この世界のたった一人
亀更新で申し訳ないです!どうぞ!
フィニア達には、何が起こったのか全く分からなかった。
だがユーアリアの発する悪意の迫力に気圧された一瞬の後、その瞬間その場に居た全員が状況が変わったことに気がついた。
最初に気がついたのはレイラ。
それもそうだろう。何故なら、彼女の発動していた能力から桔音の気配が消えたのだから。彼女の能力は互いの信頼関係がなければ成立しない力――そこから桔音の気配が消えたということは、桔音との信頼関係が切れてしまったということに他ならない。
そして遅れて他の面々も異常事態に気がつく。強力な信頼関係が強みであるこのパーティだからこそ、桔音の異常事態に気がつくのは早かった。
勢い良く振り返ったフィニア達の視線の先、桔音は先程までと変わらぬ状態で佇んでいる。身体に傷はない様に見えるし、しっかり一人で立っていることから死んでもいない。
だがこの世界に来てから一瞬たりとも消えたことはない、薄気味悪い気配が消えていた。
焦りと不安を抱いて全員が桔音の下へと下がる。
そしてリーシェやルルが警戒している間に、慌ててレイラが俯いている桔音の顔を持ち上げた。レイラの両手で持ち上げられた桔音の顔には、いつもの薄ら笑いが消え、無表情以上に何の感情も感じない表情があった。
「ッ……!? きつね君!!」
これまでにない焦燥感と喪失感にレイラは必死に桔音に呼びかける。
だが、桔音から返ってくる反応はない。虚ろな瞳に映るレイラに気付いていないかのような様子だった。生きているようで、死人のようにも感じられるその姿は、レイラ達の心にこれ以上ない程の衝撃を与えた。
いつか誰かが言った。このパーティは桔音を中心にして成り立っていると。
そしてそれは、桔音という存在が折れてしまえば、容易く崩壊してしまう可能性があるということでもあるのだと。それはまさしく大将を失ってしまった軍の様に、呆気なく。
「……なにをしたの!? きつねさんに!」
桔音の様子が変わった原因は、考えるまでもない。
フィニアはユーアリアを睨み付けながら糾弾する。明らかに先程のプレッシャーの後に桔音の様子がおかしくなっている。ならば原因はまず間違いなくユーアリアだろう。
全員の視線がユーアリアに向き、彼女に注目が集まる。
すると、彼女は相も変わらず上品な笑みを浮かべた。
「何もしていないわ。ただ、ちょーっとだけ素直になるように導いてあげただけ」
「何をわけの分からないことを……!」
のらりくらりと躱すユーアリアに詰め寄ろうとしたリーシェ。だがその言葉を遮って彼女は続ける。
「そもそも、薄々貴方達だって気がついていたんじゃないかしら――桔音君の"歪さ"に」
「!」
ぴたり、とその場に居た全員の動きが止まる。
最強ちゃんや屍音、ステラも、レイラ達の様子を見て、自分達も何処か心当たりがあるような表情をしていた。彼女の放った言葉の意味、桔音の歪さという部分。
ユーアリアに対し糾弾したフィニアも、眉を顰め、言葉に詰まったように押し黙ってしまった。
彼女は構わず続ける。
「貴方達ももう知っている通り、彼は異世界人……しかも人殺しなんて殆ど無縁の平和な世界から来た何の力も持っていなかった一般人。魔王はおろか、魔獣すら存在しない、普通に生きていれば老衰や病死が当然の平和な世界で生きていた子」
それは、今まで桔音に出会った全ての人が感じていたモノの正体。
「なのにこの世界に来てから、魔族や獣人、妖精といったありえなかった筈の存在を普通に受け入れて、戦いになれば自分の身体が傷つくことなんて全く顧みず、当然の様に躊躇いなく魔獣や人を殺してきた。いつだって薄ら笑いを浮かべて、遂には魔王すら殺し、今ではこうして神にすら敵対してきた……」
いつ誰が気付いてもおかしくはなかったこと。桔音と出会い、誰もが無意識に目を逸らしてきた彼の核心。
「どうして誰も気付いてあげないのかしら―――普通じゃないって」
それは当然だっただろう。
何故なら生前含め、彼はいつだって奪われてきた。普通の家庭を奪われ、普通の母親が居らず、友達も、信頼出来る人も居らず、親友が出来たかと思えば命を奪われ、異世界に来たかと思えば、命懸けの戦いの日々、無二のパートナーや家族を得ても、弱さ故に奪われた……彼は自分の手の中のモノを護ろうと必死だった。
そんな姿を見て、普通じゃないと思った者はいなかっただろう。何故なら彼の本質を見抜けたものなどいなかったのだから。気付いていても、それを理解出来たものなどいなかったのだから。
「立ち塞がる敵が例外なく狂人だったから気付かなかったのかしら。それとも桔音君が優しくしてくれたから気付かないふりをしているのかしら。桔音君のことを信頼して、自分も信頼してくれていると思って、理解出来た気になっていたのかしら」
だがこのユーアリアは理解した。記憶と感情を支配し、その全てを手中に収めることが出来る彼女は桔音の本質を即座に理解出来た。
「滑稽な話ね……一番狂気に溺れていたのは――桔音君だったのに」
彼女の言葉が、フィニア達の心にぐさりと突き刺さる。
「そんな……」
誰かが何かを言おうとし、そう声を出すも、続きの言葉は出てこない。全員否定しようにも、ソレが間違いだったと言い切れない。言おうにも、自分の中にあった心当たりが邪魔をした。
皆分かってはいたのだ。
桔音の言動や行動、今までの戦いで彼がやってきたこと、思い返せばおかしいと思うことは多々あった。
彼はいつも頭のおかしいことを言っては狂ったような行動をしてきたが、それでも基本的に誰かを傷付ける様なことはしなかったし、冷たく突き放すような言動でも、良く聞けば何処か間違いを正したり、導くような台詞を言っていた。
勇者の在り方を否定した時も、ドランの復讐を諌めた時も、レイラの感情を後押しした時も、そうだった。
そして彼の行動として最も違和感を感じざるをえなかったのは、グランディール王国でのあの一件。
そう、桔音が唐突に預けられた幼子、ニコを救った一件だ。
あの日、唐突に現れた薄汚れた男から子供を押し付けられ、見知らぬ親子に関わることになった。普通ならその子供と父親を救う為に領主に襲撃を掛けることはしない。桔音の性格、それまでの言動行動を考えても、あの日の彼は何故かニコ・アークスを救った。
しかも、それまで自分に何の関係もない人を理由なく殺すことはしなかった彼が、領主を殺した。もっと言えば、無慈悲に、かつじわじわと瘴気に変換し尽くすという残酷なやり方で。
ソレは明らかに決定的だった。
だからこそ、あの時の秘書の女性、ミニエラ王国受付嬢の姉――クレア・ルマールの感じた桔音に対する歪さはある意味正しかった。
なんならこの世界において、彼女が最も桔音の本質に触れたと言っても過言ではないだろう。
「貴女達は信じたかったのね……桔音君は強くて、優しくて、いつだって自分達を助けてくれて、誰にも負けないヒーローなんだって」
「それは……でも……!」
「でも違う。彼はこの世界で一番脆く、弱い……なまじ強力な力を持った分見えなくなっちゃったみたいだけれどね」
ユーアリアの言葉は、桔音の核心を的確に暴き出す。
そしてそれを聞いたフィニア達の心は、やはり大きく揺さぶられていた。桔音のことを最も理解していたのは、自分達だと思っていたが、その実なにも理解出来ていなかったという事実が重く圧し掛かっている。
「さぁ、桔音君を欠いた貴女達は、ここからどうするのかしら?」
ユーアリアの笑みが、その弧を更に深めた。
◇ ◇ ◇
緊張した時間が流れています。
正直な話、此処まで状況が縺れ込むとは思っていませんでした。きつねの実力、そのパーティの戦力、助力としてやってきている実力者のことも加味すれば、例えユーアリアが相手だとしても彼らの勝利は強固だったと思います。ですが、きつねを欠いた彼女達の力は酷く脆かった。
私と初めて会った時から、思えば彼は非常に強くなった。それこそ人の枠から外れた埒外の力を手に入れて。私ではもう彼に勝利することは難しいでしょう。
ただ、ユーアリアの述べた事実は、私にも少しばかり心当たりがあります。中でもきつねの固有スキルはその一つ。
固有スキルとは、自分の意志の力で目覚める強力かつ特別なスキル。しかしそのスキルにもある種共通点はいくつか存在します。
それは目覚めるスキルの内容は覚醒時の意志に寄るところが大きいですが、そもそもは本人の本質に沿う部分も決して少なくないということ。
先程見た妖精の少女や魔族の少女のスキルも、彼女達の意志に沿った力になっていますが、それ以上に彼女達らしいスキルだと思います。
ならば、きつねの固有スキルもまた、彼の本質を正しく映しているのでしょう。
「そういうことですか……」
「!」
ぽつりと漏らした言葉は、思いのほかこの空間に響いたようです。この場に居る全員の視線が一瞬に集まりました。ユーアリアも、愉快そうに此方を見ています。
「大人しく見ているだけかと思ったら、どうやらステラは分かったみたいね」
彼の固有スキルは時間回帰。
その力が目覚めたのは私と邂逅したあの瞬間。その時のことは良く知っています。あの時戦ったのも、私ですから。
あの時、妖精の少女と獣人の少女を失った直後の彼が護ろうとしたのは、今とは違いまだ邪悪さの残っていた魔族の少女。おそらくあの時はまだ仲間というわけではなかったのでしょう。しかし、それでも彼女を護ろうとした彼の意志は固有スキルを発現させた。
その力は強力で、私が停戦を判断したとはいえ彼女を護り抜きました。
でもそれなら時間回帰などという極端な力でなくとも良かった筈。それこそ、仲間を奪わせないという意志に反応したのなら、直接私を打倒出来る能力が覚醒してもおかしくない。寧ろ、その可能性の方が高かったはずです。
それでも彼に目覚めたのは時間回帰―――そこには彼の本質が大きく関わっているのでしょう。
ならば自然、彼の本質は見えてきます。
「彼は現実に絶望している……それこそ、やりなおせるのならやりなおしたいと思う程に」
誰もが一度は願い、しかし決して叶えられない願い。
アリアナの時間改竄も似ている力ですが、私達の力と同じく、彼女のアレはどちらかと言えば玖珂によって強制的に植え付けられた力ですから、きつねの力とはその本質が違うのでしょう。
ユーアリアの言葉を信じるのなら、私が初めてきつねに抱いた感想も間違ってはいない。彼の魂はこれ以上なく純粋で、綺麗だったのですから。
「その通り……それでもやり直すことなんて出来ない。だから現実を必死に生きるしかないのよ。桔音君は、だから信じられない癖に人を信じようとした……自分の傍に居てくれる存在を信じて、大切にしたのよ」
「それで、貴女はきつねのことを一番理解しているのは自分だと言いたいのですか?」
「その通り……だってそうでしょう? 貴女達が気が付かなかった彼の本当の姿に、最初に気が付いたのだから」
ユーアリアの言葉は事実、そうなのでしょう。
それでも、私には理解者であることの優位性は理解できません。自分の本質を理解し、受け入れてくれる者を人は誰もが望みます。しかしそれを押し付けるのは全く違うと、私の中の何かが訴えています。
理解者は、一人でないといけない訳ではありません。
そうですね。
私はきっと今、きつねの本質、根底で願っているものを知ったのでしょう。その上で、私の心は今ユーアリアではなく、きつねに傾いている。
ならば、私は――
「あらあら……貴女はソレを選ぶのね」
気が付けば私の手には、『神葬ノ雷』が生み出されていました。
この雷は私の体質から生まれる魔力を固形化したもの。それは私の感情に素直に反応します。だからこそ、玖珂は私の感情が揺れないように人格を矯正したのでしょう。
でも、この雷が戦う意志を見せているということは、私の心はそれを示しているということ。
ああでも、確かに初めてですね。こんな感情は。
「私は、私が綺麗だと思うきつねの心を信じたいのです」
愛を求めることも、人を信じられないことも、矛盾しません。
誰もがそう……人は簡単に人を信じられません。それでも人を信じたい、愛されたいという気持ちを誰もが抱くのですから、人は歩み寄ろうとするのです。
それが人の営み。純粋な心の在り方の一つ。
理解者はその願いの形の一つでしかない。
「ユーアリア、貴女の在り方は歪んでいます」
だから、私がソレを示しましょう。
きつねのやってきたことは歪んでいても、間違いではないのだと。
「あらあら……それで?」
今から私の心は『使徒』をやめましょう。
私はステラ、この世界のたった一人。
「本来の目的とは違ってしまいましたが……今こそ為しましょう」
―――"神殺し"を、この雷で。
感想お待ちしています。




