悪口は言うもんじゃない
「つまり君は図書館の本を読もうとした挙句、中にいるという世界一の大魔法使いと会おうとしていたということですか?」
「うん、そうだよ」
さて、現在僕達の目の前には、白髪ではなく白髪として頭の毛を真っ白に染め上げたお爺さんがいる。教師陣に連れて来られたのは牢屋とかそういう場所ではなく、普通に学園長室という部屋らしい。そこにいたのは、まだまだ現役でも働けそうな活力を感じさせる老人だった訳だ。
一目見ただけで大体の実力は感じ取れた。ステータスというか、地力の差では僕の方が圧倒的に高いだろうけれど、経験の差ではこの老人―――かなりやる。
魔王に比べれば少ないが、やはり周囲に感じさせるほど多い魔力、佇まいに隙を感じさせない威圧感、そしてなにより僕や屍音ちゃんという存在を前にして、余裕の態度を取れるその精神力の高さには驚きを隠せない。『不気味体質』を発動していないとはいえ、屍音ちゃんも僕も、対峙した者になにかしらの嫌悪感を抱かせる気配を持っているらしいから、眉一つ動かさなかったのはやはり、この老人の精神力がそれほどまでに固いということなのだろう。
そして、僕はその老人に色々とこの学園に入った理由を問われたので、誤解を解く為に真実100%の説明をした。図書館の本が読みたくて、更に大魔法使いにも会いたくて、ソレで此処に来た。うん、これ以上ない真実だ。
「それはまた……普通に不法侵入ですねぇ」
「まぁそうだね。僕文字読めないからさ、侵入禁止の看板も読めなかったんだよねぇ……だから許してくれない?」
「確かに人々の識字率はそれほど高いとは言えませんが……とりあえず名前を伺っても?」
両手を合わせて許してくれないかと言った所、名前を問われた。まぁ不法侵入は不法侵入だし、そう簡単に解放する事は出来ないってことなんだろう。仕事とはいえ面倒臭いと思ってるんだろうなぁこの人も。ついでにあの教師達も。
とりあえず自己紹介。
「僕の名前はきつね、生活費稼ぎに冒険者をやってる至って真面目で何処にでもいる様な平均的で普通の一般人だよ。こっちは屍音ちゃん」
「成程……ん? きつね……あの『きつね』ですか?」
自己紹介したらなんか僕の名前に反応された。
冒険者としてやってきて約半年ちょい、どうやら僕の名前はSランクになったこともあって随分有名になったらしい。学園長先生は僕の名前を聞いて『あの』、とか言いだしたからね。まぁどのきつねかは知らないけれど、きつねという名前は正直僕だけだろうからきっとそれは僕だよね。この世界じゃ名前は基本的にカタカナだし。
まぁ、学園長先生に僕のことが伝わっているというのは中々僥倖なんじゃないだろうか。ココから僕の無罪及び帰宅権がゲット出来るかもしれない。もっと行けば大魔法使いさんにも会えるんじゃね?
「うんそうそう、そのきつねそのきつね」
「そうですか……じゃあ『ミリア』という名前に聞き覚えはありますか?」
「……ないよ!」
誰だっけそれ? 聞き覚えがあるような、ないような……そんな名前だ。なんだっけ? 響きからして女の子だけど、僕の場合女の子の知り合いは結構濃い性格しているから、忘れようがないと思うんだけどなぁ……ミリア……ミリア……ミリア? あー……なんか思い出しそうな感じ、なんだったかなぁ?
「ふむ……それではミミという名前にも聞き覚えはありませんか?」
「…………あ!」
思い出した思い出した! そうそう、その名前は僕が一番最初に受けた依頼の依頼主の名前だ。ミリア・アイリーンちゃん、逃げ出したペットのミニマムラビット―――『ミミ』の捜索を依頼されたんだよね。あの時は僕とフィニアちゃんの2人だけで、捜索開始時にミミを踏み潰しちゃったんだよねー……いやぁあの時は焦った焦った。フィニアちゃんいなかったら危なかった事案だった。成程、あの時のミリアちゃんね。思い出した思い出した、ああすっきりした。
にしても、なんで今更ミリアちゃん? ミニエラの子のことを、クレデールの学校の学園長が? 意味が分からないんだけど。
「思い出したようですね……実はあのミリアという子は、私の親族でしてね。孫の娘なんですよ」
「孫の娘? ってことは曾々々孫ってこと? ぇ、学園長何歳なの?」
「ほっほっほ……実は私―――こういう種族でしてね」
ミリアちゃんの祖父母のお爺ちゃん、年齢が絶対人間の寿命を超えていると思ったんだけど……学園長はその長い白髪を掻き上げ、その耳を露わにした。そこには、人間とは違う長く尖った耳があった。どちらかというと屍音ちゃんに近い耳の形をしている。
ソレを見て僕は少しだけ驚いたものの、冷静に考える。耳が長い種族と言えば、常識的に考えて"エルフ"だろうけれど……この学園長はそのエルフだとでもいうのだろうか? 僕のイメージじゃエルフって内向的で人間嫌いなんだけど、もしかしてこの世界じゃそうじゃなかったりする?
でも、対峙しただけで分かるこの貫録とどっしり構えた大木の様な威圧感は……その長い寿命と長い人生経験によるものなのだとしたら、納得がいくね。
「エルフ……」
「ええ、エルフです。森の民だなんて呼ばれたりもしますが、その寿命は最低でも1200年……曾々々孫が居るくらいなんてことないですよ。常識の範疇でしょう?」
「因みに、僕のイメージじゃそれほど人間に好意的じゃないんだけど……その辺どうなの?」
「合ってますよ、基本的にエルフ達は人間嫌いで集落から出てきません。しかし、何事にも例外というのは付きものでしょう? 私は変なエルフなんですよ」
変なエルフ、成程納得だね。
「可愛い曾々々孫を助けてくれたようで、お礼が言いたかったんですよ。ありがとうございました」
「あ、じゃあお礼と言ってはなんだけど大魔法使いさんに会わせてくれない?」
「君は随分と図々しい人のようですね……」
お礼というから、大魔法使いさんに会わせてほしいと言っただけなのに、ソレを図々しいというのは中々酷い奴だと思うなぁ。こんなに普通で平凡な何処にでもいる一般人の頼み位聞いてくれたっていいじゃないか。学園長たるもの、生徒だけじゃなく侵入者にも優しさを向けるべきだと思う。
曲がりなりにも僕序列12位のSランク冒険者なんだぞ、僕が名乗っている訳じゃないけどさ。ホラ、二つ名とかいうものもあるし、その辺評価してくれても良いじゃん。僕頑張ってるじゃん、色々頑張ってるじゃん。命の危機を逃れるついでになんか色々救って来たらしいじゃん。その辺理解してくれれば僕そろそろ報われても良い気がするんだけど。
ていうか、そんなに会わせられないような人なわけ? その大魔法使いサマとやらは。傲岸不遜で年増で人を人とも思わないクソみたいな性格の人だったりすんの? あはは、それなら流石の学園長でも人に会わせるのは憚られるよね。学校の威信というか名誉にも関わってくるもんね。
じゃあもう会わなくて良い気がしてくる。面倒臭いからなぁ……そういう人の相手するの。これまでの経験で流石に学んだよもう。
「つまり学園長先生は、その大魔法使いさんが年増で傲岸不遜で人を人とも思わないクソみたいな性格だから僕に会わせたくないってことだね?」
「どこをどう受け取ったらそんな曲解が生まれるのか知りたいんですが……」
「否定しないんだね」
「まぁ……年増ではないですが、全く当て嵌まらないという訳では、ないので……」
あらら、半ば冗談だったのに……大分苦労してるんだね学園長先生。年増じゃないんだ? じゃあ比較的若い人なんだねぇ。まぁ傲岸不遜で人を人とも思わないクソみたいな性格の人とかマジ勘弁してほしいけどね。
「まぁそれはそれとして……正直な所、傲岸不遜で人を人とも思わないクソみたいな性格の大魔法使いさんに会う事は出来ないのかな?」
「あまり彼女の悪口は言わない方がいいですよ? でないと―――」
僕の言葉に対して、学園長先生は困ったというか焦った様な表情を浮かべながら、僕に言葉を返してくる。その声色はなんだか本当に不味いぞといった感情が感じ取ることが出来、僕は少しだけ身構える。でも、学園長先生の言葉は最後まで聞く事は出来なかった。
何故なら、ソレを遮る声があったからだ。
「―――随分な言い草じゃない冒険者風情が」
その声と同時に、僕の目の前にはクリーム色の髪が現れていた。オレンジ色と黒で作られた衣装と、そのクリーム色の髪、吊り目な朱色の瞳が僕の視界に唐突に現れ……そして僕にじろりと視線を向けてくる。
途端にこの部屋の空気が大きく変わった様な感覚を得た。両肩に何か重いものが圧し掛かってきたような重圧と、彼女の瞳に見える怒りによるものだろう。悪口を言うと彼女に聞こえるということなのだろうか? どんな地獄耳だよ、盗聴でもしてんじゃねぇのこの女の人。
そんなことを思っていると、僕を睨むその瞳が更に鋭くなり、その唇が弧を描いた。どうやら勘も鋭いらしい。
ふわりとテーブルの上に着地した彼女の髪と衣装の揺れが収まり、そしてかなり高い位置から僕のことを見下してくる女性は、とても楽しげにテーブルから下りた。
瞬間、何か光ったと思った時には、椅子に座っている僕の目の前まで移動している。魔王と屍音ちゃんで十分見たことがあったから分かった。これは転移の力……いや、今さっき光ったのが魔法的な光だとすれば、転移魔法かな?
ということは、この女の人が例の大魔法使いなのかな?
「誰が傲岸不遜で人を人とも思わないクソみたいな性格をした魔法使いよ?」
「うん、この光景を見てくれれば第三者はきっと僕の味方だよね」
なんてったって僕の胸ぐら掴んで引き寄せたかと思えば、指先に火魔法なのかとても熱そうな火を灯して僕の顔に近づけてくるんだからね。最早恫喝か脅迫だよ? いやまぁ耐性値故に大抵の魔法攻撃は効かないけどさ……でも怖いものは怖い。
「てことは、君が噂の大魔法使いさんなのかな?」
「……ちょっと、こいつ何なの? さっきも図書館の前をうろついてたけど」
「侵入者ですね、貴女となにやら話がしたいそうですよ?」
僕の質問には答えてくれない大魔法使いさん。学園長先生が僕の目的を説明してくれたけれど、彼女の反応は芳しくなかった。まぁ悪口言いまくっていたのを聞かれていた様だし、印象最悪なら仕方ないことかもしれないけど、本当に傲岸不遜というか……強気な子なんだね。
やっぱり天才とか実力の高い人っていうのは皆こうなのか? 最早方程式にしても良いのかもしれないね、天才=面倒臭いという感じで。
すると、彼女は僕の方へ視線を向けて興味も無いといった様な表情を浮かべた。そしてそのまま僕の胸ぐらを掴みながら、もう片方の手で屍音ちゃんの身体を掴む。
「あっそ、私には関係無い話な訳か……じゃあいいわ……さっき悪口言ってたことに関しては、取り敢えずコレで許してあげるわ―――来世じゃ人の陰口を言わない真っ当な人間になることね」
そう言った彼女に、僕は答えを返すことが出来なかった。
何故ならその瞬間に僕の視界はぐにゃりと歪み、平衡感覚を完全に揺さぶられた様な衝撃と共に激痛を感じたからだ。
ぐるりと身体が宙を転がったかと思えば、背中から何処かに叩き付けられた。かはっと肺から空気が漏れるのを感じながら、僕は歪んだ視界が元に戻っていく最中で―――視界が真っ黒に染まっているのに気がつく。
途端に僕は揺さぶられて良く分からなくなっていた意識がはっきりと戻ってくるのを感じた。そして、その結果すぐに自分の状態を確認する事が出来るようになっていく。そうして確認していく中で最初に気がついたこと――
―――まず、僕の両眼が無くなっていた。
両の瞳が刳り抜かれたというより、まるで丸ごと外された様に無くなっており、視界は何も見えなくなっていた。頬を伝う大量の血の感触だけで、放っておけば大量出血で死ぬということが分かる。
そしてそれを確かめようと手を顔へとやろうとして、また気付く。
―――僕の肩から先の両腕の感覚が、消えていた。
よく確かめてみると、僕の両脚の感覚もない。どうやら四肢が全て失くなっているらしい。耳にゴポッという血が溢れる音が聞こえた。血が大量に溢れていることが分かる。
とりあえず腹筋だけで上半身を起こそうとして、更に気がつく。
「が……ッハ……!?」
グジュ、という音が身体の中から聞こえてきた。途端に走る激痛。『痛覚無効』のスキルがあるのに痛みを感じるということは……致命傷クラスの重傷ってことだ。でもこのずっと続く痛み……どうやら僕の胴体を何かが貫いている様だった。口から血が吐き出され、更に血が失われる。意識が暗い闇の底に沈んでいきそうになる。
なにがどうなったかは分からないけれど、コレは不味い……まずは体勢を立て直さないと――
「ッ……! これは、ちょっと予想外だねぇ……」
―――『初心渡り』で四肢を戻し、両眼を戻す。貫かれている状態である腹部は戻した傍から傷となってしまうから仕方ないとして、状況を視覚的に認識する事が出来る。
でも、取り戻した視界に映ったのは、尖った岩が広がる山岳地帯だった。僕はその尖った岩の1つに腹を貫かれていたらしい。とりあえず、ポケットの中から『魔法袋』を取り出し、中から『死神の手』を引っ張り出す。
そして、『武神』を発動させる。そのまま岩の根元を破壊して地面に下り立った。そのまま岩を腹からずるりと引き抜き、そして『初心渡り』で元に戻す。
「あっぶねー……死ぬかと思った」
呟き、命辛々助かったことにほっと安堵する。本当に危なかった、あのままだと僕は何も分からない内に死んでいただろう。あの大魔法使い、何をしてくれやがるんだ。今までで一番ぶっとんだ邂逅だったぜ……頭おかしいんじゃないの?
「おにーさーん……私の方も助けてほしいんだけどー……」
すると、頭上から僕に向かって声が掛かった。見上げると、そこには四肢や両眼が無くなった訳ではなかったけれど……岩にお腹を貫かれて串刺しにされている屍音ちゃんが、苦しそうかつだるそうな表情で僕に助けを求めていた。血を失っているからか若干顔は青白い。
耐性値の高い僕達を、問答無用で此処まで追い詰めるなんて……流石は世界一の大魔法使いといったところなんだろうか?
とりあえず、此処が何処で何をされたのかは別だけれど、僕は屍音ちゃんを助けてから考えることにしよう。
※大魔法使いさんは悪口に怒っただけです。




