最強の拳
レイラが見た光景、抉れた地面を作り上げたのは、実の所桔音とアリアナではない。
当然だろう。彼らの武器、攻撃手段では、あれ程の光景を作り上げることは出来ない。
故に、彼らが戦いの第二幕を繰り広げ始めた時、同時にステラとリーシェ達もまた戦いを始めていたのだ。
雷の槍が繰り出す流星の如き連撃は、瞬く間に大地を抉り、そして生い茂る木々も、花も、地面も、光が瞬く間に吹き飛ばして見せた。
だが、それによってダメージを負った者はいない。リーシェを始め、フィニア達の実力はステラが思っているほど低くはないのだ。例えステラが強いとしても、フィニア達の人数と力で対抗すれば、戦うことが出来る。
まして、吸血鬼のリーシェや思想種のフィニア、超越者にすら追い縋るルル、魔王の娘である屍音、狂気の思想種リア―――これだけの実力者達がいて、戦えないはずがない。
「成程……きつねだけのパーティという訳ではないようですね」
「当っ然! そもそも、きつねさんを護るのが私なんだから!」
「思想種――……確か名前は、フィニアでしたか」
対峙する両陣営の臨戦態勢は既に整っている。フィニアの周囲には、『妖精の聖火』が幾つも配置されており、リーシェやルル、屍音もそれぞれの武器を抜いていた。リアはただ浮遊しているだけだが。
とはいえ、屍音に関して言えば、魔王の娘としての能力が満足に発揮出来ない状態だ。この場においては、あまり役には立てないだろう。せめて固有スキルである『玩具箱』を使えれば、まだマシだっただろうが。
ステラは桔音とアリアナの様子を一瞥して、放っておいても大丈夫かと思ったのか視線を切る。露草色の瞳は、今も感情を移すことなくフィニア達を捉えていた。
「博士の目的はきつねのみ――貴方達の命は、保証し兼ねます」
「構わない、此方としても……死ぬつもりはない。きつねは、私達の仲間だからな」
ステラとリーシェの言葉が交わされた瞬間、戦闘が始まった。
瘴気に抱えられていたレイラが、後方で地面に転がっていることに気が付かず――
◇ ◇ ◇
そうして時間は現在に戻り、レイラは今も桔音達を探して歩いていた。
現在の居場所が分からない以上、レイラは歩き回るしかない。瘴気での索敵も出来ず、身体能力任せに高い木の上に飛び上ることも出来ない。地道に、普通の人間らしく探すしかないだろう。
とはいえ、今のレイラに何の力も残されていない訳ではない。身体能力は下がれど、戦闘技術まで失ったわけではないし、魔族の力は失えど、普通のスキルに関しては劣化してはいるものの残っている。
とはいえ、瘴気をメイン武器にしていた故に、手持ちの武器がないのは痛かった。
だが、桔音に預けられたままの『魔法袋』の中に小剣が入っていたのは運が良かった。
これは、レイラが桔音に初めて出会った時に持っていた間に合わせの武器。どうやら、桔音は周到にもレイラの捨てた武器を回収していたらしい。
「きつね君に、感謝だね……♪」
くるくると手の中でその小剣を弄びながら、手に馴染む感覚は、長い間手放していた武器とはいえ、選んで買っただけはあった。
「とはいえ、戦闘音の一つしない……さっきの場所から移動しつつ、今でも戦闘が続いているとするなら……あの光景が移動しながら続いている筈……木々の消し飛び跡からして、アレを作ったのは多分、白い子の槍か」
黒い髪を靡かせながら、レイラは思考を止めない。
そしてふと、視界の端で揺れる黒髪を見る。彼女の髪は白髪の時と同様、尻まで届く長さ。そうなると、その髪の重量も中々の物になってくる。
魔族の身体能力があるのなら、その重みも大した問題にはならなかっただろうが、今の彼女は人間の肉体。それも、魔族になる前――一般女子中高生レベルのものだ。
結論を言えば、戦闘技術やスキルがあったとしても、地となる身体能力がこれでは意味がない。
故に――
「今は……要らないかな」
――"ざくり"。
レイラはその小剣で、自分の髪をざっくり切り落とした。
首元から下がさっぱり無くなったことで、レイラの髪が短くなる。綺麗に切り落としたからか、変に不揃いということもないけれど、若干雑なのは否めない。
「んー……うん、大分軽くなった♪ 今の私じゃ、あんなに長いと掴まれるし、重い分速度も落ちるもんね……」
軽く髪を手で梳くと、はらりと頭にくっついていた髪の切れ端が地面に落ちる。
軽くなった頭を振って、レイラは再度歩き出した。地面に落ちた黒髪を一瞥することもなく、特に名残惜しいという顔もせず、真っ直ぐに桔音の下へと進む。
青くなった瞳には、以前と変わらぬ愛と熱が込められていた。とはいえ、燃え上がるような愛情を全身で、狂気とも取れる様な形で溢れさせていた頃とは違い、今は沸々と湧き上がるソレを、心の奥底に秘めるようにしているのだが。
「!」
すると、その場から一歩、そして二歩、最後に三歩歩いた時だ。
「……髪……切っちゃったの?」
ぽつり、聞き覚えのある声が背後から掛けられた。
幼く、子供らしい高い声。振り向けば、レイラの視界に入って来たのは一人の少女だった。橙色の髪、幼い矮躯、そして眠たげな目元が愛らしい少女。
かつて、桔音が戦い、一撃で敗北させられた少女。
最強の名を欲しい侭にし、多くの数ある冒険者達の頂点に立ち続け、その拳で挑んだ戦いには全て勝利という花を飾ってきた存在。
Sランクという枠組みすら烏滸がましい程の、純粋な強さを誇る彼女は、この世界において"超越者"と呼ばれる人外の領域に足を踏み入れた。
名前を知る者は居らず、孤高にして孤独な冒険者として生きている。
「貴女は……」
レイラは彼女を知っている。興味もなかったけれど、出会ったから知っている。
「……きつねは何処?」
橙色の少女、最強の冒険者、『無双』の二つ名を冠した人類の頂点。
―――最強ちゃんと呼ばれた、少女がいた。
「どうして、貴女がここにいるの……?」
「さいきょーを、証明するため」
彼女が此処にいる理由が分からなかったレイラは、彼女にそう問いを投げかけた。しかし、彼女の返答を聞いても、やはり何もわからない。
最強の証明、それは彼女が桔音を狙って現れた時と同じ理由だ。しかし、彼女は一度桔音に勝利している。それは既に終わった話の筈。
だが、彼女はその言葉の後にこう続けた。
「アシュリーに聞いた……きつねも、超えたって」
「超えた……?」
「だから、もう一回……さいきょーを、証明する」
彼女はあの大魔法使い、アシュリーを通じて、桔音が超越者となったことを知ったらしい。そして、ならばと再戦を申し込みに来たようだ。
かつて自分に追い縋った桔音。その彼が超越者として更に強くなったということは、自分をも超える相手になったかもしれないということ。
彼女も分かっているのだ。
超越者になるということが、人の身であることと人外であることの差であり、その差が桁違いどころか数える単位自体が違ってくるということを。
だが、彼女の目的はそれだけではないらしい。更に、彼女の言葉はこう続く。
「ついでに……頼まれた」
「……頼まれた? 何を……」
「きつねを、助けてほしいって……」
つまり、彼女は今この場においてこれ以上ない程の、増援ということ。
「誰に?」
「ルークスハイドの王家と……アシュリー、あとは……クロエとアイリス、と……グランディールの王家、あと勇者達……他、色々」
「!」
思った以上に多かったことに驚くレイラだが、挙げられた名前の数々は、確かに納得のいく者達だった。
どの人物も、桔音が関わって、結果的には救ってきた者達だ。勇者は酷い目に遭わせた相手ではあるが、結果的に変えられた相手であることに変わりはない。
これだけの者達が寄越した増援が、人類の頂点である彼女。
これ以上ない応援だ。桔音が救ってきた分だけ、戦ってきた分だけ、しっかり彼を救おうとしてくれる者達が居た。
「此処……強そうな匂いが多い……わくわく」
「……そっか♪」
そうして身の上話も終えた所で、最強ちゃんはきょろきょろと辺りを見回す。
「……きつねの所へ行く……何処?」
「私も……探してるところ、かな……」
「……」
とはいえ、前途多難なのは変わらないらしい。
◇ ◇ ◇
意図せず一人、パーティから引き離されることになったわけだけれど、現在僕はちょっとまずい状況に陥っていた。
無論、死に直面している訳ではない。時間操作系の概念武装に対して、僕も時間操作系の固有スキルを持っている以上、その効果は互角に作用して相殺される。
傷を負えば、双方自分の力で瞬時に無傷に戻ることが可能である以上、勝負は千日手、終わらない鼬ごっこの様な戦いになる筈だった。
しかし、彼女――アリアナちゃんの神葬武装はまだ通常稼働なわけで、当然ながら彼女の神葬武装には奥の手、第二開放が備わっている。
時間操作系の概念武装である以上、第二開放もそういう系統の能力になるだろうことは想像が付く。
彼女の神葬武装の通常稼働は、本に栞を挟むように、過去に自分の剣の存在を挟み込むことで、現在を改変する力。それは攻撃にも防御にも使えるわけだ。
厄介なのは、その剣を挟み込むだけで、歴史を改竄するわけではないというところだ。
歴史そのものを改竄するのであれば、過去の僕を斬られたところで現在の僕に傷は出来ない。致命傷、もしくは欠損ではないなら、時間と共にスキル回復か自然治癒するからだ。
しかし、彼女の能力はあくまで剣の存在を挟み込むだけ。本に栞を挟んだ所で、それ以降の内容が変わらないように、僕の歴史も剣を挟まれた以降の歴史は変わらない。
つまり、剣で攻撃されて負傷しても、その後の歴史に治癒したという過程が存在しないのだ。
故に、その傷は現在に反映される。幸か不幸か、同様の理由で、その傷を負わされた以降の歴史がある以上、致命傷を負わされても現在の僕が急に消滅するということにならないのはよかった。
とはいえ、その致命傷は僕の身体に反映されるわけだけど、それは『初心渡り』で戻せるから良い。
でもまさか―――その傷を負わされた過去まで巻き戻さないと傷が治せないとは思わなかった。
「アンタのスキルは時間を巻き戻すスキル。なら、アタシの力で負った傷を治すためには、そこまで自分の時間を巻き戻さないといけないのは当然でしょ? そして、アンタの力は自分の身体だけでなく、ステータスさえも当時の物へと巻き戻してしまうもの……」
「……」
「なら、当然――アンタは巻き戻した時間分弱体化するわよね。ステータスは数値だから、分かりやすく弱体化したんじゃない?」
そう、アリアナちゃんの狙いは、ソレによる僕の弱体化だったのだ。
彼女が攻撃を挟み込んだのは、ステラちゃんと初めて出会った時の僕。そこまで時間を巻き戻したのなら、僕のステータスは当時の物へと巻き戻っただろう。
――今の僕に、"ステータス"が存在していたのならの話だけれど。
彼女は当然、玖珂も気が付いていない。知らないのも当然だ、僕はあのカス神と出会い、他ならぬ『初心渡り』で己のステータスという枠を消したのだから。
「まぁ、大人しく降参すれば命は取らないわ」
僕のステータスは、僕が異世界に来る前の状態をベースに巻き戻されて失われた。
そしてその枠組みの中に内包されていた力は、もう僕の魂そのものに宿っている。それが肉体に反映されている故に、命その物を攻撃するメアリーちゃんの斬撃も、魂その物に触れられるノエルちゃんの攻撃も防ぐ防御力なのだ。
だからこそ、僕の肉体は『初心渡り』の巻き戻しで弱体化することはない。何故なら、僕の防御力は僕の魂に宿る力が肉体に反映された結果なのだから。
そうとも知らず、俯く僕の目の前に軽々と近づいてきたアリアナちゃん。
「――それが、命取りなのにね」
「なっ……!?」
「君の弱点は、過去の攻撃を防ぐのに使われるのがその剣だってことだ……つまり、剣で捉えられない攻撃は防げない」
一瞬の間に、僕の身体から溢れる瘴気が彼女の身体を覆い尽くした。驚愕に目を見開く彼女だが、瘴気は極小のウィルスの集合体――剣で捉えるには、小さすぎるよね。
このまま押し切る。
彼女の身体にくっついた瘴気から順次性質変化。彼女の肉体を瘴気変換して、その命を終わらせる。
第二開放がどんな能力かは分からないけれど、しかしそれは発動させなければいい話。
「終わりだアリアナちゃ―――ッ!!?」
だが、アリアナちゃんの身体が完全に瘴気に飲まれようとした、その次の瞬間だ。
急に切り替わった様に、僕の視界には不用意に近づいてくる前の位置に立っているアリアナちゃんの姿が入って来た。
当然、彼女の身体に瘴気は付いていない。
だが、僕が操作して出した瘴気は先程までアリアナちゃんが居た場所で蠢いていた。消してみれば、当然の様にその中にアリアナちゃんはいない。
まるで幻覚を見ていたように、僕らの立ち位置は元に戻っていた。
「……一体、何をしたのかな? アリアナちゃん」
「……まさか、こんなに早く使うことになるなんて、思わなかったわ。本当の本当に想定外――アンタはやっぱり、危険すぎるわ」
その様子から、先程までの光景は嘘ではないらしいことが分かる。
アリアナちゃんの顔には、嫌な汗がじっとりと滲んでいた。死に直面した反動か、若干息が乱れている。
そして、その息を整える間もなく彼女は僕を鋭い視線で射抜く。
その唇が開くと同時、彼女から放たれるプレッシャーが跳ね上がった。
「"神壊ノ剣"第二開放―――『神裁ノ刃』!!」
時間操作の力を持った神葬武装、その第二開放が僕を襲った。
最強ちゃん参戦&アリアナ第二開放!
感想お待ちしています!




