探し物は
翌日、桔音はとりあえずフランを連れて騎士団詰所へと出掛けることにした。ちょっと落ち込み気味だったフランを元気付けるという理由もあって、ついでにレイラも同行している。憧れのレイラ先輩が隣にいるということもあって、フランも表面上は元気を取り戻した様だ。いつものように凛とした態度を取っている―――まぁ、恐縮なのかさりげなく桔音に隠れているのだが。
街を歩く3人は、フラン、桔音、レイラの順に横並びになっている。桔音の後ろには宙に浮くノエルがいるし、頭の上にはフィニアがのっていた。ちなみに、フィニアの紹介は既に済んでいる。妖精が珍しいのかフランも目を丸くしていたものの、フィニアの人懐っこい性格故かすぐに打ち解けたようだ。ちなみに、リアは正直出すと面倒なので指輪内で待機だ。今の不安定なフランに、不安定どころか崩壊しているリアを会わせるのは気が引けたのである。
「それにしても、学園内だけじゃなく国中がざわついてるねぇ。来た時より空気も重いし」
呟く桔音だが、原因に関しては触れない。フランが少しだけ表情を暗くしたのが分かったからだ。あのフラン大泣き事件を経て、桔音はなんとなく彼女の感情の機微が分かる様になった。今でこそ凛とした雰囲気を纏って何も寄せ付けない空気を放っているものの、表情に若干の変化があるのだ。例えて言うのなら、背景に感情のオノマトペが出る様な感じだ。色が変わると言っても良い。
しかし、騎士団長の死に向き合ってなんとか気丈に振る舞えるというのは、桔音としても中々凄い事だと思っている。
さて、そんなこんなで辿り着いた騎士団の詰所は、見た目いつも通りに回っているらしい。らしい、というのも桔音が普段の騎士団詰所の様子を知らないので、フランづてに聞いただけだからだ。騎士達が剣を腰に携えて修練している様子や、警邏に出ていく様子が見え、騎士団詰所の入り口だけでも騎士達の仕事ぶりが良く理解出来た。
騎士団長が死んだとしても、これ程立ち直りが早いとは驚きである。桔音も鬼気迫る騎士達の集中力を見て、騎士という存在に対する評価を上方修正した。
「うーん……出来れば騎士団長の一件について話が聞ければ良いんだけどなぁ……」
「この様子じゃ部外者は入れてくれなそうだね♪」
桔音は入り口を遠目で見つつ、レイラとそう判断する。表面上いつも通りに回っているとしても、内心ではそうではない。騎士団長が殺されたとするのならば、その犯人に対してかなりの警戒をしている筈。ならば早々部外者を騎士団の本丸と言える詰所内に入れるわけがないだろう。
桔音もそれが分かっているからこそ、詰所内に侵入する事は無理そうだと思った。ただ、それは桔音達のみだった場合だ。此処には、部外者ではない騎士団長の娘がいる。これなら希望はあるのではないだろうか。
というわけで、桔音達はフランを先頭に詰所へ突撃することにした。
「あのー」
「ん? なん―――貴女は……フラン嬢!? これはこれは、ご立派になられた……!」
「お久しぶりです……」
詰め所前に居た騎士にフランが話し掛けると、彼はフランを見て驚いた様に膝を着いた。どうやら彼女の顔は詰所の騎士達に知れ渡っているようだ。だが、彼女も騎士詰所に入り浸っていた訳ではないらしい。久しぶりという言葉から、少なくともしばらくの間はこの詰所に来てはいないようだ。
軽い挨拶を終えて、騎士は騎士団長の死の件で此処に来たのだろうということは彼も分かっているのだろうが――敢えてそれに触れなかったのは、彼の気遣いなのだろう。
「ハッ……して、どうなされたのでしょうか……?」
お茶を濁す様な問い掛けだった。だが、フランはその気遣いに苦笑を洩らしながらも誤魔化さずに答えた。
「父の件で、お話を聞きたくて」
「……そう、ですか。分かりました、あまりお話出来る事は多くないのですが――中へどうぞ」
「ありがとう……彼らも入れて良いでしょうか?」
フランの答えに、その言葉を聞きたくは無かったと思ったのだろう。騎士の男は苦い顔をして道を開けた。娘である彼女には知る権利があると判断したのだろう。だが、彼女が後ろにいた桔音達を手で指すと、騎士は桔音を見て怪しい者を見る目をした。ああ、これは無理だろうなぁと思う桔音の予想通り、
「部外者は入れられません」
騎士は桔音の詰所入りを拒否した。
仕方がない、と桔音は嘆息し、とりあえずフランだけでも入れて貰って話を聞いて来て貰おうと判断する。シッシッと手を振って、フランに君だけ行けと言外に伝えた。レイラも入れないのだから必然的にフランだけ入ることになるのだが、話が聞けるだけマシだろう。
そしてソレが伝わったのだろう。フランはこくりと頷いて騎士と共に詰所内に入っていった。その背中を見送りながら、桔音はとりあえず話が終わるまで暇を潰すかと踵を返す。
「さて、フランちゃんが騎士達から色々聞き出している訳だし……その間にちょっと時間を潰そうか」
「うん♪」
「でもどこへいくの? きつねさん」
「んー……まぁ暇潰し程度に食べ歩きとか? どうやら色々店はあるみたいだし、入学金関係で大金を失っちゃったけどお金はまだ残っているから、ぼちぼち歩こうか」
とりあえず、桔音は食べ歩きをすることにした。良い感じに小腹も空いていたので、彼としてもこの国のちょっとした料理を食べてみたい気分でもあったのだ。まぁ、お昼前なのでがっつりお腹を満たそうとは思っていない。フランが出てきたら、後々一緒にお昼を食べる約束をしているのだ。その際、聞いた話を纏めるつもりだったのだが――今回はどうやらその話を聞くことになりそうだ。
しかしまぁ、話を聞くのがどれ程時間が掛かるか分からない。もしかしたら中で何か食べてくる可能性もあるので、桔音としては一緒に中に入れなかった時点で予定は総崩れだ。思わず肩を落としてしまうが、まぁ話が聞けるのだから良いとしよう、と前向きに考えることにする。
「じゃ、行こうか」
「れっつごー!」
桔音の言葉にフィニアが手を上げて、3人歩き出した。
◇ ◇ ◇
その頃、クレデール王国の上空――そこに飛行している存在がいた。
白金色の髪に、天使の輪、白い翼をはためかせた少女だ。『天使』メアリー、序列第6位にして桔音の防御力に対する天敵でもある武装を持つ存在である。
彼女はとても面倒臭そうな表情を浮かべながら、クレデール王国を見下ろしていた。彼女が此処に来たのは、桔音を殺す為ではない。そもそも、彼女に桔音がこの国にいるという情報はないのだ。
大きく溜め息を吐きながら、メアリーはキョロキョロと上空からクレデール王国内を見渡した。それは何か探し物をしているようで、メアリーとしてもあまり乗り気とは言えない作業らしい。表情からそれは十分に見受けられる。
「はぁ……ちょっと抜け出しただけで面倒臭いなぁ……何がお仕置きよ、ただ面倒事を押し付けただけじゃない」
翼をはためかせ、彼女はぐるりと旋回しながら不機嫌そうに唇を尖らせた。
「それに、メティが抜け出したのだってあっちがちゃんと面倒見てないからじゃない。ちゃんと檻に入れておけばいいのに……」
メティ――それは今回騎士団長を襲った少女、序列第4位『神姫』メティスのことである。メアリーとしては、あまり彼女のことが好きではないらしい。その顔にはメティスに関わりたくないという感情がありありと感じられた。
そう、彼女が探しているのはメティスだ。どうやら彼女らもメティスという存在には中々手を焼いているようだ。世界で一番の怖がりだと自他ともに認める臆病者で、『神姫』という称号を持っているにも拘らず凛々しさや強さというイメージは全く持たない少女。だからこそ、メアリーは彼女が苦手なのである。
何故なら彼女は、世界で一番の臆病者だからこそ最大限にその真価を発揮出来る神葬武装を持っているからだ。
「何処行ったんだか……怖がりなら一生引き籠ってればいいのに」
メアリーはぶつぶつとそんなこと呟きながら急降下、翼をはためかせながら地面へとその足を付けて、天使の輪と翼を消した。あまり目立つのは控えるように言われており、翼と天使の輪はそうでなくとも目立つからだ。変な輩に目を付けられるのもそれを排除するのも面倒なメアリーは、大人しく人間を装うことにしたのだ。幸か不幸か、メアリーはギルドを介してSランク冒険者の称号を手に入れている。それを利用すれば、人間としても偽装が効くだろう。
そんな感じで、序列第6位『天使』メアリーが、クレデール王国へと降り立った。
「あ」
「え?」
だが、彼女にとって不幸だったのは、降り立った所に彼がいたことだろう。まさかこんな所で自分の正体を知る者に出会うなど、予想もしていなかったのだから仕方ないと言えば仕方ないだろうが――まさか人気の無い路地裏に着地して真っ先に出会う人物がいて、それが彼だとは思わないだろう。
「メアリーちゃんじゃん、久しぶりー……その後調子はどうかな?」
「ッ……!?」
そこには桔音がいた。あの日、海で自分を打倒し――そしてトラウマになるほどの恐怖を叩き込んでくれた死神の如き男が、そこにいたのだ。
ゾゾゾッ、と背筋に走る悪寒を感じ、嫌な汗がぶわっと噴き出したのが分かった。反射的に大きく後退し、消した天使の輪と翼を展開した。すぐさま臨戦態勢に入り、目の前の桔音に対して警戒を最大まで引き上げた。
状況を確認する。桔音の手にあの日持っていた黒い棒はない。代わりに両手いっぱいの食べ物を持っていて、片手に持った串焼きを頬張っている。とても美味しそうな匂いが漂ってくるものの、メアリーにそれを気にしている余裕はない。
「そんなに警戒しなくても何もしないよ……全く、レイラちゃんとフィニアちゃんとははぐれるし、迷った先にメアリーちゃんが下りてくるし、今日は災難だなぁ……」
「……なんで此処にいるの?」
「んー、あの日は元々あの国を発つつもりだったからねー……ソレで色々あってこの国に今滞在してるんだよ。ああでも、メアリーちゃんに会えたのは災難というよりは幸運だったかな?」
桔音はメアリーに向かって歩き出す。すると、メアリーはあからさまに警戒を露わにした。
落ち付けと自分に言い聞かせて、なんとか平静を取り戻す。あの日は初代勇者との連携でやられただけで、今は桔音1人だけなのだ。ならば自分が負ける謂われはない。今なら彼も武器を取り出してはいないし、制空権を得る翼と自分の神葬武装があれば、寧ろ勝算の方が多いのだ。別に恐れる必要はない。
だが、そう言い聞かせても、メアリーには何か拭い去れない違和感のようなものがあった。久々に出会った桔音は何か、今までとは違う感じがしたのだ。瞳はどちらも黒く染まっており、かつ纏っている空気も何処か変質している。
メアリーは桔音を死神と評していたけれど、今は死神というイメージがあまり感じられない。寧ろ、人間らしくない人間、という風に思える。しかしなんとなく、死神よりも恐ろしい様に思えるのは、気のせいではない筈だ。
「ねぇメアリーちゃん」
「なっ……!?」
気が付けば、桔音は目の前にいた。そして自分の両肩をがっしり掴んでいる。桔音の動きにはしっかり目を向けていたというのに、気が付けば目の前まで踏み込まれ、挙句両肩を掴まれるまで気が付かなかったのだ。速いという問題ではない――まるで、時間が飛んだ様な感覚だった。
咄嗟に翼を広げて桔音に振り下ろす。威力は十分、超近距離故に速度には欠けるものの、それはかつての桔音でもダメージはないが吹き飛ばされるだけの攻撃力を持っていた。まずは距離を取りたいというメアリーの意思がそういう攻撃を放ったのだろう。
しかし、
「ちょっと僕に協力してくれるかな?」
桔音はその翼が放たれる瞬間にその手を伸ばしており、翼が自分に当たる前にソレを自分の手で弾いていた。彼は以前対応出来なかった両の翼を、その両手で弾き切り、完璧に対応しきってみせたのだ。
メアリーは驚愕に目を見開き、近づく桔音を恐れて自分の足で後ろに下がったが――桔音は逃がさないとばかりに彼女を壁に追いやって、逃げない様にメアリーの顔の横の壁に両手を付いた。そして更に身長差を利用して逃げられないように、メアリーの足の間に自分の片足を差し込む。完全に逃げられない状態に陥ったメアリーは、桔音の顔を見上げてじんわりと滲む嫌な汗を感じた。
「な、なによ……」
「迷子を探しているんだ、君飛べるでしょ? 探すの手伝ってよ」
拒否は認めない、そんな意思が伝わってくる程――桔音の顔には不気味な薄ら笑いが浮かんでいた。
そして、メアリーが頷くのを確認しながら、桔音は確信する。メアリーがこの場所にいるということは、あの騎士団長事件にメアリー達の仲間が関与している可能性がある、と。




