震える彼の手を取って
それから数日が経ち、来る日の深夜――場所はミニエラの宿、その広い食堂。
この場には、桔音を含め、この場にはフィニア、ルル、リーシェ、レイラ、ノエル、屍音、ステラ、メティスといった、此処まで共に帰ってきたメンバーが一同に集まっている。
そこに、初代勇者である神奈や現勇者である凪、巫女であるセシルも加わり、大魔術師アシュリーと最強ちゃんの姿もあった。
つまりは異世界人とその関係者が大集合という、錚々たるメンバーが集まっているという訳だ。
理由は当然、桔音が元の世界に帰る方法を見つけたから。
この場には桔音の他に、ノエル、メティス、神奈、凪、最強ちゃんと、計六人の異世界人がいる。その在り方はそれぞれ違うものの、元は異世界人としての魂を持った存在達だ。
「皆、忙しい中……それもこんな時間に集まってくれてありがとね。夜にならないと貸し切りに出来なくってさ」
「なら別の場所でも良かったんじゃないですか? ギルドの会議室とか、なんならグランディールの城内に幾らでも部屋がありますし」
桔音の言葉に反応したのは、巫女セシル。
桔音が凪を狂気から救い上げてからというもの、吹っ切れたのか桔音に対して物怖じしなくなっている。
敵対関係が解消されたからか、桔音が以前纏っていた不気味な雰囲気がなくなったからかは分からない。だが、現在凪の子供を身篭っているらしいので、人間的に一皮剥けたのかもしれない。
「まぁそれでもいいんだけど、あくまで僕達異世界人の話だからね。あまり仰々しいのも好かなかったんだよ」
「そうですか」
「そんなことはどうでもいいじゃない。さっさと本題に入りなさいな」
前置きはそこそこに、面倒くさそうにアシュリーが話を進めろと口を挟む。
最強ちゃんを連れてくる為に付き添いでやってきた彼女だが、この場においてあの『神』と対面したことのある数少ない人物だ。この場にいることを桔音が許したのも、それが理由だろう。
桔音は苦笑いを浮かべながら、咳払いを一つ。
そしてゆっくりとした動作でポケットから取り出したのは、ユーアリアを倒した際に手に入れた異世界帰還の鍵、『悪神の種』だ。
ぼんやりと赤黒く光を帯びており、まるで生き物であるような脈動を感じさせる異質さは、普通ではないことを一目で理解出来る。
テーブルにそっと置かれたソレに、全員の視線が集まるのを感じ、桔音は口を開く。
「これが僕達異世界人が元の世界に帰るための鍵、魔獣や魔族をこの世界に生み出した『悪神の種』だ」
「……この世界の脅威が全てこんな小さなものから生まれただなんて」
「まぁ驚くのも無理はないだろうけどね。元々は悪神そのものだったわけだし、今は貯めこんでいた力を失ってるから危険はないよ」
さて、と桔音は続ける。
「僕のスキルで、これを使えば元の世界に帰ることが出来ることが分かった。でも確実に帰れるかどうかは正直分からない所なんだ」
「あの、その桔音先輩のスキルってなんなんですか?」
「話の腰を折るなよ凪君……まぁいいや。僕の手に入れたスキルは、存在しうるあらゆる結末を引き寄せる力……例えるなら、この椅子を蹴り飛ばして、横に倒れる結末やひっくり返る結末といった"結果"を選択して、自由に現実に引き寄せることが出来るってこと」
桔音の手に入れたその運命を捻じ曲げると言わんばかりの力に、当然その場にいる全員に動揺が走るが、本題はその先だ。
凪の質問の答え、視線で納得したと判断した桔音は、更に話を進める。
「まぁそういうわけで、これを使えば元の世界に帰ることが出来る結末が見えたわけだ」
「成程ね、それならさっさと帰っちゃえばいいじゃない」
「アシュリーちゃんの言うことはご尤も、でもそう簡単にはいかない」
「…………神?」
「流石、最強ちゃんの言う通りだよ」
アシュリーの言葉に対し、その為に乗り越えないといけない問題があることを提示する桔音に、答えを出したのは最強ちゃんだった。
当然だろう。
この世界において、あのふざけた存在に会ったことがあるのは、桔音とアシュリーと最強ちゃんの三人だけなのだから。桔音とアシュリーを除けばその発想が出来るのは彼女だけだ。
桔音は神の存在について、全員に説明した。
その存在によって桔音達がこの異世界に送り込まれたことから、その存在が元の世界に帰る方法があると教えてくれたこと、とにかく知り得ることを全て話した。
その上で、その神が味方であるわけではないことも。
「多分だけど、元の世界に帰るにはもう一度神に会うことになる。だから僕のスキルだけでは帰ることが出来ないんだと思う」
「つまり、神を打倒しなければならないということですか?」
「いや、それは違うと思うよステラちゃん。そもそも僕達を送り込み、さらにはその生死すら指先一つで気分のままに操作出来る神に、戦って勝つなんて土台無理な話だ」
元は神を殺すことを目的に生きていたステラにとっては、ソレは想像し難いことだった。
確かに、この世界における神である所のユーアリアを打倒することは出来たが、桔音達の言う神は更にその上を行く存在。いわば、次元が違う世界を生きている存在だ。
この世界を丸々本に描かれた物語と定義した時、その神はそれを読む読者なのだ。その本を丁寧に保存するも、燃やしてしまうも自由――そういう存在。
「ならどうするの? きつね君」
「簡単だよレイラちゃん」
痺れを切らしたレイラの単純な問いに、桔音は不敵に笑みを浮かべて答える。
「やることは今までと変わらない―――心の折り合いさ」
つまりは話し合い。
自分の意見を通す為に、相手に折れて貰う。
桔音が今までやってきたことと何ら変わらない。戦いの中であっても、それ以外でも、桔音達はいつだって相手の心を揺さぶり、その在り方を揺るがすことで勝利を掴んできた。
ならばきっと、心に罅が入っていたとしても、それが桔音らしいということなのだろう。
「あの神に会って、僕の要望を全部聞いて貰う」
「あははっ! きつねさんらしい我儘だね!」
「要望全部って……全く何を願うつもりなんだかな……」
桔音の強気な言葉に、フィニアやリーシェが思い思いに反応する。他のメンバーもそれぞれ呆れていたり、笑みを浮かべていたりだ。だが決して否定的な色はなかった。
「そこで本題なんだけど」
「え? 今のが本題じゃないの?」
だが、桔音が話したいのはここからである。
この世界に来てから今まで、自分の為と思いながらも結果的に他者を救ってきた桔音。戦わなければならないから戦い、目的の為に必要だったから力をつけ、しなくても良いことも時にしてきた。
他人の我儘を受け入れ、時に他人を救い、他人の為に戦ったり、優しい言葉も厳しい言葉も投げかけてきた。事実、彼が誰かに自分の我儘を言ったことなんて殆どないのだ。
そんな桔音が初めて、他人の人生を賭けてでも通したい最大の我儘。
桔音は今日までずっと共に生きてきた仲間達へと視線を向け、彼女達が今まで見たこともない様な儚い表情を浮かべる。
それは今までの強い桔音とは全く違い、その姿は弱く、小さな子供の様だった。
彼の中の止まっていた時間が動き出したからこそ見えた本当の桔音。
彼は生まれてからずっと求めていたのだ。
「僕は皆と離れたくない……だから、僕と一緒に来てほしい」
自分の手を握ってくれる温もりを。
◇ ◇ ◇
翌日――桔音達は、森の中にある開けた場所へとやってきていた。
そこは桔音の始まりの場所。レイラと初めて遭遇した、ミニエラの近くにある森の中だ。
此処に来るまでに魔獣が襲ってきたりもしたが、如何に桔音が弱体化していようと周りはそうではない。レイラ一人いれば危険など欠片も無く辿り着くことが出来た。
この場所を選んだのは、なんとなくだ。
一番最初にこの世界の地を踏んだ場所を選んだだけのことで、特に理由があったわけではない。始まりの場所を終わりの場所にするのも一興と考えただけのことだ。
「……じゃあ、始めようか」
桔音はポケットから『悪神の種』を取り出す。
『きつねちゃん、本当にそれ飲むの?』
「うん、多分そうしないと意味がないんだと思う」
桔音はノエルの言葉にそう答えて、一気に『悪神の種』を飲み込んだ。
桔音は最初、『悪神の種』に直接スキルを発動したが、結末を引き寄せることが出来なかった。何故か理由が分からなかった桔音だったが、そこは流石のアシュリーだと言うべきだろう。
彼女は『悪神の種』そのものには異世界に戻る様な力はないと予想を立て、ならばそれを取り込んだ存在にそういう可能性が生まれるのではないかと推測した。
あくまで推測に過ぎなかったが、桔音はそれを踏まえて他に方法がないのもあり、それを実行することにしたのだ。
幸いにも、飲み込んで身体に変化はない。
多少異物感を感じるくらいだろうか、身体の中に熱の塊があるような感覚だった。
「きつね君……大丈夫?」
「うん、大丈夫そう……それに、アシュリーちゃんの予想は当たっていたみたいだ」
「じゃあ……」
桔音は頷く。
「――『祈り逢い』発動」
そして自分に対してスキルを発動させた。
脳内を駆け巡るあらゆる結末の数々を精査し、その中の一つを掴み取る。異世界に戻るための道、その可能性を引き寄せた。
瞬間、桔音の身体を中心に光が溢れた。
「きゃっ……!?」
「なんだ!?」
身構え、警戒するフィニア達。
しかし、その光が消えた時――そこに桔音の姿はなかった。
おそらくは例の神の下へと行ったのだろう。
あとは桔音がソレを成し遂げるかどうかだ。フィニア達はソレを祈って待つことしか出来ない。力になれないことは歯痒いが、彼女達はそれでも桔音ならと信じている。
中でも、フィニアは下唇を噛むようにして桔音が居た場所をじっと見ている。
桔音とフィニアが出会ったのもこの森の中だ。
そしてフィニアが密かに桔音を護ると誓ったのも、この場所なのだ。
桔音の大事な戦いに、自分は何も出来ないのか。
無力感にフィニアは悔しくてたまらない。しかも、桔音は自分の媒介であるお面をルルに預けていった。何度見ても、そのお面はルルの手の中にある。
戦力外と言われたわけでも、足手まといと言われたわけでもない。事実桔音がそう思っている訳ではないことも分かっている。
それでも――
「悔しいね、フィニア」
「! ……レイラ」
「私も悔しい……きつね君の力になれないことが」
不意に降ってきたレイラの言葉に、フィニアは視線を送る。
本当にレイラは変わったと、フィニア自身思う。最初に出会ったあの頃と比べれば、天地がひっくり返ったんじゃないかと思う程別人だ。
見れば、レイラは両手を握りしめて表情を曇らせている。
否、レイラだけではない。
「……」
ルルやリーシェも、同じだ。
皆不安を隠せずにいる。その上で力になれない自分に憤りを感じていた。
仲間だからこそ、桔音を大切に想い、桔音が信じてくれているからこそ、自分達の手の届かない領域に進む桔音に付いていけないことが嫌だった。
でも仕方がないのだ。
それが彼の我儘を叶えるために必要なことなのだから。
一緒にいたい――ただそれだけを願うことが、どれほど勇気のいることだっただろうか。
彼の優しさに触れ、彼の苦しみを知り、いつだって自分を削って戦い、自分以外の何かを救う為に必死になって生きる彼が抱いた、小さな我儘なのだ。
叶えてあげたいと思うのは、当然のことではないか。
だから彼女達は応えたのだ。
―――僕は皆と離れたくない……だから、僕と一緒に来て欲しい。
―――いいよ。
震える彼の手を取って。
お待たせしました!舞台が終わり、時間に余裕が生まれたので執筆に戻ります!
今年中に完結まで持っていきますよ!応援よろしくお願いします!
あと、以前お知らせしたアカウント削除の件は運営と掛け合った結果、無事に片が付きました!
ご心配お掛けしました。今後ともよろしくお願いいたします!




