番外話 ある日の昼下がり
可愛い、ただそれだけです。
異世界から無事に帰還して、異世界組としおりとの挨拶も済み、ドタバタした生活が落ちついた頃の話。桔音達は新たに始まった高校生活と平和な日常を享受していた。
これはある日の昼休みの時間のことである。
◇
「それで、話って何かな? ステラちゃん」
「ええ、少し相談が」
桔音は中庭のベンチで、今やこの学校のスーパーアイドルと言っても過言ではない程人気を得たステラと昼食を共にしていた。
神々しさすら感じさせる神聖な雰囲気、日に当たってキラキラと輝く白い髪、無機質な露草色の瞳も相まって、まるで芸術品の様な存在感を持つステラは、嫌でも目を引く。桔音を嫌悪する周囲の生徒達には、これでもかとばかりに嫉妬の視線を送られている。
この日、登校時にステラから昼食時に時間を取ってほしいと頼まれていた桔音は、しおりとレイラに用事があると断りを入れてこうしてきたという訳だ。
「相談?」
「はい、最近下駄箱に差出人不明の手紙が大量に入っているのですが、これはどういう文化なのですか? この世界の常識は得ていますが、このような文化は私の知識になかったので」
「……」
「参考として、一枚持参してあります」
そう言ってステラが取り出したのは、青白い封筒に入れられた手紙。差出人は『貴方を想う一途な僕より』となっている。桔音の表情がうげ、と歪んだ。
ラブレターであることは間違いない。それが分からないということは、おそらく一般常識とは違って、少女漫画などフィクション系の知識は一切与えられなかったということなのだろう。文化といえば文化ではあるが、どちらかといえばこれは色恋の慣習のようなものだ。
「これ読んだ?」
「いえ、何かの罠の可能性もあると思ったので」
なんて痛々しい差出人名だと思いながら、桔音はソレを受け取った。
ステラの罠という言葉に、異世界での癖が抜けていないのを感じる。彼女の家にいるのはノエルとメティスの二人、どちらも頼りにならなそうだ。
異世界でも恋文くらいはありそうなものだが、靴箱に投書するという方法はないのだろう。桔音は溜め息をつきながら、躊躇なく開封して中身を取り出して読み始めた。
― ― ―
――拝啓、親愛なるステラ様
突然のお手紙、失礼します。
きっと驚かれたことでしょうが、僕にはこの気持ちを抑えることがどうしても出来なかったのです。感情に敗北した僕をどうか許して下さい。
今年度が始まってから、僕は廊下で初めて貴女を見かけました。
なんて美しい方だろう、そう思いました。気付けばその時から、僕の心は貴女という鎖で囚われてしまったのです。まさしく愛の鎖。ですが、僕は貴女に縛られるのなら、これ以上の幸福はないと思います。
何故なら貴女は僕の目の前に降り立った天使、いえ女神なのだから。
僕の気持ちは日が経つごとに大きくなり、僕を縛る鎖は締め付ける力を増すばかり。
ああ、いつしか僕の心はBroken Heart。
聖なる貴女の腕の中で、眠らせてほしい。
僕のこの天にも届く愛を、受け取ってほしい。
愛するステラさん、僕は貴女をなにより愛しています。
貴女が望むのなら、僕は100万本の薔薇を持って貴女に愛を叫びましょう。100万ドルの夜景よりも尊い貴女の為に、僕は世界の全てを敵に回しても貴方のナイトになりましょう。
願わくば、この想いを直接告白させていただきたい。
今日の放課後、夕日の輝く屋上でお待ちしています。
貴女の騎士より。
― ― ―
痛すぎていっそ哀れになる程のラブレターだった。
ポエムと手紙が上手いこと混ざったような混沌とした手紙。この差出人はおそらく相当なナルシストなのだろう。もしくはステラが芸術品のような人物だから、そういう雰囲気の手紙を作ろうとしたのか、だ。
なんにせよ、相当面倒くさい相手だろうことは、すぐに理解出来た。
「これいつ貰ったの?」
「一週間前です」
「哀れな……」
ということは、ステラは夕日の輝く屋上にはいかなかったということなのだろう。なんて可哀想な男なのだ、自称ステラの騎士よ。
桔音は額に手を当てながら暫し唸る。
「この手紙には、私が『使徒』であることや、騎士の存在を仄めかす言葉が入っていますね……まさか異世界の人間でしょうか?」
「いや、違うと思う。ただの痛い人だから、無視していいと思う」
「?」
「これはラブレターだよ。恋文……ステラちゃんを好きって人たちが、告白したくて出したんだと思う」
桔音の言葉にステラは首を傾げる。
「恋文……私はこの手紙の差出人と接点はないと思うのですが、この世界では見知らぬ他人に愛を囁くのですか?」
「いや、ステラちゃんを見て一目惚れしたんじゃない? ステラちゃんって美人だし、そういう人がいてもおかしくはないと思うけど」
「美人……そうですか、一目惚れ……成程、分かりました」
ステラは疑問が晴れたように頷くと、自分の横に置いていた包みを桔音に差し出した。
見た目は完全にお弁当だが、桔音はその行動に首を傾げざるを得ない。どういうことなのかと戸惑っていると、ステラはいつも通り淡々と口を開く。
「相談の御礼です。贈る品を考えてみたのですが貴方の趣味嗜好を私は知らないので、相談時間に合わせて昼食を作って来たのですが、これでも御礼にならないでしょうか?」
どうやらステラは桔音にお弁当を作ってきてくれていたらしい。
桔音は首を軽く傾げながら無表情にお弁当を差し出してくるステラに、相変わらず万能な子だなと苦笑する。まさか料理までこなすとは思わなかったのだろう。
そんなことはないよ、と返しながら桔音はソレを受け取った。
手紙の差出人が見ていたら血涙でも流しそうな光景だが、ステラは単純に相談料を払っただけだ。
といっても、ステラの手料理を食べられる男はそういないだろうが。
「ありがたくいただくよ」
「はい、そうしてください」
淡々とそんな会話を交わし、ステラはもう一つ用意してあった自分のお弁当を広げる。
相談は終わったのだから、あとは昼食を取るのが昼休みの正しい使い方だ。ステラは綺麗な姿勢のまま、上品にいただきますと呟くと、無言のままに昼食を取り始めた。
会話をしないという今時の女子高生には珍しいタイプだが、彼女はそういう人間なのだ。
桔音も貰ったお弁当を広げて、いただきますと箸を伸ばし始めた。
二人は一切会話をすることなく、無言で同じお弁当を食べる。気まずさはなく、寧ろ二人にとってはそれが普通であるような空気。
ステラがいるからか、中庭には人が寄り付かない。
彼女の神聖な姿と静謐な中庭の空気が合わさって、なんだか絵画の様な光景が出来上がっていた。
「……(タイトルを付けるなら、『死神と使徒の昼下がり』かな? なんてね)」
ステラの作ったお弁当は、とても美味だった。
◇ ◇ ◇
「あーあ、きつね君がいないとつまんなーい……」
教室では、レイラが自分の机にぐでーっと身体を倒してだらけていた。
昼休みに入って、桔音とお昼を食べようといそいそとやってきたのに、当の桔音が用事があるといって何処かへ行ってしまったのだ。
レイラが学校に来るのは桔音に会いに来るためであって、けして学校生活が楽しいからではない。
そもそも、クレデール学園で見せたように、彼女は滅茶苦茶頭の出来がいいのだ。それこそ、事前に手に入れた教科書や問題集を読んで解くだけで、授業を受けなくてもテストで満点を取ることが出来るくらいに。
そんな訳で、少々不満げなレイラ。
彼女の頭上にぴょこんと生えたアホ毛も、心なしか萎れてしまっている。可能なら桔音に一日中くっ付いていたいのだ、彼女は。
「くふふふっ♪ またレイラちゃんが我儘言ってる」
「あはは……ほらレイラちゃん、一緒にお昼食べよ」
「んー? ……ノエルとしおりだ」
そんな彼女の下へお弁当を片手にやって来たのは、同じクラスのしおりとノエル。
転校してきたあの日、いきなりライバル宣言されたしおりの心は穏やかではなかったが、不思議とレイラに対して嫌悪や憎悪のような感情は抱かなかった。おそらくフィニアがしおりの中に戻ったことの影響だろう。
フィニアも、レイラのことは認めていたのだ。故にしおりも、その影響でレイラのことをすんなり受け入れられたのだと思っている。またレイラも、フィニアと同じ顔をしたしおりのことを素直に受け入れることが出来ている。
今では桔音を取り合うライバルにして、友人だ。
「はぁ……学校って窮屈だね、向こうの世界でも思ったけど」
「私は楽しんでるけどねぇ、ご飯は美味しいし、色んな人と話せて楽しいよ?」
「それはノエルが死んでたからじゃん」
「凄いパワーワード」
三人机を突き合わせて、お弁当を広げる。レイラは未だに気分が落ちているが、二人が来たことである程度持ち直したようだ。
この世界に来てから少し、異世界組はそれぞれの学校生活に慣れてきている。
中でもノエルは一番満喫しているようだった。幽霊の状態だったから出来なかったあれこれを、ここぞとばかりに楽しんでいる。友人も増え、幽霊の時の名残か、彼女の纏う少し不思議な空気感は、密かにファンを増やしているようだ。
無論、それは他の面々も同じこと。
レイラなど、転校したその日に桔音にダブルキスをかましたにも拘らず、その日の内にファンクラブが結成されたくらいだ。当の本人は少し面倒くさがっていたが。
「でもレイラちゃん、昨日も隣のクラスの男の子に告白されてなかった?」
「モッテモテ~♪」
「私、きつね君以外に興味ないもん」
レイラはしおりの問いに対し、視線はお弁当に向けたまま、さも当たり前のことの様にサラッとそう言うと、ご飯をぱくっと口に入れた。もぐもぐと口を動かしていると、二人が黙ってしまったのでどうしたのかと顔を上げる。
すると、しおりもノエルもレイラのそのド直球な言葉に固まってしまっていた。
「え? 何?」
レイラはそんな二人にどうかしたのかと首を傾げる。
「むー……ずるいなぁ……もぉー、可愛いなぁー」
「ふふふっ♪ しおりちゃんも負けられないね~」
するとそんなレイラに対し、しおりがなんとも言えない表情で悔しそうにご飯を食べ始めた。レイラの様に普段から直球で気持ちを言葉に出来るというのは、しおりからしてみれば羨ましく、そしてそんなレイラを心から魅力的で可愛いと思ってしまうから、なお悔しい。
悔しがるしおりを、ノエルがくすくす笑ってからかう。そんな二人に、レイラは意味が分からず首を傾げるばかりだ。
そして三人が昼食を食べ終えた頃だ、なんだか廊下側が騒々しくなった。
何があったのかと視線を向ける三人だが、そこへ聞き捨てならない会話が聞こえてきた。
「おい、なんの騒ぎだ?」
「見ろよ、ステラさんときつねの奴が中庭で仲良さそうにしてやがる……胸糞悪ィなチクショー」
ガタガタッ、レイラとしおりが同時に立ち上がった。
そしてすぐさま二人は廊下に飛び出し、廊下の窓から見える中庭を見る。そこには会話通り、桔音とステラが一緒にベンチに座っていた。
何をしているのかと良く目を凝らすと、ステラがなにやら手紙を桔音に渡しているではないか。それだけで廊下に居た生徒達全員が騒めき立つ。
「ラブレターか!?」
「うわあああ! 嫌だあああ!!」
「ステラさんがあんなのにぃぃぃ!!」
ラブレター。
異性が異性に渡す手紙なんて、それしか想像出来ないだろう。しおりとレイラは引き攣った笑みを浮かべて硬直してしまっている。
すると、ステラがなんだかすっきりしたような表情で桔音にお弁当を渡したではないか。手作りのお弁当を作ってくるなど完全に恋人のそれではないかと、廊下にいた生徒達が精神的ショックでバタバタと倒れていく。
しおりとレイラの顔は遂に青褪め始めた。
桔音とステラは同じベンチで昼食を食べている。なんだか絵になる光景に、二人は空いた口が塞がらなかった。
「き……」
「な……」
そして数秒後。
「きつねくぅぅぅん!!!」
「どういうことなのきつねさぁぁぁん!!」
二人は中庭に向かって駆け出した。
その後、誤解が解けるまで少しの時間を要したことは言うまでもない。
明けましておめでとうございます!
2018年は如何でしたでしょうか? 社会的にも災害的にも様々なことがあって、大変な一年だったことと思います。
そんな中、無事に新年を迎え、こうして皆様と物語を通して繋がれる幸福を噛み締めています!
番外話はこれからも原稿作業の合間に、二次創作同様更新していきますので、今年もどうぞよろしくお願いいたします!
ステラちゃん天然可愛い!しおりちゃん嫉妬可愛い!レイラちゃん純粋可愛い!




