文を唱えたステラ。その手の向ける先は桔音の左眼であり、彼女の手と桔音の左眼の間でレイラの肉片が変貌していく。
その肉片は白くなり、球体状に形を変える。そして、眼球だと分かる程に変化した後、その一部が翡翠色の虹彩へと色を変え、内部構造をリーシェから採取した情報を基に組み上げていく。
光が収束し、その眼球はまるで生きているかのように生命の鼓動を感じさせた。
虹彩の真反対側から視神経が伸び、桔音の左眼へと伸びて行く。そして桔音の左眼もステラの光に反応して塞がった肉がうじゅうじゅと蠢いており、噛み千切られた視神経と、新たに創りだされた眼球から伸びる視神経が繋がる。
「―――接合」
ステラが短く唱えると、桔音の左眼の穴に創りだされた眼球がぴったり収まった。
そして、眼球がなかったことで若干瞼を開閉する筋力が衰えていたのだが、眼球が戻ってきたことによって『臨死体験』がその力を発揮する。疲労は残るが、その筋力は桔音のステータスに応じてその力を取り戻して行った。
そして、ステラの身体から光が消え、ドーム状に広がった光の空間も消えた。
「修復、完了……おそらくこれで大丈夫かと思います。少年が起きて、見えていないようであっても、無いよりは肉体のバランスや平衡感覚など、大分マシになると思います」
「うん……ありがとう」
「それでは、私は勇者を追うので……失礼します」
そして治療は完了し、桔音の左眼が完治したことでステラは直ぐにその場を後にした。レイラは桔音を抱きかかえ、ついでとばかりにリーシェも抱えて宿へと戻って行ったのだ。
◇ ◇ ◇
「……なるほどね……なんとか生き延びたってことか」
話を聞いて、なんとか何も失わずに済んだことを理解する。なんとかなった、か。少し安心した。
て、あれ? リーシェちゃんの眼をベースにして、レイラちゃんの肉片を素材に、僕の左眼を作ったの?
―――先見の魔眼をベースに、Sランク魔族の肉片を素材に、僕の左眼を作ったの?
それってヤバいんじゃないの? 僕の左眼大丈夫? なんかブラックな化け物染みたモノになってないよね?
そう思って、とりあえずステータスを覗いてみた。
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv1
筋力:40
体力:1050
耐性:1420
敏捷:1000
魔力:950
【称号】
『異世界人』
『魔族に愛された者』
『魔眼保有者』
【スキル】
『痛覚無効Lv5(↑3UP)』
『直感Lv4(↑2UP)』
『不気味体質』
『異世界言語翻訳』
『ステータス鑑定』
『不屈』
『威圧』
『臨死体験』
『先見の魔眼Lv6(NEW!)』
『瘴気耐性Lv5(NEW!)』
『瘴気適性Lv6(NEW!)』
『瘴気操作Lv3(NEW!)』
【固有スキル】
『先見の魔眼』
『瘴気操作』
『初心渡り』
【PTメンバー】
トリシェ(人間)
レイラ(魔族)
◇
はいおかしい。色々変化してる。
まず最初に、称号の『魔族を魅了した者』が『魔族に愛された者』に変化してる。なんだこれ、レイラちゃんの匙加減じゃないか。好感度上がっちゃったのかな。
次に『痛覚無効』と『直感』のレベルが急上昇だよ。勇者と使徒との戦いでどんだけ経験値得たんだ僕は。ステータスもとうとう4桁突入だよ。
更に言えば予想通り『先見の魔眼』手に入れちゃってるよ! しかもレベル高い! そしてレイラちゃんの肉片使ったせいか『瘴気操作』に加えて瘴気関連のスキルまで習得しちゃってるじゃないか!
そして3つ目の固有スキルが覚醒しちゃってるんだけど。『初心渡り』ってなんだ、全く想像付かないんだけど。使徒ちゃんとの戦いでぼんやりと凄い力を使った様な覚えはあるけれど、ぼんやりだから全然分からない。
でもまぁ、此処まで色々と変化がありましたけれど、僕にとって得なことばかりだからいいよ。
でもなんで僕のレベルが1に戻ってるんだ! ステータスは上がってるけどレベル1に戻るなんてどういうことだ? まさか使徒との戦いでかなり無茶したからレベル下がっちゃった? あの時は命燃やしてた気がするからなぁ……あり得る……まぁステータスが上がってるから良いとしよう。
「大幅レベルアップしたなぁ、僕も……まぁちょっと特異な方向へ行っちゃったみたいだけど……」
レイラちゃんが首を傾げているので、とりあえず『瘴気操作』というスキルを試してみることにした。手の平を出して、レイラちゃんの使っている瘴気をイメージしてみる。
すると、レイラちゃんより出せる瘴気がかなり少ないが、バスケットボール位の瘴気が出せた。とりあえずそれで、レイラちゃんに作ってもらったあのナイフと同じものを作ってみた。
「おお、武器代浮いた」
「あれ? きつね君それって私と同じ?」
「ああうん、レイラちゃんの肉片使ったから僕も多少瘴気が使えるようになったみたいだ」
「へぇ……うふふうふふふ……お揃い♪ 嬉しいな嬉しいなぁ♪ 胸がドキドキする……♡」
顔を赤くするレイラちゃん。発情しているようではないけれど、心底嬉しそうに顔を綻ばせる様子は、中々可愛らしかった。
瘴気を操作することで武器を作れるようになったし、壊れる心配もないし、壊れても再構成すれば何度でも使えるし、結構得したかもしれない。それに、レイラちゃんは僕の左眼の為に自分の身体を―――あ、そうだった。
「レイラちゃん」
「ん、なぁに?」
「僕の為に身体の一部を差し出してくれたんだよね? ありがとう」
お礼は言わないとね。幾ら僕のストーカーだからって、左眼を奪った張本人だからって、僕の為に自分の身体を差し出してくれたのだから。
僕が頭を下げてそう言うと、レイラちゃんは何も言わない。不思議に思って頭をあげると、そこには、
「え……な……そ、そんな……別に違うもん……お礼なんて……」
顔を真っ赤にして口に手をやるレイラちゃんがいた。
僕にお礼を言われたのが予想外だったのか、それともお礼を言われること自体慣れていないのか、それは分からないけれど、彼女はどうやら照れている様だった。こんな彼女はちょっと新鮮で面白い。
「う、うん……どういたしまして」
少ししどろもどろになりながらも、落ち着いた後レイラちゃんはそう言った。しおらしい彼女はどうも調子が狂うけれど、発情している状態の彼女とは違って微笑ましい物がある。
そんな彼女だったからだろうか、僕は自然と感謝の気持ちを抱くことが出来た。
「ああ、そういえば今日はまだキスしてなかったよね。お礼に2回してもいいよ?」
「え? 本当!?」
だからちょっとしたお礼を上げることにした。まぁ彼女にはこれが一番喜ばしいだろう。もう何度もキスされてるし、前々からキスで感染しないか不安だったけど瘴気に耐性も出来たみたいだし、これ位のご褒美があっても良い筈だ。
「それじゃあ早速♡ ちゅー♡」
「はいはい」
彼女が嬉しそうに唇を尖らせるので、僕も眼を閉じて構えた。
けれど、いつまで経っても彼女の唇は僕の唇には触れて来なかった。
怪訝に思い、僕は眼を開ける。すると、そこにレイラちゃんの姿は無かった。ただ、部屋の扉が開きっぱなしになっているのが見えた。
桔音君超レベルアップしました。
固有スキル2つ習得に加えて、レイラちゃんの力の一端もゲット。レベルが1に戻ったことも追々説明が入ります!
ちなみにレイラちゃんの傷は普通に治りました。魔族ですから。