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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十四章 魔法と騎士の学園
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天使の殺戮

 学園の寮内。生徒達は教師達の指示によって外に出ることを禁止されており、学園に残った大魔法使いの作り上げた結界によって学園の外にも出ることは出来なくなっていた。それは外部からの障害を阻むだけではなく、中にいる者を閉じ込めるという意味でもある。

 しかも『超越者』であるアシュリーの作り上げた魔法結界だ。中にいたレイラやルル達でも、その結界を破壊して外に出る事は出来ない。閉じ込められたレイラ達は、まず桔音と合流してから判断を仰ごうとしたのだが――その桔音がこの事態に何処にもいないのだ。


 姿が見えないことに少々の不安を抱くが、しかし外に出られない以上レイラ達には何も出来ない。拳で叩いてみたり剣で斬り裂こうとしてみたり、色々試したが効果は無かった。余程強い魔法なのだろうと判断出来る。此処にフィニアが居ればこの魔法に関しても何か分かるのかもしれないが、そのフィニアもここにはいなかった。


「レイラ様……!」

「あ、ルルとリーシェ?」

「きつねは、一緒じゃないのか?」

「うん、きつね君姿が見えなくて……♪ 探したんだけどいないし、ルルも見つけてないってことは匂いでもダメだろうし……多分外に出てるんじゃないかなぁ……♪」


 ルルとリーシェが、寮の玄関にいたレイラに合流する。そしてその時点で桔音が外に出ているのだという判断をした。自分達は寮から出られないが、桔音達は結界が張られる前に外へ出ていったということだろう。レイラは困ったような笑みを浮かべながら、肩を竦めて見せる。

 心配ではあるが、桔音が外に出ていることは偶然にしろ故意にしろ、彼自身が自由の身であることを示している。そして緊急によってこの空間が閉鎖されたということは、桔音が出ている外で何かが起こったという事。


 ならば問題は無い。


「きつね君が外に出てるなら大丈夫かな♡ 多分すぐ出られるようになるよ♪ フィニアも付いてるしね♪」

「……まぁ、お前がそう言うのならあまり慌てる必要はないのかもしれないが……まぁ何か出来るわけでもないか……」

「……これからどうしますか?」

「んー……とりあえずきつね君が帰ってくるまでは何も出来ないし……待っていれば良いんじゃないかな♪」


 ルルの問い掛けに、レイラはそう言った。待つことしか出来ないのだと、はっきりそう告げた。

 ルルやリーシェにとってそれは仲間として少々辛いものがあるのだが、他でもないレイラが冷静になっているのを見れば多少気を落ち着かせることが出来た。逆に、レイラが何故そんなに平静で居られるのかを疑問に思う位だ。

 

「……落ちついているな、レイラ」


 だからリーシェは驚き半分にレイラにそういう問いを投げかける。アレほど好きだ好きだと言っていたレイラが、桔音の不在に落ちついているのは何故なのか。その真意を知る為に。


 するとレイラは、一瞬きょとんとした後平然と答えた。


「え? だってきつね君は強いもん♪ それに、きつね君が私達を置いて死ぬなんて、それこそあり得ないよ♪ 信じてるよ、だって私はきつね君が大好きだもん♡」


 それは、おそらく記憶が無いからこそ平静で居られる部分もあるのだろう。しかし、その気持ちは本物で、その信頼は本物だった。好きだから、信じられる。信じているから、平静で居られる。色々と理由は挙げられるが、全てはそこに帰結する。結局、レイラは桔音が好きだから桔音を信じられる。

 おそらくこの気持ちは完全に揺るぎないものになっている。どんなに記憶を消されようが、肉体的に痛め付けられようが、それこそ子宮を潰されたところで変わる事は無い。


 恐ろしいのは、桔音に自身を嫌いだと思われること。


 それ以外ならば、最早どんなに痛くとも耐えられる。どんなに嬲られようと、どんなに虐げられようと、どんなに屈辱だろうと、レイラは桔音を好きでい続けるだろう。


「すぐ帰ってくるよ♪ きつね君は強いもん♡」


 リーシェは最初、レイラが恐ろしいと思っていた。魔族であり、人間を殺すことも容易にやってのける怪物だったレイラは、やはり人間であるリーシェにとってとても怖い存在であった。

 しかしそれは段々と仲間としての信頼に変わり、レイラという存在は、桔音をとても大事にしている少女なのだという風に思えるようになった。愛を知った彼女は、もうかつての怪物ではないのだと思えるようになった。


 しかし、尋常ではない程の愛を保持しながら、記憶を失くしたレイラは少しだけ――以前とは違っていた。やはり、過去の思い出全てが"あの"レイラを形作っていたものなのだ。だから"この"レイラは少しだけ怖いと思った。

 かつてのレイラなら、何時何処でどのようにして桔音が好きになったのかを懇切丁寧に口にする事が出来ただろう。しかし、今のレイラは何時何処でどのようにして桔音が好きになったのかを説明する事が出来ない。


 ただなんとなく彼を好きになった"らしい"記憶があって、確かに桔音のことを好きだと思えるから好き。かつてレイラが持っていた深い愛が、記憶を失くしたことで盲信に変わっている。


「……そうだな」


 リーシェはルルの想いを垣間見て、彼女はかつてのルルと同じ意志を持っていると思った。しかし、レイラの好きを聞いて、彼女はかつてのレイラと別の感情を持っていると思った。

 しかしそれを口にしたりはしない。盲信でも、きっと記憶が戻ってくれば愛に戻ってくれるだろうから、今は口にしないのだ。


 ――無事に帰ってくればいいのだが……


 結界の向こう側を見て、リーシェは得も言われぬ不安を抱いていた。



 ◇ ◇ ◇



「……あぁ、いたいた」

「あっ、ちょっと前ぶりだねぇきつねくーん……大分遅かったね?」


 桔音がギルドを出ていってからしばらく。桔音は街の中を歩いて行き――そしてメアリーを見つけた。その身体に一切の血は付いていないが、しかし彼女の足下には大量の死体が転がっている。全員、首なし死体だ。頭はそこらじゅうに転がっていて、最早どの身体がどの首を持っていたのかなど全く分からない。

 殺した事は全く悪い事だと思っていないのだろうが、しかしそうすれば桔音が現れる事は分かっていたらしい。桔音が現れたことを驚いていないメアリーは、寧ろ歓迎する様に両手をひらひらと揺らした。


「で、何してるのかな?」

「んー……メティが例によって臆病を拗らせたのよ。きつねくんがなにしたのかは分かんないけど、どうやらコレはきつねくんの為にやってるみたいよ? 半分は自分のためだろうけどね」

「僕の為?」

「なんか、自分を怖がるきつねくんが、他の人を怖がらない筈がないとかなんとか言って――国中の人間を同士討ちで皆殺しにしようって魂胆のようね」


 なんだそれは、と桔音は大きく溜め息を吐いた。正直あまり考えたくないパターンではあった。どうやらメティスという少女の持つ臆病性と人を思いやれる人格が一緒になると、大分ヤバい方向へと話が進むらしい。

 桔音は安易にメティスを怖いと言った事を少々後悔した。なんというか、ベストな扱い方を見つけたと思ったのだが――コレも間違いだった様だ。

 臆病者以上の臆病者だと思われると、その臆病者の為に行動しようとする。結果、自分が怖いと思うものをその臆病者が怖がるのは当然。つまり、自分が怖いと思うモノ全てを消し去ろうとする。


 その結果がこれだ。この国に存在する全ての人間を、メティスは殺そうとしている。


「本当に勘弁してほしいわ……この国の人間を殺さないと帰れないとか言いだしたのよ? 別にソレは構わないけど、こんなにいっぱいいる人を殺すのって結構手間が掛かるじゃない? 面倒くさいわ」

「いやまぁ殺すのはダメなんだけどね」

「え? ……まぁ何言ってるか分かんないけど、そういう訳だから私はあと何百人? かを殺さないといけないの。あ、そうだ! きつねくん手伝ってよ! ぴょーんって首を刎ねるのは簡単だけど、これは殺す時間を短縮するためにそうしているだけ。私はもうちょっとバラバラにして断面パズルみたいなことがしてみたいから、きつねくんが手伝ってくれれば終わるまでにそう時間も掛からないしね。そうしてくれれば私ももうちょっと楽しく殺せるもん!」


 何を言ってるんだこの馬鹿は、なんて思いながら桔音はメアリーにジト眼を向けた。漆黒の瞳で見られたメアリーは、首を傾げながら怯えてへたり込んでいた女性の首をすぱんと刎ねた。手の届かない場所から、いきなり女性の首が飛んだ様な感覚。力の内容を知っていなければ、本当に意味不明な攻撃だろう。


 今の女性を救えなかったのは少々悔やまれる所ではあるが、桔音には今の女性を救うだけの行動は取れなかったし、そもそもあの手刀を弾くにはかなり距離があった。

 まぁ他人が死んだ所で桔音は特に悲しいと思う訳ではない。どこぞの勇者ではないのだから、その辺は分別を付けている。


「で、どうする?」

「とりあえず人殺しは趣味じゃないかな」

「ふーん……まぁどっちにせよ私はこの国の人間全員を殺したいっていうメティの希望を叶えて、さっさと連れ帰るのが目的だし―――とりあえずきつねくんも死んでよ」

「やだよ」


 メアリーが傍にあった家をその手刀で横薙ぎにスッパリ切り捨て言った事に対し、桔音は一言でそう言った。ズズズ、と家の上半分が落ちていくと、開いた場所から同じく首が刎ねられた家族がいた。見事に首が刎ねられている所を見ると、どうやら人の首の高さに合わせて家を斬ったようだ。気配だけでそこまで空間把握をするというのは、中々恐ろしい。流石は翼で立体移動をしているだけある。

 とはいえ、桔音が人殺しを受け入れていたとしてもあまり変わらなかっただろう。結局メアリーと戦う展開は、こうなってはいずれ訪れる。


「なら早い方が良いよね―――掛かって来いよ」

「あはは、前はちょーっと不意を衝かれたけど……今度はそうはいかないからね?」


 桔音が薄ら笑いで挑発すると、メアリーはその手刀を作って笑顔を作る。純粋に、無邪気な悪意ない笑顔。狂気と不気味さがぶつかって、辺り一面が薄暗くなったような錯覚を齎した。翼と天使の輪を出したメアリーが、桔音にその手刀を向ける。


 そして勢い良く振り下ろそうとしたその瞬間、


「アハハッ!」

「よっと」


 桔音とメアリーの戦いが始まる。一瞬で目の前まで踏み込んできた桔音がメアリーの手刀を弾き返し、更に返す刀で振り上げられようとした手刀を、桔音はまた弾く。振り下ろす、というのが桔音の中でのメアリーの能力発動条件だと思っていたが、どうやらメアリーの手刀は振り上げでも能力が発動するらしい。

 弾いた両方の手刀が地面と家を切り裂いたのを見て、桔音はそう判断する。となると、手刀は最低限動かさせない方が良い。おそらく横薙ぎも斜めも全部能力発動になると考えて問題ない筈だ。


「さて……どうしようか」

「相変わらず堅いなぁ……分断に(バラバラ)したいね!」


 桔音とメアリーは超接近戦を繰り広げる。最早人は大量に死んでしまったが―――此処で桔音が彼女を止められるか。それがこの国の滅亡を防ぐかどうかの分け目となるだろうことは、明白だった。


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