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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十四章 魔法と騎士の学園
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夢を踏み躙るから

「それで、さっきのはどういうことなのかな?」


 バタン、と部屋の扉を閉めたフランに、先に部屋に入った桔音は問いかけた。部屋に来るまでの時間で、ある程度話してくれる内容に関しては纏まっただろう。桔音としても、先程の少女達の言葉が謎過ぎて困惑しているのだ。

 私を貴方の物にして下さい。そんな言葉を言ってしまう原因とは何なのか。桔音としては少年少女達の語彙力が乏しくて、言葉足らずであったというのが一番安心出来るのだが――フランは大きく深呼吸した後、桔音の聞きたい内容を話し始めた。


「……中等部と高等部って、結構密接な関わりがあるのよ」

「というと?」

「編入組である貴方は知らないかもしれないけれど、今日の交流授業もそう。高等部と中等部の時期はある意味人との繋がりを大きく広げられるチャンス期間なの。だから、授業時間以外でも優秀な高等部生に関わろうとする中等部生は少なくないわ」

「へぇ」


 フランの説明に、桔音は面白そうだねと相槌を打つ。

 このクレデール王国に存在する騎士魔法使い学校のほとんどは、中等部と高等部の間に密接な関わり合いがある。中等部の内に高等部の優秀な人材と繋がりを得ていれば、後々それが騎士になる為の足掛かり、もっといけば騎士になった後の協力関係なんかに変わってくるのだ。

 故に今回の交流授業は、高等部生にとっては優秀な後輩に自分をアピールする課題であった反面――中等部生にとっては、自分自身を売り込み繋がりを作るに相応しい先輩を見定めることが出来る課題であったのだ。


 そして、その課題の中で桔音は多くの中等部生に目を付けられた。彼はとても優秀な人材で、おそらく高等部生の中でも騎士になる可能性が最も高い人物だと。桔音は騎士になるつもりはないものの、傍から見れば戦況を全て手玉に取って見せたのだから当然だろう。

 フランはそれを説明し、一旦息を吐く。


「だから、貴方は今格好の餌なのよ」

「成程……それで? さっきの子の発言はどういう意味なのかな?」


 だが、話は此処からが本番。

 実の所、この学園の中等部と高等部には共通した校則がある。それは、中等部の生徒が各々で選んだ高等部の生徒に申し込みをし、受け入れてもらえればその高等部生にある意味での面倒を見て貰えるという制度だ。


 その名前を生徒達は通称、『姉妹制度』『兄弟制度』だなんて呼んでいる。


 そしてその面倒をみるという意味だが、申し込みを受け入れられた中等部生は、受け入れた高等部生にあらゆる面でサポートが得られるのだ。修行をつけてほしいでも、相談に乗ってほしいでも、悩みを解決する手助けがほしいでも、まぁ色々だ。無論、高等部生にも都合がある故に拒否してもいいのだが、そもそも騎士は自分よりも弱い民をあらゆる面で支えるのが仕事だ。拒否するということは、騎士になりたいという意志が強い程出来ないのである。

 先程の少女達の言葉はつまりそういう意味。彼女達はこの『姉妹制度』を使って、桔音のサポートが受けられる立場を得ようとしていたのだ。言葉が足りなかったのは恐らくわざとだと聞かされ、軽く後輩に恐れを抱く桔音である。所謂ハニートラップという奴の一種なのだろう。


 それはさておくとして、そんな制度があるなど全く知らなかった桔音。これは面倒なことになったと思考を回す。申し込みを断り続ければいいのだが、過去目を付けられた高等部生は大抵根負けして受諾するらしい。

 というのも、中等部生の執念というのは本当に厄介なもののようで、ありとあらゆる手を使って申請を受諾させようとしてくるのだ。根気の勝負になってくるのだが、あまりにしつこいと受け入れた方が楽なのだ。


「それで? フランちゃんはその申し込みを遮ってまで僕を連れ出した訳だけど……助けてくれたってだけじゃないんだよね?」


 桔音はそう言ってフランの目の前に更なる問い掛けを投げた。

 そう、フランはそもそも桔音のことをそのことで気に掛ける必要が無い。普段から愚か者と言い、そして桔音とはある程度仲が良いものの、それほど尊敬されている様な感じでもない。ならば彼女にとって桔音が誰とそういう関係になろうがどうでも良い筈なのだ。

 しかし、フランは桔音が申し込みをされている場面を見てすぐに動き出し、その場から桔音を連れていった。まるで、桔音が少女達とそういう関係を結ぶのを防ぐ様に。


 すると、フランは桔音の言葉に小さく頷く。ぐっと何かを飲み込む様に息を呑んだ彼女は、数秒の後その口を開いた。


「……私と、姉妹制度を結んでほしいのよ」

「うん?」

「この制度は、何も無制限に中等部生と契約を交わせる訳じゃない。高等部生1人につき、この制度で契約を結べる中等部生は3人まで――そしてその全員の面倒が見られない場合は、強制的に学園側からの介入で契約が解除される。つまり、実質1人につき1人が暗黙の了解なの……だから、貴方の契約相手は私にしてほしい」


 そう、フランの目的はそこにあった。

 彼女は桔音とペアを組んで模擬戦を戦い、その結果桔音のことを内心で尊敬出来る対象として認めている。口調こそいつも通りであるが、その態度にはある種敬意が感じられるし、桔音としてもフランの言っていることが嘘ではないのだろうと思った。

 尊敬出来るからこそ、学べることは多くある。姉妹制度で契約を結べば、個人的に色々なことを教えて貰える。そうすれば、彼女はもっと強くなることが出来るし、また騎士としてもやっていける様になることが出来る。フランはそう考え、桔音にその契約を持ち掛けた。


 下心しかないが、そもそもそういう契約なのは両者分かり切っているし、決定権は高等部側にあるのだ。全くもって理不尽、というわけではないだろう。

 それに、高等部生に対価がないわけでもない。此処で面倒を見た生徒が将来的に繋がりになる可能性があるのは高等部生側も一緒であるし、面倒を見る代わりに身の回りの世話をさせることも出来るのだ。

 中等部の生徒に騎士としての先立った知識や技術を教える代わりに、自分達の身の回りの世話をさせることが可能。朝が弱い生徒が起こして貰うことも出来るし、自分の課題に付き添わせて手伝わせることも出来る。

 ただ、それも中等部生をパシリにして良いという訳ではなく、無理の無い範囲でのお願いをしていいという程度のもの。下の者を支える経験を積む、というのがそもそもこの規則の目的。なのに対価を求めるのは矛盾している――故に、此処は学生だからという学園側の譲歩という奴なのだろう。


 そういう訳もあって、この場合中等部生は申し込む相手の能力や技術面だけではなく、人柄に関してもしっかり選ばなくてはならない。下手に申し込んで、過去夜伽をしろと脅された女生徒もいたらしく、学園側はそういった命令を禁止しているものの、万一の事態を防ぐ為にそういう部分も見定めるようしっかり伝えてあるのだ。


 そして、フランはそれを踏まえた上で桔音に申し込んできた、ということなのだろう。


「貴方の実力は正直予想外だったけれど……ソレを除いても貴方には学べる部分が多そうだもの。多少人格的には問題がありそうだけど、許容範囲だと判断したわ」

「大分ぶっちゃけるんだね」

「貴方相手に隠しても仕方ないもの」

「あはは、それは信頼されてるのかどうなのか微妙な所だねぇ」


 桔音はフランの言葉に苦笑する。どうやら彼女は桔音にある程度の命令をされたところで大丈夫だろうと思える程度には、桔音の事を信頼しているらしい。

 ただ、ソレは嬉しいのだが――如何せん桔音にその契約を結ぶつもりはなかった。正直そんな契約を結ぶだけのメリットはないし、フランに色々と騎士になる為のノウハウを教えられる自信もない。そもそも桔音は冒険者であって騎士ではないのだから。


 故に、桔音は首を横に振って言う。


「でも、残念だけど僕は誰とも契約を結ぶつもりはないよ。やることもあるし、正直誰かに何かを教えられる程偉くなったつもりもないからね」

「……どうして? 貴方はアレほど強いじゃない。あの実力ならきっと何時だって騎士になれるのに……!」

「まぁ、なれるだろうね。実力で言えば僕もそれなりに自信はあるよ……それこそ、僕は魔王が攻め込んできた所で撃退出来る自信がある……でもね、だとしても僕はきっと騎士には向いていない。何故なら僕は、人を助けるという意志を殆ど持ち合わせていないから」

「!?」


 桔音の言葉に、フランは驚愕の表情を浮かべる。

 その言葉は、この学園にいるという事実に大きく矛盾を生じさせる。そんな内心で何故この学園に入学したのか、フランには全く分からない。


 何故なら、何故ならそれは―――そういうことだからだ。


「つまり……貴方、は……騎士になるつもりがないということ……!?」


 桔音には、騎士になろうという意志がないということになる。それは、桔音に尊敬を抱いたフランの気持ちを崩壊させる。何故、どうして、分からない。フランは大きく動揺し、困惑を隠せずにいた。騎士団長の死によって大分不安定だった精神に、ソレを支えた桔音という存在に訪れた衝撃の事実。立っていられなかったのか、フランはガタンと椅子に座りこんだ。

 騎士になる気が無い、なのにアレほどの実力を備えており――そしてこの学園に入ってきた。


 ふざけているとしか、思えない。


「……ふ、ざけないで……!! なんで、なんで騎士になる気もないのにこの学園に入って来たの……? 私達のことを馬鹿にしているの……!?」

「いや、馬鹿にしているつもりはないよ。騎士が立派な職業であると思っているし、ソレを否定するつもりもない」


 怒りなのか、震える声で桔音に言うフランの言葉。対して桔音はそういうつもりは無かったと宥める様に答えた。

 しかし、それはフランを宥めるどころか――煽ることにしかならない。


「――ならどうして今日の授業、私を勝たせたりなんてしたの!?」


 叫んだ。ドアが閉まっているとはいえ、外に聞こえてしまったかもしれない。桔音は少々ソレを気にしながらも、肩を上下させるフランに視線を向ける。どうして、フランを勝たせたか。無論、それがフランにとって得になると思ったからであり、また負けることにメリットが見えなかったからである。

 実力を見せつけるつもりもなかったし、桔音としては与えられた課題をただ淡々とこなしただけのことであった。


 しかし、フランにとってはそれが我慢ならない。騎士になるつもりがあるからこそ、同じ志を持つフランと共に勝利を目指したのだと思っていた。だがそうではなかった。桔音は、ただ勝てたから勝っただけ――騎士になる気は無く、ペアにフランがいて、彼女の得になりそうだから勝利を与えたに過ぎなかった。


 なんともまぁ、強者の考えである。


「貴方にどんな目的があってこの学園に居るのかは知らない……でも、騎士になる気が無いのなら私達の邪魔をしないでよ!! 自分が強いからって、私達の前に悪戯に立ち塞がらないで頂戴……! 私達は……私は本気で騎士を目指してるの!! 誇らしくて、気高くて、民の為に剣を取る背中に憧れたから、私はうんと小さい頃から必死に努力して来たの!!」

「……」


 気に入らない。フランは、いやフランだけではない。他の生徒たちだって必死に努力して来た筈だ。幼い頃から剣を握り、血豆を潰して必死に騎士の背中を追い掛けて来た筈だ。その努力を、騎士になる気持ちすらない者に潰されるなど、フランには許せない。

 桔音に対する尊敬は、既に崩壊してしまっていた。桔音に対する信頼は、既に崩壊してしまっていた。志を同じくしていたと思ったから、桔音の言葉も行動も凄いと思えたのだ。騎士らしくあろうとして、自分を支えてくれた。騎士らしくあろうとして、アレほど強くなった。そう思っていたのに―――


「……騎士になる気もない貴方が……軽い気持ちで踏み込んで来ないで……!!」


 叫ぶだけ叫んで、フランは小さくそう溢した。顔を両手で覆い、涙声だ。勝手に期待して、勝手に信頼したのはフラン――しかしそれでもフランは裏切られた様な気持ちだった。


「……そっか、ごめんね。どうやらフランちゃん達の夢を踏み躙っちゃったみたいだ」

「……」

「分かった、これからは授業でも目立たない様に振る舞うよ。契約も受けないし、皆の努力の邪魔になる様な事はしないと約束しよう……本当に、ごめんなさい」


 桔音は、フランの言葉に素直に謝った。彼は女の子を泣かせる趣味を持っていない。自分の行動がなにか間違っていて、それがフランの心を大きく傷付けた。それが問題で、それだけで十分彼女に謝るだけの理由になる。

 桔音はとにかく謝罪の言葉としてそう言って、頭を下げた。


 すると、


「…………悪いけど、今日は1人にして……正直いっぱいいっぱいなのよ」

「……分かった。今日は別の場所で寝ることにするよ……なんなら、部屋も別の人と変えて貰って構わないよ」


 フランがそう言って、自分のベッドに倒れこんだ。考えることがいっぱいで、もう精神的にキツイのだろう。桔音もそれを察し、そう言い残して部屋を出た。


 扉を背に、廊下に出た桔音は大きく溜め息を吐く。


『……泣かせちゃったねー』

「はぁ……どれだけ強くなったとしても、また女の子泣かせてちゃ世話ないよ」


 そして、ノエルの言葉に対してぽつり、頭を掻きながらそう呟いた。


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