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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十五章 帰路に塞がる白い闇
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聖霊と死神と狂気と

 それは一瞬だった。

 ほんの僅かな気の緩みの隙間を縫って、ソレは起こる。玖珂との対話の中で生じたその沈黙を破るように現れたその存在は、先程からずっとそこに居たかのように姿を見せ、桔音の目の前にいた玖珂の首にそのナイフを突き立てたのだ。

 驚きと唐突に訪れた痛みに目を剥いて声にならない呻き声をあげた玖珂。桔音も、その近くで取っ組み合いをしていたレイラ達も、その唐突な出来事に動きを止める。

 気付けば桔音の近くに最強ちゃんとステラがいた。エルフリーデがいないことを確認し、桔音はますます事態が分からなくなる。


 しかし、目の前に現れた存在の顔には見覚えがあった。


「……リアちゃんと同じ顔、ってことは君、ユーアリアって名前だったりする?」

「あら? 初対面だったと思うのだけれど、私のことを知っているのね……貴方が教えたのかしら、玖珂さん?」

「ぐ、……ユー、アリア……生きて、!?」


 いきなり現れたユーアリアに驚愕しながらも、玖珂のその聡明な頭脳は答えを出してくれた。つまり、ユーアリアが死んだという事実は、彼女が作り出した事実無根の嘘だったのだ。感情と記憶を支配する彼女のことを一番知っているのは玖珂自身。その結論を出すのに悩む必要は一切なかった。

 しかしそうなると疑問が一つ浮かぶ――何故彼女が自分を欺くような真似をしたのか。あまつさえこうして自分に刃を突き立てるなど、幾ら思考しても答えは出てくれなかった。


「あら、そういえば玖珂さんには貸していた物があったわね」

「!」

「返して貰うわね?」


 玖珂の疑問に答える前に彼女は玖珂の額に手を当てる。すると傷付けるわけではなく、彼女の指がずぶずぶと玖珂の頭の中へ入っていくのが見えた。玖珂が苦悶の表情になり、喉にナイフを突き刺されたにも拘わらず、それでも漏れる悲鳴をあげる。

 そして彼女の手首程までが頭の中に隠れたかと思えば、ずるずるとその手は引き抜かれた。何かを掴んでいる訳ではなかったが、玖珂の肉体に変化が起こる。


「あ、……あぁ……!」

「確かに返してもらったわ。大事に持っていてくれたみたいね、貸した時のままで嬉しいわ、ありがとう」

「! ……老いてる?」


 玖珂の肉体がどんどん老いていくのだ。髪が白くなっていき、顔には幾重にも皺が刻まれていくのが分かった。手足の筋肉が衰えて細くなっていき、立つのもやっとな姿になってしまった。

 その拍子にユーアリアがナイフを玖珂の首から抜く。血がごぽりと溢れる。


「えーと……ユーアリアちゃん?」

「そういう貴方は、桔音君、で合ってるかしら」

「僕のこと知ってるの?」

「今玖珂君に貸していたものを返してもらったついでに、記憶に触れたのよ」


 記憶に触れた、という言葉に桔音は眉を顰める。


「きつね……アレは記憶と感情、操れる」

「最強ちゃん……それはそれは厄介な力だね」


 現れた時から浮かない雰囲気を出していた最強ちゃんが、桔音の疑問に答えてくれた。

 どうやら最強ちゃんでも勝つには厳しい存在だということを、桔音は理解し警戒する。

 序列第七位『聖霊』ユーアリア、なぜ生きているかは桔音には分からなかったが、玖珂の様子を見れば記憶操作で死んだことになっていたという可能性は十分考えられた。しかし今それは問題ではない――桔音は早急にやらなければならないことを理解し、即座に行動に移す。


「最強ちゃん、あの倒れている人を僕の所まで連れて来てくれる?」

「……分かった」

「ステラちゃんは、僕の敵のままってことでいいのかな?」

「今は……分かりません」


 最強ちゃんが桔音の指示に首を傾げながらも従う。駆けだした瞬間に姿を消し、玖珂を連れて桔音の下へと戻ってくる。確認すると、死にかけではあるがまだ生きているようだ。

 対してステラは桔音の言葉に対して明確な答えを出せずにいた。玖珂は瀕死の状態であり、ユーアリアは最早敵味方の概念には収まらない立ち位置に居る。実質玖珂の勢力で生き残っているのは自分だけ――こうなっては戦いの意味すら彼女には見出せなかった。


 桔音はそんなステラの答えを受けながら、『初神(アルカディア)』を発動し、玖珂に突き立てた。


「ま、僕に危害を加える意志がないなら良いよ」

「きつねさん、その人助けるの?」

「この人にはまだ聞きたいことが残ってるからね。元の世界に戻る方法も訊いていないし、知らなくてもその手掛かり位は吐いて貰わないと労力に見合わないから」


 玖珂の身体が見る見るうちに戻っていき、先程まで桔音が相対していた姿に戻った。傷もなくなって、気を失ってはいるが万全の状態に戻っている。桔音は限界まで彼の時間を戻したので、おそらくこの世界にやって来た初期の状態まで戻っていることだろう。

 転移者はこの世界に来た最初、何の力も持っていない。こうなってしまえば玖珂といえど桔音の害にはならない筈だ。


 故にフィニアの問いには簡潔に答えた。記憶は戻らない故に、後で意識を取り戻した時にはしっかり知っていることを吐いて貰うことにする。


「さて……君の目的を知りたいところだけど」

「ふふふ、残念だけれど目的なんて持ち合わせてはいないわ。元々里帰りみたいな感覚だったもの。とはいっても……貴方みたいな人は会ったことないから、少し興味が湧いちゃったのはあるわ」

「うわ、怖い」


 ユーアリアと対峙し、桔音は素直に怖いと思えた。

 なんだか優しげな表情と柔らかい雰囲気を纏った人物だが、桔音から見ると何処までも胡散臭い。最強ちゃんとは違って、元の世界でも多くの危害を加えられていた桔音は、最初から優しいと感じる人物程疑わしい存在はない。

 故に桔音とユーアリアはお互いに初めて会う人種だと認識した。その評価は対称的ではあったが。


「それに……貴方にはどうも私の力が利かないみたいだしね」

「記憶とか感情とかを操るっていう? 密かに行使しないでほしいんだけどなぁ」

「だから敵意を向けられるのって初めて。ふふふ、なんだか新鮮で良いわ」


 すると背中に唐突な衝撃がくる。桔音はその衝撃に驚き、後ろを振りむいた。

 そこには、困惑が混じりながらも桔音に殺意を向けるパーティメンバーがいた。桔音の背中にレイラとルルがそれぞれ瘴気の刃と『白雪』を突き立てている。桔音の防御力故に傷一つないが、彼女達に攻撃されたという事実は少なくない衝撃を彼に与えた。

 

「ふー……ふー……きつね君……♪」

「あぐっ……か、は……!」


 自分を抑えているのか感情が昂ぶっているからかは分からないが、レイラは荒い呼吸を抑えられず、その赤い瞳を憎悪に爛々と見開いている。またルルも憎悪の感情を剥き出しにしていた。そして桔音に危害を加えたことで『隷属の首輪』が彼女の首を絞めている。


「ルルちゃん!」

「げほっ……げほっ……!」


 桔音はそれに気がついた瞬間急いでルルの首輪を切り裂いた。

 そうして見ると、その場に居た全員が桔音に対して武器を構えているのが分かった。そしてその全員の表情が困惑に満ちている。おそらく記憶と感情が食い違っている故に、何故桔音にこれほどまでに憎悪を抱いているのか分からないのだろう。

 間違いなくユーアリアの仕業だ。桔音は視線だけを彼女の方へと移した。


「やってくれるじゃないか、ユーアリアちゃん」

「あら、ちゃん付けで呼ばれることなんてあまりないから、なんだか照れてしまうわね。ふふふ……ごめんなさいね、初対面だとこの人はどうやって死ぬのかなーって、つい考えてしまうのよ」


 今まで一番頭おかしいんじゃないかと思ってしまうくらいには、桔音に衝撃を与えることを言うユーアリア。今までもそうやって様々な人の命をなんとなく奪ってきた彼女にとって、今回の行動も今までとあまり大差ない。

 桔音は一気に周囲が敵になるという状況に対して、驚愕こそすれど、動揺に慌てることはない。そもそも転移前も転移後も周囲が敵だらけだったのだから、今更慌てることでもないと判断したのだ。桔音の防御力は魂に付随する堅さだ。記憶と心を操る力を持っていようと、ユーアリアの力が彼の防御力を超えることがないというのも、彼を冷静にさせる要因になっている。


 一つ不味いと考えるとすれば、最強ちゃんが敵になるということだろう。彼女の攻撃力は同じ『超越者』として、桔音に通用する可能性が大いにある。


「リアちゃんがああだったから予想はしてたけど……言動はまともでも言ってる事はほんと頭おかしいな」

『きつねちゃん、人のこと言えないと思う』

「あれ、ノエルちゃんは無事なの? 幽霊だから認知されてない感じ?」

『多分?』


 不幸中の幸いか、ノエルはユーアリアの力に影響されていなかったらしい。

 だが、それにしても状況は変わらない。今にもレイラ達は飛び掛かってきそうな勢いだ。桔音はとりあえず『不気味体質』を発動させて、周囲を飛び退かせることに成功する。

 植え付けられた憎悪と、桔音の与える恐怖心がせめぎ合い、彼女達の中で攻めあぐねるという状態を作り上げたのだ。


 そして桔音は勢い良く地面を蹴り、ユーアリアに飛び掛かっていく。瘴気のナイフを数本を先行させ、自分自身も『瘴神(ドロシー)』を発動して切り掛かる。

 しかしユーアリアはするっと瘴気のナイフを躱し、桔音の手元を抑えるようにして『瘴神(ドロシー)』すらも見事に対処してみせた。


 驚くべきはその動きの早さ――桔音の目にはその速度が辛うじて見えていたが、『先見の魔眼』を密かに発動していたにも拘らず捉えられなかったのだ。つまり、その速度は最強ちゃんに匹敵すると言っても過言ではない。

 先見と現実がほぼ同時に動いてくる様なその速度は、『超越者』でもない限りあり得ない。あの神の所に居た少女アイの言によれば、桔音とアシュリーと最強ちゃんの他に『超越者』はいない――ならば何故?


「君……さては人間じゃないね?」

「あら、どうだったかしら……人間だった気もするし、そうじゃない気もするけれど、まぁ桔音君がそう言うのなら人間じゃないのかもしれないわね」

「そう――かもね!」

「あらあら、危ないわ」


 ユーアリアの腕を振り払って再度『瘴神(ドロシー)』を振り回す。

 くるりと回すと、下から切り上げるようにユーアリアの首を狙う。だがユーアリアは上体を逸らす様にしてその刃を躱し、逆に桔音の腕にナイフを突き立てた。


 ――桔音の腕が切り落とされる。


『きつねちゃんっ!?』

「……これは中々恐ろしい相手だね」


 腕は時間回帰をすればすぐに戻るが、問題は桔音の防御力を超えて腕を切り落としたという事実。速度だけではなく、攻撃力すら最強ちゃん以上であるようだ。

 彼女の能力は桔音の記憶や感情を操作出来なかった。けれど物理的な身体能力は桔音の防御力を超えてくる――一気に桔音の戦況は不利になった。


「うふふ、桔音君も血は赤いのね……でもすぐ治っちゃった、これも新鮮だわ」


 コツ、と桔音の方へと一歩踏み込みながら、ユーアリアは頬に手を当て楽しげに笑う。まるで日常のなんでもないことの様にそう言ってのける彼女は、やはりどこまでも狂っている。

 桔音には既に打つ手がなかった。唯一無類の強さを誇っていた防御力を超えてくるだけならまだ良かったが、素の戦闘能力が最強ちゃん並、もしくはそれ以上ともなれば抗う術がない。殺すとしても下手な手では隙を見せるだけだ。


 そして一時撤退するにしてもレイラ達を残していけば殺される可能性は大いにある。勝ちの目が薄く、撤退すら許されない状況。

 だがそんな時だ、



「困ってる? ――じゃあ私と遊ぼうよ、おにーさん(・・・・・)☆」



 そんな声と共に世界の色が変化した。

 見たことのある黒と蛍光ピンクで彩られたその世界は、桔音とユーアリアを取り込み、もう一人中央に現れた少女と共に元の世界を塗り替える。


「屍音ちゃん……?」

「あははっ、ようやく良く分からない空間から出られたよ」

「え、屍音ちゃん? 何その姿」


 現れたのはエルフリーデの空間に閉じ込められていた屍音。だがその姿は以前の少女の姿とは全く違っていた。


 簡単に言ってしまえば、ぼんっきゅっぼーんな女性になっていた。


 桔音よりも幾分年を重ねた様な姿になった屍音は、胸もお尻も大きくなり、髪も腰まで伸びていた。顔付きも美人という表現が似合う造形になっており、地球にいれば世界中から賞賛される美人になれるだろう。

 とすれば現れたこの世界は彼女の固有スキル『玩具箱(ブラックボックス)』だろう。屍音の言葉遣いが以前と違って少し大人びているのを見ると、心の方も同じように時間が経過しているらしい。


「なにがあった……」

「変な空間に閉じ込められた後、十年くらい経ったんだよ。多分時間の流れが違う空間だったんだろうけど、気付いたら閉じ込めてきた本人の死体の傍に立ってたから、多分空間を作った本人が死んだから出てこられたんだろうね」

「成程……とりあえずおかえり、綺麗になったね」

「でも私を散々虐めてきたのはしっかり覚えてるからね? おにーさん死ね」

「前言撤回、心は汚いままだ死ねクソガキ」


 だが桔音と屍音は相も変わらずお互いを罵り合う。傍から見れば仲が良いのかと思ってしまうが、本心で言っている所が二人の関係性を良く表している。

 とはいえ屍音も大人になっただけあってすぐさま殺しにかかるという訳ではないらしい。桔音の近くに並び立つと、その視線をユーアリアの方へと向ける。


「で、アレは殺すのかな?」

「……協力してくれるってことかい?」

「違うよ、おにーさんが協力してほしいんでしょ? ほら、相応の頼み方があるよね?」

「…………良い性格になったね、屍音ちゃん」

「おにーさんのせいでね」


 景色の変わった世界を興味深そうに見回しているユーアリアを見ながら、桔音は初めて屍音に言い負かされたのを感じた。身長も桔音を追いぬいて長身になった屍音は得意げに桔音を見下ろしてくる。精神的にも成熟したのか、口が達者になっている。

 とはいえ、その成長の仕方は完全に桔音の影響なのが否めなかった。魔王よりも桔音に育てられたというべき成長ぶりである。


「ほらほら言ってごらん? 『屍音様、惨めな僕にどうかお力をお貸しくださいお願いします』、ハイ、さんはい?」

「……」

「さん、はい?」

「…………屍音サマ、みじめなぼくにどうかおちからをおかしくださいおねがいしますー」

「やだ☆」


 その後、同じことを三回言わされた。



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