天狼と吸血鬼
目の前に広がっている光景に、正直驚きを隠せなかった。
僕や最強ちゃんが戦っても勝つのは難しく思えたユーアリアちゃんに対し、フィニアちゃんとレイラちゃんの二人が互角に戦っている。それも、今までにない程の連携が取れているのが更に驚きだった。
僕達のパーティは信頼関係をそれなりに築けていると思うし、アイコンタクトで高水準の連携も取れる。でも、今のフィニアちゃんとレイラちゃんは今までのレベルを大きく逸脱した連携が取れているんだ。それこそ、一心同体といっても過言ではない程に。
フィニアちゃんが魔法を放てば、ソレが分かっていたかのようにレイラちゃんが動線から避け、レイラちゃんが瘴気のナイフを飛ばせば、フィニアちゃんがその動線から身体を外している。アイコンタクトも無ければ、これといった指示を出し合っている訳ではない。
それこそ、相手の姿を視界に入れない時でさえ、相手の動きややりたいことが伝わっているようだった。
いや、実際そうなんだろう。
二人の力は自分自身の心の力を具現化したようなものだ。ましてフィニアちゃんはそもそも思想種の妖精、感情の機微には最も感受性の高い存在。故に、フィニアちゃんはレイラちゃんの心を感じ取り、またレイラちゃんも繋がる力でフィニアちゃんの心を感じ取っているのかもしれない。
そう考えれば、彼女達の異常な以心伝心さには納得がいく。
「とはいえ……ここまで思われると逆に照れるな」
「なに鼻の下伸ばしてんのおにーさん。生きてる価値ないよ?」
「僕の鼻の下には僕の人生掛かってんの?」
二人の告白に圧倒されてなんとなく動けなかった僕だけれど、屍音ちゃんのいつも通りな罵倒に頭がスッと冷静になった。本当に可愛くないガキだな、今大人だけどさ。
「まぁ、あの二人は特にきつねに執心しているからな。モテモテじゃないか、きつね」
「リーシェちゃん……久々に声聞いた気がするよ」
「ん? 大丈夫か? 死ぬか?」
「ごめんごめん……本当ごめんって、謝るから泣かないでよ」
「うるさい」
リーシェちゃんも気付けば僕の近くに立っていた。本当に久しぶりな感じがするけれど、そんなことはない。彼女はいつだって僕達と一緒に居てくれていた。そのはずだ。
彼女は頭痛がするかのようにこめかみを抑えながら一歩前に出る。見れば彼女の背中の羽が大きくなっている。普段は小さくして隠していた分、大きくなった姿を見るのは久しぶりだ。瞳も翡翠色に輝き始め、溜息を吐く口の隙間に鋭い牙が見えている。
「もしかして、リーシェちゃんも?」
「当たり前だろう。私だってきつねのことは大事な仲間だと思っている……ま、フィニアやレイラ程純粋に慕えたらもっと楽しいのかもしれないがな」
「リーシェちゃんも惚れてくれていいんだよ?」
「馬鹿言え、普通に考えてお前みたいな頭のおかしい奴を好きになる奴はいないからな。フィニアやレイラは特殊なケースだ」
「何気に酷いこと言われた気がする」
とはいっても、リーシェちゃんはいつだって僕達に厳しく、そして力強く支えてくれた。ドランさんがいなくなってからは特にそう。レイラちゃんやフィニアちゃん、ルルちゃんを引っ張ってくれて、僕の大事な仲間をしっかり守ってくれた。
吸血鬼になってからは時間帯によってコンディションに差が出るみたいだけどね。
どうやらレイラちゃんもフィニアちゃんがそうであるように、僕とルルちゃんもそうだったけど、僕のパーティは皆特殊な力を使うと容姿が変化する傾向にあるらしい。特に瞳の色が変わるまではテンプレか。まぁ瞳の色に関して言えば先駆者はリーシェちゃんだけど。
だからそれはリーシェちゃんも例外ではないらしい。
一歩進むごとにリーシェちゃんの容姿が少し変化していく。どちらかといえば屍音ちゃん寄りの変化――成長している。屍音ちゃんほど劇的な変化ではないけれど、数年成長した姿になっている。
「とはいえきつね……いつのまにか私もおかしな連中の仲間入りしていたみたいだな。見ろ、吸血鬼の力を使うと身体が成長する……どうやら吸血鬼は自然と全盛期の肉体に変化するらしい。つまり私の身体はこれが成長し切った姿というわけだ」
「え、うん」
「見ろ、胸はそれ程成長してない。それほど気にしていなかったが、期待していたささやかな将来像が打ち砕かれた気分だ」
「え……うん、なんというか、頑張って?」
リーシェちゃんの肩がこれ以上ないくらい落ち込んでいるけれど、どう声を掛けた物か分からなかった。いやいや、この状況でおっぱいの将来性を気にしちゃう辺り諦めてるの? それとも余裕なの? どっちだろう。
リーシェちゃんの身体の周辺に瘴気とは違う黒い霧が生まれている。そして足元がひんやりするくらいの冷気が出ているのを感じた。本当に吸血鬼っぽいな、いや吸血鬼だけどさ。羽もまるでマントのように大きくなって、顔立ちも大人になったせいかかなりの貫録が見えた。
「さて……私も混ぜて貰うぞ」
「あらあら、また増えちゃった……退屈しないわね」
「そうか、羨ましい限りだ。私は此処までの戦いで退屈したことはないからな、主に問題児が多かったから」
リーシェちゃんがパチン、と指を鳴らす。
すると先程まで明るかったこの空間が暗くなった。まるでいきなり夜が来たようなそんな暗さ。上を見上げると、日の光が遮断されるように黒い霧が夜を作り出しているのが分かる。
まさか、これってリーシェちゃんの固有スキルかな。確か前ステータスを見た時は『夜の王』とかいう仰々しいのがあった気がする。種族としての固有スキルだと思うけど、名前からはあまり想像が付かないな。
「安心しろ、退屈はさせない」
「真っ暗ね……それで、此処からどうなるのかしら? わくわくしちゃうわね」
「私は吸血鬼、この夜が続く限り……私は吸血鬼としての能力を全て使える。数が多いから、一つずつ試させてもらうぞ。ユーアリア、だったか」
「あらあら、それは楽しみね」
そしてそう言った後、リーシェちゃんはこちらに振り向き僕に向かってニヒルに笑った。
◇ ◇ ◇
ユーアリアの実力は底知れない。
なにせ、予想以上の力を発揮したフィニアとレイラ、そしてリーシェの三人を相手にして未だ大きなダメージを受けていないのだ。しかも、その合間合間で最強ちゃんも攻撃を加えているのに、である。
もっと言えば、彼女は此処まで物理的な力以外のスキルや能力を使っていないようにも見えた。全てその身体能力とナイフで凌いでいるのである。
レイラの使う桔音達の力にもそれぞれ対応し、フィニアとの連携すら初見で対処してみせている。更にそこに加わったリーシェの攻撃も入れれば、彼女達の攻撃は熾烈なものである。
吸血鬼の力は多岐にわたる。身体の霧化、催眠、身体能力向上、五感の鋭敏化、物質生成能力、吸血吸精、飛行、動物使役、眷属化、様々だ。今の彼女は身体を霧に変えて移動し、思った通りの場所に出現出来るし、催眠に掛けて相手を支配下に置くことも出来るし、今の翼であれば飛行も可能だ。
こうなれば平面ではなく、彼女達の攻撃は立体的な上下左右からの攻撃に変化する。それこそ多種多様な手で攻めることが可能だ。
にも拘わらず、ユーアリアに決定打は与えられていない。それは凄まじい実力差があることを言外に示していた。
「ふふふ、楽しいわねぇ。こんなに色んなことが出来る子達と遊ぶなんて、中々出来ることじゃないわ。新鮮でいいわね」
「それはどう、もッ!」
「うふふ」
リーシェの剣をユーアリアはひらりと躱す。『先見の魔眼』で未来を見ていたにも拘らず、ユーアリアに攻撃を与えることが出来ないのは、彼女が先見では追いつけない速度で動くことが出来るからだ。数秒後には既に躱しているのである。
レイラの瘴気のナイフを躱しながら、フィニアの魔法を切り裂き、その勢いのままにリーシェの剣をナイフで叩き、軌道を変えられたリーシェの剣でレイラの振るう剣を防ぐ。
それぞれの連携を読み、彼女はそれを利用している。戦闘経験が少なく、技術的にはレイラ達に劣る彼女であるが、それを埋めて余りあるだけの身体能力が戦いを有利に進めてしまう。最強ちゃんの拳でさえ、未だ放つたびに彼女の手で受け止められ、防がれてしまうのだ。完全に拮抗状態に陥ってしまっている。
長期戦になれば不利なのは間違いなくフィニア達だろう。
レイラは削られる感情が尽きれば力は発動出来なくなるし、フィニアも力の発動時間は限られるだろう。リーシェは吸血鬼故に長期戦でも戦えるだろうが、フィニア達の力なくしてユーアリアには勝てないのは明らかだ。
『きつねちゃん……このままじゃ埒が明かないよ?』
「そうだね……このままレイラちゃんに戦わせるのも不味いし……」
「きつね様……私が行きます」
「ルルちゃん……!?」
「これ以上ないくらい……力が漲ってますので」
ふと声が掛かった先を見ると、そこには瞳から太陽の輝きを放つルルちゃんがいた。これまで見たことがない程の迫力を放つルルちゃんは、腰に提げた『白雪』に手を掛けている。しかもその太陽如き光はルルちゃんの身体全身に巡っていて、茶色い髪の毛先がグラデーションするように橙色に変色して見える程だ。
どうやら戦いが始まってからずっと『星火燎原』を発動していたらしい。強化限界が感じられない程だ。まさか称号の『太陽の天狼』の影響だろうか?
ルルちゃんを見つめると、その瞳の奥には揺るぎない覚悟が見えた。
「……止めても無駄みたいだね」
「はい、首輪も壊れちゃいましたし……」
「後で直そうか?」
ルルちゃんの手には壊れた首輪。先程僕が切り裂いたものだ。
無論、時間回帰を使えば首輪は元に戻る。でも、ルルちゃんはゆっくり首を振ると、その手に持った首輪を僕に渡してきた。そしてそのまま剣を抜き、ユーアリアちゃんの方へと一歩踏み出す。
すると僕に背中を向けたままルルちゃんはぽつぽつと言う。
「いえ、もう……首輪がなくても大丈夫です……きつね様は、首輪なんて関係なく私を家族として大切にしてくれることが分かりましたから……今まで黙っていてすみません、私は先程まで……きつね様との記憶を失っていました」
「……そっか」
「でももう忘れません。きつね様が私にしてくれたこと、私がきつね様に抱いていた気持ち、全部大事な宝物です。だから……」
そう言うと初めてルルちゃんは僕の方へと振り返り、笑顔を浮かべた。ソレを見れば分かる。僕は確信した。
「私も、きつね様が大好きですっ!」
もう彼女は僕の奴隷ではない、本当の意味で僕の家族になれたんだと。




