笑う二人
「加勢するぞ、きーくん」
「助かる、数秒足止めして欲しい」
戦闘が始まってから、即座に介入してきたのは初代勇者神奈ちゃんだ。彼女は現状僕の次に屍音ちゃんの危険性をしっかりと認識している人物だ。魔王の中から見ていたのなら分かるだろう……彼女が魔王の首を刎ね飛ばした時の速度や、威圧感、そして動きの鋭さが、怪物以上に化け物染みていた事実を。
正直、彼女は出会った時から化け物染みていたし、その上で規格外な戦闘センスを持っているから恐ろしい。何せ、僕の動きを見ただけでトレースし、その上でその動きを自分に最適な形かつ、殺すのに最適な形に昇華させてきたくらいだ。その才能だけで、正直敵に回したくないと思う要因としては抜群の威力を含んでいる。戦いたくはない。
さて、と。戦闘を始める前に、彼女と戦うための戦力をささっと向上させたい。その為には最適な力を持った人物が良いよね―――つまり、凪君だ。彼の実力は正直まだこの戦闘に付いて行けるほどじゃない。でも、戦闘に参加しなくても良い……何故なら、彼には戦闘に参加することなくこの戦闘に影響を及ぼす力がある。
スキル無効の固有スキル―――『希望の光』
ステータス的な自力の差は埋まらないけれど、それでも彼女の武器をその自力と戦闘技術のみにする事が出来る。謂わば、戦国武将から武器を奪う様なものだ。
でも、その為には彼に復活して貰わなくちゃいけない。心臓は潰されていないようだから、出血さえ止めればなんとか戦線復帰も可能だろう。そこで、僕の固有スキル『初心渡り』を使う。これなら時間回帰故に、傷もすぐ修復され、戦線復帰も可能だ。僕との戦闘で与えられたダメージも回復させることが出来るから、万能だよね。
さぁ、初代勇者と今代勇者、そこに死神を加えた即席パーティで戦うとしよう。レイラちゃん達も混ざれば、大分戦況は楽になるだろうけれど……今の彼女達は状況に付いていけていないから、寧ろ足手まといになってしまう。記憶もないから、多分僕の期待するだけの実力を出してくれるとは思えない。自分の力をしっかり発揮出来ない内は寧ろ危険だ。それ以前に、屍音ちゃんの威圧感に耐えられない様だしね。
ステータス差を覆せる剣術やスキルを持っているリーシェちゃんなら付いて来れるかもしれないけど、彼女の剣は今神奈ちゃんが使っているから、戦えという方が無理な話だろう。
「凪君達を復帰させる」
「出来るんだね? ……おっけー、頑張ろう―――その為の勇者だ」
空気が変わった神奈ちゃん。瞬間、彼女から発せられる威圧感も勇者のそれとなる。屍音ちゃんも可愛らしく小首を傾げながら、狂気を放つ視線を向けてくる。初代勇者の威圧感はやはり、普通とは違うんだろう。
今から始まる戦闘は―――間違いなく、かの最強ちゃんと同じ領域での戦い。
拳で地面が割れ、剣で空を断ち、咆哮で空気を振るわせる。そういう戦いだ。だから、手を抜くなんて絶対に出来ないし、まばたきの瞬間に誰かが死ぬことだってあり得る以上、ほんの僅かな油断すら許されない。
「さ、行こうか」
「アハハ☆ 話は終わったー? 私を退屈させるなんて重罪だよ? だから死刑ね!」
「随分ぶっとんだ裁判だ、ね!」
ふらふらと身体を揺らしながら言う屍音ちゃんに、僕と神奈ちゃんが突っ込む。地面を蹴り、駆けて行く僕達を迎え撃つ様に、彼女は黒い手袋に包まれた彼女の両手が、ゆらりと吊り上がっていき、そして掌に膨大な量の魔力が込められていく。
おそらくアレで殴られれば恐ろしい破壊力に呑みこまれるだろうし、大抵の攻撃なら軽く防がれると思う。
魔力の使い方は、基本的に身体能力の向上や放出することによる魔法攻撃、治療等ある。だが、身体能力の向上も込める魔力量が膨大なモノになれば、それはそれだけで十分な破壊力を生み出す必殺技となる。どこぞの狩り人漫画みたいなものだ。
「神奈ちゃん、なんとかよろしく」
「ああ、行って来い」
僕の前に神奈ちゃんが出て、そして先に屍音ちゃんへと衝突した。彼女が握っているのは、リーシェちゃんの剣……『赫蜻蛉』。魔力やスキルで生み出された物質を切り裂くことが出来る性質を持っている故に、屍音ちゃんの両手と衝突して、ガギンと金属同士が衝突したような音を響かせた。
その隙に、僕は屍音ちゃんの横を通り抜け―――ようとして、腹にめり込んだ細い脚に阻害された。
「な……!?」
見れば、屍音ちゃんは片手で神奈ちゃんの剣を受け止めながら、くるりと回転して僕の腹部へと回転蹴りを直撃させたようだ。メリメリ、とめり込む彼女の黒いニーハイに包まれた足。痛みは感じないし、吹き飛ぶ程も無いけれど……肺から空気を吐き出してしまう威力。コレは僕の耐性値だからこその低ダメージな訳であって、普通の人間であれば身体を足が通り抜け、分断されていたことだろう。重傷以上に、致命傷だった筈だ。
「あれれー? 吹っ飛ばないなぁ? アハハハ! 丈夫丈夫! 面白いよおにーさん☆ そのままなるべく壊れない様にね? そっちの方が―――たのしーから!」
足を引きながら、屍音ちゃんは狂笑する。同時に剣を弾いて神奈ちゃんを投げ飛ばした。ちゃんと着地して距離を取った神奈ちゃんだけど……流石の戦闘センスだ。凪君達の所へと行くことすら難しい。
「けほっ……本当、最初から容赦ないなぁ……」
「おにーさんにもういっぱーつ!」
「あぶねっ!」
喋る暇も無い。もう一発放たれた回し蹴りを、僕はしゃがみ込んで躱す。パンツ見えた、黒か――そんなことを思っていると、彼女の足は空中で止まり、しゃがんだ僕の頭に踵落としとなって落ちて来た。ガツンと僕の頭を蹴り抜き、そのまま僕は顔面から地面へと叩き付けられた。鼻を打って少し鈍い衝撃を受けたものの、転がる様にして僕はその場から離れる。
屍音ちゃんが追って来たけれど、追い付かれる前に体勢を立て直し、立ち上がる。その瞬間に目の前に踏みこんできた屍音ちゃん。しかし、それ以上は前に進めない。
「んッ……?」
直進してきた彼女の腹部中央を、僕の持つ『死神の手』の柄先が突いていた。棒がつっかえとなって、前に進む事は出来ない。いくら魔王の娘といえど、物理法則から逃れることは出来ない。つっかえがある以上、ソレが壊れないのなら直進は出来ないだろう。
一瞬の硬直、僕はその硬直を利用してバックステップ。同時に、凪君のすぐ隣にまで辿り着くことが出来た。
屍音ちゃんは此方へ向かおうとしていたけれど……ソレを放って、僕は凪君に触れた。屍音ちゃんにとっては致命的な隙だっただろうが、それでも僕が『初心渡り』を発動させることが出来た。
「少し待てよ魔王の娘―――お前の相手はこの私だ」
「アハハッ☆ 勇者? おとーさんにも負けたゴミがしゃしゃり出ないでくれないかな?」
何故なら、屍音ちゃんを神奈ちゃんが足止めしてくれたからだ。魔力を断つ剣とその剣を圧倒的な魔力量でもって受け流す屍音ちゃん。どうやら魔力を断たれ切る前に弾くことで、対抗しているらしい。一歩タイミングを間違えれば、簡単に手を切られるというのに……底無しの戦闘センス以上に、そういう戦術を使おうとする精神と胆力にも恐れ入る。
狂った彼女にとっては、傷付くことすら戦いの中の楽しみに入れることが出来るということか。但し、傷つけられたら相手を殺すことになるんだろうけどさ。ムカつくとかそんな理由で。
でも――
「ぐ……きつね先輩……!」
「行けるかな、凪君」
――凪君は復活した。
「! 身体が……はい、行けます!」
「おっけー、スキル封じよろしく。メインは僕と神奈ちゃんに任せて、『希望の光』展開後にそこの巫女の手当てをして。悪いけど、そっちも治す時間は流石にない」
「分かりました……!」
言葉の後、凪君が『希望の光』を発動させた。ぼんやりと凪君の身体が白い光を纏い、屍音ちゃんのスキルを全て封じ込める。元々スキルを戦いで発動させてこなかったけれど、発動される前に封じ込めただけ良い。攻撃力大幅ダウンとは言わないけれど、攻撃力の向上は封じられたと言って良い。
あとは……屍音ちゃんをどうにかするか、撤退するかの2つだけど、どうにかするには多少無理をする必要があるし、撤退するには彼女に決定的な隙を作るしかない。そもそも、彼女は僕が『鬼神』を使った状態で戦っても余裕で凌いで来たんだ。
多分今『鬼神』を発動したとしても、爆発的に向上した耐性値によって負けなくなるだけで、勝つ事は出来ない。そりゃその状態で『武神』でも叩き込めば、屍音ちゃんでもただではすまないだろうけれど……それを直撃させることが出来ない。直撃させるには、彼女は強すぎるんだ。
だから無理をするというのは、『鬼神』を発動した上で、命を削る程の何かをするということ。屍音ちゃんってのは、それだけのことをしてようやくどうにか出来る存在だ。例えるのなら……ある意味、神葬武装を使いこなす魔王みたいなものだよね。
『きつねちゃん、流石にそろそろ戦線復帰しないとキツそうだよー?』
「きつね先輩……気になってたけど、その子は……」
「まぁ……後で紹介するよ。とりあえず、巫女の手当てよろしく……んで、出来る様なら僕にやったあの結界を発動させてほしい。出来ればあの子を、閉じ込める感じで―――それじゃ」
地面を蹴って、僕は屍音ちゃんへと斬り込む。棒の先端に付いた漆黒の薙刀を振って、瘴気の斬撃を飛ばす。でも2人はきっちりそれを躱し、その斬撃は屍音ちゃんと神奈ちゃんの間を抜けて地面を切り裂いた。
距離が空き、僕はその間に入り込む。そして、神奈ちゃんと共に屍音ちゃんと対峙した。
「ああ、もう大丈夫なのか? 私の後輩は」
「うん、まぁね……屍音ちゃんはもうスキルを使えない。んで、やるなら短期決着だ……あの魔王の娘からいっちょ逃げるぞ」
倒せないのなら、逃げるしかない。逃げる為には、彼女の隙を作るしかない。その為には、この場に在る全ての力を最良の形で使いこなす必要がある。
出来るだろうか? ははは、出来るさ。
間違えれば死……そりゃ厄介なことだけど――その程度、今までと同じじゃないか。もう慣れたよ。この短期間でどれだけ命の危機に瀕して来たと思ってるんだ。今更この程度で臆するほど、僕も弱くない。この世界に来た時とは、もう違うんだから。
元の世界に帰る、その為に僕は死なないと決めてるんだ。
「その為なら、例え相手が君だろうが……壊れちゃう様なハグだってしてやるぜ。屍音ちゃん」
「アハハッ☆ じゃあ私は死んじゃう様なキスをしてあげるよ? だから死んでねおにーさん!」
僕と彼女はそう言って、不気味に笑った。