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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十五章 帰路に塞がる白い闇
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心の痛み

更新出来ました!

 真っ黒に塗り潰された空間の中で、桔音だけが行動を起こしていた。

 玖珂のウィルス対策は、彼の身体に対して瘴気の攻撃が通用しないというだけであって、瘴気によって視界を潰されても、瘴気を透き通して見えるということではない。潰されれば視界は真っ暗のまま、当然見えなくなる。

 まして、桔音にとって玖珂の生死如何は特に興味も無ければ必要性もない。瘴気が通用するかどうかすら、桔音にとってはどうでもいいことだ。


 ただ、殺す為の手段が一つ二つ使えなくなっただけのことなのだから。


 人間を殺すのに、大袈裟なスキルや魔法を使う必要はない。

 極論を言えば、人間など両の手があれば容易に殺すことが可能だ。道具を使うとしても、針一本あれば人間は殺せる。

 もっと言えば、桔音ははっきり覚えている。初めて人を殺そうとした時のことを。


 ―――異世界に来る前に(・・・・)、彼はボールペンで人を殺したのだ。


 この世界に来てからではない。

 この世界に来る前、つまり人を殺すことがまず違法だったあの世界で、彼は親友を犯そうとした男子生徒達を殺そうとした。結局あの直後に彼自身も死んだわけだから、あの男子生徒達が死んだのかどうかは不明だが。

 異世界に来て、初めて命を奪う行為を行ったのではない。そもそも彼は殺人を犯したことがある異世界人なのだ。今更世界が変わった程度で、躊躇する程彼は命を尊く思っていない。


 桔音は黒く塗り潰した空間を駆け、パーティメンバー全員を瘴気で抱え上げた。そしてそのまま来た道を引き返し、建物から出ていく。


 桔音としても、このまま敵と交戦するのは分が悪いことくらい分かっていた。

 レイラが行動不能になり、ルルも精神状態が悪い。あのまま話を聞いていれば、話の関係上ノエル、屍音、リアやフィニアも戦闘不能になる可能性が高く、そうなればリーシェと桔音の二人だけで戦うことになる。それは明らかに分が悪かった。


「き、きつね! どうするつもりだ!?」


 建物を抜け視界が晴れた所で、自分の状態を把握したリーシェが瘴気に抱えられたまま訊いてくる。


「とりあえずレイラちゃんだけでも匿える場所へ逃げる。拠点にしている島だから逃げ場はないかもだけど、最悪瘴気で船作って海を渡る」

「な、なるほど……!」

「とはいえ……もう直ぐ後ろから一人、追いかけて来てる。この速度だとちょっと逃げ切れそうにはないかも」


 その問いに対する桔音の言葉を聞いて、リーシェはまさかと後ろを振り向いた。

 するとそこには、此方に向かって真っ直ぐに駆けてくるアリアナとステラの姿がある。

 身体能力的にステータスの高い二人が追いかけている以上、如何にステータスの枠を超えたとしても、攻撃能力に関しては低い桔音の速度では簡単に追いつかれてしまうだろう。


 そしてその予想は当然の様に当たり、桔音の進行方向へと回り込んだステラとアリアナが、彼の進路を塞ぐ。

 ステラの手には雷の槍が、アリアナも細身の剣が既に抜かれている。

 神葬武装二つ、実力者二人を相手にすれば、如何に桔音の防御力が高くとも苦戦は必死だ。

 リーシェは何か手はないのかと焦りを顔に滲ませたものの、桔音はその走りを止めない。気が付けば両手には瘴気で作られた小太刀が一本ずつ。


「きつね!? 何を――」


 リーシェの言葉は、最後まで告げられることはなかった。桔音が速度を上げたからだ。


「なっ……!?」

「ッ……!」


 桔音は駆ける速度のまま二人の懐へと踏み込むと、両サイドから振り落とされる槍と剣を無視して、小太刀を彼女達の腹へと突き出した。

 その行動に驚いたステラとアリアナだったが、それもそうだ。彼女達の中で最も防御が意味をなさない神葬武装を持つメアリーの攻撃を、素の身体で跳ね返す防御力を持つ桔音だ。


 そもそも攻撃を防御する為の武器など、彼には必要ないのだ。


「油断したね二人とも――いつまでも僕と戦えると思わないことだ」


 前のめりの桔音の身体に突き刺さった雷の槍とアリアナの剣は、甲高い音を立てて桔音の身体を滑った。刃は桔音の学ランを切り裂くのみで、彼の身体には一切傷をつけることが出来ない。

 そして防御を無視して小太刀を突き出した桔音の攻撃は、間一髪回避行動に入った二人の脇腹を僅かに切り裂いた。

 痛みに若干顔を歪めた二人だったが、その痛みに対する硬直で出来た一瞬で、桔音は二人の間を駆け抜けた。


 戦う必要はない。二人の間を抜けられればそれでいいのだ。リーシェの抱いた焦燥感を、桔音は見事に一蹴する。


「なんて奴……ッ……!」

「堅い……!」


 一瞬で蹴散らされたステラとアリアナは、脇腹を抑えながら再度桔音を追いかけた。

 既に二度程交戦したことのあるステラも、初めて相対したアリアナも桔音の胆力に驚愕する。まさか自分の防御行動を一切行わずに突っ込んでくるなど、自身の堅さを理解していても中々難しいことだ。


 一歩間違えれば、自殺志願者とも見える行為。


 それを一瞬で判断して行動に移す胆力、そして己の身を顧みない精神、まるで狂気に身を委ねる様な戦い方に、彼の正気を疑ってしまう。


「ステラ! アンタは先に海辺へ向かって! アタシはこのままアイツを追うから!」

「了解しました」


 一先ず冷静にアリアナは指示を出し、ステラがそれに従う。


「逃げられないわよ……此処に来た時点で、もう籠の鳥同然なんだから」


 ぽつり、そう呟いてから――アリアナは地面を蹴った。



 ◇ ◇ ◇



「……まさか、あんな方法で逃げるとはね。……Crazy、やはり彼は理解するのは不可能かもしれないな」

「どうするつもりだい? 彼らがこの島から出るのは無理だろうけれど、正直彼を屈服させるのは難しいんじゃないのかな?」

「エルフリーデ……まぁ、彼の耐性値はどうやら異常に高いようだ。メアリーを一度壊した上に、その戦闘によって一切に欠損、負傷がないことを見れば……メアリーの斬撃すら防ぐ可能性があるな」


 桔音達が去った後、瘴気の晴れた空間で玖珂は尚も不敵な笑みを浮かべていた。

 これほどまでに余裕を保っていられるのは、この島全体に一種の結界が張ってあるからだ。これはあの巫女、セシルの結界に似た効果を持っているもので、簡単に言えばこうだ。


 ――来るもの拒まず、去るもの逃がさず。


 入るは易し、出るは難しの結界。それが張られている以上、桔音がこの島から出ることは不可能といえる。

 彼は防御は優れていても、攻撃は大したことがないのだから、結界を破壊することも出来ない。それは実際に戦ったステラの報告で分かっている。故に、彼らの島脱出は不可能だ。


「ということは、勝負にならないんじゃないの?」

「ふ、それはお前が良く分かっているだろう。ステラやメアリー、マリアでは彼を叩くことは難しいかもしれないが……お前とアリアナは違う、お前達の神葬武装は――特殊だからな」


 序列第一位と第三位、『天冠』と『聖剣』の二人であれば、桔音と渡り合えるという玖珂。彼の防御力を知って尚、それでも問題ないと言う彼の顔には、どこか確信めいたものが見える。


「それに……彼は気が付いていない。神葬武装は……お前達だけの物じゃない―――私も(・・)持っているということを」


 玖珂は不敵に笑う。狂気に揺らめく瞳の奥、其処にはきっと――ドロドロと渦巻く何かがあった。



 ◇ ◇ ◇




 ―――暗い、痛い、重い、辛い、苦しい、悲しい、嫌だ、嫌だ嫌嫌イヤいや嫌イヤ嫌だ嫌イヤ喰らい痛い辛い苦しいイヤ嫌だ嫌嫌だ――!!!!


 暗いのは、慣れっこだった筈だった。

 痛いのは、慣れっこだった筈だった。

 重いのは、慣れっこだった筈だった。

 辛いのは、慣れっこだった筈だった。

 苦しいのは、慣れっこだった筈だった。

 悲しいのは、慣れっこだった筈だった。


 でも、でもでも、なんでこんなにもこみ上げてくる。

 痛くて辛くて苦しいなんて、今までだっていっぱいあった。

 それでも耐えてこられた。

 今までこれ以上に痛かったことなんていっぱいあった。

 お腹を貫かれたことだってあった。そんなの平気だった。髪を引き千切られたこともあった。そんなの平気だった。目を潰されたことだってあった。平気だった。


 "   "の為なら、なんだって耐えられた。


 耐えることが出来たんだよ。不思議でもなんでもない、私自身がそれを望んで、それを受け入れて、それが強さなんだと思えたから。胸に込み上げていた感情を大切に想えたから、その為ならどんな苦しみも、痛みも、悲しみも、乗り越えられた。


 なのに、こんなに怖い。こんなにも、心を引き裂くような痛みが悲しい。


 例えるなら、この世界中に広がる砂漠の中から、これと決めて拾い上げてきた大切な砂が、指の隙間から零れ落ちるように。

 例えるなら、今までの人生の中で掻き集めてきた宝物が、宝箱の中で粉々になってしまったように。


 例えるなら―――例えるなら―――……!


 叫びたくなる衝動が、あった。


 痛いからじゃない。苦しいからじゃない。身体の感じる痛みや感覚など、今は問題じゃない。この叫びは、きっと、引き裂かれた私の心が叫びたがっている。身体はそれを音にするだけの媒介でしかない。

 でも、今の私には叫ぶことさえ出来ない。

 動かそうにも動かせない身体が重くて、苦しくて、辛くて……!


 どうしてこんなにも悲しい。どうしてこんなにも、空虚なんだろうか。



 ――……君は自由だ。



 自由になれた筈だった。解き放たれた筈だった。私の人生は、あの時終わって、あの時始まったとさえ思った。

 なのに、どうしてこんなにも縛られている。雁字搦めに縛り上げられた心が、茨の棘に刺されるようにじくじくと痛むんだよ。


「………ぁ……」


 でも、本当は分かっていた。


 私のこの心の痛みは、私が私で(・・・・)なくなってしまったからだ。


 あの瞬間、私の持っていた力が全てこの身から抜け落ちた。髪の色と、目の色と、一緒に抜け落ちていった。消えていった。


 私は『赤い夜』だったことを、最初は後悔した。

 でも、きつね君と出会えたことで、『赤い夜』であったことを良かったと少し思った。そうして一緒に居る内に、きつね君を護ることが出来る力に感謝した。


 今では、きつね君が私を護ってくれるけれど――それでも『赤い夜』となったあの日を私は最高の日だと思う。


 だから、私はこんなにも悲しいんだ。

 『赤い夜』に感染した瞬間から、人間としては苦渋をこの身に背負うことを宿命付けられた私だけれど、レイラ(わたし)としては、きつね君に出逢う運命を運ぶ祝福の加護でさえあった。

 だから、私はこんなにも苦しいんだ。

 だって、私はこの力がなければきつね君と出会いすらしなかった。この力がなければ、きつね君を護ることも、助けることも、戦うことも、出来はしない。

 ただ護られるだけの、お荷物に成り果ててしまう。


 こんなにも辛く、悲しく、苦しい――それは当たり前のことだったのに。


「っ……ぅ……ぁ……!!」


 叫びにならない声が出た。涙が零れた。ちっぽけな存在になってしまった自分が嫌だった。きつね君と一緒にいたい。でも身体に力が入らない。力を強引に引き千切られた影響か、身体には今も激痛が走っている。まるで、全身から血が噴き出る様なギリギリの感覚。


「――!」


 今もきつね君たちは戦っている。私を抱えながら、私を護りながら、戦っている。そんなことをしながら勝てる程、甘い相手ではないはずなのに――きつね君たちは私を見捨てるなんて微塵も考えていない。

 どこまでも優しくて、どこまでも仲間想いで、どこまでもお人好し。


 あんなに残酷なことが出来る癖に、

 あんなに人を簡単に殺せる癖に、

 あんなに人の心に無頓着な癖に、

 あんなに傷付いてきた癖に、傷付けてきた癖に、

 あんなに泣いて来た癖に、

 あんなに強い癖に、

 あんなに酷い目に遭って来たくせに、


 どうして投げ出さないの。どうして諦めないの。どうして見捨てないの。どうして逃げ出さないの。どうして笑っていられるの。どうして立ち向かうの。

 私は知っている。君が最初からそうじゃなかったことくらい、分かっている。この身で、この手で、この記憶の中で、知っているんだよ。君が強くなんてないことくらい。


 きつね君は、そんなにも弱っちい癖に―――!!


 涙は零れ、消えてはくれない。

 流れ落ちた光は、青白い壁を伝って瘴気に染み込んだ。

 もう一度、今度こそ護れるように。もう二度と失わないように。君は足掻いて来ただけだ。


 弱っちい癖に、君はずっと血塗れの心を、傷だらけの心を、何かで繋ぎ止めてきただけだ。


 だから好きになった。だから愛しいと思った。だから護らないといけないと思った。

 今では私よりも強くなった君は、今でも私より痛いままだ。皆分かってるんだよ、そんなこと。君が浮かべる薄ら笑いが、本当の笑顔じゃないことくらい、分かってるんだよ。

 君は一瞬だって、私達の前で笑ったことなんてない。

 君の浮かべるその薄ら笑いは、君が自分の不安を、恐怖を、涙を、押し隠すために作り上げた仮面だ。

 もう自分でも外すことが出来なくなってしまった仮面だ。誰かが外してあげないと、君はいつまで経っても自分の本当の心を失ったままだ。


 君はきっと、私が今感じているこの絶望や恐怖、痛みをずっとその仮面の裏に隠してきたんだよね。私じゃ到底耐えられないこの悲しみも、押し隠すなんて不可能と思えるこの激痛も、君は私と出会うずっと前からその薄ら笑いの裏に隠してきた。


 今頃気が付くなんて、今頃理解出来たなんて、滑稽過ぎて笑えてしまう。今までずっと聞こえてこなかった筈の物がようやく聞こえた。


 私の、きつね君の、



 ―――痛い、苦しい、辛い嫌だ嫌だ、イヤだ、悲しい怖い暗い嫌だ……!!!



 心の叫びが――


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