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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第四章 引き裂かれる絆
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近づく異世界人

 翌朝、僕達は食事を終えて再出発の準備を奴隷商人達が整えている間に一ヵ所に集合することにした。

 どうせ交代するのなら、と僕達後衛側が前衛へと移動すると、そこには燃え尽た焚き火で炭になった木材を手で握りつぶし、粉にする遊びをしているレイラちゃんと、青褪めた表情で震えながら体育座りをしている女冒険者Bがいた。

 

 なんとなく予想は付くけれど、僕は状況を理解するべく周囲を見渡してみる。すると、すぐに原因が見つかった。

 レイラちゃんの後ろの地面が赤黒く染まっている。そしてあの男Jと女冒険者Aの姿が見えないことから、多分レイラちゃんが食べたんだろう。そして女冒険者Bはそれを見た、かな?


 とりあえず不憫だから僕は女冒険者Bの下へ歩み寄り、話し掛ける。


「えーと、大丈夫?」

「ヒッ……! いや、いやいやいやいや……ごめんなさい……ごめんなさい…許して、食べないで……死ぬのは嫌……いやいやいや……!」


 駄目だこりゃ、話にならない。


「あ、きつね君! おはよっ」


 すると、僕に気が付いたレイラちゃんがにこやかに笑い掛けて来た。まるで人間みたいだ。

 そして近づいてきたレイラちゃんは僕の目の前に座っている女冒険者Bを見ると、ああ、と思い出したかのような表情で苦笑した。


「いやぁ、昨晩きつね君の所に行く途中で二人程食べちゃって……それを見られちゃったらしいんだよー……それで仕方なく話を誤魔化す為に一晩中お話してたんだけど、こんなになっちゃった……うふふっ♪」

「笑い事じゃねぇよ」


 ということは仲間……想い人を食われる様を見た挙句、その喰った本人と一晩中一緒にいたってことか。精神がガリガリと削られる思いだったろうなぁ、何時自分が喰われるのかと思いながら、数時間ずっと話し掛けてくるレイラちゃんの相手をしていたんだから。

 この調子じゃあと二日レイラちゃんの傍にいさせるのは少し可哀想かな?


「えーと……もしもし?」

「ひぃぃぃぃっ!!」

「………このまま『不気味体質』発動したらどうなるかな……?」

「流石きつねさん! えげつないね!」

「君の悪態も久々だねフィニアちゃん」


 なんというか、相当レイラちゃんがトラウマと化したようで、彼女は最早冒険者としてやっていけるかも定かではない程に憔悴してしまっている。この分じゃあ護衛依頼も無理かなぁ。

 そりゃそうか、仲間を全員失って、尚且つ殺した張本人の居るパーティと一緒に依頼なんて出来る筈ないよね。まして、今の彼女はこの中で唯一知己の人間が居ないんだから。


「ふー……仕方ない、今日はレイラちゃんと僕、フィニアちゃんで前衛をしよう。リーシェちゃん、悪いんだけどこの子も入れてもっかい後衛やってくれる?」

「ああ、仕方ないな。私は構わないぞ」

「出来ればまぁ……励ましてあげて頂戴。ルルちゃんも、お願い出来る?」

「はい、分かりました」


 リーダー気取っていたあの男Jがいなくなってしまったから、必然的にパーティのリーダーである僕が指示を出すことになる。

 そして僕は考えた結果、レイラちゃんとこの女冒険者Bを引き離すことにする。リーシェちゃんを一時的に後衛パーティのリーダーにして、ルルちゃんをその補佐の立ち位置に。おそらく女冒険者Bは役に立たないだろうから、後衛は二人だけになるだろう。

 でも、フィニアちゃんを荷馬車の中間に配置しておけばすぐに救援に向かわせられる。レイラちゃんは僕がいればふらふらと何処かへ行ったりしないだろうし、何かあれば彼女に対処して貰おう。


「それじゃ、そういうことで……二日目、頑張ろうか」


 僕の言葉に、全員が頷いた。女冒険者Bを除いて。



 ◇ ◇ ◇



 昨日の奴隷商人とは別の男が御者台に座っている。僕はその隣に座っていたのだけど、レイラちゃんは僕の足の間に座って背中を僕の身体に寄り掛からせている。

 この御者台、実は結構広い。三人位座れる横幅だけど、座る部分は結構奥行きがある。だからか、僕が深く腰掛けて足を開けば間に座れる位のスペースは確保出来るのだ。レイラちゃんは昨日の時点でそれを知っていたからこういう体勢を取ったんだろう。


「うふふうふふふ……二人っきりだね、きつね君♡」

「あーはいはい、そうだね」

「きつね君って華奢だけどやっぱり男の子なんだね、印象よりもがっしりしてるっ♪」

「そりゃどうも」


 レイラちゃんはさっきからずっと僕の方に首を動かして話し掛けてくる。全部スルーしているのだけど、正直良い匂いがするし身体は柔らかいし可愛いし本当なんなんだこの子。後ろからちょいちょい胸の谷間が見えてるしさぁ。

 御者の男も猫みたいに擦り寄るレイラちゃんの黒いワンピースの裾から伸びる生足にちらちらと眼を奪われている。


 この子は丈の短い黒いワンピースのみだから、肩は露出しているし、裾から伸びる白い生足は魅力的だ。首回りはさっぱりしているから首筋や鎖骨、胸元なんかも見えているし、真っ黒なサンダルが素足を包んでいるから余計に露出度が高い印象を持たせるんだ。

 怪物だと分かっているから良いけれど、そうじゃなくただの人間の女の子で普通の感性を持っていたとしたら、きっと彼女は多くの異性にモテただろうね。

 本当、凄く残念な美少女だなぁ。


「ん……レイラちゃん、あっちの方向……何か見える?」

「うん? んー……ああ、魔獣がいるね……それもこっちに近づいて来てる」


 僕は最近得た『直感』のスキルでなんとなく嫌な気配を感じ取った方向を指差し、レイラちゃんに何かいないか聞いてみると、やはり魔獣が近づいて来ていることが分かった。

 彼女は魔族だから、気配察知能力も人間以上だ。しかもそれがスキルではない所がまた化け物染みている。人間もスキルでない第六感的な能力を持っているけれど、やはり魔族には劣るんだろう。


「何体?」

「そうだね……3体くらいかなぁ」

「はぁ……」


 僕の『直感』はそれほどの脅威ではないと告げているけれど、魔獣に襲われるという危険が迫っている事には変わりない。すぐに手を打たないとね。


「フィニアちゃーん!」

「ん! なーに? きつねさん! そこの発情魔に何かされた……あー! なんできつねさんの前に座ってるの!!」


 荷馬車の中間地点で全体を警戒していたフィニアちゃんを呼ぶ。すると、彼女はすぐに飛んできてくれた。すぐにレイラちゃんを疑う辺りやっぱり仲良くは出来ないらしい。


「うん、ちょっとあっちの方から魔獣が3体来てるみたい。お願い出来る?」

「いいけど……う~……」

「あー……レイラちゃん、君も行って」


 フィニアちゃんは頼みを承諾した物の、やっぱり僕に寄り掛かって座るレイラちゃんが気になるようだ。

 だから僕はレイラちゃんにも出るように言う。すると、彼女はくるっと振り向いて悪戯を思いついた様な笑みを浮かべた。


「じゃあ、ちゅーだね♡」

「うーわ凄いめんどくさい……」


 レイラちゃんは自分が僕の仲間では無いことを理解出来ている。だから、僕の指示に従う理由はないし、対価を求める権利があることも理解出来ている。

 故に、性質が悪い。彼女は僕からの頼みに対して何か報酬を要求出来るんだ。今言ったように、キスを求める事も出来る。しかも僕の頼みが大事な要求であればあるほど好都合だ。


 今ここでレイラちゃんを出さなかったら、フィニアちゃんは気が気でないだろう。僕としてもそんな心境のフィニアちゃんを行かせたくはない。

 かといってレイラちゃんを動かすには約束のキスをしてあげないといけない。一日1回、何とも面倒な約束をしてしまったものだな。


「……分かったよ」

「わーい♡ えへへ、それじゃあ……ちゅー♡」

「むむむむむ……!」


 フィニアちゃんが凄く恨みがましい視線で見てくるけれど、レイラちゃんは構わず眼を閉じて唇を差し出してくる。

 そういえば僕からキスするのって初めてじゃない? ちょっと緊張してくるなぁ。怪物だけど可愛い顔してるし、そう思うのも仕方ないよね。


「はぁ………ん」

「んっ♪ はぁぁあ……♡ やっぱりきつね君最高……! じゃあ頑張って来るね! いこっ、フィニア!」

「きやすく呼ばないで!」


 手早くキスを終えて、立ち上がったレイラちゃんはやる気満々、満ち満ちた活力を見せながらフィニアちゃんと魔獣に向かって駆け出して行った。

 そしてフィニアちゃんはやっぱりキスを見せられて不愉快なのか、少し怒った様子で一緒に飛んで行った。


 そして、すぐ近くまで魔獣がやって来ていたのか、フィニアちゃん達が出て行ってからすぐ、鶏の首を締めた様な呻き声が聞こえてきた。きっと瞬殺だったんだろうなぁ、フィニアちゃんの八つ当たりとレイラちゃんの漲る活力のぶつけどころに選ばれた魔獣に、少しだけ同情してしまった。


「冒険者の兄さん……」

「うん?」


 すると、隣に座っていた御者の商人さんが話し掛けて来た。


「アンタぁ……随分とモテるんですねぇ……」

「……出来れば代わって欲しいけどね……」

「…………頑張ってくだせぇ」

「ありがとう」


 少し羨ましそうに僕を見た御者の彼だけど、僕が遠い眼をして返したら、何かを察したのか短く僕を応援してくれた。


 久々に人の優しさを感じた気がした。



 ◇ ◇ ◇



 ―――その頃、グランディール王国では。


 勇者、芹沢凪(せりざわ なぎ)は着々と実力を伸ばしていた。

 教えられたことはスポンジのように吸収し、指摘された所はすぐに直して改善する。彼は勇者として、また戦うものとして、天賦の才能を持っていた。


 勇者として召喚された時、彼は自身の身体能力が上がっているのをすぐに理解した。

 元の世界では運動能力に優れてはいたが、流石に人の域を超えてはいなかった。にも拘らず、この世界に来てから彼は異常な程身体能力が向上していたのだ。走れば馬よりも速く駆け抜け、軽く跳べば数mも高く跳び上がることが出来、殴れば大岩すらも一撃で粉々に出来る。それほどの力を手に入れていた。


 基礎スペックが常人の何倍も上になっていたのだ。そこに王国の騎士達による指導が入れば、彼が瞬く間に強くなって行くのも当然だった。

 桔音が彼のステータスを覗いたとしたら、こんな風に出るだろう。


 ◇ステータス◇


 名前:芹沢凪

 性別:男 Lv57

 筋力:8340

 体力:9010

 耐性:300

 敏捷:6560

 魔力:2400


 称号:『勇者』

 スキル:『剣術Lv6』『身体強化Lv4』『俊足』『威圧』『魔力操作Lv3』『天賦の才』

 固有スキル:『希望の光』

 PTメンバー:セシル(人間)


 ◇


 彼はこの世界へと召喚されて一週間と少し、桔音と比較するのもおこがましいほどに強くなっていた。その強さ、冒険者ランクにしておおよそAランク相当。このグランディール王国の中でも、屈指の実力者に名を連ねるほどだ。

 しかもその正義感溢れる好青年な面もあって、城の中でも気兼ねなく話しかけられ、多くの人に親しまれている。


 称号だけの勇者ではなく、本当の意味で彼は『勇者』だと認められていた。


「『赤い夜』?」

「はい……Sランクに、つまりは魔王に尤も近いAランク魔族の名前です」

「ふーん……そいつがどうかしたのか?」


 そんな勇者、芹沢凪は今、自分のサポート役としていつも傍にいる巫女、セシルと話していた。

 話題は、『赤い夜』……つまりレイラ・ヴァーミリオンについてだ。

 勿論彼らは『赤い夜』の正体を知らないし、ましてSランク魔族になったことなど知りもしない。


「実はこのグランディール王国には隣国にミニエラという国があるんですが」

「ああ」

「一週間ほど前、ミニエラ付近の森に『赤い夜』が出たという情報が入ったんです」

「……それで?」

「幸い、今の所なんの動きもないらしいのですけど……一週間も経てばグランディール王国に近づいて来ていてもおかしくはない、と私は考えています」


 セシルの言葉に、凪は思案する。

 彼はこの一週間ちょいの間で、最も長く一緒にいたのがセシルであることを自信を持って言える。故に、彼は彼女の事を一番信用しているし、一番信頼している。

 勇者としての訓練を終えるまで、幾ら長引こうとも嫌な顔一つせずに待っているし、終わればタオルを持ってきて甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。なにかと異世界での行動で困ることがあれば助けてくれるし、王様と話す時も緊張する凪に寄り添って支えてくれる。

 そんな風に健気に尽くしてくれるセシルは、今の凪にとって信頼出来るパートナーになっていた。恋愛的な意味では無い、あくまで桔音とフィニアのような支え合う関係だ。


 そんなセシルが言うのだ、恐らく勇者である自分でも容易に倒せる相手ではないことは、少し考えれば分かった。


「それで……その『赤い夜』ってのはどんな魔族なんだ?」

「良くは分かりません……が、夜行性で赤い瞳をしています。身体はどす黒い瘴気で隠されていて、未だ真の姿を見た者はいません……ただ、出会った者は全て殺されていて、規格外に強いらしいです……」

「なるほど」


 凪はそれを聞いて、正体不明の魔族に少しだけ恐怖心を抱きながら、興味が湧いた。武者震いとでも言うのだろうか、身体がぶるりと震え、戦ってみたいと思った。その魔族に勝つ事が出来れば、自分はもっと強くなれると思った。


「……セシル、大丈夫だよ」

「……何がですか?」

「その『赤い夜』が来ても、この国は俺が護る! 俺は勇者だ、信じろよ」


 凪は歯を見せて笑う。セシルの艶のある黒髪を撫でながら、彼は力強い言葉でそう言った。

 セシルは不思議と、その言葉に大きな安心感を貰えた気がした。そして、自分に向けられた笑顔に少しだけ頬を紅潮させる。


「……わ、私は……ナギ様のこと、信じてますよ」

「そっか、ありがとな」


 セシルの小さくか細い言葉に、凪ははにかむ。

 そしてセシルはそんな凪の笑顔と頭を撫でられることで顔を真っ赤にして、俯いた。勇気を振り絞って出した言葉もさらりと受け流されてしまい、やられっぱなしだ。


 でも、セシルは思う。


 優しくて、強くて、ちょっと鈍感だけど、皆の期待を背負って前に立とうとするこの人だから、付いていこうと思えるのだろう、と。


 グランディール王国、勇者を召喚し、魔王討伐に力を込めている軍事大国。その中で、勇者は自信を支える巫女と絆を深める。

 だが、勇者にとっても大きな存在となる人物……同じ異世界人である薙刀桔音は、話の『赤い夜』を連れて……すぐそこまで迫っていた。


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