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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十五章 帰路に塞がる白い闇
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ルルの村の仇は、

更新再開してもやっぱり亀更新ですいません! ではどうぞ!

「……私、ですか?」

「ああそうだよ、ルル・ソレイユ」


 玖珂がレイラの次に指差したのは、桔音の隣に居たルルだった。

 青々とした空に浮かぶ太陽の日差しを、雲が遮ったのか、建物内に差し込んでいた陽の光が薄れていく。じんわりと染み渡るように出来る影の中、玖珂の愉快そうな笑みだけが存在感を増していた。

 桔音はルルを庇う様にして立つものの、その頬から一筋、冷や汗がつぅっと流れ、顎の方へと落ちていくのを感じる。考えるよりも明らかに、桔音の内心では焦りが募っていた。

 彼の視線の先には、玖珂ではなくレイラがいる。彼女は長かった白髪と赤かった瞳が、玖珂の用意していた薬によって変色し、黒髪と青い瞳になってしまっていた。身体に力が入らないのかへたり込んだままで、此方を見る顔色はとてもじゃないが調子が良いようには見えない。


 彼女の体内に存在した魔族(ウィルス)、『赤い夜』はもういない。玖珂の用意した薬によって殺されてしまったからだ。彼女の身体はもう魔族ではなく、元の人間のもの。

 つまりは今のレイラの身体は並の人間並みのステータスであり、肉を喰らったところで回復することは出来ないだろう。

 ならば今の彼女が玖珂の傍にいることは、危険極まりない。


「Hey、桔音君。そう怯えなくても大丈夫さ――彼女はもう用済みだ。ただの人間に興味はない」

「あぐっ……!?」


 そんな桔音の心境を察したのか、玖珂は自身の足元にへたり込んでいるレイラの黒髪を掴み上げ、すぐ目の前の地面へと投げ捨てた。

 玖珂の筋力がどれほどの物かは分からないが、相当なステータスを持っていたレイラが、こんなにも抵抗出来ずに軽々と投げられている以上、身体能力もそれなりなのだろう。ただ、今のレイラの身体能力が人並みであることを考えればその限りではないが。


 桔音は玖珂の言葉に嘘がないと取った。レイラが地面に落ちる寸前、その隙間に滑り込んで彼女の身体を受け止める。瘴気が使えればそれで受け止めることも出来たのだろうが、今の彼はスキルを使いこなすことが出来ないままだった。

 受け止めたレイラの身体はぐったりとしており、力が抜けているにしてはあまりにも軽かった。青褪めた顔は薬の影響か、それとも急激な身体の変化に体力が奪われたのか。

 うっすらと開いている目蓋の奥には、まるで曇天の空模様に、ぼんやりと焦点が安定していない瞳が見える。

 赤から青に変った瞳の色は、まさしく彼女の内にあった力が抜け落ちてしまったようだった。


「……レイラちゃん? 大丈夫?」

「……き……くん……」

「あー、これはダメそうだ」


 かっくーんと力が抜けたレイラに、桔音は気の抜けた様な声で頭を抱える。


「これはアレだなー、急いで病院に連れて行かないといけないなー」

「おいおい、まさか帰るとか言うつもりじゃないだろうね?」

「ん、まぁ帰りたい気持ちはいっぱいあるよ、だから―――」


 桔音のわざとらしい程わざとらしい声に反応する玖珂だったが、その玖珂に対して桔音は既に行動を開始していた。


「――さっさと用事を済ませようと思う」

「!」


 一瞬。本当に一瞬の内に桔音は玖珂の背後に回り込んでいた。

 いつの間に取り出したのか、桔音の手には既に黒い棒が姿を現しており、それは最短距離を通って、玖珂の背後からその心臓を狙う。


Bad choice(愚策だな)―――唯一私に対抗出来る君を、警戒しないはずがないだろう?」

「!」


 だが、その攻撃に対しても尚、玖珂は冷静だった。

 しかし驚きはあったようで、浮かべていた笑みには少しだけ緊張が走っていたが、それでも桔音の行動に対して警戒と対応策はしっかり用意していたらしい。


 桔音の握っていた漆黒の棒――『死神の手(デスサイズ)』は、桔音の握っていた部分より上の姿を消していた。

 桔音と玖珂の間にするりと入り込んできていた存在は、その小さな手刀を真下へと振り下ろしている。白い翼をはためかせ、感情のない瞳で桔音をじっと見つめていた。


「……メアリーちゃん、か。本当、君の神葬武装(フェイルノート)って面倒くさいなぁ」

「ククク……彼女のソレはなんでも切り裂くことが出来る。君の武器はその黒い棒だったらしいが、壊されてしまっては使えないだろう? まさかの奇襲だったが……嬉しい誤算だよ」


 桔音は溜め息を吐きながら、この世界に来てやっとの思いで手に入れた愛用の武器を手放した。地面にカランと甲高い音を立てて転がった棒は、折れたことで不気味な威圧感を失っている。

 メアリーの力は、第二開放時には概念的な物まで切り裂くことが出来る。その意味はおそらくだが、スキル付与の力ごと斬られたのだろう。

 つまり彼女は既に第二開放状態ということだ。


「まぁ、最後まで話を聞きたまえよ」

「話を聞いたところでどうしたって感じなんだよね。正直、僕にとってはレイラちゃんが君の作った魔族によって生まれた存在だろうが、その他ルルちゃんとか屍音ちゃんとかがどうとか聞いたところで興味はないんだよ」


 だがそれでも関係はない。

 桔音にとっては予想の範疇で、想定内で、想像の域を超えない程度の話だった。

 レイラが誰かに作られた筋書き(シナリオ)で生まれた魔族だとしても、関係ない。何ら関係ない。例え彼女が魔族から人間に戻った所で、問題ない。何も問題にはならないのだ。寧ろ好都合とすら言い放つことが、桔音には出来る。


 レイラが人間に戻った所でどうだ―――桔音は別に、レイラの魔族としての力を欲して彼女といるわけではない。


 ルルの過去に玖珂が何かをしていた所でどうだ―――桔音はルルと家族になったあの日から、ルルの過去に何があろうが受け止める覚悟をとうに決めている。


 屍音やリアに何かあったとしても関係ない。それらの過去を通じて今のパーティがある。過去を振り返ることは悪いことではない――過去に縋ることが悪いことなのだ。


「全部吐いてみろよ、例えなにがどうなっていようと―――全世界が泣いたレベルの衝撃じゃなきゃ、大したことはないぜ?」


 だから桔音はこう言い放つのだ。いつも通り、不気味な薄ら笑いを浮かべて。


「ふ、フフフ……ok、そこまで言うなら面白い。ならば君は、全ての話を聞いて尚――その薄ら笑いを保っていられるかな?」


 玖珂はそんな桔音を見て、やはり冷静に狂気を孕んだ瞳を細めた。



 ◇ ◇ ◇



 私達の前で、きつね様と玖珂と名乗った男の人が睨み合っています。

 先程聴かされたレイラ様の真実。

『赤い夜』は曰くとても有名な魔族です。それがまさか、人工的に作り上げられたものだとは思いませんでした。しかもそれを裏付けるように、つい先程私達の目の前でレイラ様が無力化されてしまいました。

 きつね様から預けられたレイラ様の身体は、普通よりも冷たくなっていて、ぐったりと力ない。今にも死んでしまいそうですが、確かに今までとレイラ様の匂いが違うことに気が付きます。

 

 本当に、魔族から人間に―――いえ、本当に元々は人間だったのだと思い知らされました。

 

 しかも話は此処では終わりません。

 どうやらあの方の話では、レイラ様を魔族に変えた『うぃるす』という代物の製造に、私の過去が絡んでいるらしい。思わず息を飲んでしまったけれど、今はあまり不安に思っていない。

 きつね様が、どんな過去でも関係ないと仰ったからだ。今ならもうどんな関わりがあったとしても、不安にはならない。

 とはいえ、衝撃的な過去があるならば、それを聞くのは緊張してしまう。


 玖珂は語り出した。


「まぁ、ルルちゃんに関しては簡単さ。レイラ・ヴァーミリオン、というより『赤い夜』の製造の過程で人体実験を何度か繰り返したのさ」

「人体実験?」

「Yes、『赤い夜』を感染させた人間にその辺の村を襲わせるのさ。どれ程強い個体が生まれるのか――それを実験した」


 その辺の村――そう聞いて私は嫌な予感がした。


「ま、さか……」

「そう! そのまさかさ……私は『赤い夜』を作り上げた後、サンプルをいくつか持って様々な村を練り歩いた。そしてその村々に一つずつ――『赤い夜』を散布したのだ」


 それが本当ならば、レイラ様が居た村もきっとその標的になってしまったのでしょう。そして、その村の一つはきっと――私の故郷の村。私の村は、『赤い夜』の実験で滅んだのかもしれない。


「……?」


 でも、それならおかしなことが多かった。

 私の村を襲ったのは、赤い瞳の人間じゃなかった。男で、どちらかといえば理性はあったような記憶がある。それも、複数人だった。各村に一つずつ散布したのなら、その『赤い夜』が感染出来るのは一人だけの筈です。

 それに、あの日きつね様やレイラ様の使う漆黒の瘴気の姿は、一切見ていない。


「Oh、困惑しているようだなルルちゃん……言っておくが、君の村には『赤い夜』を散布していない。そもそも、私の作ったウィルスは人間専用だからね……獣人の君達には感染しない。身体の構造がまず違うのだから」

「!」

「だが、散布した村々でレイラ・ヴァーミリオンを含めた『赤い夜』に感染した人間達は、なんとたったの四人だけだった。正確に言うと、感染して死ななかった個体は、だが」


 玖珂は語った。

 『赤い夜』はそもそも、感染者の肉体を魔族へと変貌させるため、その肉体に対する負荷が高いという。その負荷に耐える為には、より『赤い夜』に対する適正が高い必要があるらしい。

 その負荷に耐えられなければ、『赤い夜』の浸食に身体が負けて死んでしまうのだとか。その際、肉体を浸食して密接に繋がっている状態であるため、その体に感染した『赤い夜』も死滅してしまうとのこと。


 そうして生き残ったのが、レイラ様を含めた四人。


「そして私は、理性を失い魔族と化した四体の『赤い夜』を拘束し、とある施設に放り込んだ」

「施設?」

「Yes、私の作った訓練場の様な物さ。傍と思い付いたのさ……四体の怪物達を喰らい合わせた場合、どうなるのか? と」


 その結果はレイラ様が証明している。レイラ様がその四体の中で生き残ったのだろう。他の三体の『赤い夜』達を喰らって。


「レイラ・ヴァーミリオンは全個体の中で最も『赤い夜』に対する適正が高かった。故に生き残った彼女は、他三体の『赤い夜』を吸収し、まさしく蠱毒の様に『赤い夜』として最高の個体として完成したのだ!」

「ようは何が言いたいわけ?」

「Nonsense……分からないのか? レイラ・ヴァーミリオンという個体が完成した後、私がその個体で何をしようと思う?」


 きつね様が玖珂の問いかけに口を閉ざした。

 私でも分かった。その答えは、最高の個体の試運転だろう。レイラ様は最高の個体として完成した。ならばその性能を試したくなるのが研究者というもの。


 玖珂は私の方を見てくつくつと喉を鳴らす様に笑う。その笑みの中には、何処か可哀想なモノを嘲るような色があった。少しだけ、苛立ちを誘ってくる。


「私はレイラ・ヴァーミリオンの試運転として、様々な村を襲わせた。まぁ、本人は当時理性を失っていたから、覚えてはいないだろうがね」

「……それで? 今の所ルルちゃん一切関係ないんだけど」

「No program――此処からさ」


 玖珂はきつね様の言葉にまた狂ったような笑みを浮かべると、コツコツとわざとらしく足音を鳴らしながらゆっくり歩き出した。白衣が揺らめき、一歩歩くごとに彼の中にある感情が膨れ上がっているようだった。


「人間を喰らう『赤い夜』――それに、人間以外のモノを食わせたらどうなるのか。私はそれが気になった」

「!」

「そう、故に私は闇ギルドに依頼してルルちゃん……君の村を襲わせたのさ。手っ取り早く、質の良い獣人を奴隷として買い取るためにね」


 その言葉に、私は絶句する。言葉を紡ごうとしても、一切の思考が停止した真っ白奈頭の中には、どんな言葉も形を作ることが出来ずにいた。

 足元がふらつき、倒れそうになるのを必死に支える。


 もう聞きたくはないと、そう思った私に止めを刺す様に――玖珂は続けた。


「君はまだ幼かったからね――闇ギルドの奴らには"質の良い獣人を寄越せ"と言ってあったから、君は普通に奴隷として市場に流された。偶然にも闇ギルドの奴らのおかげで君は生き残ることが出来たわけだ」


 紡がれた言葉に、どういう感想を抱けばいいのか分からなかった。


「面白いものだよな、まさか家族を含めた村の人々を喰らった仇と仲良くパーティを組んでいるのだから」


 まさか、まさかまさかまさかまさか―――!!



「もう分かるだろう? 君の両親を含めた獣人達はね、其処に居るレイラ・ヴァーミリオンの腹の中にいるんだよ―――傑作だな」



 私は気が付けば、今度こそ膝からがくんと力が抜け――その場に尻もちをついていた。



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