決着……
狂った人種というのは、その全てが何かしらの強大な力を持っている。
当然だろう。強大な力というのは、人を狂わせる。
それはその力の一端に触れた者や、その力に魅了された者、その力に取り憑かれた者、そして――その力を手に入れた者と、様々。強大な力をどう使いたいか、どう使うかはその人の性格次第ではあるが、強大な力を振るいたいと思ってしまう故に、その結果何かを破壊することに躊躇を覚えなくなってしまう。それが狂うという事の始まりだ。
物を壊すことに躊躇しないということから、欲望がエスカレートする生物という存在はもっと大きな物とを破壊するという欲求を抱く。魔王がそうだったように、それは逃れられない衝動の様なモノなのだ。
魔王は、破壊衝動に耐えられず、物を破壊することに対して狂った。
天使は、自分のやること全てを良い事だと思い、自分自身に狂った。
聖母は、平和な世界にする為、出会いすらも消すと、平和に狂った。
全員が全員、狂っている。頭がおかしい。考え方が根本から大きく違ってしまっている。強大な力を持っているから、その狂った思想を実現出来てしまうから、彼女達は矛盾することなく狂うことが出来たのだ。
そう、故に屍音も同じだ。
彼女は自分自身の力を過信していない。していない上で、世界は自分の為にあると本気で信じている。自分に逆らうことこそ罪であり、自分の思い通りにならない者はこの世界にはいらない。自分の機嫌を損ねるのなら消されて当然であるし、自分に殺されることは謂わば、この世界の王に処して貰えるということ――喜ぶべき常識だと思っている。
故に最強の魔族である彼女は、世界に対して狂ったのだ。
世界に不満などなく、素晴らしいこの世界に生まれた素晴らしい自分が大好きだった。魔王は自分を閉じ込めたから殺したけれど、そこに悲しみなどないし、魔王も父親としては大好きなままだ。死んでいった魔族も、自分の役に立ててから嬉しいだろう。
少し強く言えば自分に頭を下げて、甘やかしてくれて、優遇してくれて、優先してくれて、満足させてくれて、退屈を取り除いてくれて、忠誠を誓ってくれる存在ばかりの世界。少しも不満などない。ソレが自分という存在に対する正しい接し方なのだから。
だから、彼女は桔音という存在に対して不満を持ち、今まで通りに消そうとした。消されるのが当然で、嬉しい筈だから。強く言っても聞かないのなら、自分の言うことを聞いてくれないのなら、この世界にはいらない。
しかし、桔音はしぶとかった。
いくら攻撃してもしぶとく生き残り、最初の邂逅では自分から逃走し切った。自分に対して無関心という無礼を働きながら。この時点で、彼女は桔音を殺すことを決めた。
そして二度目。彼女は再戦する桔音の実力にマンネリ化していた日常に、最高の刺激を放り込まれた気分になった。自分に喰らい付き、一度は自分に王手すら掛けて来た。死ぬかもしれない所まで、追い詰められた。
この私が―――と、彼女は驚愕と屈辱を感じると同時、胸が昂ったのだ。
これ程のスリルと臨場感、そしてギリギリを生きている感覚、もしかしたらこの世界の王である自分を蹴落とし地面を這い蹲らせることが出来るかもしれない存在、その登場に心が躍った。
死ぬかもしれない、面白い。
屈辱に晒されるかもしれない、面白い。
負けるかもしれない、面白い。
そんなこと以上に、そんな存在を剣を交え、血を流し、そしてその先に勝利して、そんな存在をゴミの様な汚い肉塊へと変えた瞬間が……堪らない。
笑みが浮かぶ。狂気が加速する。
今目の前に居る人間が愛おしくて堪らない。抱き締めて窒息してしまう程のキスをして口内を舌で蹂躙して心を惚けてさせて身も心も完全に自分のモノにして、何もかも手に入れてしまいたいくらい愛おしくて愛おしくて愛おしくて―――堪らない。
でもだからこそ、壊してやりたい。
愛おしくて愛らしくて抱き締めたくてキスしてしまいたくて惚れさせたくて愛したくて愛されたくて触れあいたくて交わりたくて、なにより自分に届き得る孤高で美しいその存在だからこそ、壊したいのだ。
地面を這わせてやりたい。四肢を斬り落としてやりたい。顔を踏んづけてやりたい。舌を引き抜いてやりたい。涙を流させてやりたい。血を吐かせてやりたい。目玉を潰してやりたい。全身の骨を砕いてやりたい。内臓を引き摺り出してやりたい。辱しめてやりたい。屈辱を与えてやりたい。謝らせたい。地面に頭を擦り付けさせたい。屈服させてやりたい。飼い殺してやりたい。人の尊厳全てを剥奪してやりたい。絶望させてやりたい。ゴミの様に醜い姿に変えてやりたい。雑魚魔獣の餌にしてやりたい。叫び声を聞きたい。命乞いが聞きたい。苦渋の表情が見たい。瞳から光が失われる瞬間を見たい。首を絞めてギリギリまで苦しめてやりたい。拷問に掛けたい。殺してやりたい―――
美しくて、孤高で、格好良くて、強く、周囲から羨望と信頼の視線を浴びていたそんな存在が―――ゴミの様に地面に這い蹲って無残な姿になったら、そう考えるだけで彼女は身体中に電撃でも奔ったかのような破壊衝動と、失禁するほどの悦楽に包まれた。
「―――世界で一番素敵な殺し方で、愛してあげる……☆」
だから、そう言った彼女から感じた危険な気配に、桔音は直感で感じて動き出した。おそらくは無意識だっただろう。無意識の内に身体が反応して、その場から後方へバックステップ―――ではなく、真横へと全力で跳んだ。
瞬間、桔音が居た場所から後ろの壁に、ドリルで穴を空けた様な大穴が空いた。
「あれ? 外しちゃったぁ……アハハッ……! でも良いよー……そうじゃないとダメだよー? アハハッ……ちゃんと、避 け テ ね ☆」
キリキリという音が聞こえそうな動きで、首を傾ける屍音。
桔音は彼女が何をしたのか分からないけれど、後方に空いた大穴を見て思う。何かが飛んできた訳ではない、ただ彼女が何かをして、結果一直線に大穴が空いたのだ。
すると、屍音がくすくすと笑いだす。
「ホラホラ……世界がゆぅぅっくり……廻り出すよー? くるくるくるくるくる……アハハハハハハハははハハはハハ!」
首を傾け、三日月の様な笑みと共に、両手の指をくるくると回しながら言う彼女の言葉が響いた後、周囲の風景が変わっていく。
360度、黒色の空間が広がっていき、蛍光ピンクで彩られた目に痛い空間へと――変わっていく。
そこには先程までの階段も、大きく開けていた空も、溶岩となった土の塊も、何も無い。縦横左右何も分からない様な、絵の具をぶちまけた様に真っ黒な空間に蛍光ピンクで彩られた、そんな世界。
桔音はそれを見て驚愕の表情を浮かべる。なんだこれは、と思った。そして次に、すぐ傍にノエルの姿がない事に気がついた。精霊の姿も、フィニア達の姿も無い。念話で語りかけるも、ノエルの返答はまるでなかった。繋がりが途絶えてしまった様な、そんな感覚を覚え、精霊との繋がりも感じられない。
こんな黒と蛍光ピンクだけの目に痛い狂気の世界で、桔音は屍音と2人閉じ込められてしまったのだ。
「―――『玩具箱』」
屍音がぽつりと呟く。桔音は、ソレを聞いてなんとなく理解した。つまり、コレが彼女の固有スキル。どんなスキルかは全く想像がつかないが、巫女の結界と似た様なものなのだと結論付ける。内と外を隔絶する結界――この場合は空間を作り上げることが出来るスキル。
この空間がなにを齎すのか、どんな効果があるのかは分からないが、碌なモノではないことは確かだろう。
桔音はともかく、と『死神の手』を構えようとして……その手に何もない事に気がついた。
「ッ!?」
「アハハッ☆ ダメだよー、あんなアブナイモノ振り回しちゃ……あんなの私とおにーさんの愛の営みには必要ないもんね……アハハハハ……!」
「……どういうことかな……」
桔音は握っていた筈の武器の消失に、困惑する。取られる隙は無かったし、先程まではしっかり握っている感覚もあった。なのに、気が付いたら武器が消えていたのだ。まるで、最初からなかったかのように。
屍音はケタケタ笑いながら、身体を左右に揺らす。眉を潜めてそんな屍音を見ていると、いつのまにか彼女の服が元通りになっていた。露出していた右胸やおへそはしっかり隠れ、新品同様に元に戻った黒い外套が彼女の身体を包み込んでいた。ソレにも驚愕を隠せない桔音。
まるで桔音の『初心渡り』の様な修復を見せたのだから、驚くのも当然だろう。
「アハハ、うふふ……くふふふふ……! 困惑してる? 戸惑ってるー? 良いよ良いよその顔、もっと歪んだ顔を見せてよ! さぁおにーさん―――私がコ ワ イ ?」
「コレが君の切り札かい?」
「アハハ……! そうだよ、私とっておきの固有スキル……『玩具箱』! どんなスキルか知りたい? しりた、しりた、しりりタたタりシりシしタタりリ……知りたぁぁい?」
「是非とも教えてほしいものだね」
狂気が更に増したからか、それともこの空間を展開したからか、彼女は言動がおかしくなってきていた。まともな思考は持っている様だけれど、どこか歯車がずれている様な、そんな言動。壊れたラジオの様な言葉に、桔音は少しだけ目を細めた。
コレはまともな会話が出来そうにないな……と思いながらも、周囲を見渡し情報を集める。時間を稼ぐために口も開く。
すると、彼女は案外すぐにこの空間について教えてくれた。
「うふふ……あのねあのね? この空間は、私が創った小さい玩具箱の中……だからだからだから……此処は小さな世界みたいなものなんだよ! アハハハハはハはは! 外には出れないし、中にも入れない……何もかもが私の思い通りの小さな世界、それがそれが、それが? この玩具箱……! この中なら私は何があろうと死なないし、何があろうと傷付かない……全部全部私の思い通りになる世界……くふふふ……っ……! ゲホッ……ガハッ……ァ……! アハハッ、身体に負担が大きいのが難点だけど―――今はこの身体の痛みも嬉しいよ☆ だって、おにーさんのみっともない姿を見れるなら、この身体がどうなっても構わないんだから!!」
血を吐きながら、ふらふらと足下もおぼつかない様子で、しかし目は爛々とさせてそう言う彼女。固有スキルによる肉体への負荷は、耐性値も関係なく回復にかなりの時間を掛けるダメージだ。彼女の言葉を信じるのなら、この小さくも何でも思い通りにいく世界を作る為に、身体には多大な負荷が掛かっているのだろう。
故に、彼女は決死の覚悟でこの世界を作り上げた。桔音をゴミに変えて勝者になり、彼の死体を踏み付ける為に―――彼女は自分自身の命を天秤に乗せた。
「さぁ遊ぼうおにーさん……ここは私の玩具箱……いつまでも遊んでいられる楽園……ゲホッ……! ほらほら……まずは『お人形遊び』から始めよう? お人形は、おにーさんだよ」
震える指を桔音に向けて、血を口から溢れさせる彼女はそう言った。
◇ ◇ ◇
真っ黒なドーム状の光に包まれた桔音を見たレイラ達。彼女達はすぐにその中へと入ろうとした、しかしその中には入れない。中の様子も分からず、攻撃してもびくともしないその漆黒のドームに歯噛みした。すると、外へカランという音と共に桔音の武器である漆黒の棒が現れる。
ソレを見たレイラ達は凄まじい焦燥感に駆られた。コレが此処に在るという事は、桔音は今武器を持っていないということになるからだ。そうなれば、如何に桔音であろうと命が危うい。
どうすればいい、とそう考え出す。良い方法は思い浮かばないが、それでも思考は止めなかった。
しかし、それは無駄な努力に終わる。
何故なら、その黒いドームは数分経った瞬間、ふっと消えていったからだ。戦闘が終わったのか、それとも桔音がドームを破ったのかは分からない。ほっと安堵すると共に、レイラ達は消えて行く黒い光の中を見た。
どうなったのか、桔音は無事なのか――不安を振り払う様に視線を向ける。
だが、見ない方が幸せだったかもしれない。
「……ッ!? ……あぁ……ぁあぁ……!?」
そこには、戦いの終わりがあった。
「アハッ……☆」
笑う魔王の娘、屍音。彼女が伸ばした手の先には……首が掴まれていた。
「きつねさぁぁぁん!!!」
そう、全身に切り刻まれた様な夥しい数の傷を付け、致死量の血を流し、無残な姿で首を掴まれ宙に持ち上げられ、死んだ様に意識を失っている、
―――敗北者の姿が、そこにあった。




