移動中の出来事
また寝落ちしました! すいません、最近横になると一瞬で睡魔にやられてしまうもので……(汗)
昼食を食べてから、桔音達はもうしばらく休憩することとなった。ルルとフィニア、リアは共に草原に寝転がり、ひなたぼっこをしており、レイラは桔音の所へと行こうとしたけれど、少しやることがあると言われてリーシェの後片付けを手伝っている。
そして、桔音は自分で拘束している屍音と向かい合って座っていた。
クレデールに着く前に、桔音はこの屍音という少女に話を付けておこうと思ったのだ。教育国家は聞く限り、子供の多い国――そんな所に屍音の様な存在を連れていくのだから、殺す殺さないで殺さない選択をするのなら、それなりに屍音という存在を制限以外でも縛る必要がある。口約束でも何でもいい、屍音が暴走して人を傷付けることをしないように約束をしておくのだ。
桔音の『精霊の枷』というものは、確かに魔族に対して多大な制限を付ける。術者へ手をあげることは勿論だが、ステータス成長制限、スキル発動不可、レベル非向上などだが……それ以外にも、桔音の見ている前で他者を殺すことも出来ないようになっている。
しかし、此処にも抜け道はある。殺すことが出来ないというだけで、殺さない一歩手前までなら傷付けることが出来るのだ。それは屍音でなくとも出来ることであり、拷問という領分においては当然の常識だ。狂気を持った彼女ならば、常識を超えた形で最も苦しく痛い拷問を展開することだろう。
桔音としては、それを防ぎたいのだ。子供に手を出されて、子供が死んでも別に構いはしないのだが……アリシア達が言うには貴族の子供達が多いという話だ。権力を無駄にひけらかしてくるクソガキに手を出されて、後々権力云々の面倒事に発展するのは少々避けたいところだ。
「何? コレ解いてでもくれるの?」
「……ま、これからする話を君がどう答えるか次第だね」
「そう、良いよ……話して。面倒だけどいい加減退屈だから付き合ってあげる」
桔音の言葉に、屍音は瘴気で拘束されながらも話に応じた。
長い間拘束され続けていたせいかその状況に慣れたらしく、拘束された状態でありながら器用に身体を動かしている。流石というべきだろうが、しばらく拘束されていたにも拘らずその肉体に全く鈍った様子がない所は、評価すべきか脅威に思うべきか、困る所だ。
桔音は屍音の目を見て、『不気味体質』を発動させた。屍音の瞳に驚愕が一瞬浮かび……そして楽しげな感情が浮かび上がってきた。桔音という人間に興味を抱いた様だ。
「これから僕達は子供の多い国へ行くんだ……つまり、君には人を傷つけることをしないでもらいたいわけ……掠り傷の1つだろうと、君には人間を傷付けることをしないと約束して貰いたい……そうすれば僕は君の拘束を解くし、殺すことも今はしない……どう?」
「……へぇ、私を殺すとかなんとか言ってた割に随分とやっさしー判断だねぇ?」
「僕としては君を殺しておきたい部分はあるんだけど……なんとなく嫌な予感がするから、しばらくは生かして様子を見ることにした。ああ、勘違いしないでね? 僕としては状況が切迫する様ならすぐにでも君を殺す用意が出来てる」
屍音は桔音に対して口を開き、約束を受けたという明言はしなかったものの、それを受け入れることに抵抗は無い様子だった。しかし、この話は面白そうだといった口調で桔音に応答する。
そして、今殺さないだけで、いつでも殺しても良いと思っていることを明言する桔音に、屍音はまた愉快だと笑った。魔王の娘である自分を縛り、そして誰も傷つけさせないというのだからそうだろう。傷付けられない、それを受け入れられるのなら拘束を解き、ある程度の行動の自由を認める。随分と優しい処遇で、屍音はうえーっと舌を出した。
「甘い甘い、甘っちょろいねおにーさん。此処で私を殺さないってこと……後悔するよ?」
「君と会った時点ですでに後悔してるんだ、これ以上はないよ」
「アハハ! 良いよ、面白い―――受け入れてあげるよ、私は人間を傷付けない……でも、おにーさんの仲間って立場でない以上、私はおにーさんの味方じゃない。その国で私はどうしていれば良いのかな?」
屍音は御尤もだ。人を傷つけないと約束したからといって、それで屍音が安全な存在になる訳でもない。その上で拘束を解くという事は、屍音に行動の自由を与えるということ……その行動に、何か制限を与えなくても良いのか? 屍音はそういうことを言っているのだ。
そして桔音はその問いに対して、確かにそうだねと言いながら、少し考えた素振りを見せながらも答えた。
「僕が許可しない以上、僕の目の届く範囲にいること……ソレが出来れば、大体の行動は許してあげるよ」
「おにーさんの近くに居れば他人を傷付けること以外自由ってこと? やっぱり甘っちょろいねー、そんなに私に自由を与えて良いの?」
「良いんじゃない? どうせ君の能力値やレベルは今後一生上がる事は無いし、君が僕に手をあげることも出来ないし、最早君は脅威でもなんでもないからね……なら目に見える範囲であれば問題はない」
桔音の言葉に、屍音は少しだけ不満気な顔をする。脅威ではないと言われたのがやはり気にくわなかったのだろう。以前の屍音も桔音に興味が失せた様な発言をされた際、怒った。時間は戻って精神状態や肉体状態が変わったと言っても、その根本は同じということだ。
屍音は桔音をジトっとした目で睨みながら、唇を尖らせた。幼女の見た目に似合う、微笑ましい表情ではあるものの、桔音はそんな屍音に対して真剣な表情で続ける。
「じゃあこれから拘束を解くけど……暴れたりしたらすぐにまた拘束するからね。今や君の動きよりも僕の瘴気展開の方が速いから、抵抗は無駄だと思えよ」
「……はいはい、何度も言わなくたって分かってるよ」
屍音がそう言うのを確認して、桔音は彼女の手足を拘束していた瘴気をフッと消した。屍音の身体は自由になり、両手両足が自由に動くようになる。同時に、彼女はぐいーっと身体を伸ばし、軽く柔軟する。バキバキと固まっていた筋肉や関節がほぐされる音が鳴り響き、首をぐるりと回した彼女は、解放感からか大分朗らかな表情を見せた。
そしてその場でぴょんぴょんと跳び跳ねた後、腰からぐいぐいと身体を捻りつつ桔音を見た。
「んー……! っはぁ……やっと自由だよー……全く、こんなに可愛い女の子を拘束するなんて、男の風上にも置けないよね。死ねば?」
「煩いな、君を拘束しない人間なんて早々いねぇよ」
「それだけ私が怖いってこと? アハハ、臆病者極まりないねぇー、とっとと死ね」
「君相当僕に死んでほしいんだな」
解放された瞬間、桔音に死ね死ねと連呼する様になった屍音。人を傷付けることはしなくなったようだが、人の心を傷付けることはするらしい。まぁ暴力を振るっていない以上契約違反ではないが、相当桔音に対してストレスと殺意が溜まっているらしく、その死ねという言葉に屍音の気持ちが詰まっているようだった。
桔音の言う通り、相当桔音に死んでもらいたいらしい。笑顔で死ねと連呼してくる幼女に、桔音の心はなんとなく地味にダメージを受けていた。
だが、相手が屍音ということもあって桔音はすぐに割り切った。色々と制限して縛り上げたのだから、この程度の抵抗くらいは許してやろうと、寛容な心で受け入れてあげたのだ。少なくとも、本人はそう思っている。若干暗い眼をしているが、きっとそうなのだ。
「これから君には僕達と行動を共にして貰う訳だけど―――まぁ働かざる者食うべからずってことで、君にも働いてもらうからね」
「え? やだよ、なんで私が働かないといけないの?」
「……」
こいつやっぱり何も変わってねぇ、と桔音は内心で屍音を殺したくなった。
自己中心的な思考の塊であり、魔王の娘――つまりは魔族の姫ということになるこの少女は、自分自身が面倒な目に遭うのはいやなのだ。働きたくない精神を大事にする、ある意味その辺では桔音に似た部分を持った少女である。
とはいえ、この自己中心娘を調教――ならぬ教育するのは、保護者の役目である。と桔音は自分に言い聞かせて、とりあえず屍音の頭を1発叩いた。
「言うこと聞かないと、また拘束」
「……分かったよ、やればいいんでしょ」
桔音の薄ら笑いと共に放たれた言葉に、屍音はうえーっと心底嫌そうな表情を浮かべた後、本当に面倒臭そうに首を縦に振った。ゆったりとだらだらした動きでリーシェ達の所へ近づいて行き、食べた物の片付けを手伝い始める。リーシェに何をどうすればいいか聞いて、少し驚いた様子のリーシェに説明を聞いた後、これまただらだらと指示通りに片付けをする。
食材の食べられない部分や使わなかった切れ端を一ヵ所に纏めて処分するだけなのだが、屍音はむすっとした様子でちょこちょこと作業するので、少し時間が掛かりそうだった。
そしてその様子を見た桔音と、その作業をする屍音、両者は両者に対して内心同じことを呟いた。
「(クソガキ死ね)」
「(おにーさん死ね)」
案外、似た者同士な両者であった。
◇ ◇ ◇
片付けを終えて、休憩も十分取った後、桔音達は再度移動を開始した。屍音が拘束から解放された故に、瘴気の板は船の形になって簡単に部屋が出来ている。各々好きな場所で好きなことをしていればいいという方針となり、桔音は桔音で瘴気の空間把握を外に展開しながら一室で寝転がっていた。
桔音は此処最近戦いや色々と考えさせられることが多かった故に、少々寝不足なのだ。スキルが進化したおかげで、寝ていてもその速度と強度を落とすことがなくなったので、軽く睡眠を取ることにした様だ。
とはいえ、瘴気の空間把握が展開されている上に、『不気味体質』も発動したままなので、魔獣達は近辺にはおらず、また空間把握範囲内に危険な存在が入ってくればすぐに目を覚ますことが出来る状態だ。いわば仮眠程度のものである。
だが、桔音の傍にはレイラがいた。壁に寄り掛かる様にして座っており、寝ている桔音の頭を自分の太ももに乗せている。所謂膝枕である。
桔音の部屋にやってきた彼女は、桔音が寝ているのを見て膝枕を決行。近づいた所で目を覚まさない桔音を見れば、警戒されていない……つまり信頼されていることが分かり、少しだけ気分が良いレイラ。
最近はあまり触れ合うことも少なく、記憶も少ないので離れがちだったのだが……こうしてみると改めて桔音と触れ合うことが嬉しく思えた。
ふんわりとした白髪が揺れ、赤い瞳が優しげに桔音の寝顔を見つめた。にんまりと笑みを浮かべたレイラは、桔音の頭を軽く撫でる。いつもは桔音が皆に対してそういう対応をしていることもあり、桔音の頭を撫でるというのは少しだけ新鮮だった。
しかし、こうやって触れてみるとやはり桔音の身体は普通の男性に比べて華奢だ。小柄故にあまり強そうには見えず、しかし触れれば分かる筋肉や骨格に確かな男性を感じる。レイラはそんなギャップにも少しだけグッと来ていた。
「……膝枕かぁ……記憶を失う前の私はして貰ったのかな?」
レイラは呟き、うぐぐと唸る。記憶を失う前の自分が、もしも桔音に膝枕をして貰っていたと考えて、ちょっとだけ惜しい気分になると同時に、嫉妬する。自分に嫉妬するなど、滑稽な話ではあるが。
「……うん♪ まぁいいや♡」
しかし、今この瞬間の幸福は自分が感じているもの。それだけは変わらない。
レイラはそう考えなおし、桔音の寝顔を眺めながら――彼女自身もいつの間にか眠りについていた。
◇
それからしばらく後のことだ。
「きつね、ちょっと良いか……って、コレは……」
「あはは……静かにね、リーシェちゃん」
桔音の下へとやってきたリーシェが部屋の中に入るとそこには、桔音の膝で安心した様に眠るレイラと―――後からやってきたルルやフィニアが桔音に寄り添うようにして一緒に眠っている光景があった。桔音は全員に寄り添われる形で中心に座っており、少しだけ困った様な顔をしながらも、笑っていた。
そして、その後屍音が突撃して全員が目覚めるまで……この部屋には確かに、かつての『死神狐』というパーティの姿が存在していた。
ゆったりとした部屋の中の、温かい時間。




