アラクネ退治
それからしばらく森の中を捜索していると、僕達はようやく目的の敵に遭遇した。そう、あの大蜘蛛だ。以前より一回り大きくなっただろうか、それとも別の個体か、まぁそれは分からないけど初対面の時とは違ってやっぱり怖くはない。あの時とは違って僕達は強くなったからね、僕以外だけど。それに頼もしい仲間もいるし、負ける気はしない。いざとなったら『不気味体質』で追い払うし。
それに、この大蜘蛛だってけして弱い訳じゃあない。きっと倒せば僕達に大きな経験値をくれる筈、僕達に負けは無い。
『カロロロロロ……!』
聞き覚えのある鳴き声を発しながら、蜘蛛は此方を見た。その身体はおおよそ5mほどの大きさを持ち、横幅にして8mはありそうだ。
「きつね、どうするんだ?」
「フィニアちゃん中心に攻撃、僕達は援護だね」
「まっかせなさーい!」
「ルルちゃん、とりあえず小剣を構えといてくれる? 出来る限り護るけど、今回は相手がデカイからね、万が一がある」
「はい」
さて、こっちの戦闘準備は完了だ。僕はとりあえず、フィニアちゃんに任せて蜘蛛を敵と見ないように集中しないと。そうしないと『不気味体質』が発動して蜘蛛が逃げちゃうからね。
『カロォ!!』
蜘蛛が鳴いて、そのお尻から極太の糸を吐き出してきた。
「来たぞ!」
「避けるよ!」
リーシェちゃんの言葉に、僕達は動きだす。迫りくる糸を躱し、フィニアちゃんが先行して蜘蛛へと向かっていく。追随するようにリーシェちゃんが向かっていき、ルルちゃんと僕は蜘蛛の背後へと回りこむ。
蜘蛛はその巨体に反してかなりの敏捷性を持っている。背後に回り込もうとすれば、その複眼が絶対に見逃さない。
でも、僕達の方を向けないだろう?
本能が分かっている筈だ、この中で最も危険なのは、正面から迫るフィニアちゃんだ。
「『火の矢』!」
フィニアちゃんが魔法を発動させる、火魔法の中でも比較的弱い魔法だけれど、フィニアちゃんの魔力量なら数百単位で連射が可能な、炎の矢!
「ルルちゃん、行ける?」
「―――頑張ります……!」
蜘蛛の目が十数本の炎の矢を捉え、それに対応しようと身体を後ろへ跳躍させた。だが、後ろには僕達がいる。ルルちゃんは小剣を水平に構え、迫りくる蜘蛛の巨体に対して横薙ぎに振るう。
その剣は蜘蛛の尻を浅く切り裂いた。
『カロロォ!!』
「っ……!」
「下がるよ、ルルちゃん」
切られたことで蜘蛛の意識が此方を向く、僕はルルちゃんを抱えて距離を取った。一撃離脱、これも立派な戦法だ。
だが、蜘蛛君、こっちを向いてたら危ないんじゃないかい?
『カッ……ロロォ!!』
「私を忘れて貰っては困る」
リーシェちゃんがその剣で蜘蛛の八本ある足の内の一本を切り飛ばした。あの騎士団長のオジサマとの一件以来、彼女は周囲に人がいても大分剣が振るえるようになってきた。元々鍛えていたステータスと組み合わされば、彼女の強さは飛躍的に向上する。
「いっくよー! 皆離れて!」
そこへ、いつのまにか蜘蛛の真上、かなりの高さまで飛翔したフィニアちゃんが声を掛けた。
魔力が光を歪め、なんだか嫌な気配を感じさせる。言われずとも、僕達は蜘蛛から大きく距離を取り始めていた。あれは駄目だ、良く知らないけどあれはきっと僕達も問答無用で巻き込むタイプの奴だ。
「 ――――『空から妖精の贈り物』!!」
フィニアちゃんがそう唱えると、彼女の周囲に爆発的に炎が広がり、一瞬空が炎の発する紅で染まった。
そして、それは螺旋状に収束され、フィニアちゃんを中心に大きな竜巻となった。更に、次の瞬間―――フィニアちゃんが炎の竜巻を『背負って』落ちてきた。
「おっりゃあああああああああ!!!!」
『ギッ……ジャアアアア゛ア゛ァ!!?』
ゴリゴリという抉るような音と、同時に肉を焼く様な音が同時に響く。蜘蛛の悲鳴が加わり、数秒の後蜘蛛の背中に突撃したフィニアちゃんは、蜘蛛の腹部から飛び出してきた。蜘蛛の身体に一直線の大きな風穴を開けて、その命を竜巻の勢いに任せて消し飛ばしたみたいだった。
「ぷはぁっ! ぶいっ!」
炎の竜巻が消えて、中から出て来たフィニアちゃんは、にぱっと笑って僕達の方にピースサインを送ってきた。
いやいや、ぶいじゃないよ。下手したら全滅だよ。しかも森の中でそんな馬鹿げた炎の魔法使うなよ、木に燃え移って火事になったらどうするんだ。責任取らされるんだぞ、僕が! 燃やしたのフィニアちゃんなのに!
「……はぁ」
でもまぁ、勝ったから良いか。なんか蜘蛛が凄く可哀想な死体になっちゃってるけど、良いよね。
「凄まじいな……フィニアは」
「うん……僕達のエースだよ」
「凄いです」
「へっへーん! 最強美少女妖精フィニアちゃんは無敵だよ!」
胸を張るフィニアちゃんを見て、僕達は苦笑する。
でもそれ以上に、頑張った子は褒めないとね。
「ルルちゃん、良く頑張ったね」
「あ……はいっ」
今回、蜘蛛相手に浅くとも一撃入れたルルちゃん。まだまだ腰の引けた様子だったけど、リーシェちゃんの指導は中々実を作っているみたいだ。
それに、戦闘に少しでも関わればその人は経験値を貰える。ルルちゃんはレベル1だから、結構レベルが上がっている筈だ。
「ステータス」
◇ステータス◇
名前:ルル・ソレイユ
性別:女 Lv8(↑7UP)
筋力:350
体力:200
耐性:80
敏捷:280
魔力:140
称号:『奴隷』
スキル:『小剣術Lv1(NEW!)』
固有スキル:???
PTメンバー:◎薙刀桔音、フィニア(妖精)、トリシェ(人間)
◇
おお、あの蜘蛛だけでレベルが7つも上がっている。流石は大蜘蛛、Eランクの魔獣だ。多大な経験値を持っている。
ルルちゃんのステータスが一気に僕を置き去りにしてくれたぜ。悲しくなんてないよ、僕は別に耐性さえ上がれば別に良いし? まだレベルは僕の方が上だし? 悔しくなんてないし!
「良かったね、ルルちゃん。レベルが上がったよ」
「え、本当ですか? えへへ……嬉しいです」
だから、ルルちゃんの頭を撫でながらそんな心境を欠片も見せずに褒める。これ、大人の対応。嬉しそうに笑顔を浮かべるルルちゃんを見れば、仕方が無いと思えてくるから不思議だ。まぁ僕の耐性能力値がもっと上がったら率先して前に出てみせる! それまでは温存だね、僕は切り札的存在なんだよ。
「きつね、とりあえず蜘蛛の討伐証拠になる部位は切り取ったぞ」
「あ、ごめんありがとう」
そうしていると、リーシェちゃんが蜘蛛の牙を数本切り取って持ってきた。討伐依頼は、討伐対象の特定部位を剥ぎ取って来なければ討伐したことにならない。つまり報酬が貰えないのだ。だからこうして証拠を持って帰らなければならない訳だ。今回は大蜘蛛の牙。
「じゃ、帰ろうか。日の暮れない内に」
「ああ」
「うん!」
「はい」
僕の呼び掛けで、全員が返事を返し、帰る準備をする。初日で狩れたのは僥倖だったね、討伐証拠も持ったし、未だ僕の依頼達成率100%は揺るがないね!
蜘蛛の死体をフィニアちゃんに燃やしてもらって、歩きだす。まだ明るいし、この分ならあの怪物にも会わずに済みそうだ。ああ、良かった。
「なぁきつね、少し気になったんだけど」
「ん?」
「お前は能力値を見られるのか?」
ああ、そういえばリーシェちゃんには僕のスキルに関して何も言っていなかったっけ? まぁ仲間になってまだ日も経ってないし、仕方が無いか。この際だから言っておこうかな。
「うん、僕は人の能力値を見ることが出来るよ」
「ということは、父様のも見たのか?」
「うん」
「そうか…………見て尚あんな啖呵を切ったのか」
ぼそぼそと何か言っているけど、聞こえなかった。ただリーシェちゃんのそっぽを向いた横顔に少しだけ赤みが差している気がする。あれ? どっかでフラグ建ったかな? そんな気配はなかったけど……あ、そういうことか。
「大丈夫大丈夫、体重とか身長とかまでは見えてないから」
「い、いやそういうことじゃ……ああ……いやそうか、良かった」
「?」
体重とかが見られて恥ずかしかったんじゃないのかな? まぁなんにせよ溜め息を吐くリーシェちゃんの様子から気にしなくても良さそうだけど、悩み事があるなら言ってくれても良いのに。気が向いたら相談に乗るよ? 僕。
そんな事を思いながら、僕達は森の中を進む。今回は森に入ったけどそんなに遠くまでは来ていないからすぐに森を抜けるだろう。風で木々が揺れて、温かい太陽の光が木々の隙間から地面を照らす。
この森は聞いた限りだと、魔獣の多く住まう森であるらしく、人による手が一切加わっていないらしい。まぁ、危険の伴う魔獣なんかは冒険者によって狩猟されているが、基本的に温厚な魔獣は森から出ない限り狩猟されない。喰らい手なんかの例外はあるけれど。
だからこの森の中では多くの魔獣が共生している。縄張り争いで魔獣同士で殺し合いをしたりもするが、基本的に魔獣達の実力が拮抗しているからか森全体を仕切る特別強い魔獣がいない故に、お互いのテリトリー内で上手く共生しているようだ。喰らい手なんかの例外はあるけれど。
とはいえ、この森には今『赤い夜』という怪物がいる。多少森の共生バランスが崩れる可能性も無きにしも非ずだね。喰らい手なんかの例外はあるけれど。
「ねぇリーシェちゃん」
「何だ?」
「『赤い夜』って知ってる?」
「ああ……有名だからな。確かSランクに最も近いAランク魔族で、その性質は魔族というよりは魔王に近いとされている怪物だな」
魔王に近いって、何それもう二人目の魔王じゃん。
「最も怖いのはその立ち位置だな」
「立ち位置?」
「ああ、『赤い夜』はどうやら魔王の配下ではないらしい。単体にして魔王と同等と言われるほどに強いからな、それに人間を滅ぼす様な明快な目的も無いとされている。まぁ魔王と敵対しているわけでもなく、人間を喰らうことから魔王の仲間と言ってもおかしくはないが……人間でいえば遊撃担当といったところか」
ってことは、魔王の命令は聞かない人間の敵? それ抑止力ないじゃん、魔王と違って配下に魔族や魔獣がいないことが人間にとっての幸運だけど、魔王と同格ってことは勇者しか倒せないんじゃないのソレ。
「まぁ奴が動くのは夜だし、一度の被害も魔王程大きくない。出会った人間だけを喰らっているようだからな。それに、時には弱い魔獣も喰らっているという話もある。意図して人間の敵に回っているという訳でもないんだと思う」
「なるほどねぇ……」
でもそうなると僕が生き延びた理由が分からないんだよなぁ……もしかしてあれは『赤い夜』では無かったか……それとも僕が異世界人だったから究極的に味が不味かったか。左眼を食ってみたけど不味かったから残した、的な? 何それ、凄く傷付く。
多少落ち込みながら、僕達は更に歩き森の出口が見えて来た。町も視界に捉え、やっと森から出られる、と安堵の息を漏らした時だった。
「……っと?」
「およ?」
真横から人影が現れた。僕は少し驚いて足を止めたけれど、それが幸いしたようで現れた人影とはぶつからずに済んだ。
現れたのは、僕と同じ位の身長の女の子だった。癖のある、でも艶の良い黒髪で、白い肌の、八重歯が特徴的な可愛らしい美少女だ。でも服装はギルドでも見かける冒険者達と同じ、防具を身に付けている。腰にはルルちゃんと同じ位の小剣を2本携えていた。
「君は……?」
「あっ、もしかして貴方はきつねさんだね! 初めまして!」
「あ、うん初めまして……で、君は?」
「いやぁ、森に入ってうろうろしてたら迷っちゃってね! 助かったよー」
「あ、そうなんだ……で、君は?」
「ミニエラが何処か分かる? 良ければ一緒に行っても良い?」
「ミニエラならすぐそこだし、別に一緒に行くのは良いけど……君は?」
「そう! ありがとっ!」
話を聞かない子だ。僕の苦手なタイプだね、話が通用しない相手は総じて厄介で面倒な子だって相場が決まってるんだ。それに、人懐っこいみたいだね、笑顔が多くて、スキンシップ過多、今だってお礼を言いながら僕に抱き着いて来ているし、ささやかだけど確かにある膨らみが僕の腕に当たってるんだよ、もっとひっつけ―――いやいや、そんな事は思っていない。
「あー……と、それで君の名前を知りたいんだけど?」
ちなみにこれ聞くの5回目。
「あ、そうだったそうだった、ごめんね! 私の名前はレイラ・ヴァーミリオン、えーと確かグ、ラン……ディール? 王国から来た、Cランクの冒険者だよ!」
彼女、レイラ・ヴァーミリオンは自信満々にそう言った。
新キャラでした