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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十四章 魔法と騎士の学園
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姫は大抵が

 騎士団詰所内にいた騎士達は死んだが、偶然騎士団詰所内にいなかった騎士達は未だ生きていた。急に国中で起こった殺し合いに驚愕し、唖然とするしたものの――彼らは直ぐに動き出す。思考の停止は戦いにおいての敗北と同義。彼らが今やるべきことは、1人でも死者を減らすこと。

 その為に、彼らは手近にいた暴走している人々を気絶させていく。剣の柄で首筋を叩いたり、鳩尾を殴って失神させたり、やり方は様々だがまずは行動不能においやることで殺させないようにしたのだ。そうすることによって死者も減る。少なくとも、減るペースだけは抑えられる筈だ。そうなれば元凶を叩く時間も増える。


 だが、如何せん数が多かった。同士討ちをしようとする国民達、つまり騎士達に襲い掛かってくる国民達もいるのだ。何故騎士達がメティスの力を受けていないかと言えば、メティスの力の強制力はメティスから離れると効果範囲の拡大に反比例して下がるのだ。そしてある程度実力がある者であれば、その力に抵抗(レジスト)する事が出来る。

 だからこそ、騎士団詰所から離れていた騎士達は弱まった影響力に抵抗してこのような行動を取ることが出来ている。だが騎士団詰所に近づいて行けばソレに応じて彼女の支配下に置かれる。それは他の国民達と何ら変わりないのだ。


「くっ……こんな時隊長達が居てくれたら……!」

「弱音を吐くな! 今はその隊長達がいないからこそ、俺達がやるしかないんだ! 1人でも多くの民を救え!! 俺達はなんだ!!?」

「――……騎士だこの野郎ォ!!」

「吠えたなバーカ! ならさっさとその誇り(やいば)を振るえ!!」


 騎士達は気付いている。自分達の精神に干渉してくる何かがあることに気が付いている。だからお互いで鼓舞しないとすぐに持って行かれそうになる。居もしない隊長達、死んでしまっている騎士団長に縋りたくなる。

 誇りを胸に、まだこの胸に宿っている。持って行かれそうになる意志を必死に繋ぎ止めて、まだまだ抗うことが出来る筈だ。


「ぅ……ぐ、ぅ……!! はぁぁぁあああ!!!」


 襲い掛かってくる精神への干渉に抗え。それが騎士としての彼らが国民達を気絶させながら考える、ただ1つのことだ。

 国民達に向かって道を走れば、具体的には騎士団詰所に近づけば、鈍器で殴られた様な衝撃が精神に走る。頭痛すらしてくる始末だ。だが手は止めない。


「うるぁああああ!!」

「このっ……目を覚ませ馬鹿!!」

「っりゃぁああああ!!」


 だが意志だけで抵抗出来るほどメティスの力は弱くない。これでも神葬武装の1つに数えられる力なのだから、一般騎士である彼らに耐えられる筈がない。まして彼らの上に立つ隊長達ですら耐えられなかったのだから当然である。

 1人、また1人と意識を持って行かれる。襲い掛かってくる同僚に対応しようとして、そのまま斬りかかるようになる。ちょっとでも隙を見せたら持って行かれるのだ。


 そうして、国を駆けまわっていた残る騎士達も次々にメティスの支配下となっていく。周囲の人間を切り裂き、命がどんどん潰えていく。護る者である騎士が、国民達をその剣で殺していた。気絶させた者も殺していき、挙句の果てには自分で自害する者まで出てくる。

 人間が殺すべき敵として認識されているのなら、自分自身もその中に入るのだろう。メティスの力の恐ろしい所は、自分自身すらも敵として認識させることである。


「がぁあああああ!!」


 殺戮は止まらない。狂気は伝染し、恐怖が人を殺して行く。理不尽に這いずりまわる臆病者の震えが、国を滅ぼすのだ。滅亡まで、最早秒読みだった―――



 ◇ ◇ ◇



 扉が開く。薄暗い空間に在る灯りは、蝋燭についた小さな火だけ。そこに扉が開いたことで入りこむ光。その光が真っ直ぐに伸びて照らしたのは、小さな少女だった。

 ゴスロリの服が照らされると、彼女はゆっくりと顔を扉の方へと向ける。するとそこには少年がいた。黒い服に漆黒の瞳、不気味な空気を持った少年である。


 少女は少年を見ると、とたんにその表情に笑顔を浮かべた。まるで気の知れた友人にでも会った様な反応に、少年は少々苦笑を洩らす。だが両者は別に友人というわけではなく、どちらかというと今は敵対関係にある。


「い、いらっしゃい、きつねちゃん……どうしたの?」

「やぁメティちゃん、ちょっとお話しに来たんだ」


 言葉を発したのは少女――メティス。まるで囚われのお姫様のような雰囲気を纏いながら、彼女は入ってきた少年――桔音に声を掛ける。軽い会話が交わされるが、メティスは大きなテーブルの上に座っており、本来桔音よりも背の低いメティスが桔音を見下ろす様な形になっていた。

 先程までメアリーと戦っていた筈の桔音。つい先程その戦いに終止符が打たれた。詳細はなんであれ、メアリーに勝ったことで桔音はこうしてメティスの前に現れたのだ。


 桔音が話をしたいと言うので、メティスは身体を桔音の方へと向け直しながら座り直した。

 首を傾げて『どうぞ?』とでも言いたげな顔をする。まるで世間話をする様な態度に、桔音はやはりこの子が苦手だと肩を落とした。桔音の事をまるで敵として見ていない。自分が護るべき対象だと思っているのだ。

 攻撃力の無い桔音単身であれば、この場でメティスに立ち向かうこと自体難しかっただろう。今の桔音の傍にはフィニアがいる。桔音にくっついていたからか精神干渉の影響を受けていないが、それでも少しだけ気分は悪そうにしていた。


『相変わらずなんかやりにくいね、この子』


 ノエルがそんなことを言うが、正直桔音は確かにと内心で思う。この少女は物理的なダメージを与えることさえ出来れば簡単に倒せるのだが、桔音はそれを知らない。例え知っていたとしてもやはりやり辛いのは変わらないだろう。

 今の桔音ならナイフで彼女を刺すだけで勝利を手にする事が出来る。その間フィニアが桔音を魔法で攻撃してきた所で無視してメティスを仕留めれば良い。どうせ、その防御力でフィニアの魔法が効くなどとは天地がひっくりかえっても言わないのだろうし。


 だが、桔音は敢えてそうしない。そもそもメティスという少女を殺すよりも、まだ話が通用する彼女を利用してその背後に迫った方がより有益だ。そう思うのも、先程桔音を襲ったとある一件が関係するのだが――桔音はそれを考える前にメティスに近づいた。


「ねぇメティちゃん」

「な、なに? どうしたの? ま、まだなにか怖い? だ、大丈夫、私が付いてるから……」

「うーん……そうだね、聞きたい事があるんだよ」

「?」

「今この国で起こってる同士討ちの件は、君が僕の為にやってるってメアリーちゃんから聞いたけど……本当?」


 その問いと共に近づいてきた桔音を見て、メティスは手錠に繋がれた両手で桔音の手を取る。その手は細く冷たく、そして小さい。桔音としては、ぎゅっと握ればそれだけで潰れてしまいそうな繊細な手だと思う。

 メティスは桔音の手を自分の頭の上に乗せると、にへらっと力の抜けた様な笑顔を浮かべた。そして自分の頭を桔音の手に擦り付ける様に揺らすと、またふにゃっと目尻を落とす。小動物の様な可愛らしさを見せるメティスだが、そうした後桔音の手を頭の上に乗せたままニコリと笑いかけて来た。


 そして言う。


「うん、だからもう何も怖がることはないんだよ。大丈夫きつねちゃんは、私が護るから」


 ぐいっと、まだ弱いけれどその細い腕の何処にそんな力があったのかと思う様な力で引っ張られる。不意を衝かれた結果、桔音はテーブルに乗り出すようにメティスに近づくことになり、そして体勢を立て直そうとしたところでメティスの両腕に抱き締められた。


「ずっとずっとずっとずぅっと……私がきつねちゃんの傍に居てあげる。何処に行く時も、何処にも行かない時も、何かする時も、何もしない時も、きつねちゃんが居る所にいつまでも寄り添って一緒にいるよ……だから―――何も怖がる必要ないんだよ……きつねちゃんが怖いと思うモノ全部、私が消してあげる」

「……」

「だからね、代わりと言ってはなんなんだけど……きつねちゃんには私を褒めて欲しいなぁ。頭を撫でて、ありがとうって言ってほしいなぁ……そしたら、私……きつねちゃんだけは怖くない、と、思うから……」


 桔音の頭を抱き締めて、まるでお姉さんの様に撫でる。そうしながら、彼女は桔音にそんなことを言う。

 桔音は彼女が元々抱きかかえていた兎のぬいぐるみと彼女の両腕に挟まれて、なんとなく先日のハンカチと同じ匂いに包まれたのを感じた。なんとなく心地良い感触ではあるが、桔音の思考は別の所に行っている。


 ――やべぇ、ヤンデレが生まれた。


 そう、メティスが何故かヤンデレになっているのだ。桔音を護る為に、世界一の臆病者が何の心境の変化か恐怖に立ち向かい始めたのだ。そしてその為に桔音の傍に永遠に共に居ると言い始め、代わりに自分を褒めて傍に居て欲しいと言ってきた。

 どこで彼女の好感度を最大にまで上げてしまったのか分からない。どこで彼女の好感度に関わる様な事をしたのか分からない。


 ただ分かる事は、彼女の心は臆病者のままで更に歪んでしまったという事だ。


 臆病なのに恐怖に立ち向かい、立ち向かう為に桔音を護るという意志に盲目的な強い義務感を抱いた。その結果彼女は自らを恐怖される存在と認識し、自分の臆病性を桔音に押し付けたのだ。そしてソレを護ることで、無意識的に自分自身を自分自身で護るという状況を作り出した。


 謂わば、肉体を2つ使った二重人格。


 他者を自分と同じ存在と認識することで、自分の認識の中で世界にもう1人の自分を作り上げた。メティスの臆病は、最早別の存在を巻き込んで世界に恐怖を向けるほどである。


「ねぇきつねちゃん……私を褒めて? 怖いものは全部私が消してあげるから……私とずっと一緒にいよう? いてくれるよね? いてくれるよ。いてくれないとおかしい。いるのが当たり前だもん」

「メティスちゃ――」

「なんでメティって呼んでくれないの? メティスじゃなくて、メティって呼んで? 出来れば優しく耳元で呼んでほしいな……え、えへへ……そういうの、1回やってみたかったの……だからきつねちゃん、私を優しく抱き締めながら愛情たっぷりに私の事を呼んで? メティって――」


 彼女は桔音を抱き締めていた腕を放すと、今度は自分を抱き締めて欲しいといわんばかりに両手を広げた。上体を起こしてメティスから離れた桔音は、両手を広げるメティスをじっと見つめるばかり。何か言おうとして、言葉が出て来ないようだった。

 それもそうだろう。今の彼女に下手な発言は逆効果だ。何か正解か分からない以上、言葉は慎重に選ばないといけない。


 とりあえず、話を逸らして会話のペースを元に戻さねば――そう考えて、桔音は選択肢を間違った。


「……話は変わるけど、メアリーちゃんは――ッ!?」

「メティって―――呼 ん で よ ?」


 メアリーの名前を出した瞬間、メティスが四つん這いに這って桔音の目の前まで潜り込んできた。両眼を開いて桔音を見上げ、憎悪すら感じさせる瞳孔が桔音を睨みつけている。


「なんで"メアリー"? 私の名前はメティス……メティって呼ばなきゃダメだよ、ダメなの、ダメなんだから……怖いよ、怖い、とっても怖い……きつねちゃんは私を怖がらせない、きつねちゃんは私が怖いモノから護るんだから……あれ? きつねちゃんは怖い……? じゃあ、きつねちゃんを消さないと? 違う違う……あれ? アレ、あれアレあれぇぇェェぇぇえェぇ?」

「め、メティちゃん?」

「! えへへ、うれしいなウレシイな、嬉しいなぁ……きつねちゃんは怖くない……えへへ、きつねちゃん大好き」


 正直に言って、めちゃくちゃ恐ろしいと思った。

 これは本気で他者への愛なのか、それとも自分の投影したことによる自己愛なのか、それとも護るべき対象への庇護愛なのか、はたまたその全てなのか、全く判断が付かない。だからこそ恐ろしい。メアリーという他の女の名前を出したから今の反応をしたのか、それとも女に限らず他の人間の名前の時点で駄目なのか、それも判断が付かない。

 自分の中で破綻している精神の不安定さを、無理矢理成立させているような感覚。元々持っていた彼女の中の臆病性が、桔音と出会ったことでその性質のままに崩壊。そしてその崩壊した状態が正常であると、無理矢理成立させている精神状態。


 完全にメティスは壊れてしまっていた。


 自分以上の臆病者と出会っただけでこれなのかと思うと、もしかしたらこれで済んだのが僥倖だったと言えるのかも分からないが――しかしメティスの精神は十分に危険である。


「……メティちゃん、メアリーちゃんのことだけど……良いかな?」

「えへへ……い、良いよ。あの子がどうかしたの? あ……怖い? じゃ、じゃあ消そうか? あの子も消してあげるよ? ……き、きつねちゃんを怖がらせるなら……い、いらないもん……ね?」


 先程までつらつらと話していたのに、急にいつも通りどもり始めるメティス。不安定過ぎる精神は、口調にも顕著に表れている。しかも、自分の仲間であるメアリーをたった数日前に出会った桔音の為に、何の躊躇いも無く消そうか、なんて聞いてくる始末。


 ――どうするかな……


 桔音は穏やかではない心境で、自分の手を握ってくるメティスを見る。そして本気で桔音が苦手とする相手が、更に天敵になったような感覚を胸に。そう思った。


メティス×桔音=狂った狂気製造

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