待ち合わせ
勇者を初めて見た感想は、『爽やかなイケメン』だった。
宿を出た時、城は直ぐに見つかった。というか、この国で最も高くて大きな建物だったから多分何処に居ても見えただろう。更に言えば、宿はかなり城に近い場所に立っている。数分歩けばすぐに城の前の門まで辿り着く事が出来た。
そして、門番に勇者に会いたいと言ったのだけど、取り合って貰えない。とりあえず口八丁手八丁で言い包めようとしたんだけど、幸いにも勇者の方から出て来てくれた。
「勇者、であってる?」
「ああ、俺が勇者だ!」
慌てた様子で出て来たから、多分何処かから僕の姿が見えたんだろう。学ランしか持ってないとはいえ、この服を見れば異世界人ってことは直ぐに分かるだろうしね。勇者として歓迎してくれているとはいえ、周囲は世界の違う人間だらけだ。
心の隅に、郷愁の想いがないわけがない。元の世界になんの未練もない限りはね。だから、僕を見ればすぐに出てくると思ってたよ。運が良かった。
「え、と……もしかして、だけど……その……」
すると、勇者は最初の一声にあった勢いが急に失速して、しどろもどろに挙動不審な態度になった。
まぁ、異世界人かどうか聞くのはやり辛いか。まして、これで僕がこの世界の人間だったら恥ずかしいもんね。
「君がどういう世界から来たのかは知らないけど……日本とか地球とか、そういう言葉を知ってる?」
「っ! あ、ああ知ってる! ってことは……あんたも?」
「ああ、そうだよ。僕は君と同じだ」
直接異世界人という単語は使わずとも、勇者と僕、お互いが同じく異世界から来た人間だということは十分に伝わったらしい。
彼は途端に満開の笑顔を浮かべ、少し安堵した様に嘆息した。
「俺と同じ境遇の奴がいたんだなぁ……悪いけどちょっと安心したよ」
「まぁ僕は君よりも先にこの世界に来てたんだけどね」
「そうなのか……えーと……名前を聞いても良いか?」
「僕のことはきつねって呼んでよ、気易く先輩でも良いよ」
彼の見た目は僕よりも背が高く、見上げないと視線が合わない。体格はがっしりしてるけどすらっと長い。服装はこの世界の物だけど、手足が長いから似合ってる。
でも顔立ちはまだ若干若いからから多分年下だろうな。異世界来たのも僕が先だし、先輩で合ってる筈だ。
「ハハハッ、そうだな……じゃあそうさせてもらうよ、きつね先輩」
「あ、呼んでくれるんだ……ちなみに歳幾つ?」
「17だ」
「良かった、年齢的にも先輩だった」
これで僕より年上だったらどうしようかと思った。年上に先輩とか呼ばせるのはちょっと気が引けるからね。
というかこの勇者君随分とフレンドリーだな、かなり高いコミュニケーションスキルを持っているらしい。元の世界じゃ随分とリア充生活を送っていたんだろうなぁ、死ねばいいのに。
「えーと……それで、きつね先輩はなんで此処に?」
「うん、僕は君に用があって来たんだ」
「俺に?」
勇者君は首を傾げて腕を組む。
まぁ僕と君とじゃこの世界での境遇が全く違うから、そう思うのは仕方がない。魔王討伐を目的における君と違って、僕は元の世界に戻ることしか目的に出来ないんだし。
「とりあえず……じっくり話がしたいんだけど、時間ある?」
なんにせよ、話をしない限りは始まらない。勇者として召喚され、この世界にやってきた彼と、死んで訳も分からずこの世界にやってきた僕、その違いはなんなのか、そして僕が元の世界に帰る方法は果たしてあるのか―――。
―――期待を裏切らないでくれよ? 勇者君。
「……分かった、後でギルドへ行くつもりなんだ……待っててくれるか?」
「良いよ、それじゃあまたあとでね」
「ああ」
そうして、僕らは一旦別れる。再度会う約束を取り付けて、僕はギルドへと向かう。お互いに背を踵を返し、僕は元来た道を、彼は城の中へと歩き出した。
とりあえず、勇者に話を聞く約束を取り付けられた。この一歩は大きい。後は話を聞いて、どういう結論を出すか……だね。
「……それにしても……」
少し進んだ所で、僕は首だけ振り向いた。視線の先には、城の中へと去っていく勇者の背中。
「―――なんて威圧感だ、流石勇者だね」
目の前にした時から感じていた、英雄の風格と威圧感。ただでさえ背の高い彼だけど、僕の印象ではもっとずっと大きく見えた。今だってそうだ、去りゆく背中はまるで、巨人の様に大きく聳え立っている。
怖い怖い、流石は勇者……僕とは格が違うね。
「きつねさん?」
「大丈夫、行こうかフィニアちゃん」
実は勇者に会う前にお面の中に入って貰っていたフィニアちゃんが顔を出し、訝しげに僕に話し掛けて来た。妖精は彼にとって珍しいだろうし、理性的な会話をする為に隠れていて貰ったんだ。
僕はそれに対して薄ら笑いを浮かべて返す。振り向いた視線を切って、再度歩きだす。まずは冒険者ギルドへ行くとしよう。
◇ ◇ ◇
それからしばらく歩いて、僕はギルドへやってきた。レイラちゃんに案内してもらって行った場所だから結構迷ったよ。宿の場所も正確な位置が分からないから大変だった。まぁなんとか辿り着けたから良いとしよう。
扉を開けて、中に入る。ミニエラに居た時とは見覚えのない顔ばかりだけど、その一人一人が僕よりも遥かに強い冒険者達の視線が、僕に集まる。
そして、
「―――シッ!!」
「え」
一瞬で僕の目の前にやってきた人影が、僕の頭を蹴り飛ばしてきた。
「あぎッ!?」
「ッッァイ!!」
頭にめり込んでくるのは、固い靴の感触。そのまま誰かの気合の入った大声と共に、僕は入り口の場所から真横へとぶっ飛ばされ、壁に当たって止まった。
そしてさっきまで僕が立っていた場所から、着地する音が響く。ギルド内の喧騒も、その着地音がはっきり聞こえる位に収まっていた。
「……どういうこと?」
「きつねさん、大丈夫?」
「うん、大丈夫なんだけど……どういうこと?」
フィニアちゃんの言葉に返しながら、僕は困惑する。そして状況を理解するべく、着地音のした場所を見た。
そこには、見覚えのある少女がいた。ミアちゃんと同じ様な制服を見に纏い、小柄でありながら豊満な胸を携えて、勝気な瞳で僕を見ている。こめかみには青筋が立っていて、どう見ても怒っているようだった。
そうだ、思い出した。あの子は此処のエース受付嬢……ルーナちゃんだ。昨日僕の発言にブチ切れたんだっけ。まだ怒ってたのか、随分と根に持つなこの子。面倒な。
「えー……と、昨日のことまだ怒ってるの?」
「あったりまえよ! あれだけコケにされて許すわけないでしょ!」
「受付嬢なのに随分とまぁ好戦的な子だなぁ」
「この国じゃ受付嬢だって強く在るのが常識よ、寧ろ受付嬢にも勝てないようじゃこの国で生きていけないわよ?」
此処の受付嬢ってそんな強いのか。流石は軍事国家、戦闘狂の桃源郷、やることなすことみんな脳筋思考か。まぁだからこそ強いんだろうけど。
とはいえ、この子の怒りをどう沈めるべきかなぁ……謝っても許してくれなさそうだしなぁ……まぁ別に良いか、許して貰わなくても。此処に来たのは勇者との待ち合わせだし。
「面倒臭いなぁ……この子」
「今なんて言った?」
「はぁ……あ、この席座っても良い?」
「え? あ、ああ別に構わねぇけど……」
「無視しないでよ!!」
地団駄を踏むルーナちゃんを無視して、僕は手近に空いていた椅子に座った。隣に座っていた筋肉質な冒険者の男に一応確認は取ったし、勇者が来るまで此処で座っていよう。
そう思っていたら、僕の肩にルーナちゃんが手を乗せて来た。
「何かな?」
「あのね……私を―――」
「ごめんね、僕心に決めた人がいるんだ……だから君の気持ちには」
「なんで私がアンタに告白したみたいになってんのよ!!」
なんだ、告白じゃなかったのか。ちょっと俯いて話し掛けて来たからさっきまでの怒りは照れ隠しだったのかと思ったのに。なんだかショックだなぁ、裏切られた気分だ。
「この裏切り者!」
「殺してやろうかアンタ!?」
「ねぇフィニアちゃん……僕初めて女の子に告白されると思ったんよ? なのにいざ蓋を開けてみればこれだよ……何なの?」
「自信過剰だよきつねさん! きつねさんが人間に告白される筈ないじゃない!」
「フィニアちゃん、君は今僕にトドメを刺した」
告白じゃないなら興味ないよ。面倒な子の相手はレイラちゃんで間に合ってるんだし、あまり絡まないで欲しいなぁ。
ぎゃーぎゃーと騒ぐルーナちゃんは放っておいて、僕は頬杖を付きながら勇者を待つ。
そういえばルルちゃん達はどうしてるかな。楽しんでいれば良いんだけど、レイラちゃんがちゃんと護衛してくれてるか不安だな。あの子結構マイペースだし、自分勝手だから。
「ちょっと!」
「なんだよ、さっきから騒がしいよ?」
「うっ……アンタが無視するからでしょ?」
「無視されることするからでしょ?」
「無視されることすることさせること言ったからでしょ!」
「ははは、何言ってんの?」
「殴られたいのアンタ!?」
正直何言ってるか分からないから笑えて来た。子供がじゃれついてきた感覚だね、まぁ彼女の場合そのじゃれつきのパワーが半端無いんだけどさ。でも結構からかい甲斐のある子だ。仲良くはしたくないけど。
顔を真っ赤にして憤慨するルーナちゃんだけど、他の受付嬢の子に呼ばれて渋々戻って行った。最後まで僕を睨んでいたけど、正直僕は悪くないと思う。少なくとも今日は何もしてないよね、僕。
あーあ、周囲の視線が痛いや。
◇ ◇ ◇
桔音と別れた後、凪は直ぐに部屋へと戻って来ていた。
未だに眠っていたセシルをすぐに起こして、外へ出る準備を整え始める。今は早く桔音と話がしたいという考えが前に出て、逸る気持ちを抑えきれずにいた。
セシルはそんな凪を見て、どういうことなのか全く理解出来ていなかったけれど、手早く支度を整える様子を見て、自分もと急いで身支度を整え出す。
そして、そこからしばらくして支度を整えた凪は、服の上から防具や武器を装備して、昨日の内に纏めておいた荷物を抱える。セシルもいつもの巫女服を着て直ぐに意識を切り替えた。
「そんなに急いでどうされたんですか? ナギ様」
「ん、ああ……ちょっと面白い人に会ってな。さっきギルドで待ち合わせしたんだよ」
「へぇ……そうなんですか」
「なんでも俺と話をしたいらしくてな、俺も話をしたい人だったから早く行きたくて」
凪はうずうずした様子で部屋を出る。セシルもそれに続いた。どうやら彼はすぐにでもギルドへ向かいたいと思っているらしく、早足で廊下を歩いている。
そんな様子にセシルは少し考えて、近くを通りかかったメイドに話しかけた。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「あ、はい、なんでしょう?」
「私と勇者様は先にギルドへと発ちますので、シルフィとジークにはギルドへ来るように伝えてください」
「かしこまりました、お気を付けて」
シルフィとジーク、この二人は今回勇者と魔王討伐の旅に出る為に王が用意した人材だ。Aランクの実力を持つ魔法使いのシルフィと、同じくAランクの剣士のジーク、共にかなり腕の立つ実力者だ。
本来ならば一緒に城を出発する予定だったのだが、予想外に凪が早々に出発しようとしているので、後から付いて来て貰うことにしたのである。
そしてそれに了承したメイドが頭を下げた後、セシルはパタパタと凪の後を追って駆けていく。
「待って下さいナギ様!」
「ん?」
「楽しみなのは分かりましたが、もう少し落ち付いて下さい。待ち合わせしているのなら相手は逃げたりしませんよ。それに、ギルドまでの道を知らないでしょう?」
「あ、ああ……そうだな、悪い」
セシルに注意されて、勢いを削がれた凪。少しばかり申し訳なさそうに彼は頭を掻きながら、しょぼんと肩を落とす。まるで親に叱られた子供の様だ。
「ふふふ……それじゃあ行きましょうか。案内致します、冒険者ギルドまで」
そしてそんな彼を見たセシルは、可笑しそうにクスクスと笑って、今度は凪の前を歩く。セシルが肩を落とした凪の手を取ると、彼も気を取り直してまた歩きだした。
勇者なのにどこか子供っぽくて、でも優しい男。それが芹沢凪だ。
「頼りにしてるよ、セシル」
「お任せ下さい、私は貴方の巫女ですから」
この世界に来てからまだ一週間と少し、けれどその短い時間の中で、二人の間には確かな絆が築かれていた。
仲が良さそうでなにより。