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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十三章 魔王の消えた世界で勇者は
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狂うならちゃんと狂えよ

「ああああああああ゛あ゛あ゛!!! 死ねッ! 死ねッ!! 死ね死ね死ね死ね死ねェェェェ!!」


 広い空間に出た瞬間に聞こえて来たのは、勇者凪のそんな叫び声だった。対峙しているワイバーンにその剣を何度も叩き付け、ザクザクとその固い身体を切り裂いている。だが戦闘中というわけではない。何故なら、もうワイバーンは死んでいるからだ。

 倒れた巨体に、何度も何度も剣を突き刺し、返り血に勇者の身体は真っ赤に染まっていた。狂った様に『死ね』と繰り返す彼の姿は、気が違ったとしか言いようがない狂乱っぷりで、最早勇者とは言えないモノだった。


「ナギ! 止めろ! もうワイバーンは死んでる!!」

「ナギさん!」


 すぐ傍には仲間であり、凪を連れ戻しに来たジークとシルフィがいた。凪に近づき、もう死んでいるワイバーンを攻撃し続ける凪を止めようと、必死に声を掛けていた。


 それでも止まらない凪は、遂にアハハと声を上げて笑いだす。


 狂った様に、剣をワイバーンに突き刺したまま手放し、解放された様に晴れやかな表情でどさりと倒れた。それをジークが受けとめ支えたが、凪は小さくずっと笑い続けていた。何故笑うのか、凪には何が見えているのか、ジークには全く分からない。

 アレほどまでに優しく、正義感に溢れ、とんでもないお人好しだった男が、どう壊れればこうなるのだろうか。最早仲間の声も、姿も、何も届かない。


 切っ掛けは分かっている。死神と呼ばれた冒険者、桔音に敵対したからだ。

 勇者としては未熟で、人間としては未完成で、世界を救う器としては不相応。そんな状態で敵に回してしまった、同じ異世界人にして全く違う道を歩んできた桔音。恵まれない環境、過酷な運命、強く無ければ死んでしまう世界で生き抜いてきた異世界人。そんな桔音を敵に回して、凪は勇者としての自分を壊されてしまった。

 最早避けられない結果だったのかもしれない。彼の未熟さが、早計さが、彼の崩壊を招いた。


 自業自得と言われれば、否定出来はしない。


「ァハハ……壊したぞ……ざまぁみろ……殺してやった……ハハハ……死ね、死ね……皆死ね、壊れて……壊して……殺戮して……消してやる……ハハハははハは……」


 凭れ掛かる様にしてジークに支えられる彼は、達成感に満たされた様にケラケラと笑う。乾いた様な、笑みを浮かべる。最早彼の眼に映っているのは、現実ではなく、幻の世界。自分の都合の良い、全てが敵である世界。


 故に――


「随分とまぁ……狂っちゃってるねぇ、凪君」


 ふと訪れた桔音の言葉が――


「ッッッ……!! ッァァァアアァァアァアアアア゛ア゛!!!!」


 凪の身体を跳ねさせた。ジークを振り払う様にして立ち上がり、さっきの笑みが嘘の様に怒りの形相を浮かべる。ワイバーンに刺さっていた剣を乱暴に引き抜き、桔音に血走った瞳を向けた。


「なんでなんでなんでなんでなんでぇぇぇ!!? お前は殺した筈だお前は殺した筈だお前は殺した筈だお前は殺した筈だお前は殺した筈だお前は殺した筈だお前は殺した筈だお前は殺した筈だお前は殺した筈だお前は殺した筈だお前は殺した筈だお前は殺した筈だお前は殺した筈だぁぁあぁあぁあぁ!?!? どうして生きてる!? どうして! どうしてぇぇ!! 何度殺しても何度殺しても死なない! なんでお前は死なない!? こんなに殺したのに!! きつ、ツネ、キツネキツネキツネきつねぇぇ!!!」


 凪には、ワイバーンも此処までの魔獣も、皆桔音にしか見えていなかった。殺すべき対象にしか見えていなかった。戦って戦って、何人もの魔獣(きつね)を殺してきたのだ。それが例え、自分の狂った精神が映す幻であっても、彼はずっと殺し続けてきたのだ。

 しかし、此処に限界を迎えた彼の精神は、本当の桔音が現れたことで限界を超えた。ギリギリ保っていた思考能力が消え去り、狂気が彼の身体を突き動かす。


 剣を振り回し、ぐわんぐわんと身体を動かし、首をゴキゴキと鳴らす。人間の間接の可動域を超えた様な動きをして、なんだか不気味だった。


「此処まで来ると、哀れだね」


 桔音はそんな凪を見て、薄ら笑いのままそう言い捨てる。凪は片手で顔を抑え、もう片方の手で剣を振り回す。桔音が見えていないのか、それとも掻き毟る様な思考に暴れているのかは分からないが、叫び声を上げて暴れている。

 そこへ、ジークとシルフィが桔音の下へと駆け寄ってきた。そしてその隣にいる巫女を見て、信じられないかのような顔をする。


「お前……助けを呼んでくれとは言ったが……彼を連れてくるなんて」

「今のナギさんには寧ろ逆効果じゃないでしょうか……」


 桔音が救援と理解して、そう言う2人。しかし、巫女は真剣な眼差しで凪を見つめ、重々しく口を開く。


「……今のナギ様が囚われているのは、この人の幻影……なら、それを断ち切る他にナギ様が救われる方法はないです……」

「でもよ……」

「まぁまぁ、任せとけよ剣士さん……僕としても、彼がこのままなのはちょっと困るんだ……何もこのままぶっ壊したりはしないさ。前回のはまぁ、敵対していたからこそのやり方だったんだし、普段の僕は大分常識的なんだぜ?」


 渋るジークの肩に手を置いて、ずいっと前に出る桔音。カツンと一歩凪に近づくと、凪は振るっていた剣を止め、ずるりと顔を抑えていた手を力なく下ろした。

 血走った瞳が、隠していた手から解放された瞬間殺気を放つ。桔音を殺すと目が語っていた。そして、笑みは潜め、殺意に塗れた瞳は冷静さを取り戻している様にも見える。表情は最早以前の面影も無いほどに狂気と殺意で変貌し、怒りの形相といったモノだった。


 桔音の薄ら笑いと、凪の憤怒の形相。ぶつかった視線は火花を散らす事は無い。空回りして、お互いに届くことなく消えていく。くるりと回された黒い棒、チャキ、と構えられた血濡れの剣。


 話は通じない、ならば戦うしかない。


 想いは分からない、ならば衝突しかない。


 因縁は呪いとなった、ならば断ち切るしかない。


「さて勇者、死神さんが柄にもなく君を救ってあげよう――無論、対価はしっかり払って貰うけどね」

「き、つねぇぇぇ!! 殺して殺して殺して殺して……ぶっころぉぉぉぉす!!」


 飛び出した凪の剣を、桔音は『死神の手(デスサイズ)』で受け止めた。


「それじゃあ勇者よ、レッスン1だ」

「ッァァアア!!!」


 受け止めた桔音は、余裕綽々。勇者の剣など、意にも介さない。


「―――勇者(きみ)は、何のために人を助ける?」


 桔音は薄ら笑いを浮かべて勇者を蹴り飛ばした。



 ◇ ◇ ◇



 凪には桔音以外には何も見えていない。真っ暗な視界の中で、敵だけが見えていた。自分に牙を、剣を、爪を、殺意を向けてくる存在しかみえていなかった。その上で、その全てが桔音の姿に見えていた。どれだけ巨大な存在であっても、どれだけ矮小な存在であっても、全て桔音の姿に見えていた。

 故に、彼は魔獣を殺す度に桔音を殺したようにしか思えず、その度に達成感を得ていた。とはいえ、次の魔獣が出てくる度に新たな桔音が現れる。どうすればいいのか分からない無限ループ。彼の精神は擦り減っていく。


 次第に仲間の声が頼りになっていき、自分の進む道すら真っ暗で、仲間の声を頼りに進んでいるような状態になった。

 桔音を殺し続け、達成感に満たされては、次の桔音が現れる。強かったりも、弱かったりもするが、どの桔音を殺せば終わるのかも分からない。凪の心はどんどん擦り減って、削れて、そして死んでいく。


 そして彼を支えていた仲間の声が、聞こえなくなった。魔獣だけでなく、全ての人間が桔音に見える様になったのだ。僅かな理性で、敵意の無い者は桔音ではないのだと思いながら、殺意を向けてくる桔音だけを殺し続けた。

 だが、いくら殺してもやはり終わらない。彼の理性が、どんどん削れていき―――そしてついに、彼は一般人に手を上げそうになった。それを止めたのは、やはり同じ桔音の顔の人間。その人間はジークだったが、彼には桔音にしか見えていなかった。


 何かを言っている。けれど、何も聞こえなかった。聞こえていたのは、あの日の桔音の言葉。反響し、何度も何度も自分を追い詰めてくる。


 ―――お前の何処が勇者なんだ?


 ―――掛かって来いよ勇者"失格"……僕の復讐劇で無様に踊っていくといい。


 ―――お疲れ勇者―――いや、殺人未遂犯君?


 色々言われて、何も言い返せなかった。言い返せなかったという事は、自分で認めてしまった。自分の中の殺意を、人を殺したいと思った事実を、そしてその為に力を振るった現実を、認めてしまった。

 否定したいから、精神が削れていく。否定出来ないから、心が死んでいく。肯定すれば、狂気に呑まれる。肯定すれば、人では無くなる。


 だから、桔音を殺して、勇者はせめて……人間で在ろうとした。


「それじゃあ勇者よ、レッスン1だ」


 桔音の言葉が、聞こえた。仲間の声は聞こえないのに、この桔音の声は聞こえた。他の桔音の声は聞こえなかったのに、今目の前に居る桔音の声ははっきり聞こえた。


「―――勇者(きみ)は、何のために人を助ける?」


 何のために助けるのか。勇者は、勇気がある者だと、桔音は言った。しかし、その勇気を人を助けるために使うのは、何故だろうか? 勇気とは、なんだ? 人を救う事は、勇者に何を齎すのだろうか?


「ソレが分かれば、君は勇者として1つの在り方を見つけていたかもね」


 ソレが分かれば、なんだというのだ。凪は言葉を振り払う様に、剣を振るった。桔音を殺せば、そんな問いかけなど無意味化出来る。最早桔音との問答など、自分を苦しめるだけだと思った。


 しかし、桔音はそんな凪に『不気味体質』を発動する。


「ッァ!?」


 大きく後退した凪。フラッシュバックする、死神の威圧感と、喪失の恐怖。巫女を殺されかけたあの日の光景が、一瞬にして彼の脳内に戻ってきた。


「考えろよ。お前、いつまで空虚なままでいる気だ? 狂うならちゃんと狂えよ。そんな狂い方する位なら、勇者として召喚されたんだ、最後まで勇者になろうとしろよ―――男だろ」


 凪はギリ、と歯を食いしばる。剣を握り締め、血に塗れた自分を突き動かすように、桔音の言葉を聞きたくないかのように、剣を振るう。


 ―――なんでだ……!


「君は勇者失格だ……でも、いつまでもそうじゃないだろ? いつまで『僕』を殺してるつもりだ? ほら、死神は此処にいるぞ……ぶつかって、殺してみろ。そして考え続けるんだね……何かを救うことは、君の決意から始まる―――ごちゃごちゃ考えんなよ、たった1つ決めるだけだぞ」


 ―――どうしてアンタはそんなに……!!


「るぁぁぁぁぁああああ゛あ゛あ゛!!」

「喚くだけじゃ、変えられない。悲しむだけじゃ、変わらない。立ち向かうだけじゃ、終わらない。そろそろ気付けよ……答えはお前の中にあるんだぜ?」


 ―――そんなに……強く在れるんだよ……!!!


 勇者はまだ、闇の中でもがき苦しんでいる。


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