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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十四章 魔法と騎士の学園
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世界一優しい命令

 筆記試験が終了してから、桔音達はすぐに面接試験に移行する事になった。


 桔音達が本日行う試験は、筆記試験と面接試験のみ。実技試験に関しては、その内容と時間が掛かる点から別日に行われることになっている。故に、筆記と面接試験を終えた者から本日の試験は終了だ。

 アースヴァレル学園はその生徒数の多さも有名ではあるが、それはつまりそれを教えるだけの教師の数も充実しているということ。試験を行うに当たって、やはり人海戦術とばかりに人が多く使われている。面接試験の面接試験官は学園長を加えても十数名存在し、面接会場も小中高大で2つずつ存在するのだ。


 面接試験は集団面接。一度に5名ずつ入って試験官と向かい合うことになるので、他に人がいることに安どする者も居れば、ライバルが居るということでより緊張する者もいるだろう。桔音はどちらかというと、他人が居ることにそれほど緊張を抱いていなかった。寧ろ久々の試験ということで、少しばかり楽しそうな雰囲気ですらある。


 筆記試験会場で、自分達の番号が呼ばれるのを待つ受験者達。少しでも緊張をほぐす為か、近くに座っていた者同士で口を開き、会話をしている者もいれば、練習してきたことを復習するためにぶつぶつと何かを呟いている者もいる。

 そんな受験者達を見て、桔音は頬杖を付きながら静かに待っていた。目を閉じて、かるく鼻歌を歌う桔音は、他の受験者からは少しだけ浮いて見える。レイラもリーシェも、自分の席を立つことはしない。今は試験中であり、桔音の下へと行くのは何かおかしいと思っているからだ。

 といっても、だからといって周囲と話すようなことはしていない。一応話し掛けられてはいるのだが、リーシェはともかくレイラはほぼ無視しているので、交流自体成立していないのだ。話し掛けた者はその反応に肩を落とし、更に気分が落ち込んでしまっていた。


 ちなみに桔音は話し掛けられることは無かった。その不気味な気配故に話しかけようという意思を存在感で圧し折っていたからだ。学校という環境下において、桔音はいつもそういう扱いだったので、此処でも例外ではなかったということなのだろう。


「(うーん……ある程度威圧感というか、纏う空気を抑える事は出来るんだけど……まぁ良いか)」


 とはいえ、桔音も纏う気配を抑える努力をしていなかったので自業自得という奴だ。


 5人、また5人と番号が呼ばれていく。既にこの場にいた受験者の内、半分程の人数が面接試験を終了している。桔音達が呼ばれるのももうじきだろう。


「次、1106番から1110番までで1グループ、あと1111番から1115番までで1グループの2グループです。付いて来て下さい」


 試験官が2人出て来て、番号札を読みあげる。2グループずつ同時進行故に、試験会場の中で席を立つのは最高でも10名だ。ちなみに桔音の番号は1117番なので、今のグループが終われば呼び出されることになるだろう。

 遂に来たかと桔音は内心でワクワクしながら、ポーカーフェイスは崩さない。薄ら笑いのまま、くるくるとペン回しをしていた。


「(……ルルちゃん達の方はもう終わったかなぁ)」


 ふと気になり、そう思う桔音。一生懸命努力していたのを知っている桔音からすれば、ルルが落ちる事などあり得ない。筆記試験だろうと、面接試験だろうと、ルルであれば容易に突破出来る筈だ。寧ろ心配なのは屍音の方だろう。筆記はまだしも面接で破綻した人格を知られれば、点数的に不味い気もするのだ。


 だが考えるだけ無駄だと思考を切り替えた。なるようにしかならないか、と考え嘆息する桔音。試験は始まっているのだ――後は全力を尽くせばいいだけだ。


「……あはは、この緊張感―――……やっぱり良いね、青春だよ」


 桔音はそう呟きながら、またくるりとペンを回した。



 ◇ ◇ ◇



 一方その頃、ルルは既に面接試験の最中だった。中等部も同じく集団面接であり、獣人で試験を受けている者はルルを含めても数十人いるかいないかという程である。それというのも、クレデール王国に獣人が少ないというのもあるのだが、大多数の貴族達は基本的に獣人に好意的ではないのだ。


 人間に似た姿をしているが、動物の耳や尻尾を持つ彼らのことを"亜人"という蔑称で呼ぶ貴族は多い。大抵は奴隷として傍に置き、虐げているのが普通だ。ルルもそうだったが、獣人は奴隷として購入販売されることが多い種族でもあるのだ。

 獣人の村を襲い、幼い獣人の子を連れ去り奴隷商に売り飛ばすという事例は、少なくはないのだ。ルルの村も、おそらくは貴族が犯罪者ギルドに依頼してやったことだと思われる。


 故に、獣人として試験を受けているルルは、周囲から好奇と侮蔑の視線を送られていた。そしてそれは面接を行う部屋へと入ってからも同じ。数名の試験官から嫌そうな顔をされ、ルルは少しだけ胸を痛めた。


「えー……貴方は何故この学園に入ろうと思ったのですか?」


 ルルに向けて質問をする試験官。この質問をする試験官は特にルルを見ても嫌な顔をしていない。面接試験を担当する試験官ということで、やはり中立的な考え方が出来る人選なのだろう。獣人への差別は感じられなかった。

 なので、ルルはその質問に答える。如何に獣人というだけで差別の視線に晒されようが、ルルにとっては何処吹く風だ。桔音の家族として、桔音を護ると決めたのだ―――こんな視線に負けてなどいられない。


「家族の為です……家族がこの学園でやらないといけないことがあるというので、私はそれを手伝うために受験しました」

「家族ですか……やらないといけないこととは?」

「知識の収集です。空間魔法の研究の為に、この学園は様々な知識を内包していると聞いたので……それに、この学園にある図書館には、世界最高の大魔法使い様がいると聞きました。少しでも研究を進めるために、出来る限りのことをしたいと」

「成程……分かりました」


 事前に桔音と話して、志望理由を聞かれた際の返答を返したルル。空間魔法というのは嘘ではあるけれど、それほど間違いというわけでもない。知識の収集は間違っていないし、大魔法使いに用があるのも本当のことなのだ。元の世界に帰る為の手段を研究していると言われれば、その通りなのだから嘘は吐いていない。

 だが、地球の面接試験と違ってこの回答に文句を付ける者がいた。ルルと共に面接を受けている貴族の少年だ。その高い自尊心で嘲笑と共にルルへと暴言を吐いた。


「ハッ、獣人風情が大魔法使い様に会おうだなんて……身の程知らずにも程があるな」

「……」

「お前みたいな獣臭い奴は、森の中でこそこそ暮らしていればいいんだ。此処は人間の学校だぞ? ああ臭い臭い、空気が読めない亜人のせいで臭いなぁ?」

「君、あまりそういう発言は控えなさい」

「はい、すいません……フッ」


 ルルはその貴族の少年の言葉を受け止めて、何も言い返したりはしなかった。事を荒立てるのは、桔音の迷惑になると考えたからだ。服の裾を握り締めて、ルルはその暴言に耐える。

 今までは桔音の傍にいたことや、差別意識のない冒険者達に囲まれていた故に、そういった暴言から護られていたルルだが……此処は学校であり、貴族の多い環境だ。そこへ入学するということは、こういった暴言に付き纏われるということ。桔音という盾が無い今、彼女は自分自身の力でその差別を撥ね退けなければならない。


 試験官から注意を受けて、素直に身を引いた貴族の少年だが、反省した様子は無かった。寧ろ、少年の言葉に同意しているのか頷いている者すらいる。ルルにとっては、とても居辛い空間であった。


「さて……それでは、質問を変えましょう。"貴女は"この学園で何をしたいですか?」

「!」

「志望理由では家族の手伝いの為とありましたが……それでも常時その家族と一緒というわけではないでしょう? その間、貴女はどんな学園生活を送りたいと思いますか?」


 予想もしていなかった質問。答えは用意しておらず、どうしたものかと一瞬思考に空白が訪れた。

 だが、試験官の見定める様な視線を受けて理解する。自分は今、試されていると。今の差別発言がそうだ。この獣人への差別は、学園生活を送るに当たって確実にルルに付き纏ってくる問題。


 そんな環境下で、ルルはどのような学園生活を送りたいと思っているのか、それを聞かれている。


 差別に屈しない強い心を持っているのか、それとも差別を受け入れ臆病に過ごすのか、この質問に対するルルの返答がそのまま……きっとこの先学園に通った時の、ルルが送る学園生活となるだろう。ルルはその質問の意図を、はっきりと理解した。


 そして数拍間を置くと、ルルは強い意志を瞳に宿しながら言い放った。


「私は、楽しい学園生活を送ります……! 友達を作ります。勉強をします。障害と戦います。ありとあらゆる壁を乗り越えて、けして負けず、けして屈さない……私は獣人、でも―――それを恥ずかしいと思ったことは一度だってありません」


 その言葉の節々から、ルルの強さが垣間見えた。暴言を吐いた貴族の少年や、それに同意して頷いていた教師、他の受験生がそれに驚いて目を丸くしていた。

 それを見て、ルルは少しだけ笑みを浮かべた。すると、何かおかしいものを見た様な……純粋で可愛らしいルルの笑顔を見て、暴言を吐いた少年は思わずその笑顔に見惚れた。胸が一際大きく高鳴るのを感じながらも、先程の自分の言葉と高い自尊心が前に出る。気に入らないとばかりに、彼は視線をルルから切った。


 ルルは思う。


 自分は獣人……桔音とは種族も違うし、血も繋がっていない。それでも家族であり、大切な絆を繋ぐことが出来た。ならばこそ、友人を作ることが出来ない道理はない。友人が作れるのなら、楽しい学園生活を送れないわけもないのだ。

 可能性は自分で作りあげるもの―――ルルの大好きな桔音は、いつだってそうして道を切り開いて来たのだから。


「けして止まらず諦めない……それが、私を救ってくれた家族がその身で教えてくれた信念です」


 ルルは桔音のことを思い浮かべながら、自信満々、胸を張ってそう言った。これだけは自信を持って言える。自分を救ってくれた桔音という男は凄いんだと、なんの躊躇いも無く言うことが出来る。


 差別がなんだ、種族がなんだ、権力がなんだ、そんなもの――


『ルルちゃん、君は僕の家族だ。嫌だと思ったら僕の命令を聞かなくても良い。出来ないことは教えるし、出来ないことをさせるつもりも無い。これは命令だよ』


 ―――世界一優しい命令(やくそく)に比べれば、どうってことはない。


 ルルが思い出せる、唯一の記憶。桔音と家族となった、あの瞬間。あの瞬間から、ルルの人生は始まったのだ。それに恥じない生き方を、桔音の優しさを馬鹿にさせない強さを、手に入れたのだ。


「――……そうですか、ありがとうございます」


 そして、ルルの力強い返答に、試験官は満足気に頷いたのだった。


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