神を殺す姫、に護られる死神
「ほらこっち……だ、大丈夫、怖くないよー……」
「……」
――どうしてこうなった。
桔音はメティスに手を引かれながら、この状況に困っていた。
自分以上の臆病者と思われた桔音は現在、自分が護らないといけない的な使命感に駆られたメティスに手を引かれて、学園の入り口まで送られている最中である。人気のない路地や日陰を通っている辺り、本当にほぼ全ての物が恐ろしいらしい。案外、メアリーが路地裏に着地したのにはそういう意図もあったのかもしれない。
メティスはジャラジャラと音を立てる手錠が付いた両手で桔音の手を包み込み、そのまま引っ張っていく。誰よりも病弱そうな容姿なのに、まるでお節介な姉の様に張りきるメティス。桔音はそんなメティスに何も言えないでいる。なんというか、この手を振り解いたらまた臆病が再発しそうで怖いからだ。
まぁ、学園に着けばお別れ出来ることや、もともと学園の寮に帰るつもりだったこともあり、桔音はそれを敢えて止めさせるつもりはなかった。ただ学園までの帰り道を、メティスと一緒に行くだけのことである。
「ねぇメティスちゃん」
「な、なに? メ……メティで良いよ? 怖くないよ」
「あぁ……そうだったね、メティちゃん。そっち学園じゃないよ」
「う、うん……でもあっち行くと人がいっぱいいるし……遠回りするけど、あ、あっちの方が人通り少ないよ……? だ、大丈夫? メティが一緒に居るけど……怖くない……?」
「大丈夫だよ。メティちゃんが一緒なら怖くないよ」
他の人はな、とは口に出さない。遠回りするほどメティスと一緒に居たくはない。結局、彼女の扱いは分かっても面倒臭いのは一緒なのである。桔音はメティスの隣に歩み寄ると、そのままメティスの手を引く。
すると、メティスの目にそんな桔音がどう見えたのかは分からないが、メティスは感動した様にハンカチで目元に浮かんだ涙を拭った。なんだか成長した弟を見る目だ。桔音はそんな彼女の反応に、口端を引くつかせる。
だが、そんな桔音の反応もなんのその、急にやる気になったメティスが再度桔音の手を引き始めた。
「偉いね……じゃああっちから行こっか……メティがちゃんと手を繋いでてあげる」
「…………うん、ありがとう」
なんというか、以前にも感じたことがある様な勘違いを受けて、桔音はメティスが段々苦手になってきた。なんというか、どんな行動を取っても恐怖を振り払おうと頑張ってる様にしか感じてくれないので、メティスは桔音に対して臆病者のレッテルを剥がしてくれない。敵意を抱いてくれないので、正直心底やり辛いのだ。
どうやら自分は、敵意の無い敵に対して弱いらしい、と桔音は自己評価する。これまで頭のおかしい相手と沢山戦ってきた桔音も、このタイプの気狂い系女子は是非とも敵に回しておきたいと思う。何故なら、敵に回ってくれないのだから。
――メアリーちゃんの方が頭おかしいけど、まだメアリーちゃんの方がマシだぜ……。
「……? ど、どうかした? 大丈夫? やっぱり……と、遠回りする?」
「大丈夫、さぁ早く行こう」
「う、うん……!」
歩き続け、一旦路地裏から出ると、メティスの言う通り少しだけ人通りが多かった。警邏中の騎士が数人と、一般の方が何人か。そして更に学園が近くなってきたことにより、生徒達の姿もちらほらと見られる様になる。
桔音とメティスはそんな人通りの中を歩き、学園の方へと近づいて行く。メティスの容姿もそうだが、2人の纏っている不気味な気配が周囲の目を集めている。先程はメティスと桔音が見つめ合っている時の衝突するような不気味さが、周囲を死屍累々とした状況へと導いたのだが、今回は違う。
臆病者の狂気と死神の様な不気味さが混同し、最早2人を視界に入れた者から倒れ始めた。2人が通った後は、この世の終わりを思わせる程のハリケーンでも通り過ぎたようだ。しかも、2人はお互いのことばかり気にしてそれに気が付いていない。単体であればまだ不気味な人だという印象だけで済むのだが―――メティスは人通りに対して恐怖を感じ、桔音はメティスに対し敵意寸前の警戒を向けている。
つまり、メティスは臆病という狂気を正しく振り撒いている。そして桔音は『不気味体質』という力をその身に取りこんだことで、現在そのスキルの制御が利かないこともあり、敵意でなくとも警戒心だけでその死神の如き気配を無意識に振り撒くようになっている。
知らぬは本人ばかりである。
「こ、こっちの路地から行こ?」
「あー……うん、分かった」
そしてそれが収まったのは、メティスが人通りに耐え切れず路地裏へ行こうと言い出し、それを桔音が受諾した後の話である。
◇ ◇ ◇
結局、桔音がメティスに送られて学園に着いたのは――最初に出て来た遠回りよりも長い遠回りを経て、空が段々暗くなってきた頃だった。メティスのドレスは路地裏ばかりを通った結果、少しばかり薄汚れており、囚われのお姫様感が更に増している。桔音はそれを見てなんだか高級そうなのを汚したなぁと少々苦笑していた。
対してメティスは桔音を無事に送り届けたことで、なんだか達成感に満ち溢れた顔をしている。だが疲れたのか、病弱な身体を酷使し過ぎたのか、それとも恐怖を耐えて桔音に気を使い続けたからか、青白い肌を更に青褪めさせていた。
「う、うぇ……」
「大丈夫? メティちゃん」
「大丈夫じゃない……死んじゃう…………き、きつねちゃん、背中さすって……」
「はいはい……」
校門の前、地面に膝を付いて口元を抑えたメティスは、いつのまにか呼び方を『きつねちゃん』に変え、更に自分の背中をさすらせることが出来るほど桔音に心を開いていた。仕方ないな、といった風にメティスの華奢な背中をさする桔音は、ソレに気が付いていながらも指摘はしなかった。
おそらく、自分よりも臆病な桔音は彼女の中で、恐怖する対象には入らなかったのだろう。ある意味桔音にとっては最悪の結果と言える。桔音は敵対しているつもりでも、彼女は敵対してくれないということだからだ。
本当にステラを初めとする異世界的謎軍団は、どこまでもやりにくい厄介者ばかりだと思う。桔音としては、もう相手にしたくないなぁとすら思えてしまう。
「うぇぇ…………た……助けて、メアリーちゃん……メティ死んじゃうよ……」
「病弱なのに無理するからでしょ……」
「病気も怖い……死ぬのも怖い……苦しいのも怖い……うぇぇ……」
「駄目じゃん」
仕切りに気持ち悪そうな声をあげるメティスは、青褪めたままメアリーに助けを求める。だが、この場にメアリーはいない。どうやらメアリーはメティスに苦手意識があるようだが、メティスはメアリーにそんな意識はないようだ。悪意がないからだろうか、それともメアリーが思ったことを全部口に出すタイプだからだろうか、ソレは分からない。おそらくは後者だと思われる。
メアリーの気持ちがなんとなく分かってしまった桔音は、少々苦虫を噛み潰した様な顔をした。アレと気持ちが通ったことを微妙に思った様だ。
すると、噂をすればなんとやら。
『きつねちゃん、上』
「見つけたわよメティ―――と、この変態!!!」
「あっぶな」
遥か上空から隕石の如く飛来してきたメアリーが、メティスと桔音の間に突撃してきた。上空から既に振り被っていた手刀を桔音に向かって振り下ろそうとしており、それはつまり『断罪の必斬』が発動しているということである。
しかしそれは、メアリーに気が付いたノエルの声で先に動き出すことが出来た桔音が、その手刀が振り下ろされ切る寸前、その拳で弾いた。軌道がずれた手刀が切り裂いたのは、桔音とメティスの間にあった地面。5m程の真っ直ぐな線が引かれたように地面が切られる。地割れとは違い、回転ノコギリで真っ直ぐに切り裂いたような斬り跡だ。
凄まじい斬れ味に、流石に桔音も冷や汗を流す。ここまで斬れるのか、と神葬武装の凄まじさを改めて目の当たりにした。
「あ……メアリーちゃん……」
「やっと見つけたわよメティ……貧弱な癖に面倒なことさせないでくれない?」
「ご、ごめんなさい……」
「全く……だからこんなのさっさと消し飛ばしちゃえばいいって言ったのに……メティなんて要らないのよ」
対処されたことに舌打ちしたメアリーだったが、取り敢えずはメティスだとばかりに踵を返した。四つん這いになって気分の悪さを堪えるメティスを、ボロカスに罵るメアリー。メティスはいつものことなのか慣れた様に謝るも、メアリーはまだまだ鬱憤が溜まっているのかぷりぷりと文句を言い続ける。
それを眺める桔音は、序列第4位と6位の『神姫』と『天使』がなんか妙に親しみやすいやりとりをしている、とフリーズしていた。圧倒的狂気は、集まり過ぎるとそういう日常に変わるらしい。
――慣れって怖いなぁ
なんて思いつつ、桔音は頭を掻きながら大きく溜め息を吐いた。どうやら桔音はステータスをぶち抜いて狂気にまで耐性が出来たらしい。メアリーとメティスが共に居ても、それほど不気味に感じないのだから相当だろう。
実際、この光景は見た目だけなら微笑ましいものなのだが――周囲の人々はメアリーを加えて更に増した狂気的不気味さにより、次々と倒れていた。先程までは視界に入れただけで倒れていたのだが、今は近くにいるだけで当てられるらしく、桔音達を中心に広い範囲で昏倒する人々が量産されていた。
ちなみに本日だけで倒れた人の数は数十人にも及ぶ。翌日、このことが原因で騎士達が更にピリピリし始めるのだが、ソレは別の話だ。
「……はぁ、まぁ良いけど…………どうやらメティが迷惑を掛けたみたいね」
「いやいや、良い子だよね。メティちゃん」
「…………どうせやるなら消しちゃえばいいのに……メティの愚図」
「おい、聞こえてるぞまな板」
「死ね」
「生きる」
メティから視線を桔音に移したメアリーは、謝る様に見せかけて桔音を殺さなかったメティに文句を言った。それを耳聡く聞いた桔音がメアリーのぺったんこな胸を蔑むと、即答気味に言い返したメアリーが手刀を振るう。そしてそれをまた桔音が手のひらで弾いた。
桔音の中で、段々メアリーの扱いが酷くなっていくのを感じた。手刀が脅威なのは変わらないのだが、それでもこうしているとメアリーは桔音の中で凄く弄られキャラになっていく。というか、1回勝ったから怖く感じないのかもしれない。
「……なんかさ、メアリーちゃんよりメティちゃんの方が怖いよ」
「なっ……!?」
「! ……め、メアリーちゃん……ほら……か、帰ろう? きつねちゃん怖がらせちゃ、だ、ダメ……」
「えっ……!?」
桔音がメアリーよりもメティスのことを持ち上げたことにメアリーが絶句し、その言葉で桔音がまた自分に怯えていると思ったメティスが、桔音を庇おうとしたことにまたメアリーが絶句した。動揺したメアリーが、青褪めたままのメティスに腕を引っ張られ、力の差では絶対に勝っている筈なのによろけてしまう。
だがそんなメアリーを無視して、慌てて桔音の前に立ったメティスが身振り手振りし始める。
「あ、あのね……わ、私怖くない……えへへ……め、メアリーちゃんも、ほんとは良い子だから……こ、怖くない……と、思う……私は怖いけど……」
「笑顔引き攣ってるよ。あと君は怖いのかよ。良い子って信憑性無いんだけど」
「と、とにかく……私は、こ、怖くないからね……きつねちゃんに何もしないよ? 安心、して……?」
「うーん……うん、そうだね……」
「あ……そ、それじゃあ……また、ね」
桔音に言い訳なのか弁明なのかよく分からない事を言った後、桔音が微妙な返事を返したことでパァッと嬉しそうな笑顔を浮かべたメティスは、そのままメアリーを連れて去って行った。ちょいちょい桔音の方を振り返り、小さく手を振っていたのがなんとなく印象的だ。
空がもう暗くなっていた故にかなり不気味度が上がっていた去り方だったのだが、桔音はとりあえず大きく溜め息を吐いた後寮へと戻る。
翌朝―――メティスとメアリーが去って行った方向で大勢の人々が昏倒していたという話を聞き、なんとなく原因を察した桔音であった。
メティス×桔音=シリアスブレイカー




