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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十五章 帰路に塞がる白い闇
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壊れるくらい、抱きしめて

更新が遅れてすいません!今回はいつもより少し長めです!どうぞ!

 ―――私が生まれたのは、いつと言えばいいかしら。


 正確に言えば、私が誕生したと言える瞬間は二つある。

 私を生んだ……いわば卵とでもいうべき悪神の種、それがこの世に生まれた瞬間と、その悪神の種が私になり、この自我が生まれた瞬間。まぁ、この場合自我が生まれた瞬間をそうだとするべきかしらね。


 この世界に初めて生まれた悪の神から生まれた以上、私の本質は悪なのでしょう。

 なにせ、私の中に存在する感情や衝動の殆どが、何かを台無しにすることを本分としている。そこに罪悪感はないし、寧ろ絶望した人間の顔は何度見ても飽きない。

 もちろん、それが悪いことなのは重々承知している。

 人間の作り出した文明や社会や秩序の中では、人は殺してはいけないし、人の嫌がることはしてはいけないのが常識。人々は人々の作ったマナーとモラルの枠組みの中で、空気を読み合い、気を遣い合い、思いやり合い、出来るだけ幸福な環境の中で生きようとしている。それを無暗矢鱈に壊すことは、あるべき秩序を崩壊させてしまう行為なのだ。


 でもそれがなんだというのかしらね。


 人を殺すことで責任が発生する訳はないし、その責任を求めるのは決まってその他大勢の人間達。殺された本人から詰られるならまだしも、何の関係もない赤の他人からやいのやいの言われる筋合いはないと思う。

 それに全員が全員幸せになんてなれないのだから、それなら自分の幸せを優先するのは生物として当たり前のことでしょう?


「私、世の中を変えていこー! とか、困っている人を助けたーい、とか、残念ながらそういった酔狂な考えは理解出来ないの」


 雷の下敷きになって落とされた地中深く。その奥底から跳躍一つで抜け出す。

 ステラにゆっくりと近づき、そのお腹に刺さっているナイフをずぶりと引き抜いた。


 ……嫌いな人がいなくなっちゃえばいいとか、気持ち悪い人が死んじゃえばいいとか、大罪を犯した人は死んで当然とか、そんなの皆が日常的に考えていることじゃない。

 記憶と感情を見ることが出来る私は、周囲の人々の心の声を普通に聞くことが出来る。

 そうしていつ聴いたって、みんなみんな、みーんなそう。アイツが嫌い、コイツが気持ち悪い、死んでほしい、消えちゃえばいい、そんなことばっか考えて生きている。


 空気を読む? 嫌いな相手の為に自分を押し殺すことは愚かでしょう。


 気を遣う? どうして気を遣ってまで相手を立てなければならないの?


 思いやり? 優しい人ほど痛い目に遭うし、皆見て見ぬふりしてる癖に。


 マナーやモラルなんてものを守って、偽りの秩序に縋り付いて、人間関係なんて物に縛られながら、自分の大切な物を取りこぼす。なんて愚かで、滑稽な生き物だろう。


「っぐ……」

「あらあら痛かった? 初めて見たけれど、貴女でも痛ければ表情を歪ませるのね」


 私はそんな生き方は出来ない。

 自分のやりたいことを他人の為に押し殺す――それは馬鹿のやること。

 私は人を殺したいし、憎悪を植え付けて人間関係を崩壊させるのも好きだし、後から記憶や感情を元に戻して取り返しのつかない状況に絶望する、なんて状況はいつだって私の心を満たしてくれる。


 何がいけないのかなんて、秩序や常識的な知識としては分かっているからこそ、みんながみんな私を狂人扱いして嫌厭する。

 でもそれはただの同族嫌悪でしょう?

 皆が心の奥底ではやってやりたいことをやっている私を、どうしても許せないだけ。秩序を捨てられない人にとって、私はどうしても認められないのでしょうね。


 まぁ、どうでもいいのだけれど。


「貴女達みんな、私のことをどうにか出来ると思っているみたいだけれど……忘れていないかしら? ついさっき私に操られて桔音君を襲ったのよ?」


 目の前に居る子達の表情が少し固くなった。

 此処までの戦いで、私は殆どその能力を使っていない。

 それは別に使わなくても勝てるからとか、使わないようにしているとかいう訳ではない。私にとって記憶や感情は別段特別な能力という訳ではないし、優秀な武器と思っている訳でもないもの。


 これはある意味反則みたいなものだから、気が向いた時、今使ったら面白いかなーって思う時に使っているだけで、普段はこの力のこと自体忘れている時すらある。


「あらあら、急に表情固くなっちゃったわねぇ……そんな顔されるとそうしてあげたくなっちゃうわ」


 桔音君はもう私が何もしなくても心が不安定な状態だから、再起不能。ならこの中で私をどうにか出来る可能性がある子はいない。惜しい所ではあったけれどね。

 桔音君のパーティでは結局私を傷付けることが出来なかったし、桔音君を欠いた今その戦力は半減――短期決戦で勝負が付かなかった時点で、後は時間が経つにつれてあの魔族の子も戦えなくなる。

 愛莉ちゃん……今は最強ちゃんだったかしら? あの子の実力はこの中でもずば抜けているけれど、我流で来たからか荒が多い。ステラ程技術を磨いているならまだしも、身体能力という点で優位に立てない私相手では、そのゴリ押しは通用しない。

 あの屍音ちゃんとかいう私と同じ種族の子も、桔音君の記憶から持っている能力も戦闘スタイルも全て知っている。どうにでも出来るでしょうね。


 そして唯一私を真正面から打倒出来そうだったステラも、今は深手を負って戦力低下。


 初めから分かり切っていた。桔音君が折れた時点で、この戦いに私の敗北は存在しない。


「じゃあ、そろそろ終わらせましょうか……一人ずつ順番に壊してあげる」


 一歩、二歩、踏み出す。

 彼女達に走る緊張感が心地いい。この場をどうにか出来る存在はもういない。万策尽きた、といったところでしょうね。

 ああ、いいわね。桔音君を失い、戦力も殆ど使い物にならず、限界に限界を超えて戦っても覆らないこの差を見せつけるのは、なんだか新鮮で良いわ。


 一番近くに居たのはステラ。膝を付いて嫌な汗を滲ませながら私を見ている。睨み付けているのかもしれないけれど、無表情からかその辺は全く判別出来ない。


「さようなら、ステラ。結構貴女のこと好きだったのよ?」


 そうしてナイフを振り上げ、水平に振るようにして首を刎ねる。それで私の勝利は確定する。


「―――あら?」


 でも、私の持つナイフはその動きをぴたりと止めていた。

 動かそうとしてもぷるぷると震えるだけで一向に進もうとしない。この感覚は感じたことがある。でも桔音君が動けない今、"あの子"も容易には動けない筈……ならば誰がこれを? 

 すると目の前に膝をついていたステラがゆっくりと立ち上がっていく。まさか、アレはステラといえど立ち上がれるような傷ではない筈。


 顔を覗き込めば、彼女の露草色の瞳の左目。その瞳孔から、蒼く燃えるような炎が浮かんでいるように見えた。

 どういうことかしら? ステラには神葬武装以外の能力は持っていない筈――いや、これはステラじゃない?


「……"貴女"が、私の素になった"少女"、ですか」

『―――』


 その身体に、二つの魂を感じる。ステラの身体にブレて、違う誰かの影が見えた。


「……あらあら、そんなことも出来るのね」


 再度、バチバチとその手に雷の槍が生み出される。

 でも今までとその姿は全く違う。真白な雷の槍の穂先を蒼い炎が包みだしていて、柄尻から煌々と青い炎が燃えている。こんな姿は今まで見たことがない――いえ、ステラ自身も初めてやったことなのだろう。



 ―――『亡霊の宴(ティーズハロウィン)



 桔音君に取り憑いているから動けないかと思えば、いえ、桔音君の魂が不安定だからこそ……かしら。そして自分自身の元々の肉体だからこその所業、ということかしらね。


『ふひひっ♪ もうすぐきつねちゃんは戻ってくるよ――だから、私が力を貸してあげる』

「……この身は元々貴女のもの……ならばこの魂、貴女に預けましょう」


 見ればステラの傷から血が止まっている。

 元々この世界の力は、魂の力に準ずるところが大きい。なら一つの身体に二つの魂を持つ存在の力は当然、計り知れない。



『それじゃあ、いくよ―――神葬武装最終開放"神殺しの槍(ロンギヌス)"!!』



 轟轟と蒼い炎と白い雷が逆巻き、その姿を変える。

 ステラ達を覆い隠すほどに大きく膨らんだかと思えば、数秒するとかき消えるようにその炎雷が無くなる。するとその中からは、容姿が変化したステラの姿があった。


「身体と魂が一致すると、ここまでの力を発揮するのね……うふふ、新鮮で面白いわ」


 ステラの真白な髪は毛先に向かって黒くグラデーションして、その身体は青白く発光して時折バチバチと雷が弾けている。その手に槍の姿はもうない。

 とはいえ、これほどとは予想外。

 かつての神々であってもこれを相手にするのは中々厳しいのではないかしら。勿論、私自身にもそれは言えること。


「まさか神葬武装をその身に宿すなんて予想外だったわ……二つの魂があるからこその姿なのかしらね」


 そう、あの幽霊の女の子。彼女の能力は固有スキルに依存するものなのは、見ればすぐに分かった。そしてその能力はきっと吸血鬼の女の子と多分性質は同じ。種族的なスキルだと思う。


 ならその能力は、幽霊という種族に起因する。その知識は桔音君の記憶からなんとなく理解しているから予想は出来る。


「金縛りといい、憑依といい、物体浮遊といい、貴女の固有スキルって幽霊の引き起こす現象を操る能力ね」

『ふひひ、さぁね? 私は私が出来ることをやってるだけだよ』

「……この声が、きつね君の言ってた、ノエル?」


 すると、ステラという元々の肉体に宿ったからか、もしくは神葬武装の影響か、どうやらこの場に居る全員に幽霊の子の声が聴こえているみたいね。

 といってももう桔音君のパーティはもう機能しない。少なくとも、あの魔族の子はこれ以上戦えば残り少ない感情を失って戦闘不能になる状態。そうなれば他の子達との連携も取れず、寧ろ信頼関係が崩れれば逆に邪魔にしかならない。元々は衝動のままに人を襲う怪物だったみたいだしね。

 それに他の子もかなり疲弊しているし、吸血鬼の子以外は限界を超えた力を行使した反動が酷い。無理矢理動いてはいるけれど、獣人の子も身体にガタが来ているみたいだし、妖精の子も固有スキルの力で代用していたみたいだけど、とっくに魔力は尽きている。


 ステラの介入によって均衡状態になったことで、頼みのスキルも一旦切れてしまったみたいだし……もう攻勢には出られない。


「……終わらせる」

「そろそろ飽きたしねー」


 するとステラの両隣に先程まで手を出さなかった同族の子と、……今は最強ちゃんだったかしら、が立つ。


「あらあら、もう終わりなのかしら? もう少し楽しみたかったのだけど……ふふ、でも」


 クルクルとナイフを回して、再度握りしめる。


「頑張りましょうか、死んじゃいそうだしね?」



 ◇ ◇ ◇



 ステラの神葬武装がその姿を消し、今までの段階を超えた最終開放となったことで、彼女の力は今までを遥かに超えていた。

 槍の姿を取っていたのは、ステラがその身に宿る特殊な魔力をそういう形にしていたから。つまり、彼女の神葬武装のそもそもの姿は魔力その物なのだ。ならば槍の形ではなくとも、その魔力を行使することこそが彼女の神葬武装の正しい使い方。

 だが彼女はその魔力を身体の外で形にするという使い方だけをしていた。それは肉体と魂が合致していないが故に、その力を体内で使うには負荷が大きかったから。以前に使った回復ですら、使用中は行動不能になるほど時間と負荷が掛かるのだから。


 しかしノエルという魂が宿ったことで、その肉体はその魔力の負荷に耐えうる代物に昇華した。桔音の魂の力が肉体の防御力を高めたように、今彼女の体には使徒の肉体とそれに合致した魂が揃っている。ならばその力を十全に振るえるのは当然のことだ。


「では―――」

『いっくよー!』


 バチバチとステラの身体から雷が迸る。

 彼女の神葬武装の正しい形――それは己の肉体にその魔力を走らせることで、己の肉体そのものを神葬武装と変える事だ。


 つまり今、彼女の身体が神殺しの雷そのものと化しているのだ。


「あらあら……桔音君とは違う意味で固くなってるのね」


 かつてのメアリーのように、その手刀を振るうステラ。その手はユーアリアのナイフとぶつかるが、今までと違ってその刃は肉体を傷付けない。

 そう――今までの雷の槍と同じく、彼女の身体はあらゆる防御を貫く性質を帯びているし、破壊も不可能。少なくとも、物理的な攻撃で今の彼女は傷を負わない。


「フッ……!!」

「っ……本当、このままじゃ死んじゃうかも……ふふふ、この感覚――新鮮だわぁ……!」


 そしてここにきて初めて、ユーアリアの肉体に傷が生まれた。

 ステラの纏う雷がユーアリアの腕を掠め、その皮膚を切り裂いたのだ。軽く血が出ている。


 だが、彼女にとってソレは初めての状況――初めて己の肉体に傷を付けられるという危機的状況と臨場感は、彼女に恐怖ではなく興奮を発露させた。



「ふふふふふふ、素敵♡」



 表情が変わる。


 ステラと最強ちゃんが同時に飛び掛かり、ユーアリアが二人の攻撃をナイフで捌いている隙に、屍音がユーアリアの脇腹を蹴る。



「ふふ、」



 蹴りでよろめいた隙に、ステラの雷が弾け、その光で目を眩ませることで隙を拡大。最強ちゃんの拳がユーアリアの後頭部を捉える。ユーアリアの片膝が地に付いた。



「ふふふふ、ふふっ」



 そこを畳み掛けるようにステラの雷がその手から放たれ、ユーアリアの背中からお腹へと貫通する。水音と共に出た咳を一つ、二度目の咳では息ではなく大量の血が地面へと吐き落とされた。



「がふ、ふふ、っご、ふふふふふふふふふふ」



 立ち上がったユーアリアがナイフを振るうも、ステラがそれを受け止め、ナイフ伝いにその雷を流す。すると電流によって動きが一瞬硬直した隙に、屍音がユーアリアの足を払って倒す。

 今度は立ち上がる暇も与えず最強ちゃんが片足首を掴み、その腕力でユーアリアを振り回し、全力で数回、地面へと叩き付けた。その際後頭部から出血し、左肩からも骨が砕ける音が響いた。



「あは、あはは……ふふふ、あははははははは!」



 それでもユーアリアの昂ぶる興奮が止まらない。ダメージを負うごとに、傷が増えるごとに、敗北の色が近づくごとに、彼女の笑い声がどんどん大きくなっていく。


 不気味。


 ステラとノエルの存在によって圧倒的に優勢になっている筈の三人は勿論、後方で見ていることしか出来ないレイラ達もそう思わざるを得ない。今まで桔音から感じていた不気味さと同等の重圧だ。

 

「これでも立つの? はー、気持ち悪いなぁ」

「あはは、あは、ふふっふふ……このままじゃ負けちゃうわ、死んじゃう」

「普通、立てない……不気味」


 膝がガクガクと震えており、肩が砕けている故に左腕はだらんとぶら下がっている。頭部にも重傷を負っているからか、だらだらと血が顔を濡らしている。口からは大量に血が流れ、腹部からもじわじわと血が滲み出ている。

 いまだ右手にナイフを持ってはいるが、戦える状態じゃないのは誰が見ても明らかだ。


 にも拘らず彼女は楽しげに笑い、ボロボロの身体で立っている。


「ふふふ、多勢に無勢……流石にこの人数差、並の人なら幾らいても平気だけど……ここまで実力のある子達が集まればこうなっちゃうわね……うふふ、あははは……!」


 今にも死にそうなのに、笑っている。まるでかつての悪神の様に、最後の死に際ですら楽しげに笑っている。


 その姿に一瞬気圧され、ステラ達の動きが硬直してしまった。



「だから……こうして足元を掬われちゃうのよ」



 しかしてその隙を見逃す程、彼女は甘くはなかった。

 致命傷とも言える重傷を負いながら、その動きは今まで以上。一瞬で屍音の懐に踏み込み、大きく一閃――屍音の両腕を肩から斬り飛ばす。そして体勢の崩れた屍音の胴体を蹴り飛ばした。


「がッ! ぅぐ、ぎ、ああああッッ……!?」

「あははっ……!」


 その行動に対する驚愕が、更にまた硬直を生んでしまう。それが致命的だとたった今理解させられた筈なのに。

 そしてそれに気が付き、しまったと思った瞬間には、ユーアリアの足は最強ちゃんの目の前にまで踏み込んでいた。


「あは、うふふふ……!」

「ッ……痛……!」


 屍音の血がべったり付いたナイフは、その切れ味を落とすことなく最強ちゃんの胸に突き立てられた。なんとか心臓に刺さることは避けたが、それでも痛みに表情が歪んでしまっている。

 そしてすぐにナイフを引き抜けば、お返しとばかりに最強ちゃんの足を払い、倒れた彼女の傷口をその足で踏みつけた。

 ゴキリ、と嫌な音が鳴り響く。


「うぐっ……ぁぁ……ッ!!」

「本当、人間って面白いわよね……ふふふふふ、感情一つであっさり足元を掬われちゃうんだから」


 そう、ユーアリアは感情と記憶を支配する。

 彼女は今、この場に居る全員の感情を操作し隙を作ったのだ。全員ということもあって詳細に操作は出来なかったが、恐怖や動揺といった簡単な操作であれば十分可能。


「ごふっ……ふふ……あははっ」

「……本当に、厄介ですね」

『感情の操作、本当に嫌らしいなぁ』


 一気にステラを除いた二人が重傷を負ってしまった。

 最強ちゃんは致命傷ではないが、ユーアリアに踏み抜かれたことで骨も肋骨も何本か折れている。屍音に至っては両腕が無くなってしまっている。無防備な胴体に直撃した蹴りも、おそらくかなりのダメージだろう。


「うふふ、これでまた振り出し……ごぼっ……げほっげほっ……痛い、ふふ」

「……」

「確かにステラを相手にするのは大分厳しいけれど……一人だけならどうにでもなるのよ? それに、なんなら逃げたっていいのだし……げほっ……貴女だって、別に私が逃げた所で困らないでしょう?」


 そう、ユーアリアとしては逃げても良い。何故ならこの場にこれといって目的などないからだ。ただ単純に、桔音達に興味があったから戦いを許容しただけであって、彼女は死ぬくらいなら逃げても別に構わないのだ。

 そしてそれはステラも同じ。桔音達の味方としてこの戦いに参戦したが、ユーアリアという脅威が消えるのなら特に引き留める理由はない。


 だが――



「そういう訳にはいかないな」



 ――それは彼にとっては少々都合が悪い。


 カツン、と小気味いい音と共にステラの隣へと立ったのは、黒い学ランを着て、狐のお面を側頭部に向けて付けた少年。

 その表情からかつての薄気味笑いはなくなっており、憑き物が落ちた様な笑みを浮かべている。両の瞳はしっかりと前を見据えて、まるで別人の様な雰囲気を纏っていた。


「きつね、さん……?」


 そのあまりにも違い過ぎる雰囲気の変化に、フィニアが自信無さげに声を掛ける。

 するとその場に居る全員の注目を浴びている彼は、その声にふと笑みを浮かべた。そして首だけで振り向き、フィニア達をその目で見る。

 その澄んだ瞳に、フィニア達は少しだけ驚いたが、それでもその優しい眼差しから変わらぬ絆を感じられた。何かが変わったけれど、彼の本質はなにも変わらないと。


「あらあら……げほっ……本当に立ち直れちゃったのね……うふふ」

「感謝するよユーアリアちゃん……おかげで、僕は自分の弱さと向き合えた」

「本当、桔音君みたいな子は初めてだわ……げほっ……ごぶ……感情を操作しても、壊れないなんて……うふふ……」

「元々壊れていたようなものだからね。でも、僕はもう目を逸らさない」


 ステラよりも一歩前に出て、彼――桔音はユーアリアに対峙する。

 するとステラの雷が弾け、最終開放状態が解かれた。どうやら桔音が復活したことでノエルの憑依対象が桔音に戻ったようだ。ステラの身体から雷が消え、髪の色も真白に戻っていく。


 ユーアリアを圧倒していた力が失われてしまったが、桔音は別にそれを気にはしない。


「僕の弱さも、誰かと繋がる痛みも、全部抱えて僕は生きる」

「……ふふ、そうした結果、壊れちゃうかもしれないのに?」

「でも、それが人生だ」


 桔音は思い知ったのだ。

 誰かと繋がることは、心の痛みを伴う。大切な物が出来るということは、ソレを失う悲しみが伴う。何かを成す為には、やらなければならないことから逃げない覚悟がいる。


 それが人生だ。

 

 自分で切り開き、自分で歩くしかない。

 人のせいにしても変わらないし、誰かがやってくれることなんてありはしない。自分と向き合えない者が、本当の意味で人と向き合うことなど出来はしない。


「真っ直ぐね……げほっ……眩しいくらい」

「掛かっておいでよ、ユーアリアちゃん」


 桔音は笑みを浮かべてくいっと指で挑発する。



「―――壊れるくらい、抱きしめてあげるぜ」



 不気味さが消えた彼は、今まで以上の存在感を放ちそう言った。




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