レイラ・ヴァーミリオン
桔音君の思想が変態寄りに。
「いやー、グランディール王国を出発して一週間前位にこの森に辿り着いたんだけど、迷って迷って! きつね君に会えて本当に良かったね!」
あれからこの元気な彼女、レイラ・ヴァーミリオンを連れてミニエラまで戻ってきた。
聞けば彼女は、ずっとあの森で迷子になっていたらしい。元々はパーティを組んでいた男の仲間が居たらしいのだが、はぐれた上に探しても見つからない、方向音痴な彼女は更に迷走し、一週間という長い時間を森の中で過ごし、今日ようやく僕達に会えたらしい。
冒険者のカードを見せてもらった所、確かに、
『レイラ・ヴァーミリオン 冒険者ランク:C』
と書いてあった。Cランクの冒険者だなんて凄まじい実力者、魔獣だけでは無く『知能を持った敵』である魔族と戦う第一線の冒険者だ。実際に会ってみるとその凄味が分かる、あっけらかんとした態度とフレンドリーな言動や行動とは別で、なんというか隙が無い。多分本気になれば一瞬で僕の首を刎ねることが出来るだろう。
「じゃあ私はこの国のギルドへ向かわないと! じゃあね!」
「ちょっと待って、そっちは国外だよ何処へ行く気だ」
「およ? アハハッ、ごめんごめん……ついでだからギルドまで連れてってくれない?」
ギルドへ行くと言いながら国外へ全力疾走しようとしたレイラちゃんを止めると、彼女は照れ臭そうに両手を合わせ、上目遣いとウインクをしながら僕に頼みこんできた。
全く、確かにレイラちゃんは可愛い。元の世界ならアイドルだって容易になれる程の可憐さを持っている。だからと言ってね、初めて会った怪しい人に付き合う程僕は酔狂な人間じゃないんだ。迷いたければ勝手に迷ってまた森にでも引き返してしまえ!
「お願い☆」
「仕方ないなぁ、こっちだよ」
僕の腕に抱き着くんじゃない。柔らかい胸が当たって気持ちいいじゃないか! 全く、今回だけだよ僕がこんな見知らぬ他人に親切にするのは。だからもっとひっ付け―――おっと違うよ、僕はそんな事は思ってない。おいおい、そんな眼で見るなよリーシェちゃん。
「きつね……お前って奴は……」
「違うよ? 困っている人には優しくするのが僕の人間性だし?」
「そうだな、胸を当ててくれる女の子には特にな」
「おっぱいって夢が詰まってるよね、大小問わず」
「開き直ったぞコイツ!?」
リーシェちゃんがブツブツ言うからもう開き直ってやる。おっぱいの嫌いな男なんていないんだよ、僕だって立派な男の子なんだぞ! 元の世界じゃこんな体験一回もしたことないんだからいいじゃないか!
「ぐぬぬ……きつねさんから離れてこの泥棒にゃんこ!」
「泥棒猫だよね?」
「きつね様……」
「え、何何?」
そうしていると何故か不機嫌になったフィニアちゃんがびしびしとレイラちゃんの手を叩き始め、ルルちゃんが反対側の手を握ってきた。何? 僕もついにあの伝説のモテ期来ちゃったのかな。でも一回死んで異世界に転生しないとモテ期来ないって相当だね、可哀想だなぁ僕。
とはいえ、内一人が人形サイズの妖精で、一人が小さな子供っていうのはちょっと酷いんじゃない? いや悪いって訳じゃないけどさ、もっとこう……年相応の、付きあっても犯罪にならない年齢の子をだね。
「あはっ、モテモテだねきつね君は!」
「原因は君だけどね」
「良いじゃない、そのおかげでおっぱいの感触を味わえたでしょ?」
「それは否定しない」
「きつね君は正直だねー」
むくれているフィニアちゃんやルルちゃんは放っておいて、リーシェちゃんの『不純異性交遊は許しません!』といった委員長的な視線が怖いからそろそろこの感触ともおさらばするとしようかな。
僕はレイラちゃんの腕からそっと抜け出し、フィニアちゃんを肩に乗せる。いつまでも人の手を叩いてるんじゃないよ、全く。しおりちゃんって意外と嫉妬深い性格だったのかな? 彼女から生まれたフィニアちゃんがこうだし。
でもルルちゃんがこんな反応をするとは思わなかった。やっぱり自分の家族を取られるのは嫌なのかもしれない。彼女の立ち場を考えて、そういう行動はなるべく控えようかな。
「ありゃ、残念」
「まぁさっきの様子を見れば眼を離せばすぐにあらぬ方向へと進む事は理解出来る。でも見ての通りフィニアちゃん達が不機嫌になるから手を繋ぐことで我慢してね」
「………!」
僕がそう言って手を彼女に差し伸べると、彼女はきょとんとした表情で僕の手を見つめた。そして数秒僕の手をじっと見た後、少し顔を紅潮させて手を握ってきた。
なんだろう、さっきまで僕の腕に自分の胸を押しつけていた子なのに、僕手を繋ぐことに羞恥心を抱くのかな? んー良く分からない子だ。
そんな感じで、僕はレイラちゃんの手を引いていつもお世話になっているギルドへと戻ってきた。暴喰蜘蛛の討伐依頼達成の手続きが必要だし、丁度良かったね。
扉を開けて、ギルド内へと入る。すると、僕達の方へと視線が集まり、次の瞬間、
―――ギルド内の雰囲気が騒然となった。
唖然としている者もいれば、絶句している者もいる、此方を見る目は全員が全員驚愕の感情を浮かべている。
そしてその視線が見ているのは僕じゃなくて、僕の隣……レイラちゃんに向かっていた。
「あの黒髪に腰の双剣……まさかCランク冒険者のレイラ・ヴァーミリオン!?」
「嘘だろ……なんでそんな奴がここに……?」
「まさか……『赤い夜』の出現を聞いて……」
「ていうかなんできつねと……」
レイラ・ヴァーミリオン、Cランクの冒険者でありかつ美少女である彼女は、やはり有名人らしい。第一線級の冒険者というのは誰もが超の付く一流、しかも、聞けばあの戦闘狂にとっての桃源郷、グランディール王国からやってきたというではないか、その名は各国に広がっているのだろう。
とはいえ、確かに不思議だ。この国はEランク以上の冒険者がおらず、もっといえばEランク並の魔獣しか出ない極々平穏な国だ。
もしかしたら本当に『赤い夜』を狩りに……? でもCランクの冒険者である彼女がたった一人で格上のAランク魔族を狩れるとは思わない。なら何が目的で……? そういえば彼女は僕の名前を知っていたけど……何処で聞いたんだろう。
「きつね君、足が止まってるぞ? 受付に行かないのかな?」
「あ、うん」
当の本人にそう言われ、我に返った僕は言われた通りミアちゃんの元へと向かう。流石のミアちゃんでも、レイラちゃんの登場には驚いているようで、眼を丸くして此方を見ている。
「ミアちゃん、依頼達成手続きお願い」
「えっ、あ、はい!」
「討伐証拠部位はこれだ」
話しかけたら慌てて依頼書を取り出したミアちゃん。リーシェちゃんが蜘蛛の牙をカウンターに置き、ミアちゃんの事務処理の完了を待つ。
ミアちゃんは慌てながらも慣れた手付きで達成処理を終わらせて、報酬金を手渡してきた。
「確かにアラクネの牙ですね……では報酬の銀貨25枚となります」
「ありがとう」
「それで……そちらの方は、レイラ・ヴァーミリオン様でしょうか?」
「そだよー、初めまして受付さん。レイラ・ヴァーミリオン、この国に面白い冒険者が居るって聞いて来たんだ」
「え? 面白い、冒険者……?」
誰だろ、面白い冒険者って。漫才してくれる冒険者なんていたっけ? 僕の知っている限りじゃいないなぁ、あ、もしかしてちょっと前にミアちゃんに言い寄ってた自分を弁えてないおじさんかな? でもあの人はEランクだからレイラちゃんより下だよね。
じゃあ誰だろ? フィニアちゃん?
「うん、冒険者になってからずっとHランクで居続ける冒険者、『赤い夜』と遭遇して生き延びた冒険者、Aランク級の騎士団長に喧嘩を売った冒険者、依頼達成率100%の冒険者、色々聞いてるよー?」
誰だそいつ。ははっ、そんな奴居るわけないよ。僕はHランクで『赤い夜』と遭遇して生き延びたけど、あのオジサマに喧嘩売った覚えはないし、依頼達成率だって100%だけどフィニアちゃんの手柄みたいなものだしね。
「おい誰だよ、Cランクの冒険者に眼を付けられる様な馬鹿なことしたの。あははっ、傑作だね」
『…………』
おいなんだよ、そんな呆れた様な眼で見るなよ。確かにちょっと失礼だったかもしれないけどさ、君たちだって僕のことHランクだからっていつも馬鹿にしてるじゃないか。結構傷付くんだぞアレ、そういうの棚上げっていうんだぞ、そんな眼をするなら謝れ、君達の普段の行いで傷付いた僕に謝れ!
『…………はぁ』
おいおい溜め息吐くなよ、溜め息吐くと幸せが逃げるんだって聞いたことがある。しおりちゃんが言ってたから間違いないよ、あの子無駄な知識だけは結構持ってたから。
それにしても出てこないな、此処にはいないのかなレイラちゃんに眼を付けられた冒険者は。それにしても僕以外にも居たんだねぇHランク冒険者、他の冒険者にはあまり興味なかったから仕方ないか。
「残念、居ないみたいだね、それじゃあねレイラちゃん。僕達は帰るよ」
「あはは、何言ってるのきつね君! 君のことだよ」
「あはは、君こそ何言ってるんだいレイラちゃん。頭の方まで迷走したの?」
「そんな口利いてるとぶっとばすよー? 私のこわーい鉄拳が飛ぶよー?」
「ロケットパンチ……!? 何それ見てみたい」
「受付さん、この子にどうやってギルドの説明をしたの? 場合によっては私受付さんを尊敬するよ?」
「すいません……きつね様はいつもこうなんです」
なんだか知らない内にミアちゃんとレイラちゃんの仲が良くなっている気がする。美人と美少女は一緒にすると絵になるね。
「きつね、レイラさんが言っている冒険者とは多分お前のことだと思うぞ」
「え……嘘でしょ? だって僕あのオジサマに喧嘩なんて売ってないよ?」
すると、リーシェちゃんが耳元でひそひそとレイラちゃんの言っていることを教えてくれた。耳に息が当たってくすぐったいな。
「多分……私との一件のことを指しているんだと思う……あの時のお前と父様はどう見ても対立しているようにしか見えなかったからな……」
「えー……どうすればいいかな、正直面倒なんだけど」
「素直に自分だと認めて用件を聞いたらどうだ?」
用件って……どう考えても面倒な用件じゃないか。Cランク冒険者が第一線を離れてHランクの僕の所に来るんだよ? しかも取って付けた様な要因を挙げて来たし、絶対私と戦えフラグだよ。いいのかい? 負けるぞ僕、2秒で負けるぞ? それでもいいのかい?
「きつねさんっ、ここは誤魔化すのが一番だよっ……話題を他に逸らすの!」
「なるほど、ナイスだフィニアちゃん……あー、レイラちゃん!」
「ん、なーに? きつね君! ようやく理解出来た?」
フィニアちゃんの助言通り、此処は話を逸らさせて貰う! 古今東西、恋愛話に興味を持たない女の子はいないだろう! だからここは―――
「僕と付き合ってください!」
こうだ! 周囲の皆が入って来た時以上の驚愕の表情を浮かべているけど知ったことじゃないね、僕は面倒事から眼を逸らす為に全力を注ぐよ!
さぁどうだレイラちゃん、僕の告白を前に最初の用件話を続けられるかな?
「話が早いね! それじゃあ私と勝負しよう! ギルド裏の訓練場で待ってるよ!」
レイラちゃんはそう言って上機嫌にリーシェちゃん親子が勝負した訓練場へと駆けて行った。
「……」
そう来たかぁ……。
Cランク冒険者が喧嘩を売りに来ました。