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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十四章 魔法と騎士の学園
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狂人達の面接

 生と死は一方通行で、けして逆転する事は無い。死は生に変わる事は無いし、生は死以外に終着点を知らない。死んだ者は必ず死に続け、生きている者は必ず死に向かっていく。それを覆す事は出来ず、それを覆す術は更なる死を生む。死んでいるのに、生むとはおかしな話ではあるが、生物にとってそれはそういう絶対的な法則なのだ。


 だから、目の前の光景に―――彼は奇跡を見ているのではないかと錯覚した。


 最早試験を進めることよりも、その光景に対して浮かんだ疑問を払拭したくてたまらなかった。

 何故死んでいない? 何故生きている? 何故、どうやって、何をして―――そんな次々と生まれる疑問が、椅子にひっついていた彼の腰を浮かせた。衝動的にガタンと音を立てた立ち上がりに、空間内の視線が集まる。

 しかしその視線に対して彼は応える余裕を持っていなかった。集中して幾つもの視線を受ける彼の眼は、目の前に居るただひたすらに不気味で奇怪な存在へと向けられている。衝突した視線は、火花を散らすどころか彼の疑問に対する1つの確信を齎す。


 不気味な存在は笑ったのだ。してやったり、といった様子で、彼の驚愕の表情を餌に愉快だと薄ら笑いを浮かべたのだ。それは、その存在が他人の空似ではなく、正真正銘思った通りの人物であることを証明する。


「…………」


 彼は驚愕の表情のまま何か言葉を出そうとして、状況を思い出す。言葉は終ぞ彼の口から放たれることなく、彼の腰を椅子へと押し戻した。重いものが落ちた様な音と共に彼の腰が椅子に付くと、集まった視線は困惑を帯びながらも霧散した。

 そして彼は目の前のテーブルに広がった5枚の書類に目を落とす。そこには、今目の前に座っている5人の受験者達の書いた面談書類がある。内1枚は、不気味な雰囲気を纏いながら座っている少年のもの……生きている筈がないと確信していた少年が書いたものだ。


「……それでは、試験を始めます」


 大きく深呼吸して、少しだけ平静を取り戻すことが出来た彼――アースヴァルド学園学園長は、目の前に現れた死を覆す存在……"死神"の異名を持つ桔音という少年を前に、しかしそう言うしか出来なかった。


「(四肢を捥がれ、両の目を抉り取られて生きている……しかも、それらは消し飛ばされた筈にも拘らずまるでそんな事実がなかったかのように元に戻っている……一体どうやって……?)」


 学園長は未だに内心の驚愕を隠せずにいる。動揺はそうだが、何より桔音の得体の知れなさに対して一抹の恐怖を抱いた。確認を怠った自分を叱責しながら、恐る恐る面談書類の記入日を確認すると……そこに書かれていた日付は、あの日の後のものだった。


 つまり、桔音の志望理由が殺され掛けたことの復讐だとしたら?


 そう考えるだけで、学園長としては警戒せざるを得ないのだ。大魔法使いの魔法を受けて尚生きていられる――それはつまり、あの大魔法使いと同等……少なくともSランク冒険者という肩書きを本当の意味で獲得している存在であることが証明されたも同然。

 ならば如何にエルフとして長い年月を生きている学園長であろうと、もしかすれば死ぬかもしれない戦いとなる可能性が出てくる。


「学園長?」

「っ! ……すいません、少し考え事を……こほん、それでは端の方から質問していきますね」

「は、はい!」


 だが、今は試験中……ならば試験を進めていく事を優先するべきだ。それに、試験の間であれば桔音も下手な真似はしないだろうと考えた。視線を向けたのは、端に座っている平民の少女。見ると、この場に居るのは異質な桔音を除けば皆平民ばかりだ。5人中貴族が1人もいないなど、ランダムな振り分けだろうと少しだけ珍しかった。


「っ……」


 しかし、普段ならそれを珍しいだけで済ませられたというのに、桔音という異質が混じっただけで、それすら桔音が何かしらのではないかと疑ってしまう。今の学園長はそれほどまでに揺さぶられていたのだ。


「……それでは、本学園を志望した理由をお聞かせ願えますか?」

「は、はい! えと、えと、私っ、は……あの!」


 質問をされて、緊張しているのか言葉が全然出て来ない少女。

 桔音という存在がいるからだろうか、学園長にはその少女の姿が今の自分と被って……とても微笑ましく、心に癒しを与えてくれたような気がした。明らかに自分よりも慌てている少女の姿は、彼に一時の落ち着きを与える。

 その感謝も込めて、緊張を解そうと声を掛けようとした。


 だが、その瞬間だ。


「落ち付いて、大丈夫だよ」


 平静を取り戻した心の水面に、大きな石が投げ込まれた。

 それは大きな波紋を生み出し、学園長の心を掻き乱す。行動を先読みされたのか、偶然かは分からない……だが、彼がやろうとしたことを桔音が奪って行ったのだ。学園長には桔音が、少女の首に手を掛けたかのように見えた。勿論錯覚であるが、桔音という存在感がそれをただの優しさだと思わせなかったのだ。

 席順的に少女の隣に座っていた桔音は、隣で泣きそうになりながらも必死に言葉を紡ごうとしていた少女の手を握り、優しく声を掛ける。


「落ちついて? 大丈夫、焦らずゆっくり答えれば良いんだよ」

「わ……はい……ありがとうございます……」


 桔音に手を握られた少女は、桔音の両眼に魅入られた様に頬を紅潮させながら、惚けた様子でお礼を言う。握られた手から伝わる温もりに、少女はなんとか心を落ち着かせることが出来た様だ。

 桔音はそんな少女に笑みを浮かべた後、ルルにやっているように頭をぽんぽんと撫でて、手を放した。少女はしばらく桔音に撫でられた頭に手をやりながら、ぽーっと桔音を見つめていたが、ハッとなって学園長の方を向く。


 そして、まだ幾分緊張が残っていたものの、しっかり志望動機を答えた。


「……ありがとうございます」


 学園長はその答えにそう返しながら、視線を桔音へと向ける。

 そして、桔音と視線が合った瞬間―――まるで首を一瞬で切り落とされた様な錯覚を得た。


「ッ!?」


 背中を大量の蟲が蠢いた様な生理的嫌悪感、何度も殺され続けている様な明確な死のイメージ、心の底からまるで間欠泉の如く噴き出してくる圧倒的恐怖、同時にゾワッと一瞬で身体中から嫌な汗が噴き出た。


「か……ぁ……!?」


 声が出ない。首を締めあげられている様な感覚に、部屋中が真っ黒に染まっていく様な幻覚すら見る。桔音は笑みを浮かべ、色の違う両の瞳で学園長を見ている。殺意もなにも籠っていない、ただ見ているだけの視線で、学園長を射抜いている。

 周囲を見れば、そんな圧倒的気配に気が付いていないかのように学園長へと首を傾げている教師達に、同じく困惑している受験者達がいた。


 ――殺意ともいえるこれ程の恐怖を、誰も感じ取れていないというのか!?


 まさしく死神、二つ名通りの死を振り撒く存在。幻覚ではあるけれど、恐怖から生まれた錯覚ではあるけれど、それでも学園長はありとあらゆる殺され方で死んでいた。首を絞められ、刎ねられ、身体を射抜かれ、潰され――ありとあらゆる方法で殺されるイメージが叩き込まれたのだ。


「どうしました? 学園長さん?」

「ッはぁ……はぁ……!」


 そして、桔音のそんな言葉と同時、その圧倒的な恐怖が嘘の様に消える。止まっていた呼吸が再開され、学園長はだらだらと流れていた汗を拭いながら必死に空気を取り込んだ。


「……志望、動機は?」

「はい、この学園からは英雄とも呼ばれた騎士や魔法使い達が輩出されているので、僕もそんな風に人々を護れるようになりたいと思ってこの学園を志望しました! 僕は人々の笑顔が大好きなので、困っている人がいれば手を差し伸べてあげたいし、落ち込んでいる人がいれば背中を押してあげたくなるんです! そうやって皆と絆を深めて、手を取り合って良ければ……皆幸せになれるかなって思います!」


 この狐め、と学園長は内心で思った。これ程の恐怖を植え付けておいて尤もなことを平気な顔で嘯く人間の、どの口が言うのだと、そう思った。名前の通り、狐に化かされている気分だった。いや、この場合化かされていることを無理矢理気付かさせられているというべきか。

 周囲が漏れなくその姿に化かされている中で、自分だけが違和感と恐怖に気がついている。それがどれ程精神的重圧となるか、理解したうえで言っているのだ。


 しかも、先程の少女に優しく声を掛ける所を見ていれば、この言葉を疑う者はきっといないだろう。試験のライバルでもあるのに、緊張で言葉が出せないでいる少女を助けた。その事実が、彼の言葉を裏付けるだけの信憑性を持たせる。

 学園長1人が何か言ったとしても、信じられないだろう。まして、桔音を見てから様子がおかしかったのだから、疲れているのではないかとすら思われるに違いない。


「(してやられた……!)」


 大魔法使い以上に、厄介な存在だと思った。対峙してからずっと、桔音の掌の上で転がされていたのだ。桔音よりもうんと長く生きているというのに、たった18年しか生きていない少年に手玉に取られたのだ。

 圧倒的存在感と、殺されたという事実、そして言葉巧みに自分を飾り付ける前準備、終始学園長の心を揺さぶり続けたその手腕、どう考えても普通の人生では身に付かない心理戦技術だ。どれほどの人生を送れば、この年でこの様な人間が出来上がるのか分からなかった。


「そう、ですか……ありがとうございます」


 だが学園長はそう言うしか出来なかった。言い返すことも出来ず、桔音に疑問をぶつけることも出来ない。試験という状況が学園長を護っていたが、試験という状況が桔音の味方をしていたのだ。


 勝てない、と思いつつ――学園長は早々に桔音から次の受験生へと視線を移動させた。

 そして、この組の面接試験が終わるまで……学園長は心臓を握られている様な感覚に、苦しめられることになったのだった。



 ◇



 一方その頃、中等部の面接試験会場では、屍音が面接を受けていた。どうやら屍音で中等部は最後らしく、丁度端数だった屍音はラストで1人だけの面接である。数人の面接官を前に、屍音はお行儀良く椅子に座っている。可愛らしく、礼儀正しい淑女を目指す彼女としては、こういう細かい所で妙に姿勢が良かった。

 まぁ、その淑女の定義を性格の面で壊滅的に間違えているのだが、ソレを彼女は間違いだとは思っていない。


 緊張した様子の無い屍音に、面接官は少し感心しながら質問を投げ掛けていく。


「志望動機は?」

「保護者が行けって言うから仕方なく来てあげたの。だから喜んで良いよ」

「えーと……学園に入ってしたいことは?」

「その親を殺したいかなぁ」

「……友人を作ったりはしないのですか?」

「オトモダチ? ああ、私の言うこと何でも聞いてくれる存在だよね? 作る作る、100人位」

「…………真面目に答えてくれますか?」


 その姿勢正しい佇まいと、可愛らしい容姿とは裏腹に、屍音の回答は全て自己中心的で、自分勝手なものだった。幼女になったからといって、その価値観は昔からの様で、言っていることはやはりかつての屍音と同様のことを言っている。

 だがそれを本気で言っているとは思っていないのか、面接官は引き攣った笑みを浮かべながらそう言う。


 しかし、屍音はふざけているつもりなど一切無い。


「真面目に答えてるよ? 寧ろ私が質問に答えてあげるんだよ? もっと面白みのある質問したらどうなの? そんな形式に則った様な質問しか出来ないなら、いる意味ないと思うよ? そんな用意された質問なんて子供にだって出来るんだからさ。それにほら、折角私が答えてあげるって言ってるんだからもっと私を楽しませようとしなきゃダメだよ? 常識でしょ? そんなことも分からない人に教わることなんて何もないし、生きている価値もないでしょ? 分かるよねぇ? なんなら私がこの手で殺してあげても良いけど……ごめんね、おにーさんとの約束で人間は傷付けないことになってるから、残念だろうけど私に殺されるのは諦めてくれる? 代わりに自殺すれば良いよ! 私が死ぬ所を見ててあげる! 嬉しいよね? だって私に死ぬ所をわざわざ見て貰えるんだよ? これなら安心して涙を流す程の喜びに包まれながら死ねるし、私もクスッと笑う位には楽しめると思うの! ね? 私を退屈させる様な質問をするより、ずっと素敵で幸せになれるよ! だからほら、そこに這い蹲って私に頭を下げて? 素敵な助言が貰えたんだから、『屍音様ありがとうございます、これで安心して死ねます』って言わないといけないよね? 家畜程の価値も無い貴方でも、それ位は分かるでしょう?」


 小首を傾げながら、とても可愛らしく笑みを浮かべてそう言う屍音。悪意など一切無く、本当にそう思っているからこそ言えること。世界は自分中心に回っていて、自分の言葉は絶対。助言にも取れない様な言葉でも、自分が与えてあげたのだから喜ぶべきことだと本気で思っている。


 自己中心の究極系。魔王の娘にして魔族の頂点、屍音の狂気は……今もまだ彼女の中に存在している。


 そしてその狂気を垣間見た試験官達は、最後の方で頭がおかしくなってしまいそうであったが、幼女の時代へと戻されていた故に耐えることが出来た。桔音と戦ったかつての屍音であれば、その狂気に呑まれて心が壊れていたかもしれない。


 だがまぁとりあえず……彼女の面接試験の結果は言うまでもないだろう。


面接一つこなせない。それが狂人達である。

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