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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第三章 道案内は必要だから
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死を乗り越えて

名前:薙刀桔音

 性別:男 Lv10(↑4UP)

 筋力:40

 体力:180

 耐性:350

 敏捷:210

 魔力:100


 称号:『異世界人』

 スキル:『痛覚無効Lv2』『不気味体質』『異世界言語翻訳』『ステータス鑑定』『不屈』『威圧』『臨死体験』

 固有スキル:???

 PTメンバー:フィニア(妖精)、ルル(獣人)、トリシェ(人間)


 静かだった。


 空は暗く、周囲には誰もいない。薄暗いギルドの裏で、薙刀桔音が瀕死の状態で倒れ伏し、その隣でレイラ・ヴァーミリオンがそれを見下ろしていた。

 レイラの表情は恍惚としていて、両手を顔に当てて涎を溢しながら瞳にハートマークを浮かべている。頬を紅潮し、せつなそうなに眉がハの字を描く。おそらくその表情を見れば全ての男が思うだろう、発情していると。そして多くの男が次にこう思う、襲いたいと。それほどまでに艶やかで、妖艶な姿をしていた。


 だが、それは彼女のことを全く知らない人間の考えだ。彼女は今やSランクの怪物、全世界を赤く染め上げることが出来る力を持った正真正銘の化け物だ。


 『赤い夜』、瘴気(ウイルス)を操る魔族、それが彼女の正体だ。


 レイラは倒れ伏す桔音を見て、自分の周囲に纏わり付く様に浮かんでいる黒い瘴気を操る。すると、彼女の顔が篠崎しおり……ひいてはフィニアの顔から元のレイラ・ヴァーミリオンの顔へと戻った。髪は白髪になったままで、恍惚とした表情はそのままではあるが、これが本当の『赤い夜』の姿だ。


「うふ、うふふふ……そっかぁ♡ やぁっときつね君も私に全てを委ねてくれるんだぁ……♪」


 彼女が思い出すのは、桔音が意識を失う直前に言った言葉。


『レイラちゃん……僕と一緒にいれば良いよ……好きなだけ舐めてればいいよ……もうどうでもいいや』


 全てを諦めて、レイラへの敗北を認めた言葉。どう足掻いてもこれ以上何も出来ない、助けも期待出来ない、生き延びるには絶望的な状況、そしてもう意識を保っていられない瀕死の状態で、桔音はもう自分の命を諦めた。

 そんな中で捻りだしたのが、そんな言葉だ。実質上の敗北宣言。レイラはそれをあたかも愛の告白かのように喜んだ。桔音が自分自身に全てを委ねてくれたのだと、そう思った。喜色満面な笑顔を浮かべて、これ以上の幸福はないと思う程に。


「うふふ、それじゃあ私が精一杯愛して愛して愛して愛しまくって食べてあげる♡」


 そしてレイラはその場に四つん這いになって、桔音の上に被さる。まるで昼間に勝負した時の決着の光景、レイラが桔音を押し倒した様な光景が再現されていた。

 あの時は桔音にキスをしたレイラ、だが今回は違う。正真正銘、正体を明かした彼女は……化け物として桔音を肉片の一つも残さず喰らうだろう。


 レイラは桔音の頬を撫でながら、深く深く愛しているかのように、まるで愛しい恋人にするように、意識の無い桔音の唇を奪う。桔音の血塗れの口内を彼女の舌が蹂躙し、数秒の間ずっと二人の間からいやらしい水音が響いていた。

 そして息継ぎの為に顔を離すレイラ、二人の口と口を若干赤く染まった唾液が糸を引いて繋いでいた。


 そしてキスをしたことで更に熱い息を吐き、びくびくと身体を震わせるレイラ。そして今度は桔音の学ランの前を開け、丁寧に脱がして行く。そして、下に着ていたTシャツも脱がし、彼の上半身が裸になった。

 すると、レイラ自身も瘴気で作りあげた漆黒のワンピースを瘴気に戻し、上半身の肌を空気に晒した。下半身は白い下着で覆われているが、熱く火照った身体は白い肌に反して赤みが差しており、上気したような表情も相まってとても妖艶だ。

 彼女はそのまま桔音の胸板の上に自分の身体を重ねて、桔音の心臓の鼓動を聞く。血液を失って若干下がった彼の体温はレイラの柔肌に染み入り、逆に彼女の身体を更に熱くした。


「えへへぇ……きつね君を感じるよぉ♡ 前よりずぅっと美味しい……全然飽きない……はむ……ちゅ……」


 桔音の胸の中心から首筋を舐め上げ、じっくりと桔音を味わうレイラ。そして桔音の身体から上半身を離し、彼の腰の上に座って見下ろした。自分の指をぺろりと舐めて、桔音曰く不愉快な笑みを浮かべた。


「それじゃあ……何処から食べようかなぁ……やっぱり眼? それとも耳? 腕や足も魅力的♡ でもまぁ取り敢えず……最初は貴方の心臓(ハート)を貰おうかな♪」


 すると、その唾液や桔音の血で濡れた手をつつつ、と桔音の胸をなぞる様にして心臓の鼓動で動く胸の上に置いた。そして、爪を立てるように力を込め、肉を引き裂く――――


「っ!?」


 ―――瞬間にレイラは桔音の上から飛び退いた。


 その赤い瞳は限界まで見開かれ、困惑の表情を浮かべている。先程まで熱く燃え滾っていた血液の沸騰も静まり、赤く染まった顔も冷や汗を掻いて白い肌に戻っていた。

 何があったのか、レイラにも分からなかった。ただ、レイラの魔族としての本能が告げていたのだ、


 

 恐怖の警鐘を。



 意識の無い、動く筈の無い桔音を見て、レイラは何が起こったのか理解しようと頭を働かせる。惚けた思考は一気に冷めていた。

 

 すると、桔音の身体が微かに動いた。


 驚愕するレイラ、何故なら桔音はもう限界だった筈だからだ。肉体はもう極限まで破壊され、動かすことすら困難だった筈だ。

 なのに、彼はその微かな動きから、少しづつ身体を動かしていく。地面を擦り、足を立て、ゆっくりと、その身体を起こし、遂には立ち上がって見せた。ありえない光景に、レイラは理解が追い付かない。


「なんで……起き上がれるの……!?」


 今まで彼はレイラの予想を何度も越えて来たが、これは幾らなんでも予想外過ぎた。


「………」


 桔音は俯いており、表情は窺えない。

 だがレイラには分かる、『不気味体質』が発動している。現に桔音に恐怖を感じているのだから。でも、これは先程までとは桁が違う。先程までは逆に興奮するほどに思っていたのに、今は本当に恐怖心しか抱けない。


 なんだこれは?


「きつね君……貴方は一体…………何をしたの……!?」


 レイラはそう言って、桔音を睨みつけた。



 ◇ ◇ ◇



 スキルとは、ステータスを確認する力を持ってしてもその効果を保有者に明確に示すことはない。特に、『不気味体質』や『威圧』といったパッシブスキルはそうだ。名前から効果を察する事が出来るスキルも多いが、『不気味体質』は当初、桔音もどういうスキルか分からなかった程だ。いや、現時点でも桔音はこのスキルの効果を理解出来ていない。



 『不気味体質』とは、相手の自分への印象を恐怖へと変換するスキルではない――――『最も恐怖する対象を桔音に変換する』スキルだ。


 

 それを理解出来ていなかった故に、桔音はこのスキルを使いこなせていなかった。

 スキルは精神に密接に関係している故に、保有者が弱気でいれば『威圧』の効果も半減するし、桔音の精神が相手に臆していたら『不気味体質』は発動しないといった面がある。

 つまり桔音が自分への印象を恐怖へと変換するスキルだと間違えた解釈をしていた故に、『不気味体質』はその程度の効果しか発動してくれなかったのだ。本来であれば精神的に優位であれば、例えSランクの化け物であろうと逃げ出したくなる程の恐怖を与えるのがこのスキルだ。


 それを、桔音の本能は理解していた。スキルの保有者は本来、自分の持ち得るスキルの効果を無意識の領域で知っている。それを理性が理解しなくともそれなりの効果を発揮してくれるが、理性が理解した瞬間倍以上の効果を発揮するのだ。

 だが、レイラによってその理性を意識と共に失った桔音の精神は、100%本能と無意識で占められる。



 つまり意識を失った状態で発動した『不気味体質』は、本来の効果を存分に発揮する―――!



「きつね君……でもなんで動けるの……?」


 レイラは桔音に意識がないことに気が付く。

 自分もスキルを持っている故に、今自分が抱いている恐怖が桔音の持つスキルの本来の効果であることを理解するのは容易だった。

 しかし、それだけでは彼が身体を動かせる理由にはならない。『不気味体質』が発動するのはまぁあり得ない話ではない。無意識下ではまだレイラへの敗北を認めていなかったとすれば説明は付く。


 ならば何故? 何故動ける?


 その理由は、奇しくもレイラ自身の起こした行動にあった。

 桔音が一番最初に『赤い夜』と出会い、左眼を失った後の話だ。桔音はその時Aランクだった『赤い夜』との戦いを経て、実はあるスキルを手に入れていた。

 これまで一切その効果を示す事も、発動することもなかった唯一のスキル。



 ―――『臨死体験』



 どういうスキルなのか、桔音も全く理解出来ない謎のスキルだったが、それが今ここで発動したのだ。

 このスキルは、桔音が一度死を経験し二度目の死を体感したことで得た、この世界でも桔音だけが保有する超希少スキルだ。


 その発動条件は、瀕死の状態に陥ること。つまりは死に瀕する状態でない限り発動しないのだ。

 そしてその効果は、保有者を死なせない様にするスキル。保有者が死なないように、保有者を殺そうとする脅威から身を護る為に、ステータスにある変化を齎す。


「…………成程、そういうことか」


 そこで、桔音は意識を取り戻した。レイラを襲っていた恐怖心が和らぐ、『不気味体質』の効果が理性の復活によって半減したのだ。

 だが、『臨死体験』の効果は発動したままだ。桔音はこのスキルに関しては完全に理解する事が出来ていた。


「………きつね君」

「ステータス……」


 桔音の名前を呼ぶレイラを無視して、桔音は自分のステータスを見る。


 ◇ステータス◇


 名前:薙刀桔音

 性別:男 Lv10

 筋力:40

 体力:180

 耐性:50400/350

 敏捷:210

 魔力:100


 発動スキル:『臨死体験』

 称号:『異世界人』

 スキル:『痛覚無効Lv4(↑2UP)』『不気味体質』『異世界言語翻訳』『ステータス鑑定』『不屈』『威圧』『臨死体験』

 固有スキル:???

 PTメンバー:フィニア(妖精)、ルル(獣人)、トリシェ(人間)


 ◇


 見ての通り、耐性能力値が異常な程上昇していた。元々の能力値が350であるのに、今の数値はずっと上を行っている。耐性だけで言えば、今の桔音はSランクにも匹敵する―――!!


「なるほど、これは良い拾いモノ……君に会ったのも悪いことばかりじゃなかったみたいだ」


 桔音のふらつく身体が見る見るうちに活力を取り戻して行く。桔音は薄ら笑いを浮かべて、終わった筈の腕を動かし、レイラに向かって人差し指を向けた。桔音の身体は完全に治癒していた。

 レイラはそんな状況に全く付いていけていない。ただ驚愕に眼を見開き、困惑するばかりだ。


「変な話だね、君に殺され掛けて手に入れたスキルで、君に殺され掛けてるこの状況を救われるなんて」


 『臨死体験』。その効果は、相手の殺傷能力の倍の防御能力を手に入れること。この場合、『赤い夜』の攻撃力の軸である筋力数値25200の倍の50400の耐性数値を手に入れることになるのだ。

 そして、この耐性というステータスには防御力という意味の他に、自己治癒能力も含まれる。つまり、今の桔音は一時的にSランク以上の防御力や自己治癒能力を手にしているのだ。


 そう、それこそ……世界を崩壊させる攻撃を防ぎ、数秒で完全回復出来る力を。


「君の力を借りている様な気もして悪い気もするけど……そんなの関係無いね! 僕の力は僕の力だばーか!」


 そして一時的とはいえレイラを凌ぐ力を手に入れた桔音は凄く強気だった。それはもう強気だった。口端を吊り上げて、くつくつと喉を鳴らして笑う。


「て、僕上半身裸じゃん……なんか濡れてるし……全く」


 桔音はそう呟きながら落ちていたTシャツと学ランを着直した。そして、レイラの方を向いて言う。


「で? 随分と大人しいじゃない、僕のことが大好きなんじゃなかったの?」

「……あはっ……ごめんねきつね君……なんか私きつね君のこと好きじゃなかったみたい……ただ美味しい君が好きだったみたいだよ」

「やっと気が付いたか、君の言ってることは何もかもそういうことだ。恋に恋して、好意を勘違いして、好きでも無い奴を好きだとかほざいて、滑稽な程発情して、馬鹿らしいほど狂った愛を囁いて、今こうして間違いに気が付いた。Sランクの怪物も大したことないね、ただ発情してた馬鹿だ」


 桔音の『不気味体質』の本質を見たレイラは、状況は理解出来ないままただ一つ、桔音への好意が恋愛でないことを理解した。何故なら、あの恐怖を味わった今、自分は桔音への好意の一切を失っていたからだ。

 桔音の言葉を聞いて、その通りだと思った。ついさっきまでの自分は馬鹿だった。恋を見誤った、ただの馬鹿だった。


 桔音は俯いたレイラを見て嘆息する。ようやくこの怪物を引き剥がせそうだと思った。事実、彼女はもう自分のことが好きではないし、今の自分は彼女がなにをしようとその全てを防ぎ切ることが出来る。形勢逆転の状態だ。


 しかし、


「うふ、うふふ……でも、でもでも、私気付いちゃった♪」

「え?」

「今度こそ私、きつね君のことが好きになっちゃった♡ こんなに面白い人初めてっ! 此処まで私の予想を裏切るなんて、興奮しちゃう……!」


 レイラは、改めて桔音に好意を抱き始めたのだ。

 先程までは餌に群がる動物と同じ心境だった、でも今は桔音を餌としても人としても好意を抱いている。予想を超え、限界を超え、そしてSランクである自分をただの馬鹿と吐き捨てて見せた桔音が、どうしようもなく愛おしく思えたのだ。

 今なら桔音を食べられなくても構わないと思えるほどだ。


「いやいや待てよ、違うだろ。そこは諦めて森へ帰れよ」

「うふふ、うふふふふ……でもきつね君言ったよ? 僕と一緒にいれば良いよって言ったよ? 言ったよね? 言ったもん、言った筈、言ったでしょ? 嘘吐いたの? 違うよね? だって私は貴方が大好きだもん!」


 桔音は思った。やっちまったと。


「これからずぅっと一緒、ずっとずっと一緒♪ 今度こそ私の好きを全身で感じさせてあげる♡ 私の味を教えてあげる♡ だから私に貴方の全部を頂戴?」


 また頬を紅潮させ、熱い吐息を漏らし、赤い瞳にハートマークを浮かべて、ぞくぞくと震える身体を抱きしめながら、『赤い夜』―――レイラ・ヴァーミリオンはそう言った。



桔音君、一時的にチートと化しました。

次回辺り、『赤い夜』と決着を着けます。

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