玖珂勅久の歩んできた道のり
玖珂がヒロイン達に色々やります。ではどうぞ!
「―――そもそも、君が私に敗北する要素は幾つかあるが、中でもとりわけ大きい要因は三つある」
玖珂はメアリーから手を放し、再度桔音に向かって語り掛ける。三本の指を立て、桔音に見せるようにその指を揺らした。
薙刀桔音が玖珂勅久に勝てない要素、それは一体なんなのか。戦力的に見れば、桔音は玖珂にも負けていないだろう。
思想種の妖精にして超火力の魔法が使えるフィニアに、瘴気の魔族であり戦闘センスなら屍音にも劣らないレイラ、吸血鬼として覚醒し、その力を振るうリーシェ、更に最強の魔族である屍音がいて、時間的な制約はあるものの、一時的に超越者クラスまで片足を突っ込めるルルもいる。もっと言えば、未だ未知数な幽霊であるノエルまでいて、桔音自身は『超越者』だ。
もっと言えば、おまけ戦力といえるか分からないけれど、精霊にリアも存在するのだ。
如何にステラ達が強力な神葬武装を持っていようと、決して勝つ可能性が皆無な相手ではないはずである。
にも拘らず、玖珂が桔音達に対して絶対の勝利を確信している理由。それは一体何なのか。
玖珂は語る。
「まず一つ――君の仲間がこの戦いにおいて大した戦力にはならないからだ」
「は?」
その言葉に、桔音は呆気に取られた。仲間が戦力にはならないというのは、意味が分からなかったからだ。
どういうことか、と訊く前に、玖珂は桔音の呆気に取られた表情を見て笑い出す。それは、まるで桔音本人というよりもこの状況そのものに対して、愉快だと笑っているように思えた。
玖珂は、桔音を始めとして、レイラ、ルル、ノエル、屍音と視線を移していき、にたぁといやらしく笑みを深めていく。
「くっ、ふふふ……君は本当に数奇な運命を背負っているよ。此処まで私の"やってきた道のり"を辿ってくるとは思わなかったからね」
その言葉が何を示しているのか、桔音にはいまいちわからなかった。
玖珂勅久の歩んできた道のり――それを桔音が辿ってきたというのか? 意味が分からない。
だが、玖珂は告げる。その衝撃的な事実、桔音達の誰もが知らなかった事実を。彼の歩んできた、やってきたことの告白を。
「ok、一つずつ教えてやろう……ククク……君達のパーティの起源は、全て私にあるということを」
告げた、玖珂はもったいぶるように告げた。
―――『赤い夜』の製造
―――思想種の解明
―――獣人の村における実験
―――ルークスハイドの実験施設
「question―――さぁ、どれから聞きたい?」
驚愕の事実、その選択全てが桔音の運命に繋がっていた。
◇
その言葉に衝撃を受けたのは、桔音だけではない。
無論、当事者であるレイラ達もまた、その告白に動揺を禁じ得なかった。
それはそうだろう――自分達の抱えていた存在理由とでも言うべき起源に、目の前の異世界人が関わっているのだから。
呆気に取られている桔音を見て、彼女達は全員困惑と動揺の中に叩き込まれた感覚を味わっていた。言葉を何も発することが出来ず、どういうことだと訊こうとしても、ただ喉の奥から空気が詰まった様に漏れるだけ。
だが、全員が動けないでいる中で、屍音だけは真っ先に動揺から抜け出した。
「――どういうこと? ちょっと意味が分からないんだけど?」
その言葉で、全員がハッと我に返る。
スタスタと歩き、桔音の隣まで躍り出た屍音の表情は、何処か不機嫌そうだった。
まぁ当然だろう。彼女の価値観では自分が世界の中心であり、自分の起源が私だなんてことを言いだすような輩は、常識的に要らないのである。
自分の起源は自分であり、其処に何者の介入もないのである。
「フン、お前の様な小娘にも分かりやすく説明してやる。ああ、最初に言っておこうか……私はお前が嫌いだ。憎悪すら感じるよ」
「ふーん良かったね! 私もゴミに好かれたいとは思ってないから。というか、此処臭いんだけど―――ああ、そっか、貴方ゴミだし此処ゴミ箱なんだね! そりゃ臭いよね」
「scum……! 下等なお前には分からないだろうさ、人間の価値観はね」
バチッと、両者の間で走る火花は、桔音達にもはっきり目視出来た。
どうやら玖珂にとって屍音は憎悪の対象らしい。何があったかは分からないけれど、どうやら起源に関わっている以上、其処で何かがあったのだろう。
そんな会話を聞いていれば、桔音も冷静さを取り戻せたらしい。その会話に介入する。
「それで……今の話について聞かせてほしいんだけど」
「……ごほんっ……良いだろう。それでは順々に教えてあげようじゃないか」
まずは――そこまで言って言葉を切ると、ゆっくりとその指を彷徨わせ、レイラを指差した。
「――『赤い夜』の起源から教えてあげよう」
◇ ◇ ◇
『赤い夜』について、今一度再確認してみようと思う。
この魔族は、今でこそレイラという"瘴気を操る魔族"として確立された存在になったが、かつての『赤い夜』は実体のない魔族だった。
その正体は瘴気の魔族であり、その身体そのものが瘴気で構成されている存在だ。所謂病魔という名前がぴったり合う、まさに人間にとっては天敵の様な相手だったのである。
レイラが女性である故に此処では彼女と呼称するが、かつての『赤い夜』には性別はない。身体が瘴気である以上、性別がないのは当然だろう。もっと言えば、魔族であっても瘴気そのものに知能もなかった。
その性質は――"人間に感染し、魔族へと変質させてしまう"というもの。
彼女に罹った人間は、人間としての理性と人格を失う。そして魔族としての人格を植え付けられ、瘴気の苗床としてその肉体が滅ぶまで生きることになるのだ。かつてのレイラも、桔音と出会わなければその通りになったことだろう。
とはいえ、罹っても肉体のベースは人間。魔族となった後も、その肉体は人間並みの強度であり、老いもしっかり存在する。
つまり、『赤い夜』に侵された人間の身体はいずれ寿命で死ぬ。そうなれば、彼女は死んだ身体から出ていき、次の人間の下へと風に乗って移動するのだ。
そうして繰り返し感染者を増やし、その度に大勢の命を喰らい殺していく。
それが『赤い夜』の正体だ。
そして、転々と感染していく中で、彼女はとうとうレイラ・ヴァーミリオンという少女の肉体に感染した。
彼女もまた元人間であり、魔族の肉体へと変質させられた被害者だ。
過去の感染者達と同様に、魔族となった彼女は人を喰らい、そして恐れられた。かつての感染者達よりも『赤い夜』への適正が高かった彼女は、史上最高の素材として『赤い夜』の力を存分に振るったのだ。
そんな中で、彼女は桔音と出会い、その肉を喰らうことで今に至る。
ある意味、『赤い夜』の感染連鎖を止めたのは、レイラと桔音だということになるのだろう。今や桔音と共にあることでその凶悪性を失った『赤い夜』は、魔族ではあるがその危険はもうないのである。
―――だが、桔音も考えなかったわけではない。
ウィルスという概念が発見されていないこの世界で、瘴気の魔族が存在するのはおかしくはないか、と。
如何に魔族が知能を持っているからといって、文明が人間に劣る以上、人間の知らないウィルスの概念を知っているのはあり得ない。
そもそも、知っているのなら、凶悪な殺人ウィルスを以って人間を攻撃すればいいのだ。今までの歴史でそうされていなかったということは、魔族もその概念を知らなかったことになる。
ならば何故『赤い夜』なんて魔族が存在するのか?
魔王は言っていた。『赤い夜』は、かつて最強の魔族として多くの命を奪った存在なのだと。
ではその"かつて"とはどの時代のことを言っているのか? 魔王が魔王と呼ばれ始めた時代に、彼女は存在したのか?
その謎、その誕生の起源、それが――此処にきて解明された。
「そもそも、君は不思議に思わなかったのかい? ウィルスなんて物がこの世界に存在することが……ステラから聞いたけれど、君は相手の能力値等を見るスキルを持っているそうだね? ならば見た筈だ、『赤い夜』が"瘴気の魔族"であることを……それを、不思議には思わなかったのかい?」
「……まぁ、考えなかったわけじゃない」
「good、その程度は理解出来ないとね。でもね、ウィルスなんて我々の世界の『科学文明』によって見つけられたモノで、我々の世界で名付けられた名称だ……その名称が、未だウィルスを見つけられてすらいないこの世界にある訳がないだろう?」
桔音はこの時点で察していた。
つまり、この世界の魔族達の中で――『赤い夜』は魔王以上に異端だったということだ。そしてその起源が玖珂という男にあるとするのなら、最早答えはたった一つだ。
「つまり、メアリーちゃんと一緒だ。『赤い夜』も、君が創ったって言いたいんだろう?」
「Excellent! 大正解だ……そう、彼女は私が創ったんだよ」
玖珂勅久が、『赤い夜』を創った張本人だということ。
そう、彼はこの世界で元の世界の知識を活かし、凶悪なウィルス兵器を作り上げたのである。
それはきっとレイラに感染していなければ、そしてレイラが桔音に出会っていなければ、何れこの世界で感染爆発すら起こす大災害となっていただろう。
「だから君に会ったら聞いてみたかったんだよ、レイラ・ヴァーミリオン」
「……!」
その事実を聞いて呆然としていたレイラに、玖珂はいやらしい笑みと共に問いかけた。
「私の作品として、大勢の人間を食い散らかしてきた気分はどうだい?」
「ッ!?」
「クッハハハハ!! 最高だっただろう! じわじわと細胞を浸食していく感覚は、この世界を浸食していく感覚に等しい! 血肉を己の一部に取り込み、絶頂にも似た快感と悦楽に酔う感覚はどうだった!?」
「な、う……ぁ……」
レイラはもう、無暗矢鱈な人喰らいは止めている。人間らしさと魔族としての本能に折り合いを付け、桔音と共に居たいがために取り戻した人間らしさを、何より大切にしているのだ。
故に、その人間性がかつての自分を嫌悪する。
自分が喰らってきた人々、奪ってきたモノ、それをして愉悦を感じていた事実、それが付き纏う現在に、彼女は今でも後悔と罪の意識を感じているのだ。
だがその原因が、起源が、目の前に居るこの人間なのだと聞いて、正気で居られる筈がない。
「ッ! レイラちゃん!」
「うああああああああッ!!!」
桔音が不味いと思って声を掛けた瞬間、もうレイラは動き出していた。
瘴気をその身から溢れさせ、焦燥と怒りにも似た感情を露わにしたまま飛び掛かる。空中で瘴気の剣を作り出し、それを握りしめると――玖珂に向かって全力で振り下ろした。
瘴気を周りに展開して逃げられないようにした上での攻撃。
それは周囲からの邪魔すら許さない防壁にもなり、レイラの刺突は確実に玖珂の身体を穿つ筈だった。
怒りで我を忘れていた故に、その速度は彼女の全速力以上。火事場の馬鹿力とも取れる程の速度は、普通は反応出来ない速度だった。
だが、
「―――やれやれ、創造主に手をあげるとは……お転婆にも程があるぞ? それに、最後まで話は聞くべきだ」
玖珂の周りを覆っていた瘴気が、彼の言葉が聞こえると同時に晴れていく。
そこにいたのは、玖珂の地面にへたり込んだレイラと、その腕を掴みあげている無傷の玖珂の姿。
そして注目を浴びるのは、レイラの腕に刺さった注射器だった。
玖珂はその注射器に入った薬品をレイラの腕に手早く注入すると、空になった注射器をポイと投げ捨てた。
「私が『赤い夜』を作ったんだ――当然、その抗体やワクチンを持っていない筈がないだろう?」
薬品――否、『赤い夜』専用のワクチンを、レイラに打ち込んだのだ。
それは肉体そのものが『赤い夜』を生み出す代物に成っているレイラにとっては、劇薬以上の毒に違いない。現に、レイラの身体は小刻みに痙攣し、肌も段々と青白くなっていっている。
「ふっ……っ……ぁ……!?」
レイラの目はふるふると焦点が合わず、じんわりと嫌な汗が出ていた。呼吸もままならない様子である。
「今君に注射したのは、最近作った改良版でね――レイラ君、正真正銘君専用のワクチンなんだよ?」
「レイラちゃん専用……だって?」
「ククク……ああ、そうだよ。彼女は私の作り上げた『赤い夜』が進化した存在だろう? ならばそれ専用の薬を作るのは当然さ……そして、この薬の効果はね――おっと、さっそく効果が出たみたいだね」
玖珂の台詞に、桔音の視線はレイラの方へと向いた。
そしてその瞳が大きく見開かれることになる。何故なら、レイラの容姿に大きな変化が表れていたからだ。
まず、後ろ姿でも分かる長い白髪が――黒く変色していった。
そして次に、彼女の身体から溢れていた瘴気が霧散していった。
最後に、振り返った彼女の瞳の色が――紅から透き通るような蒼へと変わっていた。
「きつね……くん……」
「レイラちゃん……?」
レイラも自分自身の身体の変化に戸惑っているようだった。桔音もそうだ、目の前で何が起こったのか理解するには、全てが唐突過ぎた。
「Fantastic! 実験は成功――やはり君は最高の素体だったらしい!! クハハハハハハハ!!!」
だが、玖珂だけは違う。全てを理解して、レイラの姿に狂気じみた高笑いをあげる。
「クハハハ……! この薬はね、まさに『赤い夜』の対極! 君の中のウィルスを全て殺し、そして魔族の肉体を元の人間に戻すことが出来るのだよ」
「なっ……!?」
「私……人間に戻ったの……?」
「そう、つまり今の君は正真正銘、元のレイラ・ヴァーミリオンの身体に戻ったということだ! 当然、瘴気の力は使えないし、人間故に人を喰らう必要もない……まぁ、失敗すれば死んでいたのだが、君の身体は『赤い夜』に対して最高の適性を持っていたからね……成功すると思っていたよ」
魔族としてのレイラを、人間に戻したという。
それは、レイラの持っていた瘴気の力を完全に無力化したということだ。ただの注射器一本で、彼はレイラという戦力を簡単に削ぎ落として見せた。もっと言えば、桔音の使う瘴気の力、ひいては『病神』も彼には通用しないだろう。
創造主に、作品は勝てない――そう言っているようだった。
「next……『赤い夜』の起源についての話は終わった――しかし、『赤い夜』の創造には、君も関わっているんだよ?」
そして玖珂は楽しげに、玩具をひけらかす子供の様に、凶悪な笑みを深めながら、
「可愛いかわいい、ルルちゃぁん?」
ルルを指差した。
没案
「可愛いカワ(・∀・)イイ!!ルルちゃぁん?」
※渾身の変換ミスでした。




