敗北と死だけはあり得ない
「……この場合、貴方に頼んだ私が馬鹿だったのかしら? それとも、私の期待に応えられなかった貴方の力不足を恨むべきなのかしら?」
「それは分からないね。でも多分、きっとどっちもだと思うよ……僕も君も、超越者だのなんだのと言った所で、結局救える人の数には限界があった。君はこの学園中の人間を救ったけれど、僕が救えたのはたった1人だけ――人を超越した魔法と防御力じゃ、敵を打ち滅ぼす矛には成り得なかったんだよ」
図書館内研究室、アシュリーと桔音が向かい合ってそこに座っていた。
校門で気絶した生徒達を踏み越えて、学園に入った桔音は直ぐにレイラ達と合流した。そしてその後この場所へとやってきたのだ。図書館の中で他のメンバーは待機させており、研究室の中にいるのは桔音と気絶したメティスだけ。霊体のノエルや想いの品物の中に入っているフィニアとリアという例外はあるけれど、目に見える形で向かい合っているのは桔音とアシュリーだけだ。
アシュリーは気に入らないといった表情で桔音を見ており、桔音もまた薄ら笑いを浮かべながらその視線を受け止めていた。
アシュリーは言った。この国に滅んで貰っては困ると――しかし、桔音はその言葉を聞いて尚その滅亡を防げなかった。アシュリーは見誤ったのだ、桔音の力を。桔音の力がけして、その他大勢を助けられる様なものではないことを見抜けず、たった1人を護ることしか出来ない力を国を救う為に送り出して安心していた。
アシュリーは選択を見誤ったのだ。彼女は学園を切り捨てて国を救いに行くべきだった。桔音を学園に残して、自分が出向くべきだった。そうすれば、少なくとも国が滅ぶことはなかったはずなのだから。
「ともかく、僕はこの国を出るよ。悪いけれど、僕は元の世界に帰る事が目的だから――この国にばかり構っても居られない」
「……そう、まぁ貴方が救えなかったとしても、それを誰も責められないのだから仕方の無いことかもしれないわね。でも、私はこの国でもう少し研究したいことがあったのよ? その責任はどうしてくれるのかしら」
「知らないよ。君の選択ミスを僕に押し付けないでくれ」
「そうね、だからコレは私の腹いせよ。折角安定した住居を手に入れたのに、それもおじゃんじゃない……」
桔音とアシュリーの会話。それは国の話は全て放り投げて、私的な話に変わって行く。
アシュリーは元々、『超越者』となってからその魔法技術を以って様々な国を回ってきた。災害から救い、伝染病を治し、天候すら操って農業を助けたりもした。その結果、様々な国からスカウトが来たのだ――自分の国で国家魔法使いとして雇用したいと。
だが、アシュリーはそのどれもに入ってはいけなかった。何処か1つの国に属することになれば、彼女を巡って戦争を起こす可能性すらあったからだ。故に彼女は何処か1つの国に属する事が出来なかった。
そこで彼女が取った妥協策が、魔法研究が最も充実して出来る場所に拠点を構える。しかしその拠点のある国に属する訳では無く、立場的には今までどおりのスタンスを貫くというものだ。そこで選ばれたのが、クレデール王国にある図書館。そして彼女はクレデール王国に他の国以上の貢献をしている訳ではない。
そして彼女はこのクレデール王国に現在までいたのだが――今回、このクレデール王国が滅んでしまった。彼女は図書館が充実した場所と言っても滞在する訳にはいかなくなったのだ。
「……全く、これからどうしろってのよ」
「ルークスハイド王国に行くのをお勧めするよ。あそこの王家の人達は僕の知り合いだし、それほど戦いや魔法に興味があるわけじゃないから……多分研究の邪魔も入らないと思うよ」
「はぁ……あの国ね……まぁ悪い印象は無かった、か……そうするわ」
桔音の言葉に、アシュリーは大きく溜め息を吐く。仕方ない事かと思うが、彼女はこれから新しい拠点を探す必要がある。ルークスハイド王国ならば、王家の図書館を桔音の名前で使わせて貰うことも出来るだろう。何せ、桔音は一応アリシア達の恩人でもあるのだ。その辺はきっと便宜を払ってくれる筈だ。
桔音はアシュリーのため息に苦笑しながら立ち上がり、座らせていたメティスを再度背負い直す。
「それじゃ、僕はそろそろ行くよ。色々とお世話になったね」
「良いわよ別に。良い研究材料も増えたし……ただ今後貴方と仲良くしたくはないわ」
「お礼にコレあげるよ。『神姫』メティスの持っていた神葬武装『叛逆の罪姫』だよ」
「許すわ」
手のひら返しが早いなぁと苦笑する桔音。
アシュリーは放り投げられた兎のぬいぐるみの神葬武装を、俊敏な動きで奪い取り、満足気な表情を浮かべた。どうやら彼女は実物の神葬武装が手に入ったことが嬉しいらしい。研究材料は多いに越したことが無いのだろう。
桔音はそんな彼女に対してなんとなく親近感を抱きながら、さてと思考を切り替える。
「それじゃ、また縁があったら」
「ええ、次はもう2、3個神葬武装持って来なさい」
「無理」
アシュリーの言葉に、桔音はそう言って――研究室を後にした。
◇ ◇ ◇
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「うん♪」
図書館をレイラ達と一緒に出た桔音は、青空に向かってうんと大きく伸びをした後――笑顔を浮かべながらそう言う。レイラがそれに対して頷いたのを見て、他のメンバーも軽く頷いた。
歩き出した桔音の後ろから、全員それに続く。屍音も面倒臭そうにしているが、付いてくるので特に問題はない。桔音はこの半年と少しでかなり強くなった。その中でフィニアを初めとして、多くの仲間が出来た。
魔王を倒したり、精霊と戦ったり、色々と困難を乗り越えた。
その中でやっと見つけた異世界へ続く帰路の可能性。ステラやメアリー達の組織との全面戦争だ。この戦いに勝利したら、元の世界に帰れずとも何か重大な手掛かりを手に入れることが出来る筈だ。
そう信じているし、桔音もたった1つの約束の為に此処まで戦って来られたのだから。
死体だらけのクレデール王国を歩き続け――既に滅んだ国を通り抜ける。向かう先はクレデール王国の外門にして入り口、そこで待ち受けるのは『使徒』ステラだ。
だが、遠目に見つけた彼女の姿の他に、別の人影も見つけた。その数、ステラも含めて4人。ステラの他にあと3人いるのだ。
序列の数がリアのオリジナルである第7位で終わりだとすれば、残りはステラを含めて後4人だ。
つまり―――
「……勢揃いってことかな?」
「そうなるかなー……あはは、初めましてだねぇきつね君だっけ?」
「ちょっと! アタシよりも先に喋んないでよ! アタシが先よ!!」
――辿り着いたそこには、ステラの他に……マリアと初対面の2人が居た。
背の高い女性と、小さい少女。女性の方は何処か柔らかい印象を与えてくれるが、少女の方は勝気で短気そうだという印象を得る。おそらくはステラの仲間なのだろうが、どちらも大分まともそうに見える。
桔音はその2人に視線を送りながらも、とりあえずは『死神の手』を出しておいた。武器化はさせないが、漆黒の棒を取り出した桔音に、少女と女性は会話を止めて視線を向けた。
すると、彼女達は桔音の方へと一歩前に出て、少女の方から口を開く。
「自己紹介してあげる! アタシは序列第3位『聖剣』アリアナ! あんまり近づかないでくれる?」
「クソ生意気だなこの子」
「仕方ないからアンタはアタシの後ろを付いてきなさい! きっちり拠点まで連れてってあげるわ!」
序列第3位『聖剣』アリアナ。烈火の様に元気で強気な少女は、腕を組んでとても勝気に桔音を見下している。と言っても、それが彼女にとって普通であって、決して桔音だから見下している訳ではない。彼女は生粋の目立ちたがり故に、そもそも目に映る全てが自分よりも下なのだ。
言ってしまえばメティスよりも全然まともである。
「彼女は目立ちたがり屋なんだー、許したげてほしい」
「……君は?」
すると、彼女の言葉を謝りながら出て来た柔和な女性。マリアやステラと同様の美人ではあるが、気後れする様な感覚が無い。取っ付きやすい人という印象を得た。何故だかは分からないが、この女性はメアリーとは随分掛け離れた常識人の様に思えた。内側に狂気を孕んでいる様な感覚もない。
桔音が名前を尋ねると、彼女はおっとそうだったねーと言いながら自己紹介する。
「私は序列第1位『天冠』エルフリーデ……気軽にエルフィとでも呼んでちょうだいなー」
「そう、僕はきつねだよ。知ってるかもしれないけど、異世界人」
「知ってる知ってるー、どうやらメアリーやメティが色々迷惑掛けたみたいで……ごめんねー? あの子達ってほら、ちょっとやんちゃな所あるからさ」
「やんちゃが過ぎてる気がするんだけどねー……」
エルフリーデは、桔音に何度も頭を下げる。ステラ達の仲間にしては、本当に常識人にしか見えない。だがどうしても過去の例からして、またどっかで狂いだすんじゃないのかと疑ってしまうのは仕方の無い事だろう。
しかし、こうしてようやく桔音の前に序列第7位を除いて全員が姿を現したことになる。
序列第1位『天冠』エルフリーデ
序列第2位『使徒』ステラ
序列第3位『聖剣』アリアナ
序列第4位『神姫』メティス
序列第5位『聖母』マリア
序列第6位『天使』メアリー
序列第7位『聖霊』ユーアリア
序列第7位までの全員が、桔音の目の前に現れ終えた瞬間である。
その全員が桔音の前に現れ、その全員がやはり異質だと思える様な雰囲気を纏っていた。なんとなく桔音の印象では、やはり一番頭がおかしかったのは常時狂っているメアリーだろうか。マリアもベクトルは違うが普段から頭おかしいということでそれに続く。
桔音は目の前に4人の異質が存在しているのが、あまり現実感が湧かない。今からこの4人と命懸けの戦いをする可能性もあるのだ――実感が湧かないというのも当然だろう。
すると、ステラが桔音の目の前に出た。
「それでは自己紹介も済んだ様ですし……そろそろ出発しましょう。突然大人数で押し掛けましたが、貴方と貴方の仲間の全員と共に行動するには――私1人だと心許無いので、ご了承下さい」
「成程ね、よくもまぁあの短時間で来れたねぇ……ま、当然の判断だと思うよ」
桔音はステラの言葉に頷きつつ、薄ら笑いを浮かべる。
――確かにこの全員が神葬武装持ちなら恐ろしいけれど……まぁとりあえず、
「「「「!」」」」
桔音は『不気味体質』を発動して軽く威圧する。舐められては終わりだ。まずは初めから知っておいて貰おうかと思う。
『死神』と呼ばれた冒険者は、神葬武装4つ相手でも"負け"だけはないのだということを。
「勝利も栄光も要らないよ、ただ敗北と死だけは僕を拒絶する……覚えとけ」
桔音はそう言って、薄ら笑いと共に早めの宣戦布告をぶち込んだ。ステラ達はその死神の威圧と宣言に、無言で笑みを浮かべたのだった。




