答えは結局一つだけ
その雷は、今までの細く鋭い破裂音とは違って、太く、鈍さすら感じる破裂音となって迸っていた。
それはまるで、風船が割れる様な音と拳銃の発砲音くらいの違いがあり、今までのそれとは密度も威力も大きく違っていることが理解出来る。実際、白い閃光と瞬間的に齎される破壊の度合いは格段に上がっていた。
槍の形を成したその雷は、いままで同様防御という概念を許さない。ありとあらゆる障害物を貫いて迫るソレは、まさしく人によって齎される災害と言って過言ではない。
―――神葬武装『神葬ノ雷』
桔音達が初めて見た神葬武装にして、幾度となく苦しめられた脅威。メティスやマリア、メアリー達の神葬武装も確かに脅威ではあったが、ステラの神葬武装ほど桔音を追い詰めてはいない。最大威力の技である『天霆』に至っては、当時圧倒的防御力を持っていた桔音を完膚なきまでに打ちのめし、昏倒させた実績すらある。
その全貌を見せて尚、見る度に慄かずにはいられない。おそらくは、この世界の中で最強の武器と言われても納得出来る。
だがしかし、彼女に関しては少しだけ謎な部分もあった。
彼女の神葬武装は桔音に対し第二開放を見せてからというもの、何故かずっと第二開放のままだった。再度戦うことになった時、彼女の展開した神葬武装は第二開放が続いていた。何故か?
「―――"彗星墜し"」
彗星の一撃が一度のまばたきを終えた瞬間に迫る。
ユーアリアのナイフはそれを切り裂き、二つに分かれた彗星は彼女の後方を大きく抉った。しかし未だに笑みを浮かべたままのユーアリアは、一瞬目の前に迫った閃光に視界を奪われたせいか、自分の目の前に潜り込んだステラに気が付かない。
その隙にステラは真下からその槍の穂先を突き上げ、ユーアリアの首を狙う。
だがその穂先もユーアリアの首に触れた瞬間にはナイフに弾かれてしまった。一見すれば今までと同じように見える。
しかし先程までのレイラ達と違うのは確実。
それは、たった一人でユーアリアの首に迫るほどの攻撃を行っているということ。連携もなく、一人でステラはユーアリアの首の薄皮一枚を傷付けることに成功しているという事実が、ステラの戦闘能力の高さを示していた。
「あらあら、ステラ……貴女こんなに強かったかしら?」
「私はいつだって目的の為に最善を尽くしてきただけです」
だが、それは決して神葬武装があるからではない。
かつて初めて桔音と戦ったあの時から、絶えず修練を積んだだけのこと。より強く、より速く、より鋭く、技術を高め、身体能力を向上し、神葬武装の神髄を理解し、より上手く扱えるように訓練したのだ。
桔音達が色々な問題に対処している間、勇者たちが旅をしている間、世界がいつも通りに流れている間、彼女はただ無心で己の研鑽に勤めていたのだ。
事実、ジグヴェリア共和国で桔音がステラと再会した時、彼女は信じられないくらいに強くなっており、まだ未熟とはいえあの『天霆』を習得していた。
全く気が付かれないことであったが、彼女の成長速度は桔音の成長速度に匹敵している。
そう、成長することにおいて他の追随を許さない反則技を持っているあの桔音に匹敵しているのだ。
「ッ―――!」
「……外しましたか……やはり手強いですね」
またもユーアリアの急所を抉ろうとした雷を、紙一重で躱される。ユーアリアもかなり危うげな回避が増えていた。
「凄い……」
そんな戦いを見てそう漏らしたのは、レイラだった。
この中でステラの恐ろしさを最も知っているのは、桔音を除けばレイラだろう。何せ一度は殺される恐怖を味合わされた相手なのだから。
だがその感想はこの場に居た全員が抱いていた。
特に最強ちゃんや屍音の『超越者』レベルの二人は、その強さに驚愕せずにはいられない。何せステラは『超越者』には至っていないのだ。にも拘らずその実力はユーアリア相手に互角に戦えている程。
『超越者』に至らずして、『超越者』の領域に踏み込む。それがどれほどの事実なのか、二人には良く分かった。
『使徒』ステラ、神殺しを為すに相応しい天賦の才である。
「とはいえ……それでもまだ足りないわね。確かに気は抜けないけれど、対応出来ない程じゃないもの。後ろの子達の力を借りたとして、さっきまでのレベルで連携が取れるならまだしも、信頼もなにもない貴女には出来ないでしょう?」
「……それはまだ分かりません」
一度距離を取った隙に、ユーアリアは不敵に笑みを浮かべながらそう告げるも、ステラは依然その表情を崩さない。
何か手があるのか――そう思った瞬間にステラは切り札を切った。
「!!」
「そのナイフで捌けますか」
神殿の内部にいたから気が付かなかったその一手。
ソレは神殿の天井を、壁を、柱を全て包み込むようにして墜ちてきた。天空がそのまま落ちて来たかのようなその巨大さは、まさしく人の手に余る天災そのもの。
―――"天霆"
以前桔音を降した際には大きな溜めが必要だったこの技を、彼女は今回ユーアリアとの戦闘中に用意してみせた。空に雷を集めながら、ユーアリアを追い詰める。二つの工程を同時に処理するその集中力と精密な魔力操作、尋常ならざる技術力だ。
一瞬でユーアリアの身体を雷の柱は呑み込んだ。
今回、ステラは完全にその雷を制御しているのか、ユーアリア以外の面々にはその脅威が齎されていない。あの圧倒的破壊を、ユーアリアを逃がさない範囲で一点集中しているのだ。
「神をも殺す雷の裁き―――貴女と言えど、無事ではいられないでしょう」
ステラはそう告げて、今ある雷の柱をまた覆う様に更なる雷を落とす。その雷はユーアリアだけではなく、地面を抉り、轟音と共に巨大な大穴を作り上げていく。
そしてその雷の柱がバチバチと余韻の火花を散らして消え去った時、そこにユーアリアの姿はなく、代わりに底の見えない程の大穴が残る。まるでユーアリア自身を呑み込んでしまったかのように、底知れない暗闇が、そこに生まれた沈黙を支えていた。
その場にいた全員の目に、勝負は決まった……ように見えた。
「――ッ!?」
「なっ……!」
瞬間、ステラの腹部に小さなナイフが突き刺さる。
驚愕に目を見開くステラの身体から、夥しい程の血が流れ落ちた。
ユーアリアの姿はない。そのナイフだけがまるで瞬間移動したかのように、いつのまにかステラの腹部を貫いていたのだ。
ふらりとよろめきながら、ステラは二歩後ろへと下がって膝を付く。
すると、目の前の暗闇の中から小さく、しかし良く通るように声が響いた。
―――少し本気を見せてあげるって、言ったでしょう?
ユーアリアは死んでいない。
暗闇の底で、彼女は己の舌をチロリと出した。
◇ ◇ ◇
意識がふと、浮上する。
ユーアリアちゃんの力が弱まったのか分からないけれど、どうやらさっきまで雁字搦めに囚われていた精神に、思考するだけの余裕が生まれている。
真っ白な世界――まるであの神のいる世界の様で、少しだけ不快な感情を思い出してしまう。
とはいえ、今この場にアレはいない。
ならば、ちょっとだけ考えてみよう。自分自身に向き合うことは、今まで僕自身が避けていたことなのかもしれないから。
「色々言われちゃったしね……」
僕が生まれて来て最も欲したのは、きっと愛情だった。
ユーアリアちゃんの言った僕の本質、それは多分最も正しく僕を表現している。僕の人生で人並みに得られなかったのがそれなのだから、僕が求めてしまうのも仕方のないことだろう。
だから偽ってきたんだ。
生来の"ぼく"という人格を歪めて、"僕"になったあの時から。
二重人格であったのならまだ話は単純だっただろうけれど、元々の人格が変質しただけに話は単純じゃない。僕の心が傷付かないように、傷に気付かないように、頑張って目を逸らし続けて、ソレが当たり前であるかのように生きてきたんだ。
だからきっと、僕の人生は負け続きだ。
逃げて逃げて逃げ続けて、どれだけ傷付いても気付かないふりをして、負けていない様な顔して生きて。なんのことはない、弱い自分を弱いなりに精一杯護っていたのだ。
だって僕を護ってくれる人なんてだれもいなかったんだから。
僕を信じてくれる人なんて誰もいなかったんだから。
僕を見てくれる人なんて誰もいなかったんだから。
だから嬉しかったな。
しおりちゃんが僕の隣にいてくれたことは。
心の奥底では、それだけで救われたような気持ちだった。人を信じたかった"ぼく"が、人を信じられない"僕"が、初めて信じようと思った彼女の存在。
それがどんなに大切なものだったか、しおりちゃんだって知らない。
―――今でも僕の中にはちゃんと"ぼく"がいる。
白い空間の中、目の前に僕と同じ顔の少年が現れた。
見た目は小学生くらい。僕になった時期の薙刀桔音そのものだ。
対話出来る。ならば問い直してみよう、僕の人生を。
「ユーアリアちゃんの言うことは尤もだよ」
『逃げ続けて来たんだからね』
これは僕自身の対話。僕とぼくの、歪みが生み出した心の葛藤。
「僕は仮面だ。何処まで行っても、君の本心じゃない」
『君はぼくの強がりだよ。逃げたくても逃げられないから、ぼくは君になった』
「立ち向かえれば格好良かったんだろうけどね」
『戦うことを選べば、こうはならなかっただろうね』
お互いに分かっている。
前世から異世界に至るまで、様々な戦いの中で貰った傷や痛みを"僕"は拒絶してきた。『痛覚無効』なんてスキル、僕しか持っていないだろう。なんていったって、このスキルには"ぼく"の"僕"が明確に表れている。『不気味体質』なんてスキル、皮肉にしか思えないだろう。これは"ぼく"の生み出した歪みそのものだ。
僕の手に入れてきた力は、殆どが借りものだ。
瘴気の力も、魔眼も、星霊の力も、僕自身から生まれた力じゃない。僕自身から生まれた力だって、全て僕の逃避から生まれた力。『初心渡り』も『城塞崩し』も『鬼神』も、自分を顧みない"僕"や現実から逃げた"ぼく"からしか生まれない力だ。特に『初心渡り』なんて、名前すら皮肉だ。最初に戻りたいなんて、都合が良いにも程がある。
僕はここまで、立ち向かう為の力を手に入れたことなんてない。
「もう戦わなくてもいいんじゃないかな」
戦ってきた"僕"が言う。
『そんなわけにはいかないよ』
でも逃げてきた"ぼく"は否定した。
向かい合う二人の間に、僅かな空白が生まれ、"僕"は不自然な薄ら笑いを浮かべ、"ぼく"は自嘲するように笑みを浮かべた。分かっている――戦わなくていい訳じゃない。
僕らはもうそろそろ止めるべきなんだ。現実逃避なんていう殻に閉じこもることを。僕らはもう十分逃げた。逃げられないことを知っていて、それでも最後の最後まで逃げて、やっぱり向き合わないといけない現実があることを思い知った。
向き合わなければ行けない想いと、大切な約束があるのだから。
「じゃあ、もう"僕"はいらないか」
『同じ"ぼく"なんだ。逃げる時も傷つくときも一緒だった……なら、立ち向かう時だって一緒だよ』
お互いに目を閉じ、手を取り合い、ぼくらの会話が終わる。そして改めて目を開いた時、そこには"僕"一人だけが立っていた。
悲しくはない。でもやっぱり痛かった。涙が止まらない。
「やっぱり痛いし苦しいや……今までの人生、辛いことばっかり」
傷はなくても、身体は痛みを知っている。過去だろうとも、浴びせられた罵詈雑言は心を軋ませる。大事な人たちを失っても流せない涙が、今になってようやくボロボロと零れてくる。
しおりちゃん、フィニアちゃん、ルルちゃん、リーシェちゃん、レイラちゃん、ドランさん、ノエルちゃん……ついでに屍音ちゃんもいれておこうかな。今まで僕を支えてくれていた大事な仲間達。
ようやく、心から笑えそうだよ。
涙を拭い、笑みを浮かべる。
目を閉じて僕の中を見つめれば、僕の中の歪みや逃げが生んでいた力が変質しているのが分かった。僕の魂が変化したからかな、『超越者』であることは変わらない様だけれど、『痛覚無効』が無くなったり、『初心渡り』が変質したり、今の"僕"本来の性質に沿った力に変わっているのが分かった。瘴気や魔眼は半ば借り物みたいなものだから変わらず使えるみたいだけどね。
「『初心渡り』が変質してこうなるのかー……大して変わらないけど、僕自身の性質ってやつは、本当に面倒くさいなぁ」
ついつい笑ってしまう。
でもまぁ、なんとなく納得してしまうのは今の僕を明確に表しているからだろうか。
「じゃあ、久々過ぎて慣れない感じだけど……らしくいこう」
やっぱり頑張らないと、なにも変えられないからね。




