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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十五章 帰路に塞がる白い闇
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始まりの歴史

 玖珂と桔音の戦いの外で、最強ちゃんはステラとエルフリーデを相手にしていた。

 ステラの雷を真正面から拳で撃ち落とし、槍での攻撃が掠りもしない。そしてエルフリーデの神葬武装は空間創造系の能力、だから戦闘には最小限の参加になっていた。

 実質ステラと最強ちゃんの一対一。それも最強ちゃんによる圧倒的な戦況になっていることから、実力差は歴然だ。


 そんな状況の中で、エルフリーデは軽く肩を落としてしまう。

 ステラの劣勢に対して呆れている訳ではない。ましてステラの実力に対して低い評価を下している訳でもない。寧ろ、彼女の中でステラの実力はかなり高いものと認識している程だ。

 桔音と初めて出会った頃の彼女ならまだしも、ソレから弛まぬ修練を積み、真っ当に実力を上げているステラの実力は、既に玖珂達の中でも上位に位置するのだから。


 問題はそのステラを圧倒している最強ちゃんの実力が、想定以上だったということ。最強の冒険者とは聞いていたものの、その実力は大凡冒険者や人間の範疇を大きく超えている。


「……ッ」

「大丈夫かな、ステラ……いやはや、とんでもないのが来ちゃったもんだね」


 ステラが攻撃を捌き続けていた最強ちゃんから距離を取り、一時後退する。エルフリーデはそれによって生まれた時間で、最強ちゃんを見ながらそう口にした。

 先程までステラの攻撃を捌き続け、一度も攻勢に出ていない最強ちゃん。だが相変わらずそこに隙は無く、次の瞬間には懐に踏み込まれていてもおかしくはない不気味さがある。


 拳を握ったり開いたりしながら調子を確かめている様子の最強ちゃん。どうやらステラの実力を探っていたらしい。


「……武器は強い……でも、弱い」

「いや、防御無視の『神葬ノ雷(ブリューナク)』に対して拳で叩き落とす方がおかしいからね……で、君何者かな?」

「?」

「見た感じ人間みたいだけど、見た目通りの年齢ならその強さは明らかに異常だ。桁外れの攻撃力、未来予知にも似た直感、それ程までの力を手にしておいて普通の人間だなんて言わないだろう?」


 そしてそれはどうやらエルフリーデも同様らしく、彼女は彼女で最強ちゃんという人物について観察していたようだ。

 桔音の例もある。『超越者』という存在を知る訳ではないが、桔音と同じように強くなったとすれば説明は付けられるが――彼女がSランク冒険者の頂点に君臨したのは、最近ではない。


 最強ちゃんの年齢は現在10歳、そして彼女が最強ちゃんと呼ばれ始めたのはおよそ5年前(・・・)なのだ。


 つまり、彼女は物心つく頃と同時にこの世界で最強の名を欲しい侭にしていたということ。

 ソレは幾らなんでもおかしな話だ。桔音の様に確固たる自我があり、身体がちゃんと出来ている年齢なら、ステータスやスキルを駆使して修練に励むのもあり得る。しかし、5歳で今と同じレベルの強さがあったとするなら、ソレは最早怪物として生まれてきたとしか思えない。


「私は私……さいきょー」

「まぁ、素直に教えてくれるとは思ってなかったけどね……でもさ、もしかして君、」


 そこで一つ区切り、エルフリーデは最強ちゃんをじっと見つめて再度口を開いた。



「君、異世界人(・・・・)だったりしないかな?」



 エルフリーデの言葉に、最強ちゃんはいつも通り眠そうな瞳のまま動揺することもなかった。

 この世界に来ている異世界人の数は、桔音を除いて7人。そしてその正確な数を知るのは桔音だけだ。それに関しては、玖珂もエルフリーデも、また同じ『超越者』であるアシュリーであっても知ることはない。

 しかし、エルフリーデは最強ちゃんが異世界人ではないかと考えていた。それも、玖珂や桔音達、そして勇者達とも違う形でやってきた異世界人。


 勇者召喚でもなければ、異世界転移でもない、ならば残されたのは一つだけ。


「君、この世界で生まれ直した転生者じゃない?」

「……」


 転生者。元の世界で一度死に、この世界に前世の記憶を保持したまま生まれた者。

 赤子の頃から自我を持っているのなら、修練は難しいにしても自分の未来をよくするために何だってできる。魔力の訓練、筋トレ、知識の蒐集、出来ることは幾らでもあるだろう。

 そしてエルフリーデの考えた可能性は、また別の可能性もあり得ると考えられた。

 桔音達転移者は、元の世界の肉体のままこの世界にやってくる。異世界人としての過酷な運命を背負って。勇者達召喚者は、元の世界の肉体のままこの世界にやってくるが、『勇者』という称号と特殊な固有スキルを与えられている。


 ならば転生者は――異世界の魂に、この世界の肉体を持つ存在はどうなる?


 その答えは簡単、彼女達の中にはそれに似た存在がいる。

 先程玖珂が述べた通り、異世界の魂にこの世界の肉体を混ぜ合わせた『使徒』という特殊な存在が。


「仮に君が転生者だとすれば……その強さにも転生者だからということで説明が付く」

「……詳しい……お前、異世界出身?」

「お察しの通りさ……ま、さっき博士が言ってたけどね。メアリーを除けば私達は全員異世界人だよ」


 エルフリーデはさらりと驚愕の事実を述べる。

 玖珂が先程桔音達に対して得意げに語っていた通り、創られた存在であるメアリーを除けば、序列第一位から第五位までの5人と、玖珂を入れて6人が元々異世界人なのだ。

 だがそれは、この場において気付かれはしないものの、一つの事実を浮き彫りにする。

 そう、桔音を入れればこの世界に来ている異世界人の数は8人(・・)、玖珂達で6人、桔音を入れれば7人。


 ―――では、残る1人は?


 最強ちゃんは尚も動揺した様子はなく、そう、と短く漏らしただけだった。


「それで、君が転生者という私の予想は当たってるかな?」


 そして続けてエルフリーデは追及する。

 すると最強ちゃんはその追及に対して少し考える素振りを見せると、暫しの思考の後凝った首を解す様に首を回した。難しいことはあまり考えることも聴くこともしないマイペースな彼女だが、多少は考えるべき事柄だったらしい。


 そして二回ほど首を回した後に短く息を吐いた。ふと視線をエルフリーデの方へと向け直すと、短く答える。



「そう――私は転生者(・・・)、だよ」



 それは、この世界にやってきていた最後の異世界人であるという事実。この島には、なんの因果か全ての異世界人が揃っていた。


「はぁ……こんなに異世界人大集合となると、異世界人っていう稀少性も薄れるね」

「もう、いい?」

「ああ――おかげでこっちも準備が整ったよ」

「!」


 話は終わったとばかりに拳を握る最強ちゃんだったが、対してエルフリーデは時間稼ぎは終わったとばかりに指を鳴らした。

 同時、神殿の外の光景がふと入れ替わる。ステラが見たのは、真っ白な光景だ。勿論エルフリーデにもそう見えている。


 だが、最強ちゃんの表情が初めて変化を見せた。眉を顰め、不愉快といった表情。

 何故なら、最強ちゃんには彼女達とは全く別の光景が見えていたからだ。


「さて……君は何を抱えているのかな?」


 もう一度ぱちんと指を鳴らした。

 すると、真っ白い光景がまた変化する。それは最強ちゃんから見えていた光景だった。


「君にはもう私たちの声も姿も感じられていないだろうけど……この空間は君の過去から投影された世界。君の一番見たくない過去の投影だよ……人は許容出来ない現実を目の当たりにすると、途端に脆くなってしまうものなんだよね」

「……エルフリーデ、使ったのですか」

「うん、私の神葬武装『神ノ庭(ヴァルハラ)』第二開放……『神ノヴァルハラ』……にしても、これは予想外だったね」


 エルフリーデの神葬武装の発動、未だその詳細を明らかにしない武器ではあるが、どうやらまた空間を操作して何か作り上げたらしい。屍音の固有スキルと同様、世界創造系の力なのかもしれない。

 しかし、今はそんなことを考える場合でもなかった。

 何故なら目の前に広がる光景は、エルフリーデの言った通り最強ちゃんの過去にあった、所謂トラウマだ。だが、それは彼女達にも無関係とは言いがたい光景だったのだ。


 いつでも眠たげだった最強ちゃんの瞳が、初めて力を宿す。

 睨み付けるという表現が生温く感じる程、射殺すような送られた彼女の視線の先、そこには三人の他にもう一人光景と共に現れた存在がいた。

 桔音がいたなら、その存在を見ただけでその正体を看破してみせただろう。

 宙に浮かんでおり、長い黒髪を揺らし、黒を基調としてスマートで末広がりなデザインのシンプルなドレス、まるでボールペンでぐちゃぐちゃに書き殴ったかのような瞳が特徴的な女が、そこにいた。


「……ユーアリアじゃないか」


 ぽつり、エルフリーデの口からその名前が漏れる。

 序列第七位『聖霊』ユーアリア。序列組最後の一人であり、既にこの世に存在しない存在だ。メティスの口からハッキリと彼女は死んだと出ている以上、彼女は既に死んでいるのは確定している。

 だが、その死因は不明のままだった。桔音が深く聞かなかったのも理由だが、そもそも聞かれても彼女達は答えられなかっただろう。訊かれたところで答えられない、彼女達はその理由を知らないのだから。


 気付いたら死んでいた。何者かに殺されたらしいというのは、分かっていたが。


「まさか、君が殺したのか……――彼女を」


 エルフリーデは最強ちゃんに攻撃を加えるのも忘れて、その光景の行く末を見届けることを決めた。


 ――あらあら、今日も来たのね……ふふ、いらっしゃいお嬢さん。



 ◇ ◇ ◇



 かつてこの世界には神々が存在し、一切の悪性のない平和な時代があった。

 だが、不意に誕生した悪神によってその平和は破壊され、神々は混沌とした戦いの時代を送ることになる。

 それも悪神を殺すことに成功した後も憎悪と悲しみは増していき、やがて神々の戦いは血で血を洗う世の中へと世界を変えていった。

 とはいえ世界はその日々は唯一変化しなかった希望の神によって収束していき、悪神は悪性の種を幾つか残したものの、神々は平和を願って消失し――世界は新たな生命達による平和な世の中へと戻って行った。

 魔獣や魔族といった存在が生まれ、残された悪性の種からは魔族の王女すら生まれたものの、誕生した新たな生命達が独自の秩序を作り上げ、各々が平和な日常を送れるよう日々努力する世界に変わって行ったのだ。

 

 しかし、世は常に変化していくものだ。



 ―――平和な世の中なんて退屈だ、日常は常に面白くないと。



 ぽつり、とある存在がそう言った。

 それはこの世界に存在した神々と呼ばれたものとは全く別の存在。それよりももっと次元を異なるものとした超常の存在だ。ある時は神と呼ばれ、ある時は自然と呼ばれ、ある時は世界と呼ばれ、ある時は管理者と呼ばれ、ある時は――……様々なものとして呼ばれたソレ。

 桔音の言葉で言えば、カスと呼称されたその存在は、いつだってこの世界を観察していた。神々が生まれるずっと以前から、それこそ、この世界が誕生するそれよりずっと以前から、ソレは歴史の流れを観察していたのだ。


 そしてソレは歴史の日々に退屈を感じていた。

 故に、平和そのものだったその世界に落としたのだ――悪性の種を。そうして生まれたのが悪神、この世界から平和を取り上げた原因なのである。

 ソレにとって悪神が始めた闘争の日々は実に刺激的な歴史だった。故に、そこからまた平和な日々が始まったのは、少々肩透かしも良い所。


 だからこそ、ソレはまた新たな火種を創ることにしたのだ。

 それが『異世界からの来訪者』

 勇者召喚の魔法や転移者、転生者など、ソレは異世界と異世界を繋ぎ、そして神々が創った"人間"と類似する生き物が存在する異世界から、『異世界』に対してある程度理解のある者を連れてきた。


 つまり、桔音が疑問に思った『現代(・・)の日本人だけが連れてこられている理由』はそこにある。


 日本に存在するライトノベルや漫画といったフィクションの中で、一部の若者には異世界転生や転移といった物語に理解がある。

 だから選ばれた――いや、目を付けられてしまったのだ。

 ソレは余計な前説明が要らず、ある程度連れ去っても問題が少ない人物や面白くなりそうな人物を連れ去り、次々に異世界へと送り込んだ。


 ―――さぁ、諸君……私を楽しませてくれ。


 それから先は玖珂の語った通り、異世界人たちは過酷な世界に変化を齎した。

 だが、そこから問題が発生する。それは彼らを送り込んだソレの予想にもなかったこと。


 元々この世界に存在していない存在を送り込むことによって、世界に『歪み』が発生したのだ。


 "―――……。"


 そうして生まれたのが、生まれてしまったのが、世界が『歪み』そのものを切り離して一つの存在として解き放ったもの。

 だが問題はそれだけではない、更に運が悪かったというべきだろう。その存在に初めて出会った人間が、


 "感動だ……視認しているのに何も観測出来ないとは、素晴らしい!"


 最初にやってきた異世界人、玖珂だったのである。

 そして彼はその存在に対して感動を示し、こう名前を付けた。


 それ自身で独唱曲(アリア)の様に完成した芸術、そして唯一の存在。



 唯一の独奏曲(アリア)―――"ユーアリア"と。


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