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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十四章 魔法と騎士の学園
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勘違い増殖

 剣が振るわれ、両陣営の間――中央で衝突した。鋭い金属音を響かせ、お互いの勢いと勢いの衝突に剣を持った気合十分の少年と凛々しい少女の体勢が崩れる。お互いにとって決定的な隙、そこを衝くのは互いのペア相手にとって当然の判断だろう。

 体勢を崩した少年の背後から長身の男が前に出て剣を振るい、少年の横を通り抜ける様に少女に斬りかかる。少女は一瞬焦った様な表情を見せたものの、同様に少女の背後から前に出て来た不気味な少年が彼女の背を押した。

 それによって体勢が戻った少女は、少年の更なる押しによって振るわれる剣の前に晒される。しかし、自身を押した少年が前に踏み出せと指示するので―――少女はそれを信じ思い切り前へと地面を蹴った。


 瞬間、彼女の視界いっぱいに広がっていた長身の男の姿が消える。開けた視界に映ったのは、未だ体勢を立て直せずにいる同級生の少年。しかも、前に全力で踏み込んだ結果彼女は少年の懐へと踏み込んでいた。絶好のチャンス、だが少女は目を丸くして驚いている。おそらく状況に付いていけていないのだろう。

 しかし、前に踏み込み目の前にまで迫ってしまった少女は、反射的に剣を振るった。残念なことに中途半端な一撃だったことでギリギリ防がれてしまい、状況は一旦仕切り直しとなる。


 両陣営お互いに距離を取った所で、少女はやっと展開に付いて行く事が出来た。自分の隣に戻ってきた不気味な少年を見て、彼に対する印象がガラリと変わったのを感じた。


「さて――もう1回、いける? フランちゃん」

「え、ええ……勿論よ」


 少年――桔音から声が掛かる。対して、名を呼ばれたフランはソレにたどたどしくも是と返事を返した。

 先程の攻防。桔音はフランと相手側の中等部少年が衝突し体勢を崩した所で前に出た。そして瞬時に状況を把握し、フランの体勢を擦れ違いざまに修正。続いてフランに全力で前へと出ろという指示を出し、フランが踏み出す前に彼女を追い抜いた。

 そしてフランが前に出るのに邪魔であった、同じ高等部の長身の男の剣を自分の持っていた刃引き剣で弾き、かつ男を真横から蹴り飛ばしたのだ。結果フランの目の前から退いた男の横を、彼女は直進する事が出来、そして相手側の少年に一撃を喰らわせた。


 これが先程起きた攻防だ。フランはあの一瞬の間に、自分のフォローを此処までしてみせた桔音を信じられない様な目で見ている。


 元々、彼女はこの模擬戦が始まってからというもの、桔音には全く期待していなかった。立ち居振る舞いこそ不気味な気配を放っているものの、強者としての気配は全く感じていなかったからだ。騎士団長の娘として、幼い頃より剣術を学んできたフラン。リーシェと似た様な境遇ではあるが、違うのは彼女にはリーシェにはなかった騎士の才能があったことだろう。

 ぐんぐんとその頭角を現してきた彼女は、同年代の中でもトップクラスの実力を持っている。言ってしまえば並程度の年上であれば、余裕で勝つ事が出来る実力があるのだ。


 だからこそ彼女は桔音には尊敬の意を持たず、首席だったレイラに尊敬の意を持った。実力主義という騎士の世界が間近にあった彼女だからこそ、実力の無い者には全く興味がなかったのだ。なのに、自分が弱者と判断した桔音が想像とは全く違う動きをしている。驚くのも無理ないだろう。


「……凄いのね、少し見直したわ」

「ん? そりゃどうも」


 桔音にぽつりとそう言って、フランは剣を構え直す。

 案外、"Sランク冒険者のきつね"であるというのも本当のことなのかもしれないな、なんて思いながら、フランはふと笑みを浮かべた。


「さ、フランちゃん――次は標的途中変更だ。あの少年Aを狙って3回ほど剣を合わせたら、すぐに僕の同級生に斬りかかって頂戴。後ろは僕が護ろう」

「ええ……任せたわ」

「おや素直なことで」

「信じるに値するだけのことは、たった今見せて貰ったもの―――偶然じゃないなら、もう一度証明することね」

「さいですか」


 桔音の指示に従うフランは、不敵に笑った後駆け出した。桔音の言う通り、まずは少年Aの方へと駆けていく。動きは上々。桔音はフランに対し、あの歳にしては十分動けていると見て、自分も同様に動き出した。

 刃引き剣は使い慣れていないこともあって、少々桔音の手に合わない部分があるのだが――ソレは関係ない。かつては剣を使っていた時期もあるのだから、今更だ。


「ハァっ!!」

「このっ!!」


 フランと少年Aが再度剣を打ち交わす。鋭い金属音が1つ、2つと重なっていき、鍔迫り合いとなった。と同時に、桔音と長身の男が視線を交錯させた。お互いがフランと少年Aに向かって走り出し、お互いがお互いのペアのフォローへと向かう。


 おそらくは先程の様な形での攻防となるだろう――長身の男は、そう思っていた。


 しかし違う。男の意表を見事に衝くように、桔音は男に向かって持っていた刃引き剣を投げつけた。


「なっ……!?」


 驚きの声をあげた男のことを、桔音は既に見ていない。視界の外で金属音がしたことから、おそらくは飛んできた剣を己の剣で弾いたのだろう。しかし、その音が鳴り響いた瞬間桔音は既にフラン達の下へと辿り着いていた。

 桔音が近くに来たことに気が付いたわけではないが、タイミング良くフランは少年の前から移動する。隙を衝いて少年の横腹を蹴り、怯んだ隙に長身の男の下へと真っ直ぐ駆け出した。駆け出した瞬間に桔音に気が付き、またも目を丸くしている。

 しかし、今度は硬直することなく駆ける足に力を込める。そして桔音に気付かずフランを追おうとした少年Aは、隙だらけのその足を桔音に払われ転倒。そこで初めて桔音の存在に気が付く。


 だが、時既に遅し―――転倒した少年Aは桔音の手によって抑え込まれ、関節を極められる。そしてしばし抵抗したものの、完全に極まっているソレは外すことが出来ず、彼は抵抗虚しく動けなくなったのだった。


「さて……うん、流石中等部主席」


 そして桔音はそのまま視線をフランの方へと移動させる。すると、そこには長身の男の首に剣先を置いているフランの姿があり、長身の男の剣はフランの片足が踏み付ける様に封じ込めていた。


 どうやら、勝負は着いたようである。


「うむ、勝者きつねペア!」

「へーいフランちゃんへーい」

「なによその手……しないわよ別に」


 勝者宣言がされて、桔音が少年Aを解放。そのままフランに歩み寄ってハイタッチをしようとしたのだが、フランは照れ臭いのか腕を組んでそっぽを向いた。そっけないなぁと溢しながら、桔音は苦笑しその手を下ろす。

 敗北したペアはどうにもやりきれないような顔をしているものの、結果は結果だ。これを受け止めるのも騎士としての心構えに必要なことなのだ。ぐっと堪えて次のペアの為にその場を後にしていった。


 桔音とフランはそれを見て、自分達も早々にこの場を空けようとアイコンタクト。桔音の投げた剣を拾い上げ、2人は去って行った相手ペアに倣ってその場を後にした。



 ◇ ◇ ◇



 桔音達の試合を見ていた面々は、終始驚愕に目を剥いていた。

 戦っているフランが一番分かっているだろうが、第三者視点で見ればもっと良く分かる。たった今行われた戦い、その中でのフランの動きは、何の障害物も無いかのように動いており、まるで華麗な舞いの様だった。本来であれば衝突した筈の相手の肉体が、まるで彼女を避けるかのように排除され、彼女を阻害するものは一切なかった。

 フランという存在が主役だといわんばかりに、彼女は最早自由自在に立ち回ることが出来ていた。やり辛そう、だなんて感想を抱いた者は1人もいない。寧ろ逆――フランは何不自由の無い戦いをする事が出来ていたと、誰もが思った。


 その原因が、彼女のペアである高等部生徒――きつね。


 その不気味さに反して弱者の気配しか感じさせない彼は、その実あの4人の中で最も実力があった――否、最も実力があったでは足りないだろう。あの中で圧倒的に高い実力を持っていたのだ。

 だからこそフランは相手が2人であっても勝利を収めることが出来たし、アレほどまでに自由自在な動きをする事が出来たといえる。


「……凄く、戦いやすかったな」


 視線を集めているフランの傍に、桔音はもういない。ペアとして戦った以上、既に一緒にいる必要がないということで、フランが桔音から離れたのだ。

 ぽつりと呟いたフランは、勝利したにも関わらず悔しそうな表情を浮かべている。拳を握り締めて、先程の戦いを脳内で再生していた。


 彼女にとって、騎士になることは父に対する尊敬や騎士という存在に対する憧れ、そしてソレに見合うだけの才能があったという運命があって、絶対とも言える目標だ。それを確実なモノに変える為には、この学園でトップを取る必要がある。

 彼女はこの学園に入った時からソレを成し遂げると決めていたし、中等部までではそれも順調だった。なのに、高等部に触れた瞬間こんな壁が現れた。


 ――きつね


 彼は先程、完全に自分をフォローして勝利へと導いて見せた。おそらく先の戦い、自分のやり方でやっていれば3、4回はやられていたタイミングがあっただろう。それを的確に潰したのは、ペアであったきつねの手腕だ。

 こんなにも戦いやすい、背中がこんなにも安心出来るなんて、初めてだった。中等部までは自分の力で全てやってこれたから、全て切り抜けられたから――ペアがいるという状態が、とても頼もしく、そして恐ろしく思えた。


 この先騎士として大成するには少なくとも、あのきつねを超えなければならない。フランには突然道が見えなくなった様な錯覚を得た。


「…………ううん、でも駄目ね――超えるのよ、そう決めたんだから」


 だがフランは首を振って思考を振り払う。桔音を超えなければ騎士になれないというのなら、超えようじゃないかと、フランは再度決意を新たにする。


 騎士団長である父が死に、それでもこうしていられるのは桔音がいたからだ。あまりにもいつも通りな振る舞いだったので、あまり考えなかったのだが、心が折れてしまっていた人間を立ち直らせることが出来るというのは―――紛れも無く騎士として、民に寄り添う事の出来る大切な能力ではないだろうか。

 そう思うと、先程の実力も踏まえて桔音は騎士としての能力を十分に兼ね備えた人間だと言えないだろうか。フランは、また桔音に対する認識を改めた。


 超えるべき壁でもあるが、今は同じ部屋同じ学園に通う生徒。格上だというのなら、見習うべき部分がたくさんあるということだ。ならば、今はまだ―――尊敬出来る先輩である。


「……きつね先輩、か…………まだ、愚か者でも良いわよね」


 先輩として桔音を認めたフラン。

 しかし、今日までの態度をいきなり従順なものに変えるのは少々照れ臭いのか、フランは頬を掻きながら溜め息を吐いたのだった。


注※桔音は騎士になりません。

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