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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第三章 道案内は必要だから
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桔音の怒り

桔音君、怒ります。

「しおりちゃん……なんでここに……?」


 いや、違う。この子はしおりちゃんじゃない。容姿はしおりちゃんそのものだけれど、どちらかと言えばフィニアちゃんをそのまま大きくしたような感じだ。

 フィニアちゃんはしおりちゃんそっくりな顔をしているけれど、その実かなり違いがあったりする。

 まずしおりちゃんとフィニアちゃんでは瞳の色が違う。しおりちゃんは綺麗な青色の瞳をしているけれど、フィニアちゃんは亜麻色の瞳をしている。それに、しおりちゃんは黒髪をロングヘアーにしているけれど、フィニアちゃんは後ろでゆるい二つ結びだ。


 目の前にいるこの子はフィニアちゃんの顔で、しおりちゃんの様なロングヘアーだ。つまり確実に言える、彼女は篠崎しおりではないということを。


「君……誰?」


 しおりちゃんの顔で、僕の前に姿を現すなんて、随分と舐めた真似をしてくれる。誰だろうが、何故こんなことをしているのかを問い詰めないといけないだろう。

 すると、彼女は向日葵の様な笑顔を消して、今度は怪しく笑みを浮かべた。その笑みは絶対にしおりちゃんが浮かべそうにない笑顔。僕はそれを見て、眉を潜めた。気味が悪い。


「うふ、うふふふ……きつね『君』、この顔(・・・)なら私のことを好きになってくれる?」


 きつね君、彼女は僕のことをそう呼んだ。この世界に来て、僕のことをそう呼ぶのは彼女ただ一人、


 ―――レイラ・ヴァーミリオン


 僕は距離をある程度取っていたのだけど、更に距離を取った。おぞましい気配が僕の背筋に悪寒を走らせる。なんだこの気配は、なんだこの存在は……!


 今、僕の目の前にいるのは…………なんだ……!?


「うふふ、うふ、うふふふ……ああ、もう駄目……やっぱり我慢出来ない……!」


 ブツブツとつぶやきながら、彼女は自分の身体を抱き締めてくねくねと動く。しおりちゃんの顔でそんなことしないで欲しいんだけど。正直、そんな事を気にしている余裕はない。死体の山や轢殺された猫の死体を見せられるより、よっぽどおぞましく思えた。


 すると、彼女の周囲に『真っ黒な瘴気』が立ち込めていく。これは、一度見たことがある。僕がこの世界で最も恐怖したあの怪物の……!


 でも、嘘だ、違う、そんな、馬鹿な、なんで……!!



 ―――なんで『赤い夜』が此処にいるんだよ!



「うふふふ、やぁっと本当の意味で会えたね♡ きつね君……♪」


 彼女の髪が、白く染まっていく。そして瞳は煌々と輝く赤色に、口元には八重歯というよりも肉を噛み千切る為にある様な鋭い牙が現れる。紅潮した頬と熱い吐息、そして赤い瞳の中心にはなんだかハートマークが幻視出来、怪しい光を宿している。顔がしおりちゃんのものであるだけに、僕の胸の中をざわつかせる。

 どす黒い感情が僕の中に渦巻いた。この感情が何か、僕は知っている。これは、怒りだ。人間の七つの大罪の一つ、憤怒の感情。


「今日の勝負で言われたことを考えたんだぁ……なんであんなことを言って来たのかなぁって! でね、私の顔よりもあの虫の顔の方が好きだったんだって思ったの! だから変えたよ、私の顔を、あの虫の顔に! これで私を好きになってくれるでしょ? だって私は貴方が好きだもん!」


 また、虫と言った。フィニアちゃんを虫と言った。僕の中の怒りが、更に大きく膨れ上がる。この怪物に対する恐怖は、もう僕の中には残っていない。


「それにきつね君と一緒にいた汚い犬と雌豚も、きつね君が一緒にいるような子達じゃないよ! 全然美味しそうじゃないし、全然心がときめかない! やっぱりきつね君は私を好きになるべきなんだよ! ね? 分かるでしょ? 貴方のことが好きなのは私だよ? 貴方のことは眼球の味まで知ってる、私以上に貴方のことを知ってる人がいると思う?」


 目の前の怪物が、何か言っている。でも、僕の中にある怒りがそれをノイズとして掻き消した。


 もう良い。


 何を言っていようが関係ない。こいつは殺す、殺さないと駄目だ、僕の精神衛生上―――有害でしかない!!


 この女は敵だ。しおりちゃんの顔をしていようと、彼女を侮辱する行為は僕が許さない。それに、ルルちゃんを汚い犬? リーシェちゃんを雌豚? 何処まで僕の怒りを買えば気が済むんだお前は? ぺらぺらと見当違いなことを言うその口、開くなよ。



「黙れ……!!」



 自然と、怒りに反して薄ら笑いが浮かぶ。『不気味体質』が、発動した。

 目の前の彼女の眼が、驚愕に見開かれ、そしていやらしくにやぁっと笑う。しおりちゃんの顔で、そんな顔を作るな。不愉快でしかない……今すぐその顔を止めろ……!!


「心苦しいけれど―――僕は君を殺すよ」


 薄ら笑いを浮かべ、彼女に指を指してそう言った。格下とか、格上とか、そんなの関係無い。どれほど僕と彼女の間に断崖絶壁の様な格差があったとしても、僕は彼女を許さない。

 あの不愉快な笑顔が消えるまで、この拳が壊れようとも、殴り続ける。例え僕が死んでも、この女だけは許しちゃいけない。


「あはっ☆ きつね君も私の味を知りたくなったんだ? いいよいいよ、教えてあげる♡ その代わり、きつね君の身体を私に頂戴? いいよね? だって私は貴方が好きなんだから、良いよね? 良いでしょ? 美味しくてあまーい快感を、私にちょーだい♪」


 知るか、この色情魔。前にも言ったよね。


「発情するなら余所でやれ」



 ◇ ◇ ◇



 桔音とレイラの戦いは、通算で三度目。過去二回の対決において、薙刀桔音は彼女に敗北している。それも、どちらも彼女の気まぐれ次第で命を落としていた形で。

 差は歴然。なのになぜ桔音という少年はレイラ、言ってしまえばAランク魔族と評される怪物に向かっていくのか? それは単純明快、薙刀桔音は篠崎しおりを唯一無二の親友だと考えているからだ。

だから、最も大事で、最も失いたくなくて、最も侮辱されたくない存在。


 事実、自分の命を賭けてまで―――護ろうとした存在だ。


 故に、レイラが彼女の顔を偽り、自分の前に現れ、尚且つ自分の為に彼女の顔を利用したということが許せなかった。加えて、フィニアを虫と呼ばれたこと、ルルを汚い犬と呼ばれたこと、リーシェを雌豚と呼ばれたこと、全てが彼の逆鱗に触れた。

 フィニアはこの世界で唯一最初から桔音を護ってきた最も信頼しているパートナーで、ルルは小汚い檻の中から引っ張り上げた、けれど確かに家族としての絆を持った少女で、リーシェは自分の命を救ってくれて、尚且つ今は自分の仲間として頼れる存在だ。それを、纏めて侮辱された。


 桔音が怒りを覚えない、筈がない。


 だから向かっていく。何度も何度も、その拳を振りかぶり、怪物へと叩きこむ。その胸に宿った怒りを、発散するように。


「ごっ……がふっ……!」

「アハッ☆」


 だが、現実は非情だ。桔音の拳は一切届かない。逆に、桔音の身体には何発もの攻撃が入っていた。レイラは腰に下げたナイフを抜かず、昼間と同じように拳で桔音の相手をしていた。だが、その速度は昼間以上、最早桔音が躱したりガード出来るような攻撃では無い。

 現に、桔音の身体はボロボロだった。痛みはない、しかしその身体は既に満身創痍だ、彼女の一撃一撃が、既に致命傷になり得る攻撃なのだから。


 この場で桔音が立っていられるのは、痛みがないことと、高い防御力のおかげだった。『不気味体質』によって彼女の心に強制的に植え付けられた恐怖が、殴ろうとする彼女の拳の速度を緩め、そして高い防御力がその威力を更に半減させているのだ。


「どぉしたのー? きつね君、もう限界?」


 痛みがないのに、足は命令を聞いてくれない。足を払われて、桔音は簡単に地面に倒れた。そして払った本人であるレイラは、倒れた桔音の前に座り、ニコニコと笑ってそう言ってくる。白い髪を揺らし、赤い瞳が爛々と輝き、篠崎しおりの顔で笑う。

 満身創痍な桔音ではあるが、内心に燃え盛る怒りは、更に猛り狂う。腕を立て、力を込めて身体を浮かす。立ち上がるべく膝を立てたが、


「ざーんねーん☆」


 その背中をレイラが踏みつけた。ぐしゃっと桔音の身体が地面に踏みつぶされる。腕に力を入れても、背中を踏みつける足が身体を抑えて立ち上がるのを許さない。


「ほらほら、全然力入れてないよ? 足を乗せてるだけだよ?」


 確かに、彼女の足から乗せられる力は微量だ。全快時の桔音なら普通に立ち上がることが可能だっただろう。

 だが、今の桔音にとっては背に乗る足の重さだけで、動きを封じられてしまう。痛みはないのに、身体が悲鳴をあげているのだ。


「ぐっ……ぅぐぁあああ!!」


 でも、桔音は立ち上がる。腕に渾身の力を込めて、怒りをエネルギーに変換し、歯を食いしばって、立ち上がるだけに全ての力を使う。レイラの足を跳ねのけ、ふらふらになりながらも、立った。

 足ががくがくと震えているのを、叩いて止める。『不気味体質』がまだ発動しているということは、桔音の精神はまだ折れていないということだ。


「あははっ! 立った立った、凄い! 凄いよきつね君! やっぱり貴方は凄い!」


 敵が立ったというのに、嬉しそうにはしゃぐレイラを見ると、きつねの心に更なる怒りが込み上げてくる。

 自然と、薄ら笑いが浮かんだ。こんなに痛めつけられておいて、まだ笑える。


 ――――まだやれるだろ、僕……!


 桔音は自分を奮い立たせ、そして不敵な笑みを浮かべたまま正面を見据える。はしゃぐ怪物は、そんな桔音を見て更に不愉快な笑みを浮かべる。


「それで、どうするの? ここから何かするの?」

「……ああ、そうだね……とりあえず、その不愉快な顔を殴る……!」

「ふーん……じゃあ良いよ! 大好きなきつね君の為に、殴られてあげる! ほら!」


 すると、彼女は顔面を殴りやすいように桔音に突き出してきた。桔音も、その行動には少し意表を衝かれた顔を浮かべたが、だがやらせてくれるのなら是非も無い。

 元より余裕のない身なんだ、桔音は拳を握り、ふらふらと振りかぶる。


「うふっ、きつね君に殴って貰える……うふふ……!」


 レイラが何か言っているが、桔音は構わず拳に力を込めて、今にも倒れそうな身体を支えた。


「っああ゛……! はぁ……はぁ……! っあ、あああああああああ゛あ゛!!」

 

 振りかぶった拳を、振り抜いた。


 だが、桔音は振り抜いた瞬間に悟った。この拳は、砕けると。


 ブチブチと、腕の筋が切れる音がした。ゴキゴキと、何かが砕ける音がした。神経が擦り切れ、血管が破裂する。そして、拳がレイラの頬に当たった瞬間、拳が砕け、その瞬間右腕が終わった。

 桔音の血を頬に塗った程度で、なんのダメージも無いレイラ。右腕は、だらんと力なくぶら下がるだけの、肉塊になった。


 大してレイラはぺろりと頬についた桔音の血を舐めて、恍惚の笑みを浮かべる。ぞくぞくと身体に走る快感に酔いしれているようだった。


「な……」

「うふ、うふふふ……きつね君、私を傷付けないようにしてくれたんだ? あはっ、嬉しいな、嬉しいな、ぞくぞくしちゃう……!」


 桔音は右腕の感覚が全くないことを理解し、眉を潜める。だが、それでもまだ諦めない。右が終わったのなら、左を使えばいい。

 

 だが、今度は振りかぶることすら出来ず、左腕も落ちた。両腕の重みがダイレクトに身体の負荷になり、上半身が前屈みになる。だが、倒れないように足に力を入れて、桔音は倒れない。


「あれあれ? きつね君限界? 両腕が上がらないの? 可哀想に……」

「っ……!」


 桔音の腕がだらんとぶら下がる様子を見て、レイラは近づいてきた。攻撃されるとも思っていない。やられるとも思っていない。そもそも、敵とすら思われていない。桔音はそれを理解し、歯噛みする。

 そして、桔音の目の前までやってきたレイラは、桔音の両手を持ち上げた。そして、血塗れの腕をさながらアイスを舐めるかのように舐め始めた。


「ちゅ………っ……んはぁ……ちゅぱ……れろ……♡」

「止めろ……!」

「美味しい、美味しいよぉ♡ ……あはぁ、脳味噌までとろけそう……!!」


 両腕の感覚がないとはいえ、自分の身体が敵に舐めまわされているというのは屈辱だった。しかも、篠崎しおりの顔が惚けた表情でそうしているのだ、彼女を知っている桔音からすれば、すぐに止めて欲しかった。しおりがそうしている姿が、耐えられない。


「や……めろ……ぉ!!」

「あん♪」


 桔音は足を動かし、レイラから離れることで腕を放させる。唾液塗れの腕は感覚がないから良いが、それでも目の前の敵が今の桔音にとって天敵であることは、自明の理。

 薄ら笑いを潜め、苦々しい表情になる桔音。足の震えが更に大きくなってくる。立っていられるのも、もう長くないだろう。


「きつね君、もう立ってるのも限界でしょ? うふふ、倒れたら私の勝ちだね……そうしたら、今度はちゃんと愛して愛して愛して愛して愛しまくって食べてあげる♡ 指先からぜーんぶ私のモノだからね?」


 だが、倒れたら死ぬ。どうすればいい、どうすれば生きられる。どうすれば眼の前の敵に一発入れられる。桔音は思考する、考えて考えて、必死に打開策を練る。

 レイラは桔音が倒れるのを待っている。手を出すでもなく、ただただ、待っている。じわじわと、自分で敗北を認めさせるように、なぶり殺しにしている。


 ―――だからこそ付け入る隙がある……!


 桔音は振るえる足を抑えて、まだ生きる意思を失ってはいなかった。



しおりちゃんはレイラちゃんでした。


次回、赤い夜についてです。

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