桔音の尽力
リーシェちゃんの試験、的な?
さて、時間も経ち、早々に夜がやってきた。眠っていたリーシェちゃんはフィニアちゃんとルルちゃんに起こして貰い、僕はオジサマの到着を宿の食堂で待つ。
リーシェちゃんが眠っている間、僕はギルドへ行ったりお茶したり周辺の店を回ったり駄弁ったり色んな人に頭を下げたり昼寝したりしていた。うん、僕は凄く頑張った! 一人の女の子の為にこれだけ暗躍する青少年っていうのは、やっぱりモテるんじゃないかなぁって思うな、僕。
エイラさん達には頼みこんで宿の夕飯の時間を早めて貰い、本当ならまだ賑わいを見せている食堂は面白いほど静かになっている。エイラさん達の姿もない。正真正銘、この一階の空間は僕の貸し切り状態だ。
「きっつねさーん! リーシェちゃん起こしてきたよ!」
「……きつね、本当に大丈夫なのか? 私寝ていただけなんだけど……」
「さぁ? 多分なんとかなるよ、僕はそう信じてる」
「絶望的じゃないか!!」
リーシェちゃんが持っていた剣を床に落とし、悲壮感漂う表情で明後日の方向を見始めた。まぁオジサマもまだ来ていないし、落ち込むだけ落ち込んでおけばもう後は無い感じで、背水の陣的な効果が出るかもしれない。出ないかもしれないけど。
ルルちゃんとフィニアちゃんはもう流れに任せて展開を見守るスタンスのようで、エイラさんの旦那さんが作り置きしておいてくれた夕飯を隅の方で食し始めた。
すると、
「待たせたな、約束通り来たぞ」
「やぁオジサマ、見ての通り貸し切りだよ。まずは一杯お茶でもどう?」
オジサマがやってきた。腰には立派な剣を提げて、昨日見た時と同じ威厳と貫録ある佇まい。やっぱり何度見ても強者の風格が滲み出てる。怖い怖い。
「いらん、用件は一つだ。さっさと済ませろ」
「せっかちだなぁ……まぁいいや」
リーシェちゃんもオジサマの登場に気持ちを切り替えたのか、深呼吸を一つ入れて立ち上がる。たっぷり寝たからその面構えに体調不良等の異常は見当たらない。
僕もゆっくりと立ち上がり、オジサマに対峙した。
「まず、話の再確認と行こうか」
「……」
「リーシェちゃんに聞いた限り、オジサマは騎士団長を務めているらしいね。そしてその家系も代々格式高い騎士の血筋、昔からオジサマの家系は名のある誇り高い騎士を輩出してきた由緒ある御家柄……あってる?」
「……ああ、そこまで聞いているのなら『先見の魔眼』についても知り得ているのだろう?」
「まぁね―――そこで、リーシェちゃんに聞く所によると彼女はそんな血筋に生まれたにも拘らず、2年も訓練を積んで騎士になれていない。才能が無いと言われている訳だ。だから、騎士団長としてはリーシェちゃんを家に抱えておけなくなった……それであってる?」
まずは此処を確認しておかなければならない。僕の知っていることは、あくまでリーシェちゃん側の意見でしかない。このオジサマからすればそれは間違っているのかもしれないし、あるいは何か別の、やむを得ない事情があるのかもしれない。それを、確認すべきだ。
「―――ああ、そうだな……正直な所、私から見てもトリシェは才能が無い。訓練で魔獣を相手にした時も、模擬戦で教導官を務めている騎士と勝負した時も、まるでなっていない動きで情けない姿を晒した……命の奪い合いでは無い勝負だというのにだ」
「っ……」
「初めは戦いを怖がっているのかと思った、騎士見習いとはいえ女だからな……だが、訓練に進んで励む様子からそうではないと分かった。では緊張しているのかと思った、しかし2年も訓練を積めばそれなりに慣れてくる筈だ……それも違った。トリシェは根本的な部分で、騎士の才能が欠如しているのだ!」
才能が無い、それは仕方のないことだ。人間、必ずしも欲しい才能がやりたいことと一致する訳ではない。だからこそ、人間は持ち得る才能を見出し、選択し、伸びるよう努力する。
でも、稀に特定の才能を持たないことを責められる場合がある。それが今のリーシェちゃんだ。現実的に見ればリーシェちゃんは何一つ悪いことをしていない、期待に応えられなかっただけだ。生まれた時に、この展開は定められていたってことか。
「私達は騎士として誇り高き一族の一人。であれば、トリシェも同様に騎士として剣を振るうべきなのだ」
「なるほど」
リーシェちゃんが騎士になりたいと思っていない場合であれば、その決めつけに反論した所だけど、彼女自身が騎士になりたいと思っているのなら許容範囲かな?
「だが、トリシェはそれが出来ない。故に一族の恥だ、騎士になれない者など、我が一族には必要ない」
「長々と語ってくれてどうも。もういいよ」
「ふん、それで? トリシェはこの一晩で何が変わった? 騎士になれる実力を得たというのか?」
「それはまぁ自分で確かめると良い―――騎士には模擬戦があるらしいし、リーシェちゃんとオジサマ、一対一でやってみようよ」
何? とオジサマは眼を細めた。リーシェちゃんも僕の後ろで驚愕の表情を浮かべている。実力を測るのなら、一回戦ってみればいいじゃないか。それが騎士のやり方なんだろう? 格式高い騎士様の、正式な、やり方なんだろう?
「つべこべ言わず、やれよ。今更腰が引けたのか?」
そう言うと、オジサマは眉間にしわを寄せて剣を抜いた。その動作に乱れはなく、やはり騎士団長としての経験が垣間見えた。
対して、リーシェちゃんはあわあわと青褪めた表情で僕を見ている。剣を落としたまま、立ち尽くしているようだ。まぁ唐突にこんな話を持ちかけられたらそうなるか。
「リーシェちゃん」
「っ……き、きつね! 私は騎士見習いなんだぞ!? 父様に勝てる筈が無いだろう!」
「勝つ必要はないよ、騎士としてやっていける実力を認めてもらえればいいんだ」
「しかし!」
「良く聞いてリーシェちゃん」
これは、賭けだ。僕の予想が当たっているのなら、僕の推測が当たっているのなら、これで何とかなる筈だ。分の悪い賭けではあるけれど、元々可能性の皆無だった状態で見出したんだ、賭けられる物は可能性がある限り賭けてみよう。
1%でも可能性が残っている限り、僕は諦めない!
なんて言ってみたりして。前も言ったっけ?
「――――」
「な、でも…………分かった、やってみる」
リーシェちゃんも納得してくれたようだ。
「でもまぁ、此処でやるわけにはいかないよねぇ」
「「あ」」
宿の食堂、模擬戦をやるには迷惑過ぎる場所だね。
◇ ◇ ◇
私の名前は、トリシェ・ルミエイラ。騎士見習いとして日々鍛錬を欠かさない17歳の女だ。
私は今、一週間前程に命を救った相手……きつねに言われた場所へとやってきている。冒険者ギルドの裏に設置された試合場、きつね曰く冒険者達が戯れに模擬戦をしたりする場所らしい。今ここにいるのは、私と……私の父様の二人だけ。
私は2年間、騎士見習いとして自分を磨いてきた。その日々に全力を注いできたと断言出来る。でも、私はまだ騎士になれていない。才能が無いと言われ、貶され、騎士の家系として生まれたことで生まれた期待も裏切った。
だから、私は父様に見捨てられようとしている。
実を言うと、先程きつねと話している父様の言葉は、私の心に突き刺さった。深く深く、楔を打ち込まれたような感覚だった。前も言われたことがある、一族の恥、欠陥品、失敗作、凡人、色々言われたことが。
でも、ハッキリと言われた。
―――必要ない
要らない、とハッキリと言われたのは初めてだった。自覚はしていたが、改めて思い知った―――私は家族に必要とされて『いない』ことを。
だから、これが最後のチャンス。父様が我が子だからとくれた最後のチャンスなんだ。自然と、剣を握る手に力が入った。
「トリシェ」
「………はい、父様」
「これが、最後の機会だ。今、ここで―――私に騎士としてのお前の力、見せてみろ」
父様はそう言って、剣を抜いた。何度見ても、綺麗な動作だ。あれに憧れて、私は騎士になりたいと思った。父の背中は遠く、巨大なものだったが、それでも私はその大きな背中を見つめて走ってきた。
ここでやらないで、どこでやるんだ。
「―――はい」
私も、剣を抜いた。
「っ……」
途端に父様の放つ威圧感が大きくなる。剣を抜き、切っ先を相手に向けあった瞬間……両者の間には親子の情も、友との絆も、愛で育んだ思い出も、一切無くなる。
そこにあるのは、騎士同士、自分自身に掲げた唯一無二の誇りのみ!
「魔眼は使わん……貴様の全力を持って、掛かって来い!」
父様は私をトリシェではなく、『貴様』と呼んだ。これは私を騎士として戦う相手だと認めたということだ。
後は騎士の礼儀として、名乗りを上げれば試合開始だ―――!
「トリシェ・ルミエイラ―――行きます!」
「ヴァイス・ルミエイラ―――来い!」
空気が張り詰めた糸のようだった。緊張と、探り合い。切っ先が僅かに揺れ、足がほんの少し前に出る。
隙が無い……騎士団長、その地位に立つ者としてその佇まいは凄まじいの一言に尽きる。攻め込めない……!
「どうした? 来ないのか?」
「っ!」
父様の言葉に、焦った私は駆け出してしまった。失策、と悟った瞬間、此処で止まるのは愚策だと考え更に加速した。スキル『身体強化Lv2』と『俊足』を発動し、父様の間合いの一歩手前で―――もう一段階、加速する!
「はぁっ!!」
「遅いな」
上段から振り下ろした剣は斜めに構えられた父様の剣に受け流される。体勢が崩れ、隙だらけになる。そこへ、容赦なく父様の剣が横薙ぎに襲い掛かる。
「くっ……ッぁあ!!」
「なにっ……?」
私は振り下ろした剣を地面に突き立て、自分の身体を横へ倒す。横薙ぎに振られた剣は私の顔の前をギリギリで通り過ぎる。
若干驚愕した様な表情を浮かべる父様を傍目に、私は地面を転がり距離を取った。私が格下だからか、私を追っては来ない父様。まぁそのおかげで体勢を立て直す事が出来た。
「……なるほど、何故かは知らないが確かに動けるようになっているな……どんな手品だ?」
「さぁ……私は一晩、寝ていただけなので。強いて言うなら、睡眠を取りました」
「ふん……あの男か、態度も言動も飄々と……謎の多い男だ」
「そうですね、私もそう―――思います!」
今度は焦った訳でもなく、前へと足を踏み出す。先のスキルを使用して、同様に加速する。父様も私の動きを読んでいる、撹乱する様に左右に動いてみるが、父様の眼は魔眼を使わずとも私の姿を捉えていた。
ならば!
「見えている!」
「―――はっ!」
下段から真上へ、半円を描くような軌跡を描いて振るわれる父様の剣。だが、私はそれをを斜め前へ出ることで躱す。そしてそのまま父様の横を通り抜け、すぐさま振り返る。後ろを取った!
「隙―――ありです!!」
「甘いな」
「なっ!?」
振り返り様、身体ごと回転させて剣を振るった。しかし、父様は既に私の方に身体を向けていた。切替が早すぎる!
「ガッ!?」
振り上げた剣を柔軟に鍛えた肩を使って背後へと回し、その柄頭で私の肘を正確に叩いた。腕が曲がり、振り抜いた剣の威力が逃げる。
不味いっ、剣の威力は死んでも身体は回転してしまっている、この威力は逃げられない―――!
「終わりだ」
回転した勢いで父様に背中を向けてしまった、その隙を見逃す父様では無い。静かに、背後から私の首へ冷たい刃が突き付けられた。敗北、それが完全な形でそこに在った。
「………参り、ました」
「ふん」
敗北宣言をすると、父様は剣を引いて鞘へと収めた。その動作すら美しく、憧れた存在の大きさを突き付けられる。悔しいと思うと同時、やはり強い父様が誇らしく思えた。
◇ ◇ ◇
「きつねさん、リーシェちゃんはどうなるかな?」
「十中八九負けるだろうねー、レベル的にも能力値的にも格の差が違うし」
「え? それじゃあどうするの?」
リーシェちゃん達が出てから、僕達は自分達の部屋で寛いでいた。僕もベッドに寝っ転がりながら鼻歌を歌っちゃったよ。ハハッ、何もしなくていいっていいね。
そんな時、フィニアちゃんが腕を組みながら聞いてきたので、普通に考えれば出る結論を伝えた。
「まぁ勝たずとも実力を示せればいいからねぇ、その条件なら……合格点を出す可能性はあるさ」
「どういうこと?」
「私も気になります」
フィニアちゃんの問いに、ルルちゃんも気になったのか近づいてきた。仕方ない、あの時この子達は眠っていたからね。ならば教えてあげよう、あの時リーシェちゃんと話していたことの内容を。
「あのね、リーシェちゃんは―――」
◇
「リーシェちゃん、もしかして騎士団の練習って型を中心としたようなものなの?」
「え、あ、ああ……そうだ。騎士はあらゆる国に存在するが、大まかに分けて三通りの形式がある」
聞くところによると、騎士には剣を扱うに当たって三種の形式があるらしい。
一つ目は、武器と己の肉体のみを使う攻撃の剣技―――剣武式
二つ目は、武器と魔法を組み合わせた防御の剣技―――水明式
三つ目は、武器で攻撃を受け流し、一瞬の隙を狙う返し技の剣技―――流鏡式
騎士達はこの三つの形式の内、自分にあった剣技を訓練段階で自覚し、伸ばす。早い者ならば大体半年程で騎士に上がることが出来るらしい。最初は基礎のみ三つとも習うので、追々得意な形式に別の形式を組み合わせてオリジナルの動きを考えたりする事も出来るとのこと。
リーシェちゃんは剣武式らしく、最初からずっとこの形式で努力してきたらしい。
「なんで剣武式?」
「私の家系は代々剣武式が多かったからな、父様もそうだったし、だから私も剣武式を伸ばそうと思ったんだ。魔眼が使えない以上、カウンターもあまり伸びそうもないし、魔法は魔力が少ないから使えない、必然的にそうなったって感じかな」
「ふーん……」
でもどうなんだろうね、剣武式って肉体重視の剣技なんだろう? なら女であるリーシェちゃんが鍛えた所で将来的に周囲との差が開いて行く気がするんだけど。ステータスの伸びもけして才能があるといるようなものじゃないんだし。
僕としては三つ目のカウンター形式、『流鏡式』を推したいなぁ。魔眼が無くても鍛えれば相手の動きを見切るくらい出来るだろうし。
「ところでリーシェちゃん、リーシェちゃんって一人で戦う時やりやすかったりしない?」
「え? うーん……確かに誰かと一緒にいる時よりは……そうかも?」
「やっぱりか」
今のを聞いて、なんとなく分かった。
リーシェちゃんは人間関係的には多少人見知りな部分もあるが、その一面が最も出るのが剣を振るう時だってこと。大事なのは、二つの要素だ。
一つは、リーシェちゃんは自分の夢として騎士を目指していて、だから精一杯頑張ってきたって自覚。
そしてもう一つは、騎士の訓練として『形式的』な『型』の剣技を教えていることだ。
この二つがリーシェちゃんの動きを制限している最たる理由に他ならない。
リーシェちゃんはさっきも言った通り多少人見知りな所がある。それはつまり人の視線を気にする性分だということだ。
戦闘時、誰かが傍にいると―――正確には人の視線があると、彼女はその視線を気にして思う様に動けなくなる。これだけでも彼女の実力が出せない理由の一つになるが、もう一つ。
形式的な剣技の『型』があること。リーシェちゃんは才能が無い、故に応用が利かない。おそらく2年間基本の技を練習してきたに違いないことだろう。
それが駄目だった。
『型』があるということは、決まった動作を行うということだ。リーシェちゃんはそれをかなり意識している。陰口や陰湿な悪事の中で、恐らく何度も言われたのだろうね、
『そうじゃない』、『違う』、『間違っている』
なんて言葉を。だから、リーシェちゃんは決まった動作を、無意識下で正確に行おうとしている。
これらを組み合わせると、彼女は視線を気にして思う様に動けず、また『型』が違うと指摘される過去のトラウマが剣技を繰り出させないのだ。
故に、一人でいる時は視線もトラウマも気にすることなく動く事が出来る。魔獣とも戦えるというわけだ。自覚は、無かっただろうけれど。
「よし、リーシェちゃん。作戦変更だ」
「え?」
「試験の内容は僕がどうにかリーシェちゃんが上手くやれる形に持ち込む、あとは君がその試験で全力を出すだけで良い」
「その、試験内容って……」
「今は言わない、取り敢えず今は寝て身体を休めるんだ。起きた時、寝不足で動けないなんてことにならないようにね」
リーシェちゃんは少し納得いっていなかったようだけど、渋々といった様子でベッドに寝っ転がった。
「……分かった、任せる」
「なら、それで行こう」
スキルを解いて、僕は薄ら笑いを浮かべた。
◇ ◇ ◇
「―――だから、リーシェちゃんは一対一で周囲に視線が無ければ戦えるんだよ」
「へぇ~、でも相手がお父さんなら駄目なんじゃないの?」
フィニアちゃんの言うことは御尤も。一対一だとしても、相手が魔獣ではなく騎士団長だ。剣技についてはこれ以上なく知っている人物、これでは戦うこと自体無理なように思える。
「そこはまぁ、リーシェちゃん次第だよね」
「そこまで考えたのに大事な所は丸投げなんだね! 流石きつねさん抜かりない手抜きっぷりだよ!」
「まぁ、最後に少しだけアドバイスをしておいたけど……戦闘経験の薄い僕の言葉じゃ軽いだろうなぁ」
あの時、さっきオジサマと話して結論が出た後、リーシェちゃんに言った僕の言葉。
『相手は騎士団長じゃなく、普通の父親だと思って戦ってごらん』
リーシェちゃんはなんとなく頷いていたけど、実際動けるかどうかはリーシェちゃん次第だ。
「ふあ……眠い、今日は走りまわったし……疲れた」
「うん、ギルドの皆やエイラさん達、街の皆に頼んで、早めに帰ってもらったんだもんね! 起きてから試験の時まで、『リーシェちゃんに視線を感じさせないように』!」
全く、ただ働きも良い所だ。
でも、女の子の為にこれだけ働いたんだ―――少しはモテるかな?
そう思いながら、僕の意識は睡魔に攫われていった。
桔音君、頑張ってました。