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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十四章 魔法と騎士の学園
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防御力かなり高め

 メアリーと桔音が戦いを始めたその頃、メティスは騎士団詰所の会議室のど真ん中に座っていた。ゴスロリドレスには染み一つなく、その青白い肌にも血や汚れは一切付いていない。彼女の身体は無傷で、彼女の意識もはっきりしている。完全に万全な状態で、メティスはそこに存在していた。

 ボロボロの兎のぬいぐるみを抱き抱えながらメティスは笑みをこぼす。心の底から恐怖している自分がいるのに、彼女はクスクスと笑っていた。恐怖は狂気となり、狂気は伝染する。恐ろしいほどまでに大きくなったその狂気は、彼女の周囲に同士討ちという脅威を齎し、そして恐怖する対象を全て殺して行くのだ。


 騎士達は死んだ。国民も死んでいき、今も尚滅亡に向かってどんどん同士討ちに死んでいっている。メアリーは当然この場にはいないが、メティスにも何処にいるのかは分からない。ただ、同士討ちの力は国中に広がっている故に、メティスにはなんとなく戦況が把握出来ている。

 影響下、つまり支配下に落ちた生物が死ねば、その分の力がメティスに戻る。それを感じ取ればなんとなく状況が把握出来るのだ。


「……そういえばメアリーちゃん何処に行ったんだろう? アレから全然見ないけど……」


 ぽつり、メティスはそう呟く。メアリーを見ていないメティスは、現在メアリーが国中の人間を殺そうとしており、その過程で桔音と戦っていることなど知る由もない。

 ぎゅっとぬいぐるみを抱き締め、彼女は空想に耽る。この国に存在する、全ての恐怖の対象が消え去るまで彼女は待つつもりなのだ。待っていれば、それだけでメティスの神葬武装が全てを滅ぼしてくれる。時間と共に滅亡を齎すその神葬武装は、最早恐怖する事さえ出来ればあらゆる対象を同士討ちさせることが出来るのだ。世界一の臆病者であるメティスだからこそ使いこなせる神葬武装だろう。


 その名は――神葬武装『叛逆の罪姫(クラウ・ソラス)


 戦わない故に、不敗。相手が自滅する故に、不戦勝。不戦不敗にして最弱のお姫様、それが彼女の強みであり、彼女が序列第4位『神姫』と呼ばれる所以なのだ。

 彼女は弱い。その辺の子供に殴られたりするだけでボロボロ泣いて負けを認める程に、弱い。彼女自身には何の力もないのだから当然だ。しかし彼女に一撃を与えるまでが遠いのだ。攻撃しようとすると、仲間を攻撃しているのだから。


 ある意味、桔音とは違う意味での絶対防御と言える。攻撃の完全な無力化なのだから。


「……待っててねきつねちゃん……メティが、皆壊してあげる―――」


 メティスは呟く。全ては自分すらも怖がる桔音という少年の為――彼がこの世界で住みやすくなるようにする為だ。彼女は初めて、自分でも護ることが出来る対象を見つけた。故に張り切っている。張り切ってしまっている。桔音の失敗であり、桔音のとった対応の間違い。


 メティスは臆病だ。臆病だから、"その気"になった時、危険すぎるのだ―――


「もう何も……怖がらなくていいんだよ」



 ◇ ◇ ◇



 桔音はメアリーに対し、拮抗した戦いを繰り広げていた。

 振り下ろされた手刀をその拳で弾き、神葬武装の刃を彼は次々と弾き飛ばすのだ。じんわりと浮かぶ汗は両者の頬を流れている。圧倒的な攻撃の刃と、圧倒的な防御の掌がぶつかり合うのだ。弾く度に周囲に切り傷が増える。増える度に、人の死は止まらない。何度も何度も振り下ろしては弾かれる。弾かれては斬撃があらぬ方向へと飛んで行く。飛んで行く斬撃は周囲にいた人を殺して行く。


 メアリーと桔音、その戦いに言葉は無い。果ての無い攻防は、おそらく両者のどちらかが一瞬でも判断を間違えた瞬間決着が付く。

 しかし、片や『天使』と呼ばれる人の身ではない存在。片や『超越者』となった異世界人。どちらも常人とは大きく掛け離れた存在で、どちらも人間とは言えない精神の持ち主だ。だからこそ、彼らは一歩も引かない。


 攻め切り、護り切る―――!


「ッ……!!」

「ほいっと」


 再度振り下ろされた手刀、そして弾かれる。最早周囲に斬撃で死ぬ人間は存在しない。それらはもう、メアリーの手刀で全員死んでしまった。首を刎ねられ、上半身と下半身が分断され、斜めに身体が真っ二つにされ、結局桔音は誰も救うことが出来なかった。

 桔音の防御の力――それは誰も救えない、己が身の身を護る力。盾にはなろうが、攻撃を弾いてしまえば何も救えない。自分に向かってくる暴力を、全て余所へと押し付けることになるのだから。


「くっ……しぶっとい……!」

「君はしつこいけどね」

「いい加減斬られちゃいなよ!」

「いい加減諦めちゃえよ」


 斬っては護りを繰り返し、口で言い合う桔音とメアリーは既にその精神に余裕と焦りをそれぞれ抱かせる。桔音は相変わらず薄ら笑いだが、メアリーはどこか苦しげな表情を浮かべている。攻めているのはメアリーで、優勢なのもメアリーの筈なのに――両者の表情は立場が逆の様だった。

 余裕な態度を取り続ける桔音は、未だメアリーの攻撃を正確かつ事前に弾き返している。集中が途切れる様子は全くなく、寧ろメアリーが攻撃の勢いを上げれば上げるほど桔音の防御力も上がっている様な気すらしてくる。


 痺れを切らしたメアリーの表情に焦りが浮かんだのは、桔音も見逃してはいない。このまま押し切る時は待てばいけるはずなのに、メアリーの表情に焦りが浮かぶ理由。


 ―――その力がスキルだとして、概念武装にしては負荷がなさすぎる。


 そんなことを言ったのはアシュリーだった。

 メアリーの神葬武装『断罪の必斬(フェイルノート)』の正体。その力の正体がなんであれ、概念武装という力に対してなんの負荷もないのはおかしいのだ。それこそ『超越者』でもない限りは不可能である。


『この焦りは、このまま戦いが長引くと不味い事でもあるのかな?』


 ノエルの呟き。桔音はその言葉に、内心で首肯した。

 おそらく、メアリーの神葬武装はリスク無しというわけではないのだろう。その圧倒的な防御無視の概念武装故に、その戦いは殆ど短期戦となる筈。それ故に、長期戦に持ち込まれることは殆どないのだ。

 だが桔音という男の防御力が、メアリーに消耗戦を強いる。長期戦へと持ち込まれた戦いは、メアリーの身体に今まで見ることが無かった―――力の代償を齎した。


 ――ピシッ


 何か亀裂が入った様な音が鳴った。何処から聞こえて来たのかは分からないが、目の前にいたメアリーがいきなりぎょっとしたような表情で後方へと下がる。何かに動揺したらしい。


「……ほんっとに……しぶといなぁ」

「いくらやろうと防ぎ切るよ? 僕は大分防御堅いから」


 手刀を作っていた左手を右手で抑える様にして、メアリーは俯き呟く。力の代償、それが何か分からないが桔音はこれを好機と思う。


 だが、メアリーが再度顔を上げた時――


「……分かった、本気で殺しに行くよ」

「……へぇ、そんな目もするんだねぇ」


 メアリーの眼に、明確な殺意が浮かんだ。怒りでも憎悪でもない。ただ殺すというだけの、純粋な殺意だ。殺すことを悪い事だと思っていない彼女は、本気で殺そうとしなくとも人を殺すことが出来た。しかし桔音はそうもいかないらしく、メアリーは本気で殺そうと思ったのだ。


 そしてその結果、メアリーはその神葬武装を更に解放する。


「第二解放―――『極刑の絶断(フェイルノート)』」


 それは、かつてステラがやってみせた神葬武装の第二解放。彼女は魔法故にその練度と質を大幅に向上させることで、負荷は大きくもパワーアップを果たした。威力重視の彼女の第二解放は、やはり火力の強化であった。


 しかしメアリーの第二解放はそうではない。


「……これはもう、防げないわよ?」

「へぇ、それは大層な自信だね」


 大言壮語、というわけではないのだろうが――メアリーの言葉に桔音は薄ら笑いを崩さない。神葬武装の第二解放、それがまさかメアリーにもあるとは思っていなかったのだが、ステラの時を思えば碌な強化はされない筈だ。

 ならば、最鋭の斬撃を誇るその武装の強化は当然、その斬撃の強化に他ならない。メアリーが手刀を崩し、桔音に鋭い視線を向けた。身構える桔音だが、メアリーが何かぼそっと呟いた瞬間だ――


 ――メアリーが桔音のすぐ目の前まで踏み込んで来ていた。


「!」

「"命を断つ"――死んでよ、きつねくん」


 その強化の正体は、不明確なモノの切断を可能にすること。

 意識を断つことも、命を断つことも、空腹を断つことも可能。概念的なモノから、物理的なモノ、果ては空想的なモノまでおそらく斬ることが出来るようになるその力。彼女はその力でもって、桔音に触れてその命を断とうとしたのだ。


 桔音の両頬に両手を添えたメアリーは、まるで魂でも吸い取るかのように桔音の唇を奪う。

 瞬間、桔音は自分の唇を塞ぐメアリーの唇から、まるで自分の心臓を鷲掴みにされたような感覚を得た。直接命にナイフを添えられた様な感覚は、まさしく断頭刑にでも処されている様な気分になる。


 命を斬られる感覚が、桔音の背筋に悪寒を走らせた。


「―――!」

「ッ!?」


 だが、感覚的にその首へギロチンが落ちてきたその時だ。桔音の命が、そのギロチンの刃を通さなかった。メアリーがキスを以って叩き込んだ命を断つ概念的斬撃を、桔音の命は弾き返したのだ。まるで、先程まで桔音がメアリーの手刀に対してやっていたような弾き方で。

 

 それもその筈だった。桔音の防御力は、神に出会って人間を超越した防御力。つまり、その身も魂もありとあらゆる攻撃を通さぬ無敵の防御となっているのだ。今更神葬武装程度、桔音の命を脅かす事は出来ない。桔音は手刀を弾く必要はなかったのだ。元々当たった所で、斬れない身体である。


「……うそ……!?」

「……うん、まぁ僕も予想外だったけれど――どうやら君の攻撃は僕に通用しないみたいだ」

「この―――うぐっ……!?」


 桔音の言葉にメアリーはぐっと歯を食い縛りながら離れようとし、急に頭を抑えてその場に膝を着いた。頭痛がするのか表情が大きく歪み、食い縛った歯からギリ、と音が鳴った。頭を抑えるメアリーは、ふらふらと立ち上がろうとして、また膝を着く。天使の輪と翼が消えていき、頭を抑えたことでメアリーが隠していた左手が見える。


 すると、そこには左手首に走る罅があった。まるで身体が陶器の様に罅割れ、壊れそうになっていた。桔音はそれを見て怪訝な表情を浮かべるが、メアリーの状態がおかしいこともあってとりあえず放置。

 メアリーの頭に手を乗せると、桔音はとりあえず軽く撫でた。反応はあまり芳しくは無い。どうやら桔音が時間回帰で得た負荷の痛みと同じ痛みが、メアリーを襲っているらしい。


「う、ぐ、ぅぅぅ…………!」

「……はぁ、まぁなんにせよチャンスかな?」


 呻くメアリーに薄ら笑いを浮かべた桔音は、そう呟きながらその手をメアリーの首へと伸ばして行った。メアリーは痛みに耐えながら、その手を跳ね退ける事が出来ず―――そして、桔音の手はメアリーの首を掴んだ。


防御力かなり高め

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