異世界の情報
「『神姫』はともかく、他の3人には会ったことがある」
アシュリーの情報に、桔音は自分の情報を提示する。
かつて桔音が出会った、ステラ、メアリー、マリアの3名は、桔音としても異世界人の絡んでいる存在ではないかと疑ってはいた。その証拠として、まず第一に挙げられるのが彼女達の持つ特殊な武器だ。
――神葬武装
いずれも通常の武器を大きく逸脱した武装であり、その全てがまともな形状、性質を持っていない。雷の槍、概念の斬撃、そして縁切りの魔眼、今まで見た中3つの神葬武装全てが、例え一国と事を荒立てようと圧倒出来るだけの性能を持っていた。
過去桔音が出会ったことのあるSランク冒険者は、最強ちゃんとゼス・ヒュメリの2人。Sランクの冒険者が何人いるかは分からないが、どちらも最低限ステラとまともに切り合えるだけの実力を持っていた。その2人の持つ武器であっても、拳と少々上等な剣。
まぁ確かに、Sランク冒険者上位の中には、魔剣と呼ばれる剣を扱う者もおそらくはいる。桔音とて、出会ったことのあるメンバーは2人だけだ。比較対象としては少々情報に欠けるだろう。だが、それでも桔音の持つ武器『死神の手』は世界でも指折りの武器職人が創り上げた武器。それであっても、その性能は神葬武装の足下にも及ばない。
ならば、そんな化け物染みた武装を創ることが出来る存在は、最早この世界の技術を逸脱した超技術を持った存在だということだ。そうなると、桔音としても異世界人の存在を疑うしかない。少なくとも、4代目勇者の様な物を創造する力に秀でた異世界人が関わっている可能性があるのだ。だから、ステラ達はその異世界人が配下に置いている"この世界の"存在だと思っていた。
しかし、アシュリーの予想はそうではない。さしもの桔音も考えていなかった、彼女達自身も異世界人でる可能性。だがそもそも『この世界に何か揺らぎが生まれている』という事実に気が付けるのなら、その可能性は推して然るべきだった。
「成程ね……神葬武装、か。ふふっ……面白い物が転がってるもんね、この世界にも」
そしてそれを聞いたアシュリーは、面白い研究材料を見つけたとばかりに口に手を当ててクスクス笑い出した。彼女の中では、神葬武装という存在が宝物の様に見えているらしい。
桔音から3つの神葬武装の詳細を聞き、その細やかな部分まで頭の中で組み立てたのだろう。彼女は自分の中で生まれた神葬武装に対する見解を述べた。
「おそらくだけど……その『神葬ノ雷』と『縁切りの力』については想像が付くわ。後者は多分スキルでしょうね。もっと細かく言えば『魔眼』の一種だと思うわ。発動が分からなかったっていうことと、彼女が対象者をそれぞれ"見た"っていうことを合わせれば、十中八九間違いない」
「魔眼……か。身近に魔眼の力を持っている子は居たけど、なるほど確かにそういう魔眼がある可能性は高いか……」
「魔眼系の効力を解除する為には、大体術者に解除させるか、術者の効力を跳ね退けるだけの抵抗能力を持つか―――術者の目を潰すか、その3つが挙げられるわね。まぁ、この縁切りの魔眼に関しては何に抵抗していいのか分からない能力だから、堅実に魔眼そのものを潰すことをおすすめするわ」
桔音は此処で初めて、『聖母』マリアの神葬武装『慈愛の鎖』の能力が『魔眼』であるという情報を得る。この世紀の大魔法使いの予想だ。おそらく大きく外れていることは無いだろう。しかも魔眼に対する対処法まで手に入れることが出来た。
だが、そうなるとますます『神葬武装』という存在が分からなくなる。
ステラの持つ雷の槍ならば、まだ分かる。しかしマリアの武器は『スキル』の領域――上に異世界人がいるのだとしても、スキルを与えることなど出来る筈がない。ならばそれはマリア自身のスキルということになるだろうが、それならただのスキルであって『神葬武装』というには特殊性がない。
『神葬武装』とは、一体何なのか―――
「続けるわよ? 次は『神葬ノ雷』について……これは恐らく魔力による自然現象の再現ね。顕現、召喚といっても良いわ」
「どういうこと?」
「これは推測だけど――……その『使徒』の身体は人間とは少し構造が違うんだと思う。体質って言えばいいのかしら……簡単に言えば、彼女の作り出す魔力は普通の人間と性質が大きく異なるのよ。その結果、彼女は一種の固有魔法を使える。それが『神葬ノ雷』の正体」
固有魔法、それがステラの持つ神葬武装の正体。大魔法使いアシュリーはそう言った後、続けてこう述べた。
固有魔法とは、固有スキルとは違ってその定義を『それのみに特化した魔法』だと置いている。つまり、ステラにはあの神葬武装以外の武器は存在しないということだ。魔力の扱いにどれだけ長けていようと、その特殊な魔力から発動出来るのは『神葬ノ雷』という固有魔法のみ。常人が使える普通の魔法は、いくら努力しようと使えない。
アシュリーが言うには、この世界には生まれつきそういう体質の人間も存在するらしい。その魔法のみしか使えないが、その魔法を常人が使うことも出来ない、ある意味使いこなせれば最大の武器にもなる強力な魔法だ。ステラの防御貫徹の性質も、おそらくは彼女の魔力の特性だろうとアシュリーは言う。
更にアシュリーは続けた。
ステラの魔力で出来ることは『自然現象の誘発と制御』。"雷"という人類によって完全に支配下に置けない自然災害であるそれを、ステラはその魔力の性質から魔法として展開する事が出来、その応用として天然の雷すら支配下に置いているのだという。そして雷という強大なエネルギーとステラの特別な魔力が混合し、屍音の魔力剣と同じ様に武器の形へと生成された結果、防御貫徹の超極大火力武装が完成したのだそうだ。
「……つまり、ステラちゃんのは魔法で、マリアちゃんのはスキルってことだね?」
「そう。固有魔法は勿論だけど、魔眼に関しても過去例を見ない能力だから、どっちも異質な力といっても良いわね」
此処にきて、推測とはいえ一気に2人の神葬武装の中身が割れた。固有魔法と、魔眼スキル、詳細が割れてみれば謎の武器ではなく特殊な力の塊であったのだ。
だが、そうなると続く『天使』メアリーの力が何なのかが気になってくる。
「じゃあ、メアリーちゃんのは?」
故に桔音は首を傾げてアシュリーに聞いた。
「……正直、その斬撃そのものを押し付ける概念武装なんて推測も立たないのよねぇ……普通に考えれば固有スキルの可能性が一番高いでしょうけど……だとしても人間の身で概念そのものを操るなんて、負荷が無いとは思えないのよね」
「でも、翼があったし天使の輪もあったよ? 人間じゃないんじゃないの?」
「それこそ分からないわよ。翼があって天使の輪がある種族なんて聞いたこともないもの……神葬武装よりもその種族自体が謎の存在ってことになるわ」
結局、アシュリーにもメアリーに関しては謎のままであった。
固有スキルという枠組みの力だというのが一番説明が付きやすいのだが、桔音も知っている通り固有スキルは強力であればあるほど肉体への負荷が大きい。『初心渡り』の奥の手である時間回帰が、数秒以上行えば激痛に見舞われるように、メアリーの概念攻撃も固有スキルなら発動するだけで尋常ではない負荷が掛かる筈なのだ。
しかし、彼女はそれをあろうことが連続して使用。何の負荷も無いかのように多発していた。そしてアシュリーも知らない翼と天使の輪を持つ肉体―――種族すらも謎に包まれている。異世界人なら天使である筈がない。異世界に天使などという存在は存在しないのだから。彼女は人間でないと、異世界人だなんていえないのだ。
アシュリーにも分からないメアリーという存在は、桔音の中に大きな謎として立ち塞がっていた。
◇
結局、アシュリーの研究室から出た桔音は、ともかく手掛かりはこの世界の何処かに存在している異世界人だという情報を手に入れたことをまず喜んでいた。
だがその異世界人に出会って帰る方法知る為にはまず、その為の手掛かりとして出現した――いや、以前から出会っていた存在、『使徒』達と再度相対しなければならない。
彼女達の目的は神を殺すこと。その過程で、異世界人を殺そうとしている。そもそも何故彼女達は異世界人を殺そうとするのか、世界の揺らぎとはなんなのか……それが分からない。
『んー……よく分かんなかったねー、きつねちゃん』
「うん、まぁ収穫は大きかったと思うよ」
桔音はノエルの問いに苦笑しながら答える。そして、少しだけ宙に浮かんでいる半透明なノエルを見つめて思考した。
あの神―――桔音命名カスと呼んでいるあの女が言った、異世界から元の世界へと帰る為のヒントキーワードの1つ、『幽霊』。彼女が言ったそのキーワードの存在は、今も桔音のすぐ傍にいる。この『幽霊』という存在が、一体何に関与してくるのか……桔音にも全く想像が付かなかった。
言ってしまえば、彼女が死んだあの研究施設を作ったのが異世界人ではないか、という推測のみだ。それのみが彼女と異世界を繋ぐ唯一の推測。
だが推測はあくまで推測だ。不確定なものである以上、それを決定事項として思考を進めるのは得策ではない。桔音もそれを分かっているから、ノエルという存在を下手に思考へ組み込む事が出来ない。
まるでパズルのピースが揃わない様なジレンマが、桔音の中で渦巻いていた。
『? どうかしたの?』
「ん、なんでもないよ」
『ふひひっ♪ へんなのー』
ノエルが桔音の視線に気が付いて首を傾げたが、桔音は苦笑して誤魔化した。
「あ♡ きつねくーん♪ 話終わった?」
「ああ、ごめんねレイラちゃん。待たせちゃって」
すると、そこへ人気のなくなった図書館の奥から、レイラがひょこっと顔を出した。どうやら図書館の中を探検していたようで、本を読んでいた様子はなかった。
軽やかな足取りで桔音に近づいてくると、にへーっと笑顔を浮かべて桔音の腕に抱き付いた。白い髪がふわりと揺れる。
「いいよ♪ でも、休み時間終わっちゃったよ?」
「え」
異世界に関する情報、得た物は大きかった。しかし、生徒として失った時間も、それなりに大きかったようだ。
「……サボろっか」
「あはっ♪」
結局、きつねはレイラと2人図書館で授業が終わるのを待つことにした。その結果、後々周囲の生徒達から疑惑の目を向けられることになるのだが……それは別の話だ。
今日ようやくリメイク版一話プロローグを書きました。
絶望感が本作より向上してて笑えました。初っ端から桔音君追い詰め過ぎました。公開はまだしてませんが、した方がいいんでしょうか……?




