死神VS大魔法使い
ルルの相手は、ルルよりも背の高い女子だった。剣を提げており、ルルと同じで剣技を以って自分をアピールする心算らしく、ルルの腰に下がっている剣を見てにやりと笑みを浮かべている。ルルとしても剣と剣でぶつかりあえるのは運が良かったと思う。何故なら、ここ1ヵ月の間の稽古でルルがやったことと言えば、リーシェとの模擬戦をひたすらに繰り返しただけだからだ。
魔法や道具を使った中距離、遠距離の使い手との戦いであれば、正直経験不足よりも不利な経験皆無。比較的慣れている剣技での凌ぎ合いであれば、まだルルにも分がある勝負となる。
密かに安堵の息を漏らすルルだが、そんな彼女に反して会場はルルが姿を現した瞬間、見に来ていた生徒達の大半がざわめいていた。獣人――亜人と呼んで彼らが蔑んでいる存在が、わざわざ綺麗な剣を提げて受験しに来たというのだから、当然の反応だろう。
だが、ルルはそれを気にも留めないし、相手の女子もルルが獣人であることを気にしていないようだ。見ればその佇まいと衣装から、貴族ではないことが分かる。獣人だからと差別しないのは、彼女が平民の生まれだからだろう。
「アンタ、結構強いでしょ? 分かるの……私もそれなりに強いつもりだから」
「……私はけして強くはないです。私よりもずっと強い方々を、私は知っています」
「ふーん、でもまぁ分からなくはないよ、アタシだってパパにはまだ敵わないし、仕方ないよね」
ルルに話し掛けてくる背の高い女子は、ルルの冷静な言葉につまらなそうな表情を浮かべた後、その言葉を肯定しつつそう言う。敵わない相手は当然いる、今の自分では超えられない大きな壁だ。だから今弱いのは仕方がない。
しかし、ルルはそんな覚悟であの少年と共に居る訳ではない。文字通り、覚悟が違う。
「仕方ない……ええ、そうかもしれません。でも、私のことをその方々は見てくれています……そんな中では負けられません―――此処で負けては、いられないんです」
ルルの言葉と同時、太陽の輝きを秘めていた瞳が煌めく。その視線に射抜かれた少女は、まるで自分よりも強大な獣に獲物として捕捉されたような感覚を得る。そして自分でも分からぬ内に、少女は自分よりも一回り小さなルルに見つめられただけで大きく後方へと飛び退いていた。
気付けば緊張によって汗がぶわっと噴き出し、鳥肌と共に呼吸が荒くなっていた。いつのまにか剣を抜いており、自分でもいつ入ったのか分からない程無意識下で臨戦態勢に入っていた。
何をされたのか、そんなの決まっている。彼女はルルに気圧されたのだ。
獣としての覇気を纏ったルルは、この会場に入った瞬間より前から『星火燎原』を発動させている。リーシェに稽古を付けて貰う際、一番最初に教えて貰ったルルの力―――いや、かつてのルルが手に入れた力だ。ルルはその力を使って自分の身体能力を大幅に向上させたのだ。
何だ、一体目の前にいるこの少女は一体何なんだ―――
そんな恐怖にも似た思考が少女の脳裏を支配する。
こうしている間にも、ルルの腰に下げられた純白の直剣――『白雪』の刀身が鞘から姿を現す。太陽の光を反射したその純白の刃は、ルルの瞳と同じく太陽の如く輝いた。獣の威圧感と共に放たれたその剣先が、少女が咄嗟に抜いた剣の先と数メートルの間を空けて交わった。
それはつまり、ルルとの戦闘が開始されたということ。剣と剣がその輝きを交わらせた瞬間、お互いの剣はお互いの持ち主を斬る為の道具と化す。
「なんなのよ……アンタ……一体!?」
「すいません、試験は始まりました―――そして、終わりです」
「え……?」
ルルの得たいのしれない強大さに恐れ慄く少女に対して、ルルは容赦なくその剣を振るう。そして気が付けば、少女の後方へとルルは移動していた。
え、何が起こった―――?
少女の頭の中で空白の瞬間が訪れ、そしてその空白の瞬間に支配された結果、身体が一切動かなかった。彼女が意識を取り戻したのは一瞬後、ハッと我に返ってルルの方へと振り向こうと踵を返した。
返して、その言葉の意味を理解した。パキン、という音と共に、彼女の持っていた剣が彼女の振り向くという動作に付いて来なかったからだ。何か固いものにぶつかった様な音を立てて、彼女の足下に剣の刀身が転がり、振り返る為に足を動かした彼女はそれを自分で軽く蹴ってしまった。
そして握っていた柄を持ち上げて、剣の根元が斬り落とされたように綺麗な断面を見せていることに気がつく。
パキン、という音は彼女の剣が根元から圧し折れた音。そして、ルルが擦れ違いざまに彼女の剣をその純白の刀身で斬り落としたという証明の音であった。
「降参……しなくても勝負は付いてます、よね?」
ルルの言葉と同時、何が起こったか分かっていなかった少女同様、状況に付いて行けず固まっていた在校生達が一斉に歓声をあげた。何が起こったかは別として彼女はこの勝負に勝った、結果はそれだけの話だ。
そしてその剣技に魅入られた生徒達は、ルルが獣人であることなど忘れたかのように歓声をあげた。随分と都合が良いですね、なんて思いながら――ルルは苦笑して『白雪』を鞘に収めた。そして同時に太陽の輝きを放っていた瞳が、いつもの翡翠色へと戻っていく。
「ありがとうございました」
更に対戦相手の少女に一礼―――最初から最後まで、完全な勝利と格の差を見せつけて、ルルは会場から去って行ったのだった。
◇ ◇ ◇
その後、中等部の試験が終わった。ルルに続いて、屍音も当然圧勝で試験を終え、中等部の中でもかなり目立てたのではないだろうか。具体的には、桔音に言われた通りに手加減に手加減を重ねて勝負をし、徒手空拳が特技の男子を片手で捻りあげていた。中学生にしては大分体格の出来あがった男子でり、屍音よりも頭2つ分程高い身長を持っていたのだが、
「ねむ……ふわぁ……」
待ち疲れて眠そうにしていた屍音は、欠伸をしながら迫る拳を受け止め、手首を捻る様にしてその男子をひっくり返し、仰向けに倒した後鳩尾にその足を乗せた。完全な勝利の構図、小学生並の身長しか持たない屍音のそんな姿を見れば、当然教師達にも在校生達にも印象的に残った筈だ。
なんとかこれで面接試験の結果を覆せればいいな、と思う桔音だが、とりあえずは試験を上々な形で終えたルルの頭を撫でてて褒めてやることが優先と、思考を放棄していた。
すると、リーシェが桔音の腕をちょんちょんとつつき、気を引く。視線を其方へと向けると、桔音はリーシェが会場を移す鏡の魔道具を指しているのに気がついた。鏡には、高等部の試験の開始時刻と、試験内容が開示されている。
「……何それ」
桔音はその内容を見て、目を丸くする。
書いてある内容は、パッと見た形ではあまり理解出来そうにない内容だった。今までの初等部、中等部の試験内容とは大きく違う内容。
―――世界最高にして、過去未来現在全ての魔法使いの頂点である大魔法使いの、名前を暴け。
ただそれだけ書かれたその試験内容。意味が分からなかった。現に桔音以外の受験者達も困惑している。名前を暴け、というのはそのままの意味なのか、それとも何かの謎かけなのか、様々な解けない疑問が脳内を駆け巡り、そして解けないままに停留していた。
「……」
桔音は思う、あの大魔法使いの名前は世間的に知られていないのか? と。あの橙色の幼女、最強ちゃんと同じ様に、一切その名前が明かされていないのか? と。
いや、そんな筈はない。桔音は首を振る。
そんな筈は無いのだ。名前が知られていないなどという事実に関して、あの傲慢不遜な性格の女が当て嵌まる筈が無いのだ。何故なら、名前を隠す理由が彼女にはない。寧ろ、アレほど自分に自信を持っている彼女が、自身の名前を世間に明かさずに居る筈がないのだ。それは、彼女のプライドが許さない筈なのだから。
そう思って、桔音は高等部受験者達の会話に耳を傾ける。
「大魔法使い様の名前って……確かクルエルだったよね?」
「え? いや、俺はシュバルツって聞いてるけど……」
「エミリーじゃないの?」
「バッカ……ミプルだよ!」
すると、受験生達の会話からは彼女の名前が幾つも挙がってきた。聞いただけでも、20個は大魔法使いの名前が挙げられている。
そこで桔音は納得した。成程、そういうことかと。
「……つまり、彼女は名前が分からないんじゃなく……名前があり過ぎてどれが本名なのか分からないってわけか。木を隠すなら森の中とは良く言ったものだね」
最強ちゃんと違って、名前が明かされていないのではない。名前が明かされていて、それが1つだけではないだけの話。伝えられている名前は沢山ある、その中にある彼女の本名を探す……それが高等部受験生に課せられた試験。同時に、大魔法使いが桔音へと提示した試練だ。
無論、名前を知る方法は幾つか用意されている。そうでなければ他の受験生達が合格する事が出来ない。特定の教員に自分のアピールポイントを認めさせることで名前を教えて貰える場合もあれば、この学園の何処かに隠されていたりもする。
ソレをあらゆる手段を使って見つけてくること、それが高等部の受験課題だ。
試験として成り立っていない課題ではある。しかしそれは学園長含め教師陣全員が把握していること。故に、全受験者の試験結果どのようなものであろうと、全員一定の点数は必ず入れるという条件で学園長は大魔法使いの要望を受け入れた。筆記、面接である程度取れていれば、確実に合格出来るだけの点数が何もしなくとも入る様になっているのだ。
無論、実技の試験結果次第で点差は現れるし、その結果募集人数の関係で落ちる者も確実に出てくる。気を抜いても良い理由にはならないだろう。
幸いなことに、試験内容の追記として『学園全体の全施設を開放する』という記載があった。つまり、今ならあの図書館に入ることも可能であるし、なんなら学園長室に入ることも可能だ。といっても、大魔法使いの協力もあって、重要書類や触れてはいけないものに関してはしっかり認識阻害と盗難防止の為の魔法が二重かつ厳重に仕掛けられている。盗む事は当然、閲覧することも出来ない。
出来る事は本当に、彼女の名前のヒントを探すことだけである。
「……こりゃ僕が生きているのを学園長先生が伝えたみたいだね、あからさまな挑発だ」
「きつね君の言ってた、大魔法使いって人の?」
「うん、あれだけプライドの高そうな人だし……さしずめ自分の魔法で死ななかった僕に腹を立てたんじゃないかな?」
桔音は課題と昨日の面接試験で再会した学園長とを掛け合わせて考え、見事に正解に辿り着いていた。コレはあの大魔法使いによる挑発で、自分に対する嫌がらせ的な意味も含んだ意地悪だと。
自己紹介もしていない。名前も本当の名前が分からない位に知られている。その状態で、桔音がどれ程まで彼女の本名に近づけるのか……それが彼女の言う、底を見定めるということなのだろう。
果たして桔音は、そこらの有象無象と同じ凡庸な何かなのか、それとも自分と同じ領域に足を踏み入れた非凡な存在なのか―――鑑定してやると言わんばかりの見え透いた挑発。普通は誰もそんな簡単な挑発には乗らない。
しかし、桔音はその挑発に対して薄ら笑いを浮かべ、
「乗らない訳にはいかないみたいだね……折角興味を引けたんだ、精々釘付けになって貰わないと困る」
それならば好都合とばかりに、コキ、と首を鳴らした。




