時間稼ぎ
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「まぁ、と言っても、獣人達の村を襲わせ、手に入れた質の良い獣人の大人達をレイラ・ヴァーミリオンに喰わせたところで、特に変化はなかったがね。あって彼女の感じる味や快感度の違いくらいだったさ」
「そんな……」
「本当はそのあとに、魔獣や魔族を食わせて反応を見たかったんだが……生憎厄介なことに、その過程で魔王に見つかってしまってね。暴走し理性のない彼女と魔王を同時に御する様な事態はどうにも出来なかったから、惜しくも実験は断念……『赤い夜』は私の手を離れたという訳だ……まぁ、そのあと時間と共に理性を取り戻し、桔音君に出逢うことで、結果的には面白い形で私の下へと戻ってきたわけだがね……ククク」
尻もちをついて呆然とした表情のルルと、対照的に愉快げに話す玖珂。
その光景は、桔音にとって決して愉快と言えるようなものではなかったが、その前に告げられた衝撃の事実に関して、桔音は特に動揺することはなかった。
至って冷静、平静のままの表情。薄ら笑いを絶やすことなく、玖珂の話を呑み込んだ。
本来ならば動揺する場面、衝撃の事実なのだろうが、桔音にはなんとなく予想が出来ていた。
ルルの故郷を襲ったのが闇ギルドの人間だというのは、元々分かっていたこと。そこから想像出来るのは、その故郷を襲う様に依頼した黒幕がいるということだ。
桔音はその人物が、異世界人である可能性は十分に考えていた。
何故なら、ルルの村があったのは、どの国から見ても大して害にならない場所。しかも魔獣の出現率もそれ程高くはなく、村の規模とて他に比べればかなり小さい村だったからだ。
百歩譲って何処かの国にとって邪魔であった場合、それこそ権力を使って潰せばいい。国ではなく村であるのなら、多少領土の問題はあるだろうが、闇ギルドに依頼するほど秘密裡に処理する必要はない筈。
ならば個人から邪魔に思われていた場合は――これもない。闇ギルドの依頼料は軒並み高額だ。何せ、法的にリスキーな仕事を請け負うのだから。魔獣を倒すのと、人を殺すのとは訳が違う。
一個人でそんな依頼料を払うような選択は普通しないし、闇ギルドに関わること自体世間的にアウトだ。バレれば立場が危うくなるのは自分自身なのだから。
故に桔音は、この依頼をした人物が闇ギルドと同じく非合法な組織、もしくは大金を保有している犯罪者、もしくは異世界人である可能性を考えていた。
少なくとも、真っ当な生き方をしている者であるはずはなかった。
「とはいえ……レイラちゃんが関わっていたのは予想外だったけどね……」
桔音は誰にも聞こえないような声でぽつりとそう呟くと、軽く溜息を吐いた。
玖珂はそんな桔音の様子に、若干楽しそうに目を細めたものの、やはり反応が薄かったのは少し意外そうだった。
無駄にひょろ長い腕を動かし、片手を腰に当て、もう一方の手で桔音のことを指差してくると、玖珂は畳みかけるようにその口を開いた。
「surprise……この話をしても平静を保てるとはね、君は話に聞いていたよりずっとドライな人物らしい」
「何を言うんだい。僕ほど人の気持ちに敏感で、空気が読めて、人情に厚い人間はいないよ。今の話を聞いて、内心では涙がちょちょぎれてるさ……でも、男の子は人前では泣かないものなのさ」
「成程、聞いていた以上に気味の悪い性格をしているようだ」
言葉の裏で行われる牽制のし合いの中で、玖珂はステラ達から聞いた報告と実物との差を修正する。と言っても、それぞれが全く違う報告をしてくるものだから、あまり信用はしていなかったのだが。
ステラ曰く、優しさがあり、人情に厚く、芯の一本通った人間で、正義感が強い訳ではないけれど、人の為に行動出来る心の綺麗な少年。
メアリー曰く、不気味で、えげつなくて、鬼畜で、人の生死に無頓着で、誰かを殺すことを厭わない様な最悪の男。
マリア曰く、実力は高く、少女であるメアリーに対しても容赦なく命を奪うことが出来る冷酷さがあり、仲間からは慕われているようだった。
バラバラ過ぎて人柄が全く掴めていなかったので、玖珂としても実物を見るまで判断に困っていた所だ。
「百聞は一見に如かずとはこのことだな」
「は? ちょくちょく英語挟んだり諺挟んだりキャラが安定しない男だね。君は一体何処を目指してんの? 個性がブレてるキャラは人気投票でも纏めて発表される辺りに括られるんだぜ?」
どんなにシリアスな場面でも、マイペースを崩さない桔音は、未だに不気味な薄ら笑いを浮かべていた。
その表情と雰囲気に、普通な人間でも分かるほどの狂気がドロドロと瞳の奥で渦巻いている玖珂ですら思う。この少年は敵でなくとも生かしておくべきではないのではないか、と。
それ程までに不気味で、凶悪で、吐き気を催すような存在感。恐怖を煽る訳ではない。寧ろ恐怖は一切感じさせず、真っ先に死と拒絶感を感じさせてくる。武器を失ったというのに、彼の恐ろしさは一向に収まる様子を見せない。
「I see……君は人間の機能を持った人形みたいだな。生きている人間が当然の様に持ち合わせているものを投げ捨てて生まれてきたようだ」
「ごめん、例えが天才過ぎて理解出来ない」
「ふ、君は私以上の狂気を抱いていると言っても過言ではない。君は普通の人間が当たり前に捨てることが出来ないモノを簡単に捨てられる。他人の命をどんな方法であっても刈り取ることが出来るだろうね……君はきっと、この世界における悪性や負の感情、環境、行動、全てを受け入れることが出来る」
「……」
玖珂は言う。桔音という人間の分析を。
「人を殺す、それ自体を君はこの世界にきて簡単に行えた筈だ。普通なら魔獣相手だろうと躊躇してしまう、命を奪うという行為を、なんの躊躇いもなく出来たんじゃないか? そして君の恐ろしい所はそれだけじゃない……君はきっと、目の前でどれ程残虐に、人の尊厳を究極まで犯し抜く様な方法で人が嬲り殺されたとしても、平然としていられるのだ。大切な者ならば怒りを見せるのだろうが、例えば何度か話した友人程度なら……まぁ、いいかと思えるんじゃないのかな?」
「……」
桔音はそれを黙って聞いている。薄ら笑いは、途絶えない。
「君は人間を人間として見ていない。正確に言えば、人間の持つ人権や尊厳、プライドや誇り、正義感といったものを度外視して、人間を生物として見ていると言える。それは、自分自身もそうだ……だから他人の大事にしているモノも平気で踏み躙れるし、他人の誇りや正義感に尊さや価値を見出せない。自分の大切なモノ以外は、その辺に落ちている石ころや雑草と特に変わらないんだろう?」
「そんなわけないじゃん、僕は巷じゃ隣人を愛し、他人の為に自己犠牲の精神を大切にすることで有名な少年なんだ。君の言ってるきつね君はきっと別人、もしくは空想上の悪役か何かなんじゃない?」
「Scorn、どうやら世間から離れている内に巷は頭がおかしくなったらしい」
桔音は玖珂の評価に対して薄ら笑いを絶やさずに言い返したが、玖珂はその評価を覆すつもりはない。桔音は玖珂の想像以上に、狂気に満ちていた。
桔音は玖珂の評価に特にこれといった反応を見せず、尻もちをついたルルの傍に歩み寄る。そしてすぐ傍にしゃがむと、呆然としたルルの頭にぽんと手を乗せた。
そうして初めて、桔音がすぐ傍にいることに気が付いたように、ルルはゆっくりと桔音の方へと困惑に揺れる瞳を向ける。
「きつね……様……」
「ルルちゃん、あの頭のおかしい白衣マンの話はきっと本当だろうけれど……今、レイラちゃんが憎い?」
桔音は動揺しているルルに対して、ストレートにそう問いかけた。
リーシェ達がその問い掛けに対してぎょっとするが、桔音の真っ直ぐな視線がルルを射抜いていたからだろう。出かけた言葉を呑み込む。
そして当のルルはその問いに対して、桔音に預けられ、自分のすぐ傍でぐったりしているレイラの方へと視線を移す。
――レイラ様が、私の両親達を喰らった張本人……。
そう考えて、ルルは不思議と憎悪を抱くことはなかった。
「……憎くはありません……でも……わかりません」
「ん、じゃあそれでいいんだよ。レイラちゃんが憎くないなら、それでいいんだ」
「でも……!」
「君の両親はもういない……でも、君の家族は此処にいる。それじゃダメかい?」
「!」
桔音はそう言うと、ルルの返答を聞くまでもなく立ち上がる。まるでルルの出す答えが分かり切っているかのように、その笑みには不安はない。
「さ、続いてのお話は何かな? 確か屍音ちゃんの誕生の秘密と? ルークスハイド王国の実験だっけ? 屍音ちゃんには特に興味ないからルークスハイド王国の実験についての方先に話して」
「おい、私には興味ないってどういうこと? おにーさん、割と本気で殺すよ?」
「え、何? 屍音ちゃん僕に興味持ってほしいの? ひょっとして僕の事、好きなんですか?」
「あはは、割とおにーさんのこと殺したいと思ってる程度には好きだけど?」
「ヤンデレはレイラちゃんで間に合ってるんで、イメチェンして出直してくれる?」
「皮肉も分からないの? 頭悪いね、死ねばいいのに」
「お前ら、間髪入れない速度で喧嘩するな。あの男が何処で割り込もうかタイミング伺ってるから」
桔音のマイペースな言葉に反応した屍音と、唐突な喧嘩が始まる。
間髪入れず互いの言葉に喰い気味なハイスピードな口喧嘩が展開されるものの、玖珂の様子を哀れに思ったのか、リーシェが二人の口喧嘩を中断した。
「……此処までステラ達を相手に渡り合ってきただけはある。掴み処がないな、君たちは」
「ちょっと白けた空気を盛り返そうと必死だね」
「……」
「ところで足疲れた……座っていい? お茶ある?」
玖珂は桔音のペースを崩せず、少し乗せられていた。
◇ ◇ ◇
実の所、ここで僕が長々と話を長引かせているのには理由がある。
僕は結構飲み込みが早いのは、ドランさんから剣術を習っていた時から分かっていたことだけど、さっきから僕は瘴気を操れないかなーとか思って色々試していたのだ。
結果、出来た。
今この建物の外で瘴気がバナナの形を取って浮遊している。勿論、僕の操作している瘴気だ。レイラちゃんが瘴気を操れなくなった以上、僕の力なのは当然だけどね。
勿論、瘴気を散らしてこの空間の索敵も展開出来ている。まぁ、どうやら玖珂に触れた瘴気から消滅している様だから、あまり意味を成してはいないけれど――メアリーちゃん達の動向が分かるだけ良いだろう。
ただね、『初心渡り』が使えるわけじゃないっていうのがネックだ。スキルを使う感覚はなんとなく掴んだんだけれど、スキルが違えば結構感覚も違う。瘴気は比較的いつも使ってたから分かるけれど、現象や時間戻すってどんな感覚だよって感じなんだよね。
使えたらレイラちゃんも速攻で元通りにするのに。
まぁ、ステータスの枠を飛び越えて、攻撃系のスキルを失った僕としては瘴気使えれば十分だけどね。というか、この瘴気使えば再度レイラちゃんを発症させて元に戻せないかなぁ。でもそうなったらなったでまた理性飛んだりしないかな。止めとこ。
じゃあ、瘴気が使えたということで―――
「どーん」
僕は、瘴気でこの空間を埋め尽くした。
話? 聞く理由はもうなくなったよね。
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