番外編 しおり開催、女子会①
女子会――それは男子禁制の空間で開催される雑談をするイベント。
数名の女子で集まり、お菓子やジュースなどを楽しみながら各々の近況や恋バナ、流行や興味のある事、愚痴や悩み事に至るまであらゆる話題で盛り上がる。男子がいないからこそ、信頼できるメンバーだからこそ見せられる自分の素や本音は、否応なくメンバー同士の距離を縮めることができる。そんな素敵なイベントだ。
そして今回、校内屈指のコミュ力お化けである篠崎しおりが、あるメンバーを集めて女子会を開催したのである。
これはその一部始終を捉えたお話。
◇
「はい! というわけで、女子会を始めたいと思いまーす!」
此処は篠崎しおりの自宅、しおり本人の部屋である。
中央に置かれた白いテーブルの上には洒落たテーブルクロスが敷かれ、その上には様々なお菓子が所狭しと広げられている。全体的に女の子らしい普通の部屋であるが、家が裕福なのかそこそこ広い。テーブルを囲んでいるメンバーを入れても余裕があるくらいには、広い部屋だった。
そんな空間でしおりが女子会開始の音頭をとったのだが、それに対する反応はあまりなかった。当然だろう、そもそも此処にいるメンバーは女子会などしたことのない面々ばかりなのだ、そのノリに付いていくには経験が足りない。
絶妙なまでに微妙な空気の中、ポッキーに手を伸ばして咥えたのはレイラ。
「強引に集められたけど、女子会ってなに?」
そしてポキッと小気味いい音を立ててポッキーを折ると、レイラはしおりにそう問いかけた。
この場にいるのは、しおり、レイラ、リーシェ、ステラ、メティス、ノエルの六名。レイラの問いは自分たちも訊きたいことだったのか、全員の視線がしおりに集まる。
「特に難しいことでもないよ! ただ女の子同士で集まってお菓子でも食べながらお話したいなーって思って! 向こうの世界で皆がきつねさんとどういう風に出会ったのかとか、どんなことをしていたのかとか気になって」
「つまり雑談ということか……このメンバーを集めるから何事かと思ったぞ」
「くひひっ♪ 確かに、リーシェちゃんからしてみれば錚々たるメンバーだもんねー」
しおりの説明に、安堵の声をあげたのはリーシェだった。
リーシェからしてみれば、自分以外の異世界組は全員異世界で出会った強敵だった者ばかりだ。レイラは言うまでもなく、ステラやメティスは太刀打ちできない相手だったし、ノエルに関しては魂を抜かれて軟禁されるという経験がある。
この世界に来てから敵対関係ではなくなったとはいえ、このメンバーが集まっている空間というのは、リーシェからすれば中々に背筋が凍ってしまう。
とはいえ雑談をするだけなら特に怖いこともない。
リーシェは肩の力を抜いて、自分の前に置かれた飲み物を一口飲んだ。
「えー、あんまり楽しくなさそうだけど?」
「レイラだって、自分の知らないきつねさんの話が聞けるかもしれないよ? 気にならない?」
「きつね君の全部を知る必要はないよ、私きつね君が何を隠してても大好きだもん♪」
「ぐぐぐ……ずるいぃ~!」
退屈そうなレイラにしおりは桔音をチラつかせるが、あえなく失敗。レイラの桔音に対する思いの強さが、動かざること山の如しだった。何を隠していようが、どう変わろうが、桔音を好きな自分の気持ちが変わることはないという不動の想いがレイラの魅力。
しおりはそんなレイラのぶれない在り方を尊敬しながらも、嫉妬してしまう。命のやりとりが常に傍にあった世界を桔音と共に過ごしたレイラと違い、しおりは一般的な女子高生だ。
フィニアの心がしおりの中に戻った以上想いの強さは負けていないのだが、しおりは命のやりとりをする経験などない。人の行動や思考に不安になるし、人の言葉で揺らぐことも普通にある。
レイラとしおりの違いは、そういうところだった。
「ま、まぁ、レイラはこういう奴だから……あまり気にするなしおり」
「リーシェちゃん……ありがとう」
「それで、雑談といっても何を話せばいいのでしょうか?」
すると、そこでステラが初めて声を出した。
一連の会話の流れを聞いて状況やこれから行われることは理解したが、ステラも人と会話することの経験は少ない。
学校では触れてはならない領域とばかりに近づいてくる生徒もそうおらず、あまりの神聖さに必要な事務的会話から雑談に繋がることもないのだ。ステラ自身、会話を広げようとしないのもあるのだろうが。
しおりはステラの言葉に気を取り直し、こほんと咳払いを一つ。
「そうだねー、じゃあ皆がきつねさんと出会った時の話を聞かせてほしいな!」
「きつねと出会った時、ですか」
「うん! きつねさんと一緒にこっちにきたってことは、皆きつねさんとは仲間だったんでしょ? その経緯が気になって!」
しおりの言葉に、それぞれが桔音と出会った時のことを思い出していた。
ある者はニヨニヨと笑みを作り、ある者は苦笑を漏らし、ある者は両手で口元を隠しながらクスクス笑っている。
それらの反応から、しおりは面白そうな話が聞けそうな予感に胸が躍った。
「それじゃあ、この中で一番最初にきつねさんと出会ったのは?」
「私か? いや、レイラか? 私が最初に会った時にはもうきつねの左目はなかったしな」
「え、左目?」
「あ、そっか、フィニアがいないから私が一番のりだ♪」
「待って、左目ないってなに?」
「じゃあ私から話すね♡」
「スルーなんだね? よしわかった、詳しく聞かせてもらうとしましょうか」
リーシェの言葉に引っ掛かったしおりだったが、レイラが桔音との思い出を思い返してニヤニヤして話を聞いてくれないので、聞きの体勢に入った。
ステラやメティス、ノエルもその辺のことは知らないのか、興味本位という空気でレイラの語りを受け入れる姿勢を整える。
レイラはそんな面々を見て、ふふん♪ と最後に思い出し笑いを漏らしながら語り始めた。
「私ときつね君が最初に出会ったのは、森の中だったよ♪ フィニアはもう一緒にいたけど、ルルがいなかったから多分あの世界に来たばっかりだったんじゃないかな?」
「来たばかりでお前に出会うとは……きつねらしいな」
「ふふふ♪ 最初に出会った時は、凄く美味しそうだなぁーって思って追いかけ回したんだよね♪」
「いいよいいよ、不穏なワードが出てきたけど最後まで聞くよ」
レイラの言葉の端々に不穏な空気を感じるしおりだったが、どうせスルーされるのでまずは最後まで聞くことにして続きを促す。
「あの世界に来たばかりだったからか、その時のきつね君は弱っちくてね? ちょっと叩いただけで瀕死になっちゃって、私の不意打ちでフィニアも気を失ってたし、恰好の獲物だったよ♪」
「よく生き延びたなきつね」
「それで、意識を失ったきつね君を何処から食べようかなぁって思って、左目を抉ったんだけど……それがすっっっっごく美味しくって! あまりの快感に身体が壊れちゃいそうだったから思わずその場から離れちゃったんだよね~♡」
「はい、限界です」
しおりが想像していたようなほのぼのエピソードどころか、初っ端からエグイグロトークが始まって、しかもそれを自分以外が平気な顔して聴いている光景に、しおりの限界がきた。突っ込まざるを得ないエピソードである。
しおりは前のめりになってまるで惚気話をしているようなレイラにツッコミを入れだした。
「まずちょっと叩いただけで瀕死ってなに!?」
「ちょっと空高く飛んでくくらい殴っちゃっただけだよ?」
「瀕死の状態で左目抉るって何してるの!?」
「美味しそうだったから……こっちで例えると……キャンディー?」
「左目食べて快感ってどういうこと!?」
「私人を食べて快感を得られる魔族だったし?」
「というか! そんなことをされて一緒にいたきつねさん、何やってるの!?」
「落ちつけしおり! ちゃんと説明するから!」
レイラの説明が端的過ぎてパニックを起こしたしおりに、リーシェが慌ててストップを掛けた。
確かに、レイラという存在を知らない者が聞けば意味の分からない話であることは、事前に想像できたことだろう。リーシェはしおりにレイラの存在や足りない部分の補足説明を行いながら、レイラの話の詳細を伝えていく。
レイラが元々人を食らう『赤い夜』という魔族だったこと、桔音の左目を喰うことがきっかけで桔音自身に惹かれはじめたこと、その後桔音の仲間になって、桔音に獲物とは違う意味で惹かれ、恋をしたこと、それはもう言葉を選んで説明した。
「……なるほどね、レイラは人類を滅ぼすこともできる力を持ったSランク魔族で、きつねさんの身体が抜群に相性が良くって、追いかけ回している内に好きになったと」
「ま、まぁそういうことだ、多分」
「…………いやそれでもおかしいよね? きつねさんよくそれ受け入れたね?」
「そこはまぁ、きつねの異質な部分というか……そのおかげでレイラという戦力を得られたわけだし、助けられたことも多い。まぁ、普通じゃない選択だと私も思う」
「流石きつねさん……簡単に想像を超えてくるよ」
「実際、フィニアもきつねの行動に振り回されていたからな……苦労していたよ」
リーシェの説明で幾分落ち着いたしおりだったが、その結果桔音の特異性が浮き彫りになり、自身の半身でもあるフィニアの苦労を思い知る。
リーシェも話していて改めて思う。フィニアという存在が、あの小さな身体で如何に桔音を導いていたのかと。彼女がいなければ、桔音はどんどん変な道へと進んでいったに違いない。
言葉や行動ではなく、彼女が存在していたことが桔音にとって大きな道標になっていたのだと、改めて思ったのだった。
「まぁ、その後もきつね君を食べたいって衝動はあったけど……好きになってからは、食べたくないなぁって思うようになって、嫌われたくないないなぁって思うようにもなって……気付けばこんな風になってたんだよ」
「……レイラって凄いなって思っていたけど、レイラをこんな風に変えたきつねさんが凄かったんだね」
「そ、そうだな」
しおりは思う、桔音の異質さは元々此方の世界でも際立った個性として在ったものだが、それは異世界に行っても変わらなかったのだと。
人とは違っていて、歪んでいる精神だったからこそ桔音は独りでも折れなかった。段々と周りに人が増えても、異世界人であるという孤独感は振り払えなかっただろうに、それでも折れることなく前に進み続け、痛みを無視して傷を負って、最後の最後にきちんと自分の下へと帰ってきた。
そんな桔音だからこそレイラを変えられた。
そんな桔音だからこそレイラは変えられた。
「……ふふ、まぁ無事に帰ってきてくれたからいいよ。レイラがどうしてこんなにも強くきつねさんを想えるのかもわかった気がするし」
「当たり前だよ♪ 私はきつね君が大好きだもん♡」
しおりはレイラの大好きという言葉に込められた意味をようやくわかった気がした。
レイラにとってその言葉は、単に好きだという気持ちが込められているわけではない。
食べて食べて、食べるしかない人生だった自分を変えてくれた桔音に対する感謝でもあり、自分の自由を教えてくれた人への尊敬であり、初めて食べたくないと思えた人への愛情表現なのだ。
故に揺らがない。
見知らぬ他人がなんと言おうと、桔音が自分を変えてくれた事実は揺るがないからだ。
だからレイラは素直に言葉にするのだ、桔音に、私は貴方が大好きなのだと。
「じゃあ次! 会った順番はどうでもいいから、平穏にきつねさんと会った人!」
それはそうとして、グロイ話は聞きたくないしおりだった。
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親友を守り異世界へと消えた桔音は、親友の元へ帰るために危険な異世界で手がかりを探す‼︎
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加筆修正をして、Web版とは少し変わっている部分もありますので、是非お手に取っていただければと思います!
よろしくお願いいたします。
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