結末を勝ち取るために
―――あれから、約一週間の時が過ぎた。
屍音の力で本土まで戻ってきた桔音達は、一先ず近くの街で宿を取り休息を取った。
そして宿のベッドに飛び込んだかと思えば、全員が泥の様に眠りに付き、肉体ではなく精神的に蓄積されていた疲労が爆発したように眠り続けた。
此処まで戦い続きでやってきた桔音達は特に、ようやく全ての戦いに区切りが付いたことで、久しぶりにぐっすり眠った。そしてそれはユーアリアとの戦いに決着を付けるために生きてきた最強ちゃんも、神殺しの為に戦ってきたステラも同じ。
大所帯ということもあって、幾つかの部屋に分かれてはいたが、皆一様に深い眠りを存分に享受した。
そして目が覚めてからは様々な場所を巡った。
今まで訪れた場所、出会った人々に会いに行った。まるで今までの軌跡を遡るように、クレデール国にも、ジグヴェリア共和国にも、ルークスハイド王国にも、グランディール王国にも、そしてミニエラ王国にも、行った。
桔音はこの世界で多くのことを学び、大きく成長した。大切な物を手に入れたし、支えてくれた人も大勢いた。だからこそ、帰る前にはやはりちゃんと挨拶がしたかったのだ。
屍音の転移を使った故に、一週間でも十分それぞれを回ることが出来た。そしてその旅には、桔音以外のメンバーも付いて来てくれた。最強ちゃんもやることがなくなった以上、ステラと同じくなんとなく付いて来ることにしたらしい。
とはいえ、ルークスハイド王国にいたアシュリーに再会した時、彼女はアシュリーの下に残ったのだが。
ちなみにクレデール国は滅んだので、ルークスハイド王国に生き残りが移動した以上、残っていたのは誰もいなくなった跡地のみだった。死体が残っていなかったのは、おそらくアシュリーが始末したのだろう。
そして今、桔音達は始まりの地であるミニエラ国にいる。
到着した時にはもう日も落ち、夕方から夜へと移り変わっていく時間だったので、桔音が初めて泊まった宿を取り、休んでいる所だ。
そして今この部屋に桔音以外のメンバーはノエル以外いない。リーシェは実家に顔を出しに行っているし、フィニアとレイラとルルは共に入浴しに行っている。ステラとメティスは別部屋だ。もしかしたら二人も入浴しに出ているのかもしれない。
「……この宿、お風呂出来たんだなぁ」
『前はなかったの?』
「僕が居た頃にはなかったなぁ。裏手に井戸はあったみたいだけど、風邪引きそうだから僕は使わなかったし」
だから桔音は今、久方ぶりにゆっくり考えに耽ることが出来る時間を手に入れていた。ノエルが居るが、悪戯好きな彼女も空気は読める。疲れ知らずの身体ではあるが、桔音の気持ちもなんとなく理解出来ていた。
桔音は部屋の窓辺に椅子を置いて、外を眺めるように座る。
そこから見える景色は、やはり前とあまり変わらない懐かしさを感じた。明日は何をしようかと考えながら、まずはギルドに行って受付嬢のミアに会うのもいいかもしれない、なんて思う。
「……」
『……』
沈黙が二人を包む。
考えたいことは、いや、考えなきゃいけないことは別にあることくらい分かっている。ミニエラを除けば大方の人と挨拶を終えた。明日ミア達に顔を合わせて挨拶を終えれば、もうやり残したことはないだろう。
そうなれば、あとはもういつ帰るかだけだ。
どうしたらいいのか、なんてことは、桔音にもそう簡単に答えは出せない。
『……ねぇきつねちゃん』
迷っていると、ノエルが見かねたのか声を掛けてきた。
桔音が声は出さずに視線をノエルの方へと向けると、彼女は桔音の方を見ずに、先程まで桔音が見ていた窓の外を見ている。
何の変哲もない、ただの街並み。灯りがぽつぽつと家々の前で揺れていて、ぞろぞろと人も何人か歩いている。少し離れた所では騒がしい声も聞こえて、酒場や食事処では丁度盛り上がっている時間帯だろうか。冒険者達が依頼から帰ってきて、いつもの様にお互いを称えているのかもしれないし、臨時収入に奮発しているのかもしれない。
ノエルの視線がふと空へと上がる。つられて桔音の視線も広がる夜空を見ていた。
『今日まで、色んな人の所を巡ったねー』
「……そうだね」
『私の知らない人もいっぱいいたし、正直会う人会う人皆凄い人でびっくりした!』
初代と今代勇者とそのパーティ、一国の王女達、冒険者ギルドのエース受付嬢、名のある冒険者達、大魔術師、将来有望な元クレデール王国の学生達、かと思えば普通の親子にあったり、そのラインナップは大凡普通ではない。桔音自身もそう思い、思わず苦笑した。
でも、出会った人々全員がやはり桔音としっかり向き合ってくれた。
初代勇者と今代勇者、高柳神奈と芹沢凪は元の世界に帰る方法を見つけたと報告した時、二人とも揃って祝福してくれた。
特に元の世界に帰りたいと思っていた神奈の方は、自分も一緒に帰れないかと詰め寄って来たくらいだ。
とりあえず、帰る際はまた会いに行くと約束したが、どうなるかは分からない。凪の方は巫女セシルが居るから残るそうだ。桔音と別れた後、なんだかんだでくっ付いたらしい。
巫女は幸せそうに自身の下腹部を擦っていたので、おそらく子供がいる。
唐突なR18展開に桔音は苦い顔をしたものだ。
というか確かに手柄は渡したけれど、魔王が倒れて役目が終わったからといって、こんなにも早く子供を作り出すのは予想外だった。とりあえず桔音はお幸せにとだけ告げて帰った。
勇者パーティの戦士と魔法使いの二人が、二人のイチャイチャ具合にげっそりしていたのも印象深かった。
ルークスハイド王国のアリシア王女、アイリス王女、オリヴィア王女の三姉妹に会いに行ったときは、三人とも安堵の表情を浮かべていた。
どうやらアシュリーがこちらに移動してきたときに事の顛末を聞いていたらしく、心配していた様だった。
特に第二王女のアイリスに出会いがしら抱き付かれたときは、周囲の殺すぞとばかりの嫉妬の視線にドヤ顔をかましたくらいだ。とはいえ、アイリスが涙声で良かったと繰り返す姿を見れば、次の瞬間には全員が浅ましい自分に死にたくなった。
だが異世界人であること、元の世界に戻る方法を見つけたこと、近い内に異世界に帰る事を改めて説明し、挨拶に来たことを告げた時はもっと騒ぎになった。
アリシアとオリヴィアは別れを惜しむような表情をして、それを受け入れた様子ではあったが、アイリスはイヤイヤと泣き崩れてしまったのだ。此処まで思われていると中々に罪悪感を感じてしまったが、大事なことだからと懸命に説得すれば、アイリスも渋々ながら理解してくれた。
その夜は内々での小さなパーティを開いてくれた。急な訪問だったのに、バリバリ仕事を終わらせて準備してくれたのだから、桔音も心から幸せを感じたのを覚えている。一生の思い出だろう。
そのパーティに出向く前の間に大魔術師のアシュリーに会いに行った。
驚きだったのは、アシュリーの助手としてクレデールでルームメイトだった天才少女フラン・エリュシアがいたことだろう。クレデールからルークスハイドに移動する際には、リーダーとしてアシュリーと学園生を率いたらしい。そのカリスマと能力の高さを買って、アシュリーが助手として傍に置いているのだそうだ。
彼女は騎士を目指しているのは変わらない様だが、アシュリーに師事して魔法を習得し、魔法と剣を両立して扱えるようになっていて、以前よりずっと成長していた。
桔音の顔を見たとたん首筋に寸止めしてきたのは、中々に背筋が凍る思いをしたものだ。寸止めでなければ、防御力を失った桔音は普通に死んでいただろう。
だがアシュリーに教えてもらったのか、父親の死亡、ひいてはクレデールの滅亡は桔音のせいではないと知っているらしい。
寸止めが終われば、背負わせて申し訳ないとぶっきらぼうに謝ってきた。素直ではない彼女らしい精一杯の気持ちだったが、桔音には十分だった。
同じ様に帰還に付いて話すと、あっそとだけ言われた。なんとも冷たい対応だったが、アシュリーらしいといえばらしかった。
ここでアシュリーの下に残るという最強ちゃんとはお別れになったのだが、帰還の際は見送りに来てくれるらしい。アシュリーもそれくらいは、と頷いていた。
その他にも、ニコとヒグルド親子にも会いに行ったし、グランディールのギルドにも出向いた。それぞれ手厚い出迎えをしてくれたが、対応は両極端だった。
ニコ達は温かく迎えてくれたが、グランディールのギルドでは受付嬢のルーナを筆頭に、顔を見せた瞬間殴り掛かられた。レイラが護ってくれなかったら一発で死んでいただろう。
だが最後はどちらも、元気でと見送ってくれた。ニコ達は勿論、ルーナや冒険者達も同じ。どうやら皆過去のことは引き摺らないさっぱりした性格らしい。見ていて気持ちが良かった。
思い出せば、皆別れ際は惜しみつつも笑顔でいてくれた。
『皆笑顔で見送ってくれたよねー』
「……何が言いたいのかな?」
『ふひひひ、それくらい自分でも分かってるでしょ?』
ノエルの意地の悪い言葉に、桔音は苦々しく笑みを浮かべる。
そう、分かっている。
皆、別れを惜しんでくれていた。その上で、別れ際は笑顔を浮かべてくれていた。それは、今生の別れになるかもしれないとしても、出会い、共有した時間は消えないことを知っているからだ。
世界を跨いでも、同じ空がある。同じ時を共有し、同じ思い出を互いがちゃんと持っているのなら、今生の別れだとしても繋がっていることに変わりはない。
だから皆、惜しみつつもしっかり見送ってくれたのだ。それぞれのやり方で。
ならば、桔音もフィニア達と別れることになっても、その事実は変わらないことくらい、分かっている。
でも出来ることなら付いて来てほしいし、ずっと一緒にいたいと思う。それくらい、大切な仲間達なのだから。
『ふひひひっ♪ それでも納得出来ないなら、やることは決まってるよ!』
それでも悩む桔音に、ノエルは何を悩む必要があるのかと明るい声で言う。
桔音は何を、とノエルに視線を向けた。
『きつねちゃんはいつだってそうしてきたよ? 全部欲しいなら、全部手に入れなきゃ!』
ノエルは言ってのける。
桔音はいつだってそうしてきたと。欲しいものも、大切な物も、一つだって譲らない。自分が護りたいもの、そうしたいと思ったものに、諦めなければならない理由はないのだ。いつだって我儘に、自分の正しいと信じた道ならそれが蛇の道であろうと進んできたのだ。
あの不気味な笑顔を浮かべながら。
『だからもう一度だけ、見せてよ、私に。きつねちゃんのやり方で!』
初めて出会ったあの時から、どんな時も離れず桔音を見てこられたノエルだから言える。フィニア達とは違う所で、桔音の苦悩や葛藤に一番近いところに居たのだ。
フィニア達が記憶を失った時も、ユーアリアに心を縛られた時も、彼が逆境を乗り越える時、いつだって傍に彼女はいた。
だから彼女は、桔音がどうしたいのかを知っている。
『私達はみんな、きつねちゃんと異世界に行ったって構わないんだよ。その方法が分からないだけで』
「……方法か」
『知ってるんでしょう? きつねちゃんは、その可能性を』
全ての結末を知ることが出来る桔音は、レイラ達を元の世界に連れていける可能性はあるかもしれないと思っていた。
だが悪神の種を見て知ることが出来たのは、自分が元の世界に帰れるだろうということだけ。その過程を一切見ることが出来ない上、帰れるという可能性すら何かに邪魔されるように不確かなのだ。
おそらく、悪神の種を使って帰る際、もう一度会うことになるのだろう。
―――あの神と。
そこで対峙した神を説得しないと、そもそも桔音だって元の世界に帰れないと考えている。もしかしたら戦うことになるのかもしれないし、交渉で終わるのかもしれない。確実じゃないからこそ、フィニア達を連れていけない可能性の方が高いのだ。
「……でも、そうだね」
だが、それで尻込みしていては帰れるものも帰れない。
元の世界に帰る方法は、まだきっとあるのだろうが――それを探していては、何年かかるかも分からない。『異世界人』という称号は今尚その効果を発揮しているのだろうから、ゆっくりしていればじきに戦いの日々に変わっていく。
『初心渡り』やステータスを失った今、今度は死ぬかもしれない。
ならば、
「分かったよ……最後まで足掻こう。それがきっと僕らしいってことだ」
桔音は神と対峙し、その結末を勝ち取ることにした。
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