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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十三章 魔王の消えた世界で勇者は
279/388

突入

 過去最高に分かりやすい狂気を放つ思想種の妖精。フィニアが恋愛の想いそのものの存在であるように、この思想種の妖精は狂気そのものの存在。精神そのものが狂っているというのは、納得の出来る状態ではある。

 要領を得ない言葉、次々と移り変わる言動、確実に他者を傷付けることが確定的だ。そしてつい先程生まれたのか、レベルは1なのにも拘らず、規格外に高い能力値とスキルの数々。思想種の妖精は基本的に全て、Aランク以上の実力を持つ。故にSランクの実力をレベル1の段階から持っているのは異常ではあるが、ありえないことではないのだ。


 桔音達の目の前でくるくると回りながら、まるでボールペンでぐっちゃぐちゃに線を重ねた様な瞳でケタケタと笑う妖精。

 思想種の妖精の容姿は、フィニアがそうだったようにその想いの主の容姿になる。多少髪型や色の変化、性格の違いはあるものの、顔は想いの主と同じだ。故に桔音は彼女の顔を見て、誰の想いが元になっているのかを確認するが、その顔に見覚えは無かった。どうやら完全に他人の想いから生まれた思想種の様だ。

 媒体である指輪を持ち歩いていることから、想いの主が死んでいる可能性も高い。


「うふふふっ☆ 眼がチカチカするよ? 星が回ってる! 木が倒れて、雑草が虫になって、クスリのスープが降って来るよ? あれれれれ? 分解? 爆発? どーん! 人間さーん? ちゃんと死んでる? 駄目だよ、死んじゃ駄目だよ? 殺す? うふふふっ☆ 面白い面白ーい!」

「きつねさん、この子私と同じなの?」

「種族としてはね……とりあえず拘束しよう」


 桔音はケタケタ笑う思想種の妖精を瘴気で拘束する。縄の様に妖精の手足を縛り、きつく拘束した。まさしく、指先1本だって動かせない程頑丈に、複雑に拘束していた。


 しかし、思想種の妖精はそれで拘束出来るほど甘くは無かった。


「うふふふっ☆★☆ 何コレ? 蛇? いやーん、気持ち悪い! 噛んで良いよ? 毒? ピリピリして、甘い蜜みたい! かわいー、消し飛ばしたくなっちゃうよ? 飼って踏んだり噛んだりする? うふふふふふっ☆」

「なっ……」


 彼女は自分を拘束していた瘴気を、少し魔力を放つだけで消し飛ばした。

 いや、桔音の感覚では瘴気は消し飛ばされた訳ではない。まるで無力化されて霧散したような、そんな感覚であった。Sランクの化け物であるレイラの力、あらゆる生物をその性質でもって分解することが出来る。


「こりゃ強いなぁ……」


 生物の細胞を全て瘴気として変換する、その黒い姿を蠢かせていたのだが、彼女はその瘴気の拘束に魔法で対抗したのだ。物を細かく分解する魔法……『分解魔法』が、瘴気を上回ったのだ。


「うふふふふっ☆、どうなってる? 解けたー、うふふ☆ 駆け足で過ぎ去るスライムみたい? うふふっ☆」

「本当、どんだけ面倒臭いんだ僕の旅路は」

「きつねさん、とにかくあの子を止めるんだよね? 魔法が使えない様にするのは無理だし……意識を奪うしかないと思うな!」

「そうだね……よし、フィニアちゃん達はルルちゃんを護ってね……ここは僕と神奈ちゃんとリーシェちゃんでどうにかしよう」


 そう言って、桔音は『死神の手(デスサイズ)』に漆黒の刃を付けた。出来上がったのは、漆黒の薙刀、形状で言えば『病神(ドロシー)』だ。鋭い切れ味と、斬撃を飛ばすことが出来る、武器の性能としては申し分ない物を持っている。

 瘴気での拘束を簡単に破る彼女との戦いは、きっと熾烈を極める。襲い来る魔法や狂気の念が、きっとこの辺り一帯を吹き飛ばすこともあり得なくはない。それは桔音も、その他のメンバーも分かっていた。


 だから、次の瞬間桔音達は拍子抜けした様な顔をした。


 思想種の妖精が唐突に、へろへろと落ちていき、地面にぽてっと転がったのだ。羽が動かず、空を見上げる様に仰向けに倒れている。ケタケタ笑っていた様子も引っ込み、ただ茫然と空を見ていた。


『? どうしたんだろう?』

「……さて、どうしたんだろう? 燃料切れ?」

「……ふーん……あれー? 眠くなってきた? 寝たい? 意識が、飛んで行くよ? うふふふっ――――……」

「な……気絶してる?」


 途中まで話していた妖精は、電源が切れた様に唐突に動かなくなった。狂気に精神がもたないのか、それとも他の場所からなにか遠距離で狙撃されたのか、おそらくは前者なのだろうが、桔音はふらふらと落ちて気絶した思想種の妖精に近づく。

 そしてひょいと拾い上げると、そのまま首に掛かっている指輪を回収した。起きた後に指輪が手の中に在れば、また同じ様に襲い掛かってきた際に有利だと判断したのだ。存在の媒体である想いの品は、思想種最大の弱点でもあるのだから。


 指輪を回収してズボンのポケットに入れた後、桔音は学ランのポケットに狂気の妖精を入れた。連れていかないという選択肢は無い様だ。


「なんだったんだろう……?」

「申し訳ありません……疑問は分かるのですが、早くナギ様を……」

「あーはいはい、分かってるよ……行こう」


 桔音はポケットに入った狂想の思想種のことを考えだしたが、それを巫女セシルが遮る。彼女としては、ほんの少しの時間ですらも惜しいのだ。早く凪を助けて貰わないと、最悪彼が死んでしまう可能性が高いのだから。

 その言葉に、桔音は思考を中断する。思想種の妖精が此処で現れるのも不思議であったけれど、今は勇者凪の救出だ、と思考を切り替えた。まぁ、巫女に対してちょっとだけ苛立ちを覚えたのだが、ひとまずスルーする事にしたようだ。


「なんでこの子が急に気を失ったのか、ソレは分からないけど……取り敢えず今は放っておこうか……まずは迷宮『出入り口』に入るよ」

「分かった、先に私が入ろうか? おそらく中は暗いだろうし、夜目が利く吸血鬼の私が行った方が良いんじゃないか?」

「そうだねぇ……お願い出来る? 中に入って大丈夫そうなら、声を掛けて」

「了解だ」


 桔音もレイラも夜目が利くほうではあるが、夜を自分達のフィールドにしている吸血鬼程ではない。元人間ではあるが、リーシェは自分の身体の性質をしっかり把握出来れいる様だ。


 湿原中央に存在していた、底無し沼の様な入り口。


「さて……それじゃあ行ってくる」

「気を付けてね」

「ああ」


 リーシェはその中へと入って行った。



 ◇ ◇ ◇



『いいぞ、下りて来ても大丈夫そうだ』


 先に降りたリーシェちゃんの声が聞こえ、僕達も『出入り口』の中へと飛び込んだ。

 すると、中は外から見た様な真っ暗な場所ではなかった。寧ろ、夜目など関係なく明るい空間で、桔音としても驚くほど整然と整えられた通路が奥へと続いている。警戒していた分、かなり茫然としてしまったほどだ。

 温度も湿原に居た時より暖かく、なんとなく快適さを感じる場所だ。だが警戒は緩められない。僕は早速瘴気を展開し、迷宮内の構造や魔獣達の気配を探っていく。


 すると、この迷宮は大分広いということが分かった。しかも、魔獣達もうじゃうじゃ存在している。おそらく僕達が戦おうとするのなら、負けはしないだろうが一撃では倒せないレベルの強さを持っている魔獣達。

 正直な所、あまり戦いたくはないな、という気分だった。勇者と戦う可能性も考慮すれば、当然の感想だろうね。


「……とりあえず進もうか、あっちに階段がある。どうやら下に降りていくタイプのダンジョンみたいだね……この階層に勇者君はいないみたいだ」

「……そこまで分かるのですか?」

「分かるよ、そういう力だからね」

「……凄いですね」

「君に褒められても何も面白くは無いけどね」


 巫女が僕の力に感心した様子だった。まぁこれ程までに迷宮向きの力も早々ないだろうからね。入り口の段階で内部構造をある程度把握出来るとなれば、それは迷宮踏破には大きな力となる。敵の居場所が分かる、というのも一役買ってくれるね。

 ぶっちゃけ教えるなんて出来る立場にはないから、僕としてはこれらの技術を教えるつもりはない。教えられる気もしないしね。


 巫女は僕の言葉に不満気な表情を浮かべていたが、それでも頼もしいと思ったのかそれ以上は何も言わなかった。何か言われるよりはマシか。


「じゃ、進むよ。後衛はレイラちゃんとリーシェちゃん、前衛は僕と神奈ちゃんだ。フィニアちゃんはルルちゃんを護るためにも、中央ね……巫女、君も真ん中だ……危険が迫っていると思ったら遠慮なく結界でもなんでも使えばいい」

「言われなくてもそのつもりです……ナギ様を助けていただくのですから、自分の身くらいは自分で護りますよ」


 生意気にもそう返してきた巫女を、僕は鼻で笑いながら進む。歩きだすと、皆も僕が言った陣形で付いて来てくれた。ルルちゃんは腰に『白雪』を下げているが、おそらくまだ戦う事は出来ないからね、護らないといけない。精神が戦闘出来る場所まで追い付いて来ていないから、武器の意味も無いしね。

 すると、瘴気に引っ掛かった気配……つまり目の前から魔獣がやってくるのが分かった。漆黒の薙刀は未だ出したままだ。いつだって戦闘の用意は出来ている―――だが桔音は敢えてそれを振るおうとは思わない。


 今回は最短ルートだ。桔音はまだ見えぬ魔獣を、その空間把握の為にばらまいている瘴気を使って瘴気変換した。叫び声も何も無く、ただやって来る筈だった魔獣を瘴気で消してしまう。桔音も長い間この迷宮内に居る訳にはいかないという意志が感じられる程、迅速かつすぐに魔獣が消されていく。


「……」


 桔音は黙ってソレを続ける。階段の下へと辿り着くまでに、出会いそうになる魔獣は全て変換する。あくまで、何の障害もないかのように……薄ら笑いを浮かべたまま最短ルートで進む。


「そういえばこの場所ってどんな迷宮なの? 詳しい概要を聞いていなかったんだけど」


 雑談代わり、とばかりに桔音は巫女にそう話し掛けた。情報は武器だ、桔音はそれを今までの実体験から学んでいる。正体不明よりかは、しっかりと実体を掴んでは置きたい。


 すると、巫女は少しだけ考えを纏めてから、こう答えた。


「そうですね……此処は、単純に強い魔獣が集まっています。Bランク以上の魔獣ともなれば、魔族達とも互角以上にやりあえますから、その戦闘センスと野性の勘は馬鹿に出来ません。それに、所々で知恵を持っている魔獣の個体もいますからね……そういう個体は魔法を使ってくるとも聞いています」

「うわ、面倒臭いな」


 巫女の説明に、桔音は心底嫌そうに表情を歪めた。



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