闇の中へ
先日無事舞台公演が終了しました!なのでちょっと予告より早いですが、更新致します!
今回は切りが良かったので少し短めです。すみません!
―――この世に生まれ落ちてから、最も幸福だった瞬間とは何か。
私がその問いに答えるとしたら、回答は考えるまでもなく決まっている。
私は生まれてから物心の付くまで、何不自由なく普通の家庭で幸福に育てられてきた。
優しい両親と、可愛い妹が一人。喧嘩することがないくらい、仲の良い姉妹であったと思うし、両親も出来る限り愛を注いでくれていた。幸せだった。
それでも、妹がようやく物心ついてからしばらく。私の幸福は村ごと焼き払われ、小さな両手から零れ落ちていった。
始まる奴隷生活。
獣人として私の価値はそれほど高くはなかった。容姿に自信はなかったし、事実美少女と呼ぶには幼く、連れてこられた時には薄汚れていた私。故に私を買うのは余程の獣人好きか、幼女愛好家か、なんでもいい物好きだろうと奴隷商人は私に言った。
女奴隷のいる檻に入れられ、私と同じ立場の奴隷達と過ごす日常が始まる。
幸いなことに居合わせた奴隷の人々は皆優しかった。
幼い私に、配給される食事を少しずつ分け与えてくれたし、涙を流したい夜にはそっと抱き締めてくれた。私が最年少だったのもあるだろうけれど、一人、また一人と売られていく中で、私は地獄のような日々を過ごした。
奴隷商人が雇ったのか、調教師と呼ばれる存在は、毎日のように私たちの所へ来ては鞭を振るって私達に痛みを与えた。逆らわないように、従順でいれば何もされないと思う様に、奴隷としての生き方を刻み込まれた。
少ない食事と、毎日与えられる痛み、洗脳にも似た奴隷とはこうあるべきという教育。狂ってしまえば楽になれただろうけれど、そんな私を支えてくれたのは、やはり同じ奴隷の
皆。私に振るわれる鞭を幾度となく庇い、毎日のように大丈夫だと微かな温もりを共有してくれた。
結局は同じだ。
護られていたのだ、私は。村でも、奴隷小屋でも。
私は弱かった。力もなく、勇気もなく、ただ目の前にあるものを享受し、大切なモノを搾取されるだけの存在。
私を買ったのは、お面をつけ、妖精を連れている薄気味悪い笑顔を浮かべた若い男。
地獄から抜け出す時が来たとは思わなかった。それもそう、奴隷とはこうあるべきと叩きこまれ、同じ奴隷の人達からも現実酷い目に遭わされるのが普通だと教えられていたから―――次の地獄にいくだけ。
私は諦めていた。この世に私が普通に生きられる場所はもうないのだと。奴隷として生き、主人の気まぐれで死ぬ。それでいい。そう思って、奴隷の皆という温もりさえ手放したのだ。
けれどそれは違った。地獄から抜け出した先にあったのは、もう失った筈の温かい場所だった。
それからの人生は違った。
主人となったきつね様は、私に家族をくれた。力をくれた。勇気をくれた。覚悟をくれた。戦うための術をくれた、―――なにより、絆と愛も。
護られるだけじゃない、護るんだ。私の大切なモノを護れるのは、私だけ。そんなのは考えなくても分かることだった。
弱くては何も護れない。
だから強く、早く強くなる。
貴方がくれたものだから。なにより大切な貴方達がくれたものだから。
私の前には今まで、数々の戦いがあった。
魔獣から始まって、魔王や勇者まで。見本になる者は腐るほどあった。きつね様を含めても、私に戦いを教えてくれた人はいない。全て私自身が色んな戦いの中で見て覚えてきた。
きつね様も、レイラ様も、リーシェ様も、ドラン様も、あの使徒も、天使も、魔王も、その幹部の魔族も、屍音様も、勇者達も、騎士や他の冒険者達も、全てが私の手本。その全てを見て私は戦い方を学んできた。
だから敢えて言うのなら、私に戦い方を教えてくれたのは今まで戦ってきた全ての存在。
武器はこの手に。
勇気はこの胸に。
愛と絆は心にある。
だから戦う力はこの小さな体一つ全てで体現しよう。
「『星火燎原』……過剰稼働!!」
黄金色の光が私を纏い、灼熱の輝きが尾を引いた。同時に周囲に熱風が吹き荒れ、空間温度を少し上昇させる。私の尻尾や耳、茶色の髪の毛の毛先は太陽の様な光にグラデーションしている。
身体が熱い。限界を超えて私の能力が向上していく。歯を食い縛れば、八重歯が鋭くなっているのが分かる。私の獣人としての獣性が表面に出て来ているらしい。
でもそれでいい。私はルル・ソレイユ―――太陽の名を冠する天狼。
輝き、駆けろ。
◇ ◇ ◇
状況が変わる。
ルルの参戦は、既にユーアリアと戦っていた三人にとってとても心強いものだった。
彼女の上昇し続ける能力値は、既に数値では表せない程に高まっている。それこそ、以前最強ちゃんが考えた通り、その動きは『超越者』の領域に入ってもおかしくはない程だ。
それもその筈。
桔音に目が行きがちではあるが、実の所、ルルは桔音達のパーティの中で、最も強いと言ってもおかしくはないのだ。
何故なら、獣人として備わっているそもそもの感覚器官の鋭さは馬鹿には出来ないからだ。犬は人間の動体視力の四倍の動体視力を持つ生き物だ。代わりに色の識別や純粋な視力は人間に劣るのだが。
ルルは犬としても人間としても優良な部分だけを取った感覚を持っているのだ。つまり、彼女には、人間の動体視力で捉えられる速度の四倍の速度を捉えることが出来るということ。匂いや聴覚は言うまでもない。
とはいえ、それは日常でいえば人間と大差はない。人間としての性質が強く出ているからだ。
しかし、ことその獣性が表に出て来るのなら――単純に言って、彼女の生きる速度域は常人の四倍速い。
「―――ッ……あらあら……」
更にその速度域を動くためのポテンシャルは、固有スキルで埋められる。
ルルの持つ刃が、光の尾を引いてユーアリアの肩口を切り裂いた。此処に来てようやくユーアリアにそれらしいダメージが入ったことに、流れる空気が変わる。
こうなった以上、ルルの速度を捉えられるのはユーアリアや最強ちゃん、屍音くらいのものだ。
しかし動きが見えなくても桔音達には関係ない。ソレを埋めて余りある信頼関係があるからだ。
「フィニア!」
「『妖精の聖歌』!」
「はぁッ!!」
レイラの声でフィニアが再度数発の火炎を打ち放つ。そしてその陰に隠れるようにしてリーシェが突っ込み、遅れてルルが駆けだした。
リーシェがその魔力断ちの剣で目の前を走る火炎弾をユーアリアの目前で切り裂き、意表を衝かれたユーアリアの腹へとその剣を突き出す。当然受け止められるものの、そのすぐ後にリーシェの身体を切り裂きながらルルの剣がユーアリアの首を狙った。
流石に仲間の身体を切り裂いて攻撃してくるなど予想外。咄嗟に首を傾けて躱すも、軽く切り裂かれ血が出る。
「なるほど……吸血鬼って便利なのねぇ」
見ればリーシェの身体は霧になって霧散し、後方で無傷のリーシェとして再構成されている。どうやらルルの剣を霧化することでやり過ごしたらしい。
少しずつ、ユーアリアの優勢が覆されている。流石にこれだけのメンバー、これだけの人数を相手に戦うのは、神という存在であっても厳しいらしい。
しかしそれでもユーアリアの笑みは絶えない。
「凄いわ、こんな状況初めてよ」
「……」
「だから……私も少し本気を見せてあげようかしらね」
そう言った瞬間、ブワッと湧き上がるプレッシャー。
その場に居た全員が一斉にユーアリアから距離を取った。まるで闇が彼女を包んでいるかのようにも見えるその重圧に、誰のものなのか分からないが、唾を飲みこむ音がする。
「貴方達の根底、取り上げてあげる」
彼女がそう言った瞬間、その場にいた全員の視界が闇で埋め尽くされた。




