怒り、そして
「つまり、きつね先輩は元の世界に帰る方法を探しているってことか」
「そういうことだよ」
その後、しばらく待っていたらギルドの扉を勇者君が開けて入ってきた。その際、中に居た冒険者達が全員眼を剥いて武器に手を掛けたのは、かなり印象深い。僕も別の意味で殴ってやろうかと思ったもん、勇者君の後から入ってきた巫女姿の美少女を見た瞬間ね。
で、今はその美少女が勇者の分のギルド登録をしているので、その間に話をしようということになった。
それで現在、僕の状況を説明して、帰る方法を探している旨を伝えた訳だ。
「それで、同じ境遇の君がこっちに来た時のこととか、帰る手段のヒントとかないかなぁって思って」
「んー……俺がこっちに来た時は一瞬だったからなぁ……下校中に光に包まれて、気が付いたらこっちに来てたんだ。ああ、そういえば俺を召喚するために人一人の命を代償にしたって聞いたな……」
「人、一人分の命?」
ってことは元の世界に戻る為にも人一人分の命を代償にしないといけないのかな? だとしたら面倒だなぁ、その辺の人を生贄にしないといけなくなる。
それに気がついたらこっち来てた、なんて全然参考にならないじゃないか。もっとなんか情報はないのか、役に立たないな。
「……他には何かないかな?」
「ん……んー……悪いけど、これ以上は役に立てそうもない。俺はこっちに来てからずっと訓練続きだったから、そういった事も調べてないし」
「そっか、まぁ仕方ないよ」
仕方ない訳あるか、つまりは本格的に役立たずじゃないかこの勇者。なんの手掛かりも持っていないって事が分かっただけだ、この国に来た意味が全くないじゃないか。
でも、勇者は何も知らなかったみたいだけど、彼を召喚する術を持っていた王家の人間はちょっと怪しいな。まず異世界の存在をどうやって知ったのか、異世界とこの世界を繋ぐ方法をどうやって見つけたのか、色々と気になる所が多い。
もしかしたら、あのデカイ城の中にそういった事が記載されている書物があるかもしれないな。となると城へと忍びこまないといけなくなるけれど……門番もいるし、ちょっと難しそうだな。
「こっちからも質問して良いか?」
「ん、いいよ」
「きつね先輩は今まで何をしてたんだ? 俺みたいに召喚された訳じゃないんだろ?」
そうだね、君みたいに召喚されてぬくぬくと優遇された覚えはないね。
「僕は魔獣の蔓延る森の中で目が覚めたから、生き延びるのに必死だったよ」
「え」
「スペックは元の一般男子高校生のままだし、武器もないから何度も死に掛けたよ……白熊サイズの狼は出るし、巨大な蜘蛛は出るし、挙句の果てには『赤い夜』に襲われるし……この待遇の差はずるいと思うなぁ」
ジトッとした眼で勇者を睨むと、言葉を呑んだ勇者は少し居心地悪そうに視線を逸らした。正直、自分と違い過ぎる境遇に罪悪感を感じたんだろう。この勇者はどうやら正義感が強いようだから、きっとそう感じると思ったよ。
それに、どうやら君と僕とじゃ初期スペック自体が違うみたいだ。ステータスを見てみれば分かる。
◇ステータス◇
名前:芹沢凪
性別:男 Lv60
筋力:8740
体力:9500
耐性:310:STOP!
敏捷:6800
魔力:2600
称号:『勇者』
スキル:『剣術Lv6』『身体強化Lv4』『俊足』『威圧』『魔力操作Lv3』『天賦の才』『直感Lv2』『不屈』
固有スキル:『希望の光』
PTメンバー:セシル(人間)
◇
化け物かこいつ。Aランクにも届く実力じゃないか。しかもリーシェちゃんのオジサマよりもレベルは下なのに、ステータスはオジサマを大きく上回っている。耐性は僕の方が上だけど、攻撃力高すぎでちょっと腹立つな。
まぁレイラちゃんの方がステータス的には高いけど。
「で、でも……『赤い夜』ってAランクの魔族だろ? 良く生き延びられたな、きつね先輩」
「うんまぁ……色々あってね……左眼は喰われたけど、なんとかなった」
実は今僕のストーカーになってるとは言えないよねぇ。でも、この勇者はレイラちゃんがAランクどころか、Sランクの手の付けられない化け物になっていることは知らないんだよね。僕達はその話はしてないし、今の所僕達以外は皆Aランク魔族だと思ってる訳だ。まぁこれは言うべきことでもないし、黙っておこう。
そう思っていたら、僕の言葉を聞いた勇者は興味が湧いた様に聞いてくる。
「ってことは……見たのか? 『赤い夜』の姿……」
「見たよ。黒い瘴気で覆われてたけど、その瘴気の中で赤い瞳だけが見えた、理性はあるけど、話は通じないね」
「け、結構詳しいんだな」
「色々あったんだよ」
断言出来るね、僕ほど彼女について詳しい人間はいないよ。
「ナギ様、終わりました」
「あ、セシル。ありがとう」
「いえ、どうぞ……これがナギ様のギルドカードです」
「ああ」
すると、そこに巫女服の美少女が近づいてきた。勇者君と一緒に来たし、さっき見たステータスのPTメンバーにあったセシルって子なんだろう。
なんで勇者ばっかりこんな献身的な美少女に恵まれてるんだよ。レイラちゃんと交換してくれ。
「きつねさん、話終わった?」
「ん、フィニアちゃん。ごめんね、まだ終わってないや」
「そっか、長いね!」
すると、またもお面に入って貰ったフィニアちゃんが待ち切れず出てきた。まぁもう良いか、フィニアちゃんを隠しておく理由はないし、窮屈だろうから出てても良いだろう。
そう思って、フィニアちゃんをお面から出してテーブルに座らせた。
「きつね先輩……その子は?」
「うん、僕の仲間の妖精、フィニアちゃんだよ」
「まさか……思想種ですか?」
勇者君がフィニアちゃんを見て眼を丸くしているから、紹介してあげた訳だけど、隣に居た巫女ちゃんはもっと驚いた様な表情でそう問いかけてきた。勿論周囲にバレたら大騒ぎだから小声だったけど。
まぁお面から出てきたし、そう思うのも仕方がないか。ていうかバレバレだよね。
「……まぁ、そういうことになるね」
「そんな……凄い……!」
肯定すると、彼女は更に眼を丸くして口を手で抑えた。やっぱり思想種というのは珍しいんだろう。フィニアちゃんもそう言っていたし、出会えたこと事態がラッキーらしいからね。
すると、話に付いていけない勇者君が口を開いた。
「えーと……セシル、思想種って何だ?」
「あ、と……簡単に言うと、妖精には大きく分けて自然種と思想種の2種類存在するのですが、思想種はこの世界でも数十体しか確認出来ていない非常に珍しい種類の妖精なのです」
「なるほど……で、この子がそうだと?」
「はい……思想種は思いの籠った品から生まれるので、きっとその方のお面がそうなんでしょう」
勇者君と巫女ちゃんの視線が僕のお面に向かう。こっち見るな、欲しいと言ってもあげないからね。これは僕の宝物なんだから。
というか、そこの巫女ちゃんのフィニアちゃんを物欲しそうに見る視線は気に入らないな。それに、勇者の手前だからかもしれないけど、僕を……というか勇者以外の冒険者達を見る目がちょっと格下を見る目をしている。
上手く隠しているつもりかもしれないけど、意外と分かるぜ? 僕はそういう目を良く知ってるからね。
「へぇ……自然種と思想種は何か違うのか?」
「ええ、思想種は自然種よりも大きな力を持ってます。現存する思想種は全てAランク魔族に匹敵する力を持ってますから」
「ってことは……この子も?」
「今はどうか分かりませんが、将来確実にそうなるでしょうね……でも妖精はどちらも温厚な種族ですから、敵対する理由はないですよ」
なんだか二人だけの空間になってるな。僕空気じゃない? ちょっと不愉快だぞこれ、爆発しないかなぁどっちも。
フィニアちゃんも同じ考えの様で、凄く嫌なものを見た様な顔を僕に向けてきた。僕も同じ気持ちだよ、と頷いてあげた。僕とフィニアちゃんの間に何か固い絆が生まれた気がした。
「ん?」
「どうしました?」
すると、今度は勇者の視線がギルドの入り口に向かった。どうやら誰かが入って来たらしい。自然と僕の視線もそちらへと向かう。
そこには吊り眼で豚を見る様な眼をした女の冒険者と、その女の持つ鎖に引かれて入って来る男の奴隷がいた。首にはルルちゃんと同じ『隷属の首輪』があり、鎖が繋がれている。
奴隷の男の身体は打撲痕が多く存在し、虐待を受けているのは見て分かる。勇者の表情が少し歪んだ。
「……セシル、あれは?」
「奴隷ですね、それがどうかしましたか?」
「あれはこの国では普通の光景なのか?」
「えと……なにかおかしいところでも……?」
その会話を聞いて、僕と勇者の間には同じ考えが浮かんだだろう。奴隷は虐げられるのが当然、というこの国の腐った考えに対する嫌悪だ。
でもまぁ、それは仕方のないことだよ。弱い者が虐げられるのは、仕方ないことだぜ勇者君。僕がそうだったんだから。
「……」
どうやら納得出来ないようだね、勇者君は。とんだ正義感の持ち主だ。今ここであの男の奴隷を助けた所で、全ての奴隷が救われる訳じゃない。目の前の者しか救おうとしないのであれば、それは正義じゃなくて自己満足だ。
「……なぁ、きつね先輩」
「なんだい?」
「きつね先輩も……あれは普通だと思うのか?」
「……僕は―――」
その問いに対して、僕は自分なりの解釈を言おうとした。だけど、それは最後まで言えなかった。
「きつね様」
「……ルルちゃん、リーシェちゃんにレイラちゃんも」
先程の女冒険者の後から、ルルちゃん達が入ってきたからだ。多分依頼を受けようと思ったんだろうけれど、今ここで僕の奴隷が現れるのは――――致命的だった。
刹那、
「きつねさん!!」
フィニアちゃんのそんな声が聞こえた。でも、僕はそれに対して答えることが出来なかった。
何故なら、僕はその声が聞こえた時既に、ギルドの壁を破壊して、外へと吹き飛ばされていたからだ。
「がっ……ぐ……がふっ……!?」
地面をバウンドする様に転がって、ガリガリと削る様な音を立てながら静止する。くらくらとする意識をなんとか立て直しながら、僕はギルドの方を見た。
そこには、怒りの形相で拳を振り抜いた状態の、勇者がいた。
そして理解する。僕は彼に殴り飛ばされたのだと。
「……勇者君」
理由は分かる、僕が『奴隷』を連れていたからだ。家族として一緒にいると約束したとはいえ、そんな約束は傍から見れば分からないに決まっている。まして、『隷属の首輪』を付けているんだ。そんな言い訳、通らない。
とりあえず、立ちあがる。すると、立ちあがった僕に向かって、彼は一歩一歩近づいて来ようとし始めた。かなり距離が離れているとはいえ、逃げられる気がしない。
「―――あんたには……違うと言って欲しかった……でも、あんたも一緒なんだな、さっきの冒険者と」
彼は僕を睨みつけながら、そう言ってくる。
「セシルが平気な顔していたから、この国の常識なんだ、仕方ない……と思った。でも、でもだ……あんたは違うだろ!!」
僕の目の前までやってきた彼は、僕の胸ぐらを掴んでそう叫んだ。
「なんであんたはあんなことが出来るんだ!!」
奴隷、日本で生まれた僕達にとっては想像もつかない存在。でも、目の当たりにすれば直ぐに分かる。あれは僕達にとって存在させてはいけないものだ、人が人を虐げるなど、あってはならないことなのだから。
だから、この勇者君は異世界人でありながらそれを堂々とやっている僕が、許せない。
「この世界じゃ、奴隷なんて常識なんだよ……僕には奴隷が必要だった、だから買った……お前みたいに誰でもぬるま湯に浸かれると思うなよ、勇者野郎」
でもだからこそ、僕はそう言った。許せないっていうんだったら、それこそ僕の台詞だ。ルルちゃんは奴隷だけど、家族だ。勝手な思い込みで僕の家族を侮辱するなよ。
それに、君みたいに回りの人間が全員優しくしてくれる奴が、どれだけ恵まれてるかも理解出来てない奴に、そんなことを言われる筋合いはない。
「……そうかよ、分かった。良く分かった……あんたは俺とはもう違ってる人間なんだな」
「そうだね、君みたいな死んだこともない奴と一緒にしないで欲しいね」
勇者はもう、僕を同じ異世界の人間とは思っていないだろう。奴隷を連れている時点でそうだろうけれど、奴隷を買う精神を持った人間を、彼はきっと許さない。
ルルちゃんを家族だと説明するのは簡単だけど、首輪がある時点で彼はそれを信じない。どう足掻いても彼を説得するのは不可能だ。
「……あんな小さな女の子だぞ……お前みたいな奴の傍に置いておくのは許せない」
「は?」
何を言っているんだこいつは。
「セシル」
「……なんですか?」
すると、いつのまにか傍にさっきの巫女ちゃんがいた。勇者は僕の胸ぐらを放して、視線は僕に向けたまま彼女に話し掛ける。
「この国では、強い奴が正しい……だよな?」
「……ええ、そうですね」
「……なら、今ここで俺がこいつを倒したら……俺が正しいんだよな?」
「そういうことになりますね……敗者の全ては、勝者に決定権があります」
「そうか、ありがとう」
彼はそう言って、意識を僕の方へと向ける。
「聞いたな? 俺はここであんたに決闘を申し込む」
「は?」
彼はいきなり、僕に決闘を申し込んできた。何を言っているのか分からないけれど、そんなの受ける理由はない。
それに、戦ったとしても僕に勝ち目も無ければ得もない。なんでそんなことをしなくちゃいけないんだ。
そう考えていたら、勇者は次に信じられないことを言い放った。
「俺が勝ったら……お前の奴隷は俺が連れていく」
決闘で彼が僕から奪おうとしているのは――――ルルちゃんだった。
勇者、激怒